<退職後の日本の高齢男性の家事実施率は2.4%と欧米各国と比較すると極端に低い。高齢男性が家事をやらないことは、近年熟年離婚が増加していることとも関連がありそうだ>
今週19日は「敬老の日」。総務省が今月まとめた統計によると、日本の高齢人口は3461万人で、国民全体に占める割合は27.3%と過去最高を記録した。
人は誰しも老い、やがては社会の一線から退くことになるが、それに伴い生活も変化する。男性はその変化の度合いが大きく、外での仕事という役割を喪失して、何をするべきか見失った状態に陥る人も少なくない。
【参考記事】未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会
引退後の主な生活の場は職場から家庭へとシフトするが、家庭には家事労働という「仕事」がある。引退後の男性の家事実施率は、少しは上がるだろうと想像するかもしれないが、現実はそうではない。<図1>は、同居者のいる高齢者に「家事を担っているか」たずねた結果だ。日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの4か国の男女の家事実施率を棒グラフで表している。
日本の高齢男性の家事実施率は2.4%と極端に低い。どの国でも、男性は女性より低いが、日本の性差はあまりに大きすぎる。男女平等先進国のスウェーデンでは、その差はほとんどない。
時間ができるとはいえ、仕事一筋で生きてきた日本の男性が、いきなり家事に勤しむのは難しいようだ。2015年の調査で60歳以上ということは、1955(昭和30)年以前に生まれた世代にあたるので、戦前戦中の性別役割観が染みついているのだろう。妻の側も、夫が家事を分担することをあまり期待していないのかもしれない(夫がやっても二度手間になる)。
しかし高齢期では夫婦だけの世帯が多くなるため、妻の不満は高まっていく。何もしない夫を横目に、自分だけがいそいそと動き回るのは心中穏やかではない。「定年退職して、家事もしない夫が毎日家にいると思うと気が遠くなる。離婚したい」といった新聞への投稿などから、妻側の心情が見てとれる。最近、熟年離婚が増えているというが、<図1>のグラフをみると「さもありなん」だ。
2011年の総務省『社会生活基本調査』によると、無職の65歳以上男女の平均家事時間(1日あたり)は男性が51分、女性が178分。男性の分担率は、51/(51+178)=22.3%となる。男性(夫)の分担率は5分の1でしかない。都道府県別にみると、最高は長野の35.2%、最低は大阪の14.8%となっている。
各県の高齢男性の家事分担率は、熟年離婚の発生率と関係がありそうだ。<図2>は、そのグラフだ。離婚率は、2012年中に離婚を届け出た女性(妻)の数を、同年10月時点の有配偶女性数で割って算出した。分子・分母とも60歳以上で、単位は1万人あたりにしている。
高齢者のデータでみると、男性の家事分担率は離婚率とマイナスの相関関係がある。相関係数(-1から+1までの値をとる測度で、-1に近いほどマイナスの相関が強いことを意味する)は-0.548で、統計的に有意(何らかの関連が認められる)だ。男性(夫)が家事をする地域ほど、離婚率は低い傾向にある。
もちろん要因は他にも考えられるが、47都道府県の総体で見て、定年後の男性の家事分担率と離婚率の間に有意な相関関係が見られるのは注目に値する。
【参考記事】女性の半数が「夫は外、妻は家庭」と思っているのに、一億総活躍をどう実現するのか
熟年離婚が悪いとは言わないが、妻に去られた夫の苦難は想像される(それまで家事をしてこなかった場合は特に)。以前の記事で取り上げたが、男性の離婚率と自殺率はプラスの相関関係にある。女性には見られない男性固有の傾向だ。
日本では定年退職に伴う役割変化があまりに急激で、男性はアイデンティティの大きな変更を求められる。しかしそれを緩和することは可能だ。現役時代から、仕事一辺倒の職業人だけでなく、家庭人や地域人としての顔も持つことだろう。それが充実した高齢期を送るためのステップとなる。
<資料:内閣府『高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』(2015年度)>
≪筆者の記事の一覧はこちら≫
舞田敏彦(教育社会学者)
今週19日は「敬老の日」。総務省が今月まとめた統計によると、日本の高齢人口は3461万人で、国民全体に占める割合は27.3%と過去最高を記録した。
人は誰しも老い、やがては社会の一線から退くことになるが、それに伴い生活も変化する。男性はその変化の度合いが大きく、外での仕事という役割を喪失して、何をするべきか見失った状態に陥る人も少なくない。
【参考記事】未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会
引退後の主な生活の場は職場から家庭へとシフトするが、家庭には家事労働という「仕事」がある。引退後の男性の家事実施率は、少しは上がるだろうと想像するかもしれないが、現実はそうではない。<図1>は、同居者のいる高齢者に「家事を担っているか」たずねた結果だ。日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの4か国の男女の家事実施率を棒グラフで表している。
日本の高齢男性の家事実施率は2.4%と極端に低い。どの国でも、男性は女性より低いが、日本の性差はあまりに大きすぎる。男女平等先進国のスウェーデンでは、その差はほとんどない。
時間ができるとはいえ、仕事一筋で生きてきた日本の男性が、いきなり家事に勤しむのは難しいようだ。2015年の調査で60歳以上ということは、1955(昭和30)年以前に生まれた世代にあたるので、戦前戦中の性別役割観が染みついているのだろう。妻の側も、夫が家事を分担することをあまり期待していないのかもしれない(夫がやっても二度手間になる)。
しかし高齢期では夫婦だけの世帯が多くなるため、妻の不満は高まっていく。何もしない夫を横目に、自分だけがいそいそと動き回るのは心中穏やかではない。「定年退職して、家事もしない夫が毎日家にいると思うと気が遠くなる。離婚したい」といった新聞への投稿などから、妻側の心情が見てとれる。最近、熟年離婚が増えているというが、<図1>のグラフをみると「さもありなん」だ。
2011年の総務省『社会生活基本調査』によると、無職の65歳以上男女の平均家事時間(1日あたり)は男性が51分、女性が178分。男性の分担率は、51/(51+178)=22.3%となる。男性(夫)の分担率は5分の1でしかない。都道府県別にみると、最高は長野の35.2%、最低は大阪の14.8%となっている。
各県の高齢男性の家事分担率は、熟年離婚の発生率と関係がありそうだ。<図2>は、そのグラフだ。離婚率は、2012年中に離婚を届け出た女性(妻)の数を、同年10月時点の有配偶女性数で割って算出した。分子・分母とも60歳以上で、単位は1万人あたりにしている。
高齢者のデータでみると、男性の家事分担率は離婚率とマイナスの相関関係がある。相関係数(-1から+1までの値をとる測度で、-1に近いほどマイナスの相関が強いことを意味する)は-0.548で、統計的に有意(何らかの関連が認められる)だ。男性(夫)が家事をする地域ほど、離婚率は低い傾向にある。
もちろん要因は他にも考えられるが、47都道府県の総体で見て、定年後の男性の家事分担率と離婚率の間に有意な相関関係が見られるのは注目に値する。
【参考記事】女性の半数が「夫は外、妻は家庭」と思っているのに、一億総活躍をどう実現するのか
熟年離婚が悪いとは言わないが、妻に去られた夫の苦難は想像される(それまで家事をしてこなかった場合は特に)。以前の記事で取り上げたが、男性の離婚率と自殺率はプラスの相関関係にある。女性には見られない男性固有の傾向だ。
日本では定年退職に伴う役割変化があまりに急激で、男性はアイデンティティの大きな変更を求められる。しかしそれを緩和することは可能だ。現役時代から、仕事一辺倒の職業人だけでなく、家庭人や地域人としての顔も持つことだろう。それが充実した高齢期を送るためのステップとなる。
<資料:内閣府『高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』(2015年度)>
≪筆者の記事の一覧はこちら≫
舞田敏彦(教育社会学者)