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対中強硬派のベトナムがASEAN諸国を結束させられない理由

ニューズウィーク日本版 2016年9月16日 18時50分

<南シナ海に中国が作った人工島を攻撃することも辞さないベトナム。先のASEAN首脳会議でも声を1つにして南シナ海の大半に中国の管轄権は及ばないとする仲裁裁判所の裁定を世界に示そうとしたがかなわなかった。カンボジア、ラオスなど、中国からの投資だけが頼りの国々を中国が切り崩しているためだ。一方、メコン川流域に目を向ければ、上流に中国が建設しているダムのせいで下流域の国々では農業や生活に不可欠の水量が減るなど共通の利害もある。かつての敵国アメリカと手を結んだベトナムは、中国を退けられるか>(写真は2014年、水流が減ってしまったメコン川で牛を洗うカンボジア人)

 最近の報道によるとベトナムは、中国と領有権を争う南シナ海にロケット発射装置を移動させ模様だ。つまりベトナムは、中国が埋め立てた人工島を攻撃する可能性もあるということだ。南シナ海をめぐる中国と周辺諸国の緊張は高まるばかりだ。

 米国防省は2016年5月に公表した年次報告書で、周辺国が領有権を争う南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島における中国の埋め立て面積が約13平方キロに達し、人工島には長さ約3キロの滑走路や大規模な港湾施設が建設されたと明らかにした。中国はさらに、ベトナムなどが領有権を主張する西沙(パラセル)諸島のウッディ―島に地対空ミサイルを配備するなど、着々と軍事拠点化を進めている。2015年に米政府が公表した同様の報告書は、中国がたった18カ月で約8平方キロに及ぶ人工島を造成した経緯が詳細に書かれていた。

【参考記事】中国が西沙諸島に配備するミサイルの意味

 こうした中国の動きは、中国が南シナ海のほぼ全域に及ぶ九段線(中国が領有権を主張するため地図上に引いた境界線)に沿ったADIZ(防空識別圏)を設定するのではないかと国際社会は警戒感を強めている。

 南シナ海の領有権をめぐってフィリピンが中国を相手に起こした仲裁裁判で、オランダ・ハーグの国際仲裁裁判所は7月、フィリピンの主張をほぼ全面的に認め、九段線に基づく中国の歴史的権利に「法的根拠なし」とする画期的な裁定を下した。だが中国政府は裁定を無視し、日米の外交圧力に屈した国際仲裁裁判所の判決に根拠はないと一蹴。従う気配はない。

 そんななか、中国に反旗を掲げて行動に出たのがベトナムだ。もともとベトナムは、中国の強引な海洋進出に対抗するため、南シナ海をめぐる領有権問題についてASEAN(東南アジア諸国連合)加盟10カ国が一致団結して対応しようと模索してきた。全会一致を原則とするASEANが一丸となって中国に立ち向かうことで、中国を交渉の場に引きずり込むのが狙いだった。

【参考記事】南シナ海の中国を牽制するベトナム豪華クルーズの旅
【参考記事】ベトナムvs中国、南シナ海バトルの行方

 一方の中国政府はASEANと交渉するよりASEAN各国との2国間協議を望んでおり、これまでのところは中国の思惑通りに進んできた。

中国に分断されたASEAN

 ASEAN諸国の足並みはなかなか揃わない。南シナ海問題に関する実績といえば、2002年に領有権問題の平和的解決を目指して中国とASEAN諸国が調印した「南シナ海行動宣言(DOC)」くらいだ。それから10年後の2012年、ASEAN諸国と中国は「行動宣言の実施に向けたガイドライン」に合意したが、いまだ実施には至っていない。

 2016年7月にラオスの首都ビエンチャンで開催されたASEAN外相会議では、中国から多額の経済支援を受けるカンボジアが、ASEAN共同声明で南シナ海問題に言及させまいと抵抗。ASEANは分裂し、法的、外交的なプロセスを尊重するという緩やかな文言すら盛り込めず、仲裁裁判所の裁定にも言及できなかった。

【参考記事】チャイナマネーが「国際秩序」を買う――ASEAN外相会議一致困難

 カンボジアが中国に不利なASEAN共同宣言を阻止したのは、これで3度目だ。ASEAN外相会議を1カ月後に控えた今年6月、カンボジアはミャンマーやラオスと手を組み、中国による南シナ海の軍事化を念頭に「深刻な懸念」を示したASEANの声明への支持を取り下げ、より軟らかなトーンに変えさせた。中国の王毅外相は、カンボジア政府の努力を称賛した。

 はるか昔、2012年にカンボジアの首都プノンペンで開催されたASEAN外相会議でも、南シナ海問題をめぐる関係諸国の対立が激しさを増し、史上初めて共同宣言を採択できずに閉幕した。南シナ海の領有権をめぐる中国との紛争をASEAN共同宣言に明記するよう求めたベトナムとフィリピンに対し、議長国のカンボジアは盛り込むことを断じて許さなかった。

 なぜカンボジアはそれほど中国寄りなのか? 専門家や外交筋に言わせれば、カンボジアは中国マネーに買収されたようなもの、と見るのが一般的だ。事実、中国はカンボジアだけでなく、ミャンマーやラオスでもインフラ事業に率先して多額の資金を注ぎ込み、影響力を拡大している。中国がASEANの切り崩しにこれほどまで努力するのは、南シナ海問題のためだけではない。中国政府が進めるより強引なプロジェクトに対し、ASEAN諸国が結束して異議を唱えるのを阻止するためだ。

メコン川流域にも紛争

 中国と一部のASEAN諸国の間でとりわけ大きな火種になってきたのが、中国がメコン川流域で進める水力発電ダムの建設と水源の管理をめぐる問題だ。最大の関心を抱いているのはメコン川の下流に位置するベトナム。メコンデルタはベトナムで最も稲作に適した土地であり、米を育てるためにはメコン川上流からの水源が一番の頼りだ。ダムの建設によって下流部への水がせき止められれば、コメの生産に影響が出る恐れがあり、死活問題だ。

【参考記事】何もなかった建設予定地、中国-ラオス鉄道が描く不透明な未来

 1986年に中国政府が国内のメコン川流域でマンワン・ダムの建設を始めて以来、ベトナム政府は中国に対してダム建設がメコンデルタへの水流をせき止める危険性があると再三訴えてきたが、状況は何も改善していない。中国政府はマンワン・ダムが遠く離れた南方のメコンデルタに影響を及ぼすはずはないとしてベトナムの主張を拒み、中国国内にあるメコン川の水源は川全体を流れる水の16%にしか満たないと反論した。

 ベトナムは世界中の国々から支持を取り付けようと奔走し、とりわけアメリカの後ろ盾を求めた。米政府はベトナムの期待に応え、一貫して中国のダム建設プロジェクトを公の場で非難してきた。

アメリカは中国に対抗できるか

 当時の米国務長官だったヒラリー・クリントンは2012年7月、アメリカの政府高官としてベトナムとカンボジア、ラオスへの歴訪を実現し、バラク・オバマ政権の「アジア重視」戦略を見せつけた。彼女はラオスを訪問中、タイの会社が受注しラオスで建設中だったサヤブリ・ダムについて、沿岸住民の暮らしや環境への悪影響が懸念されるため、計画を一時凍結するよう主張した。それは中国以外のメコン川下流域の本流では初めてのダム建設プロジェクトで、ベトナムやカンボジアが反対していた。

 近年アメリカは、メコン川流域国を囲い込むため様々な布石を打ってきた。アメリカが主導して立ち上げた「メコン川下流域イニシアティブ」には、カンボジアとラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの5か国が参加。2010年には環境保全や教育振興などを目的に、流域4カ国で構成する「メコン川委員会」と「米ミシシッピ川管理委員会」がパートナーシップ協定を結んだ。「米・ラオス二国間対話」も今年で7回目を迎えた。最たる例はベトナムだ。今ではアメリカ海軍の艦船が毎年ベトナムに寄港し、合同の軍事演習も行っている。

 つまりアジアにおける覇権と資源をめぐる争いは、南シナ海だけで繰り広げられているわけではない。メコン川流域国でも米中の主導権争いがますますエスカレートしているのだ。戦略的には中国が先行しており、外交や軍事面でアメリカのより積極的な動きが求められる。



Oliver Hensengerth, Lecturer in Politics, Northumbria University, Newcastle

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.


オリバー・ヘンセンガース(英ノーサンブリア大学政治学講師)

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