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シリアという地獄のなかの希望:市民救助隊「ホワイト・ヘルメット」の勇気

ニューズウィーク日本版 2016年9月13日 18時1分

<アレッポの瓦礫から救出された血まみれの5歳の少年ダクニシュ君を覚えているだろうか。彼を助けたシリア人のボランティア人命救助部隊「ホワイト・ヘルメット」の凄まじい「日常」が、生々しい映像と共にネットフリックスの短編ドキュメンタリーになった。14日に、トロント国際映画祭から世界に向けて発信される>

 オレンジ色のストレッチャーを持った男たちが、ほこりにまみれた巨大な山のような瓦礫に向かって怒りながら走る。幼い女の子と男の子が別の男の腕に抱かれて画面に現れると、バンという2回目の爆発音が鳴り響く。すでに空爆を受けて廃墟と化している建物のなかではいま、救助活動が行われている。そして、画面は暗転する。

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 これは、9月16日から全世界で配信されるネットフリックスの短編ドキュメンタリー『ホワイト・ヘルメット』のオープニングシーンだ。視聴者は40分間にわたって、総勢2900人を擁するシリアのボランティア団体「ホワイト・ヘルメット」の「日常」を垣間見る。隊員は命の危険を冒して、世界で最も危険な紛争地帯で人命を救助しているのだ。

血塗られた5年半

 この番組は、元建築作業員と元鍛冶工、元テーラーの3人の男たちを追っている。アレッポの同じユニット内で活動している3人は、トルコで訓練を受けた。内戦のせいで、シリアでは救助活動に必要な訓練を受けることができないのだ。そして彼らは危険な母国に戻ってきた。

 シリアの血塗られた内戦は5年半にもおよんでいる。ホワイト・ヘルメットが確認したところ、これまで彼らが救った命は6万人にも上る。市民を襲う攻撃の多くは、シリア政府軍の「たる爆弾」や、ロシア軍の空爆だ。

 ホワイト・ヘルメットは中立の立場を貫いている。犠牲者の救助に駆けつけたあと、今度は救助隊員を狙った爆撃で何十人もの隊員の命が失われてきたことを考えると、称賛に値する態度だ。9月7日には、一般市民の救助を試みようとした隊員4人が死亡した。先月は、隊員のハレド・オマーが空爆を受けて死亡した。オマーは、瓦礫の下に16時間も取り残されていた「奇跡の赤ちゃん」を救った男だ。

 ノーベル平和賞にノミネートされているホワイト・ヘルメットは、5歳のオムラン・ダクニシュの救助でさらに名を上げた。ダクニシュは、アレッポで空爆を受けた後瓦礫のなかから救出され、血だらけで虚ろな眼差しで座る姿が世界に衝撃を与えた。ホワイト・ヘルメットの傑出した英雄たちのメッセージは、一切希望がないように見える紛争のただなかで広がり始めている。

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 これが『ホワイト・ヘルメット』製作陣の狙いだ。目的は、作品名の元となった組織、ホワイト・ヘルメットの存在を世界に伝えることである。監督のオーランド・フォン・アインジーデルとプロデューサーのジョアンナ・ナタセガラの両者は以前、手がけたプロジェクト『ヴィルンガ』でアカデミー賞にノミネートされた。





 ネットフリックスとのコラボレーションに魅力を感じたのは、同サービスが53カ国/8,300万人という「驚異的な」リーチを誇っており、それによってこの物語が広範囲において視聴されるからだとアインジーデルは語る。

「われわれの願いは、視聴者がこの作品を見て彼らの活動に触発されること、ソーシャルメディアで『ホワイト・ヘルメット』のウェブサイトやトレーラーを共有し、ほかの人々にもこの作品を見るように伝えてくれることだ」とアインジーデルは述べている。「われわれはこの作品が、とりわけシリア人男性に関する固定概念の破壊を促してくれること、そしてシリアのありのままの姿を伝えてくれることを願っている」

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 今週行われた初の特別上映会でスタンディングオベーションを受けた『ホワイト・ヘルメット』は、9月14日にトロント国際映画祭で世界に向けて上映されることになっている。

 ホワイト・ヘルメットの隊員自らが撮影した映像には、空爆の激しい戦火が広がるシリア北部アレッポとトルコ南部の訓練場を行き来する救助隊員たちの、命懸けの日常がとらえられている。部屋でお祈りをして、家族から安否の連絡を待つ隊員らの素顔を映し出す場面もある。

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 トルコへの同行取材を通じて救助隊から信頼を得ていた監督とプロデューサーは、ホワイト・ヘルメットのカメラマンであるハリド・ハティーブにドキュメンタリーの撮影技術を習得させるため、撮影監督とペアを組ませ、高性能の撮影カメラも貸し出した。そうした判断が功を奏し、ハティーブは救助隊員に寄り添って、息をのむほど緊迫した瞬間を見事に映像に収めた。

武器より担架を選んで

 束の間冗談を言い合うことはあっても、隊員たちの頭の中はいつも任務のことでいっぱいだ。「彼らは一瞬たりとも戦争から逃れることができないという現実を伝えたかった」とアインジーデルは言った。「シリアにいれば絶えず爆撃を受け、人々を助け出すために戦火の中を駆けまわっているのだから、まさに毎日が戦争だ。だが訓練を受けにトルコに戻ったときも、常にスマートフォンで現地の情報や人々の安否を確認せずにはいられない。離れていても、戦争の真っ只中にいるのと同じだ」

 映画の見せ場は、戦場でかすかな希望が垣間見える場面だ。空爆で破壊された瓦礫の中から生後2週間の赤ちゃんが奇跡的に救い出された瞬間や、武器よりも命を救う担架を選んだホワイト・ヘルメットの隊員たちの力強い言葉の数々は、見る者の心を揺さぶる。「武器をとるより人道支援に携わる方がより良い道だと思った」と映画に登場するモハメド・ファラーは言った。「命を奪うよりも、救いたい」



 こうしたメッセージがアインジーデルとナタセガラを映画の製作へと駆り立てた。だが同時に、支払う代償も大きかった。70時間以上かけて撮影した映像のうち、ほとんどが直視できないほど生々しい場面だったため、編集ではどこを残すかの判断にとことん悩んだ。「映画に撮ったのは、隊員たちの日常の2%にも満たないと思う。それでも映っているのは目を覆いたくなる場面ばかりで、視聴者は見るに耐えないと思った」とナタセガラは語る。「あれを見ていなければ、彼らがどんな状況下に置かれているか、そして戦争が終わってから彼らがどうなるかを、想像し始めることすらできなかった」

国際社会の助けを待つ

 製作過程を通じて、2人は必然的にホワイト・ヘルメットの隊員たちの人柄に惹きこまれた。「映画の編集作業に関わった人やプロジェクト関係者のだれもが心を動かされ、彼らの姿を胸に刻んだ。だからこそ、みんなが心を一つにして、彼らの話を世界中に伝えるという決意を新たにできたのだと思う」

 シリア内戦の終わりが見えないなか、アインジーデルとナタセガラは、シリアで何が起きているのかが分からない一般の人々にも理解できるような作品に仕上げた。公平な立場を保って全体にバランスをとることにも成功した。「作り手として中立性を保つのは、並大抵の努力ではなかった」とナタセガラは言った。「映画が訴えるメッセージは、一人ひとりに映像から感じ取ってもらえればいい」

 ホワイト・ヘルメットは歴史に名を刻み、本作のようなドキュメンタリー映画によって、シリア内戦が終わった後も永く人々の記憶に残るだろう。絶えず爆撃に見舞われ、瓦礫の中に広がる恐怖の光景に日々さらされようと、隊員たちはずっと信じ続けている。国際社会がシリアの人々を救うために立ち上がり、この内戦を解決に導いてくれることを。



ジャック・ムーア

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