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テスラが描くエネルギー新世界

ニューズウィーク日本版 2016年9月21日 11時0分

<電気自動車は「入り口」にすぎない。テスラCEOのイーロン・マスクが見据える石油依存からの脱却とエネルギーの未来>

 今年の夏は観測史上最も暑かったとか。このままだと、いずれは極北のアイスランドが熱帯のジャマイカ並みの気温になりかねない。すごく憂鬱な話だけれど、ちょっぴりクールなニュースもある。ひたすら変身を重ねるベンチャー起業家イーロン・マスクが、20世紀型資本主義の機関車たるエネルギー産業を変身させる壮大な計画に乗り出したのだ。

 まずは小さな一歩だが、マスクはこの夏、自らの電気自動車(EV)製造会社テスラモーターズと、いとこが経営する住宅用太陽光発電の施工会社ソーラーシティーの合併に踏み切った。

 短期利益しか頭にないウォール街の諸兄は、この赤字会社同士の合併をバカな話と決め付けている。でも、ここでの問題は明日の株価の上げ下げではない。エネルギーの未来だ。

 今後10~20年で、たいていの住宅やビルの屋根に安くて発電効率のいいソーラーパネルが付き、地下室やガレージには余剰電力をためておける大型蓄電池が設置されるようになるだろう。送電線は双方向的になり、誰もが電力を手軽に売買できるようになりそうだ。

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 新車の大半は電動タイプになり、ネットにつながり、自動運転の機能を備えている。オーナーが使っていない時間帯には配車アプリの呼び出しに応えて出動し、小銭を稼いでくれるだろう。

 こうなると石油の用途はプラスチックの製造とジェット燃料くらいになる。需要と価格の下落で原油の採掘は採算の合わないビジネスになり、やがて私たちが排出する二酸化炭素の量は劇的に減るだろう――。

 夢物語と思われるだろうか。いや、技術革新のトレンドを総合すれば、時代は確実にそんな方向へ向かっている。

 ソーラーパネルの価格は80年代以降95%も下がったし、一方で発電効率は急激に向上している。今の技術でも、アメリカ全土のわずか0.6%をソーラーパネルで覆えば、国内で必要なすべての電力を供給することが可能だという。

 8年前にテスラが初のスポーツカータイプのEVを発売した当時は、EV大衆車の出現など遠い先の話に思えたもの。しかし今年3月末に新型セダン「モデル3」の事前注文の受け付けを開始すると、数週間で約40万件の予約が殺到した。今ではほとんどの大手自動車メーカーがEVの開発に力を入れている。



 こうした未来を実現する上で欠かせないのが据え置き型の蓄電池だ。そこでマスクは50億ドルを投じて、ネバダ州にリチウムイオン電池の巨大工場「ギガファクトリー」を建設している。稼働すれば、量産効果で電池の価格を少なくとも70%引き下げられるという。

 さらに、ここで注目したいのがマスクの「マスタープラン・パート2」だ。去る7月に発表したものだが、彼はそこで、スタイリッシュなEVの販売はテスラにとって「入り口」にすぎず、最終目標は「脱石油」の実現だと表明している。つまり、自分が目指すのは「持続可能なエネルギーの台頭を加速し、私たちが明るい未来を思い描けるようにすること」だという。EVは、その持続可能なシステムの一部という位置付けだ。

大手に「勝つ」必要はない

 このプランに必要なもう1つの要素は送電網の刷新だ。大規模発電所からの一方通行だった従来の送電網を、双方向の「スマートグリッド」に変身させることだ。今後もソーラーパネルを設置する家庭や事業所は増え続け、在来型の火力発電所でつくられた電力に対する需要は減り続ける。そうであれば、電力各社もスマートグリッドに対応せざるを得ない。

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 こうした完全なシステムの実現が見えているからこそ、マスクはテスラとソーラーシティーの合併に踏み切ったのだろう。06年創業のソーラーシティーは、米国内最大の住宅向けソーラーパネル施工会社だ。当初から急成長を遂げ、昨年段階では顧客数が毎月1万2000戸も増えており、会社の時価総額は60億ドルにも達した。今は赤字に転落し、直近の四半期決算では2億ドル程度の純損失を出したとされる。ただし、その背景には既存の電力会社を保護したい当局による規制変更があるという。

 マスクはテスラから重要なことを学んだ。すべてを自分で変えようとせずに、道筋を示せばいいのだということを。

 マスクは、大手の自動車メーカーに勝つ必要はなかった。ただ彼らに、EVが自動車業界を活性化させるものだと認識させ、テスラに追い抜かれる前にテスラを後押ししたいと思わせるだけでよかった。結果、今は自動車業界全体がEV化の方向に走りだしている。

 それと同じことを、マスクは今、エネルギー業界でやろうとしている。

 気候変動に関するパリ協定の締結は素晴らしいことだろう。しかしエネルギー革命をもたらす原動力は、起業家の努力と技術の進歩だ。そして今、マスクがその道筋を示した。

 さあ、みんなで「マスタープラン・パート2」の成功を祈ろう。氷の解けたアイスランドでジャマイカ生まれのレゲエを聴くなんて、様にならない。

[2016.9.20号掲載]
ケビン・メイニー

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