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18年の怨念を超えて握手 マハティールと仇敵が目指す政権打倒

ニューズウィーク日本版 2016年9月13日 17時0分

<マハティール元首相と彼に追い落とされたアンワル元副首相が再会、親しげに握手を交わす姿に、世界中が驚愕。その後約30分間の密談を交わした2人の狙いはナジブ政権を倒すことだ>(写真は先週、クアラルンプールの裁判所で再会したアンワル(左)とマハティール)

 9月5日、マレーシアの首都クアラルンプールにある高等裁判所は異様な雰囲気に包まれていた。この日はナジブ・ラザク政権下で8月1日から施行された「国家安全保障会議(NSC)法」に対してアンワル・イブラヒム元副首相が違法性を訴えた裁判の口頭弁論が開かれる予定だった。その裁判所に予告なしに突然マハティール・モハマド元首相が現れたのだ。

 2003年まで22年間マレーシアの首相を務めたマハティールは同国を代表する政治家。一方のアンワルはマハティール政権で副首相を務め、最有力の後継者と目されながらも1998年にマハティールから突然解任され、同性愛や職権乱用の容疑で追及を受けるなどマハティールによって政界の第一線から葬り去られた人物。

 言ってみればこの2人は「蜜月から仇敵」と極端に変質した関係を18年間続けてきた関係なのだ。その2人が裁判所の一室で約30分間密談、関係者によると二人は笑顔で握手を交わし「18年に渡る怨念を消去させた」ように真剣に話し合ったという。

両者は会談で「斧を埋めた」

 アンワルはマハティールから切り捨てられて以降は野党連合・人民連合の指導者となりながら一定の政治力を維持。2015年2月に同性愛罪で最高裁の有罪が確定、禁固5年で服役中の身だが、獄中でも反政府運動の指導者として人気は高く、妻のワンアジザさんは野党「人民正義党(PKR)」の党首を務め、長女のヌルル・イザー・アンワルさんもPKR副党首で下院議員として活躍している。

 それだけに今回の会談はアンワルサイドには驚きと喜びをもって迎えられ、妻ワンアジザは「正確には18年と3日ぶりにマハティールがアンワルに会いに来てくれた」と歓迎、地元英字紙も「18年経過して(2人は)斧を埋めることにした」と表現した。

 もっとも会談後にマハティールは記者団に「アンワルのNSC法に対する反対表明に関心があっただけだ」「NSC法の話ししかしていない」「裁判の様子を見るために来ただけ」「アンワルに和睦を求めたわけではない」など様々な表現を駆使して会談目的がNSC法にあったことを強調した。しかし誰もがそのマハティールの説明を信用しなかった。

ナジブとの全面対決姿勢

 アンワルが違法性を裁判に訴え、マハティール自身も反対を表明しているNSC法とは(1)特定地域に最高6カ月までの期間、安全保障地域を宣言し治安維持が可能(2)令状なしで個人の捜査、車両、船舶、航空機などを停止させての捜索が可能(3)個人に対し排除、移送の命令が可能となり違反者には罰金、禁固刑を科す、など治安維持面で首相に大きな権限を与える内容となっている。



 このNSC法は現在、マレーシアの政府系投資銀行「ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)」を舞台にした巨額(約2500億円)の汚職容疑で国際社会や米政府から批判を受けているナジブが起死回生を狙った窮余の策として打ち出した自らの権限強化といわれている。

 ナジブはさらにイスラム法の導入に理解を示すことでイスラム勢力を自陣に引き込み、ムヒディン・ヤシ副首相やマハティールの息子、ケダ州知事を解任や辞職に追い込むなど「政敵追い落とし」で閣僚や地方自治体の長をイエスマンで固めるなど政権維持に躍起になっているのが現状だ。

 そこに来て大御所のマハティールからは辞職を勧告され、それを拒否するとマハティールは与党「統一マレー国民組織(UMNO)」を離党して「ナジブ打倒」を掲げる新党を結成、全面対決の姿勢を鮮明にしたのだ。確かに一時に比べマハティールの政治的影響力、発言力は低下している。マハティール自身がそれを肌で感じているからこそ、人気の高いアンワルとの直接会談に裁判所に乗り込み、握手して見せたのだともいえる。そうした演出にはマハティールという今年91歳になった老練の政治家は抜きんでた能力を発揮するのだ。

ナジブ政権の危機感

 政権打倒を掲げるマハティールとナジブ政権野党のPKRを実質率い、今や反ナジブ勢力のシンボルでもあるアンワルとの「18年の隔絶」を超えて実現したこの会談は、事実上は反ナジブ野党勢力のリーダー同士による「政権打倒にむけた共闘」を内外に示す結果になったのはだれの目にも明らかだった。

 ナジブが権力維持に躍起になるのはこのまま議会解散がない場合、次回総選挙が2018年と3年もの時間があるという背景がある。つまり3年間もの長期間台頭する野党勢力を抑え込むために必要な手を着々と打ち、そしてあの手この手を次々と繰り出す必要性を感じているというわけだ。それはまた一種の焦りであり、危機感の裏返しであると野党勢力は指摘する。

 国営通信社のベルナマ通信はマハティール・アンワル会談について与党UMNO副党首の「会談は非常に利己主義的であり、マハティールの行動は必死で死にも狂いにみえる」という言葉を引用して伝え、取るに足らない会談であることを印象付けようとしたこともそれを裏付けているといえるだろう。

イスラム化の真の目的

 マレーシアはナジブのイスラム化が隠れ蓑になってイスラム過激組織やそのメンバーが暗躍する危うい兆候を見せている。今年7月にバングラデシュの首都ダッカで起きた日本人7人も犠牲となった人質テロ事件の犯人2人がマレーシアに留学していたことが判明しているほか中東やバングラデシュ、インドネシアなどから過激な思想を持ったイスラム教徒が流入しているのだ。



 ナジブが急いだNSC法にしてもそうだが、イスラム法導入も「なぜ今なのか」と穏健派イスラムが首をかしげるにもかかわらず積極的、と拙速感が否めない。政権側は「イスラム過激組織やメンバーへの警戒網」と必要性を説明するがそれはあくまで表向きで、窮地に追い込まれつつある「1MDB疑惑」から目を逸らすことが真の目的と野党側は指摘する。

政権打倒のシナリオ

 マハティール、アンワルによる野党共闘は中華系野党を巻き込みながら(1)IMDB疑惑の追及(2)イスラム刑法導入反対(3)NSC法による首相権限強化反対の3点を突破口にして反政府の国民的運動を盛り上げる展開になるとの見方が野党関係者の間では広がっている。両者の直接会談後も水面下では双方の事務レベルなどでの接触が続いているとされ、イスラム教の重要行事である犠牲祭(9月12日)が終わった9月末から年末にかけて、街頭デモ、裁判闘争などを通じて反ナジブ運動を繰り広げ、最終的には議会解散か首相辞任に追い込むのが政権打倒のシナリオとされている。

 対するナジブ、与党側による必死の抵抗も予想され、社会不安を高めることでNSC法を発動し、治安維持名目で野党勢力や政権に批判的なメディア、人権・学生団体などへの弾圧強化も予想されるなど、マレーシア情勢は今後目を離すことができない状況になりそうだ。

 それだけ18年目の怨念を超えた握手の意味は大きかったということだ。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


大塚智彦(PanAsiaNews)

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