日本はもちろん海外も、夏休みや冬休みの時期はブロックバスターと呼ばれる超大作映画が公開されるシーズンだ。この夏の話題作として日本では「シン・ゴジラ」が大ヒットしているが、お隣の韓国では「釜山行」「仁川上陸作戦」といった娯楽大作がともに観客動員700万人を超える大ヒットとなっている。さて、この日韓3作品に共通するのが通常上映の他、4DXといった新しい方式でも上映されている点だ。日本でこの夏公開された韓国映画「ヒマラヤ〜地上8000メートルの絆〜」も韓国では昨年12月に新上映方式で公開された作品で、韓国では同時期に公開された「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」をしのぐヒットとなり、観客動員は歴代28位となる775万9000人を記録した。
「ヒマラヤ」は、韓国では有名なエベレスト登頂の悲劇を扱った実話であるということ、またロケ撮影が過酷で俳優たちが苦労したことなどが話題となって公開前から注目を集めていた。エベレストに眠る仲間の亡骸を回収するために過酷な遠征を行うというストーリー、そして情熱的な韓国人の心をくすぐる熱い台詞、涙が止まらぬ感動のラストに多くの観客が共感し、それらが観客動員に繋がった。
「ヒマラヤ」本国版ポスター 主演のファン・ジョンミンはこの作品のほか、「国際市場で逢いましょう」「ベテラン」と昨年は2本の主演映画が1000万人動員を記録した超人気俳優。 © CJエンターテインメント
一方で、多くの映画ファンが公開を待ち望んでいた理由がもう一つあった。それが、日本ではまだ体験することができない「スクリーンX」という新しい映画上映方式である。
スクリーンXは、韓国の大手シネコン会社CGVグループが開発した。上映シーンに合わせてシートが上下に動いたり風や霧が吹いてくるという今ではすっかりおなじみとなった4DXも同社が手掛けたものだ。そのCGVグループが次世代上映方式として、満を持して発表したのがスクリーンXである。
初めて見た観客は、一体どこを見ればいいか多少戸惑ってしまうかもしれない。と、言うのも正面のスクリーン以外に、左右両面の壁にも映画が映し出されるからである。各壁上部にプロジェクターが設置されており、正面のメインスクリーンに合った映像が左右両壁にも映し出され、視界のほぼ全てが映画の画面という迫力満点の映像が楽しめるようになっている。
リュミエール兄弟の発明の流れを汲む? スクリーンXの英語圏向けに紹介する動画
アニメーション出身のヨン・サンホ監督初の実写作品「釜山行」もスクリーンXに対応した作品。主演はコン・ユ。© CJエンターテインメント
現在、スクリーンXが上映可能な映画館は、韓国内で83館。残念ながら日本にはまだスクリーンXを導入した映画館はオープンしていないが、海外ではタイをはじめ、中国、北米に23館設置されており、CGVは今後も拡大する予定だと発表している。
4DXのような、大規模な館内の工事が不要というのもウリの1つである。元々ある映画館の壁とプロジェクター設置程度の改造ですむため、4DXなどに比べるとかなりコストを押さえて導入できる。
さて、この映像を見ると、サイドの壁用の映像はどうやってメインスクリーン映像と合わせて撮影されたのか、撮影工程が気になる人も多いはずだ。答えは簡単。メイン映像とサイド2面の映像を同時に撮影すればいいのである。しかし、同じタイミングで撮影する技術は意外と難しく、この3台同時撮影用カメラは、韓国のKAIST(全ての授業を英語で行っている韓国初の研究中心の理工系国立大学院)との共同開発が行われて実現した。
韓国で7月に公開され観客動員1000万人を超え現在も大ヒット中の映画「釜山行」の一部のシーンも、スクリーンX専用カメラで撮影され、臨場感あふれるスペクタクルな場面ではスクリーンXならではのクリエイティビティが生かされ好評を得ている。
現在、スクリーンX対応映画の大半は制作費を抑えるために、通常のカメラで撮影後、編集作業で画面を3分割してスクリーンX映像に仕上げている。しかし、CGVの親会社にあたる映画会社CJグループは「釜山行」の大ヒットを受け「映画の企画段階からスクリーンX専用カメラで制作することを念頭におき、より迫力ある映像を作れるように努めていきたい」と語っている。
観客動員1000万人を超え、早くもハリウッドからのリメイクの誘いがきている大ヒット映画「釜山行」
VRとも共存共栄を図る?
さて冒頭で紹介した映画「ヒマラヤ」は、スクリーンX上映が行われただけでなく、今年「元年」とも言われているVR上映もサムスンとの共同イベントで成功させている。映画館でサムスン社のVRヘッドセットを装着し、映画の見どころである壮大で美しいヒマラヤの映像を、観客に2分間体験してもらうというコンセプトだ。270°のパノラマ映像が、VRでの鑑賞にちょうど適しているのである。
「ヒマラヤ」公開記念サムソンVRギアとのコラボ上映のようす
映画業界の未来に明るい話題となったスクリーンXだが、問題点も指摘されている。代表的な否定的意見としては、「常に3面なわけではなく、ある一部の見せ場のみ突然3面での上映が始まるため、ストーリーに集中できない」というものだ。「ヒマラヤ」の場合でいうと雄大な自然を映し出したシーン、またアクション映画では立ち回りの見せ場だけが3面上映となり、今はまだ映画1本全編の3面展開は行っていない。観客の立場からすれば、3面になったり1面になったり、せわしなく感じてしまうのもうなずけるところだ。
また、撮影時点ですでにCGV系列スクリーンX館での公開が確定しているビックバジェットの大作しかスクリーンXは適用できない。どんなに素晴らしい表現手法であっても、それを活用したい若手の監督には、まだまだ手が届かないのが現状だ。
ただ、アニメーションに関しては事情が異なり、CGVは8月23日からスクリーンX上映用アニメーションの大々的な公募を発表した。多くの新しいアイディアと才能が発掘されるだろうと各業界から高い関心を集めている。
ところで、なぜ韓国映画界はスクリーンX をはじめ4DXといった新しい映画館の形を求め開発するのだろうか? 近年、韓国はシネコン・チェーンの映画館が全国の大半を占めている。どの映画館へ行ってもほぼ同じ作品しか上映されておらず、映画館側は観客を確保するため、特別な味のポップコーンを提供したり、アニメ映画との限定コラボレーショングッズを開発したり、差別化を図ろうと必死である。ポイント制度は、今や韓国映画館での常識となっている。しかし、最近はそんなプラスアルファでの差別化ではなく、映画作品と映画館自体のエンターテインメント性での差別化を図り、観客も映画館にしかないコンテンツを求め、わざわざ足を運ぶ時代に変わってきている。
4DやスクリーンXのように、よりリアルな体験を求めて観客は映画館に集り、そしてお金を落としていく。VRはいつでもどこでもヘッドセット一つで仮想の世界を簡単に体験できるコンテンツを実現したが、映画館はいかに足を運んでもらうかを模索し、ライバルであるはずのVRとも手を組んで、ここでしか見ることのできない体験を提供しようと日々開発に取り組んでいる。
現在まで、韓国、中国、北米などでスクリーンX形式で上映された作品は韓国映画8作品、中国映画3作品(9月公開の「Chinese Odyssey3」を含めると4作品)、その他コンサートや公演などのオルタナティブ・コンテンツ2作品。このうち8作が今年に入ってからの公開作品で、スクリーンX形式への対応はここにきて急に増えている。特に、6月に韓国で公開され7月には日本でも公開された人気アイドルBIGBANGのデビュー10周年記念ドキュメンタリー「BIGBANG MADE」は、韓国、北米、タイでスクリーンXバージョンが公開され熱い反響を得た。ワールドツアーコンサートを3面特殊カメラで撮影した映像は、まるでコンサート会場をそのまま劇場に移したかのようだと海外のプレスから激賞を浴びた。
BIGBANGが13か国32都市で約150万人を動員したワールドツアーの様子を撮影、編集段階でCGなどを追加した映像はコンサート会場以上の迫力
2016年はいわば韓国の「スクリーンX元年」である。今後も引き続きスクリーンX作品は制作され、多くの感動と共感を与えるであろう。作り手が3面スクリーンというアイディアを生かした斬新な作品を発表し、ひいては映画自体の表現の可能性も広げていくことに期待したい。
杉本あずみ