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ニューヨーク連続爆発事件、大統領選への影響は? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年9月20日 13時10分

<マンハッタンなどで発生した爆発事件の容疑者が拘束されたが、今回の事件がテロかどうか捜査当局はまだ断定していない。しかし米社会への衝撃は大きく、来週から始まるテレビ討論の争点になることは必至だ>(写真は銃撃戦の末に拘束、搬送されるラハミ容疑者)

 2016年9月17日(土)の朝9時半ごろ、ニュージャージー州の大西洋岸にあるシーサイド・パークという町で、チャリティイベント(5000メートルのマラソン大会)の直前に、ゴミ箱内のパイプ爆弾が爆発。マラソン大会は中止されたものの、被害はありませんでした。

 続いてその17日の夜8時半ごろ、マンハッタンのチェルシー地区でゴミ箱に仕掛けられた圧力鍋爆弾が爆発し、通行人29人が負傷しました。その後、市警察が周辺を捜査したところ、2時間半後の午後11時ごろ、数ブロック離れた場所で同様の圧力鍋爆弾が発見され、こちらは回収されています。

【参考記事】NYマンハッタン爆発事件の容疑者、銃撃戦の末に拘束

 その24時間後の18日(日)の夜、ニュージャージー州のエリザベス駅構内のゴミ箱の上にあった「不審なバックパック」の中にパイプ爆弾が5個入っているのが見つかりました。警察は、遠隔操作ロボットで解体しようとしましたが、午前3時頃に誤って1つが爆発し、直ちに近辺は厳戒態勢となりました。

 マンハッタンで爆弾を仕掛けた人物は、監視カメラに撮影されており、また27丁目の未遂に終わった爆弾から指紋が検出されたことから、容疑者としてアフマド・カーン・ラハミ(28歳、アフガニスタン出身、アメリカ市民)が浮上しました。

 そのラハミ容疑者は、19日(月)午前11時前後、ニュージャージー州リンデンで、食堂の前で眠っているところを住民に通報され、その後に警官隊と銃撃戦の末、逮捕されています。(容疑者と警官4人が負傷したものの、ともに軽症)

 以上が、時間的な経過ですが、これとは別にラハミに関しては、色々なことが分かっています。まず、兄弟でニュージャージー州のエリザベス市内でフライドチキン店を経営しているものの、その店は、禁止されている24時間営業を行ったばかりか、客の騒音の問題もあって近隣から苦情があり、市当局と訴訟合戦を行った過去があるそうです。

 その訴訟合戦とは、ラハミの側は「市と近隣コミュニティの姿勢が人種差別的」ということで民事訴訟に訴えたということです。また、その訴訟の延期申請をしたことから、ラハミの父親がパキスタンに渡航歴があることが明るみに出ており、本人もパキスタンとアフガニスタンに渡航歴があるという報道があります。



 それ以外は、宗教的な急進派であるような兆候は報じられてはいません。FBIのウォッチリストにはまったく引っかかっていないという発表もありました。但し、自分の姉(妹?)にナイフを突きつけたというDV事件の絡みで警察に聴取を受けたことはあるようです。

 NBCの戦争報道のプロである、リチャード・アングルは「あまりに稚拙な犯行で、組織とのつながりは薄いと思われる」という見解を述べています。また、ISISは、この種の事件があると「後付けの理屈」として「彼は我々の戦士だ」などという声明を出すことが多いのですが、このラハミに関しては沈黙しています。

 なお、事件のあったマンハッタン・チェルシー地区やニュージャージー州のエリザベス駅、リンデン、シーサイド・パークというのは、すべてニュージャージーに住む筆者の行動範囲で、まったく他人ごとではありませんでした。すぐ近所の駅や学校でも、この日は警戒態勢が敷かれ、電車のダイヤは大きく乱れるなど終日混乱が見られました。

 一方、現在は大統領選の最中で、トランプは早速「(テロとの戦いの)事態は益々悪化している」とコメントしています。一方のヒラリーは、このトランプの発言を受けて「危険なレトリック」だと非難、「迅速な展開にはFBIと警察の努力が奏功した」と語っています。

【参考記事】「健康問題」と「罵倒合戦」で脱線気味の大統領選

 さらに犯人逮捕があった夜には、トランプは「イスラム教徒の一斉取締りを行う」と言明しています。インタビューをしていたFOXニュースの著名な「保守派キャスター」であるビル・オライリーは呆れ顔で「どうやってやるんですか?」と追及したのですが、トランプは「イスラエルがプロだから、イスラエルのノウハウでやる」と息巻いていました。

 一方で、この事件に関する評価に関しては、様々な見方が出ています。例えば、FBIは「これはテロなのか?」という質問に対して「テロとは政治的・宗教的な目的を遂げるために恐怖を使用するものだ」という定義に照らして、この事件があてはまるかどうかは「今後の捜査の進展による」という慎重な姿勢を取っています。

 地元ニューヨークでも、クオモ知事は早々に「テロ」と断定していますが、デブラシオ市長は「テロかどうかは分からない」としています。恐らく「トラブルメーカーのフライドチキン店の犯罪」という見方と「アフガン渡航歴のあるテロリスト」という見方の間で、拙速な決めつけはしないということなのでしょう。

 基本的には捜査の進展を待つしかありませんが、「深刻なテロであり、捜査当局には失態があり、脅威が拡大している」のであればトランプが有利になり、「捜査当局は優秀で脅威はコントロールされている」のであればヒラリーが有利になる、といった雰囲気が各局の特番からは感じられます。

 いずれにしても、今後の展開は気になるところです。ちょうどこの犯人逮捕劇から一週間後の来週26日には、現場に程近いニューヨークのロングアイランドで、第一回の大統領選テレビ討論が予定されています。事件を受けて、「テロ対策問題」が取り上げられることは不可避であり、両候補の真剣な議論が期待されます。

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