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法のスキルを活用し、イノベーションを創出しやすい環境を作る

ニューズウィーク日本版 2016年9月22日 7時35分

<就職した法律事務所で企業法務を扱う一方、クリエイターの創作活動を支援し始めた水野祐氏。2013年に独立し、今ではクリエイティブ、IT、建築・不動産の3分野を中心にリーガルサービスを提供している。クリエイティブ・コモンズや「チンポム(Chim↑Pom)」の活動の法的支援にも携わってきた水野氏は、何を基軸にしているのか>

 僕の専門は著作権や知的財産権と言っていますが、取り扱う分野は多岐に渡ります。法律業界の中ではちょっと毛色が変わった弁護士かもしれません。

 もともとサブカルチャーが好きで、大学時代はバンド活動や映画製作もしていました。就職した法律事務所は企業法務を広く扱っていたのですが、興味のある分野で法律の知識を生かしたいと思って、NPO団体「アーツ・アンド・ロー」や「クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(NPO法人コモンスフィア)」の活動に個人的に携わるようになりました。

クリエイターの創作活動を法律の視点で支援

 アーツ・アンド・ローは弁護士がクリエイターの無料の法律相談に乗るというもので、デザイン、映像、音楽、映画、写真、出版、アニメ、漫画、アートといったクリエイティブを法律の側面からサポートします。

 例えば「自分が作ろうとしているものが法に抵触しないか」「既存の創作物をもとに新しい表現をしようと思っているが、著作権の侵害になるか」「自分が創作したものの著作権、知的財産権はどこまで認められるか」といった相談のほか、契約や労務にまつわる相談なども幅広く寄せられます。

 弁護士への相談というと敷居が高いイメージがありますが、無料で気軽に接触してもらうことで、個人のクリエイターや小規模なベンチャー企業が創作活動に集中できるようになればと思っています。こういう小規模なプロダクションの活力が日本のクリエイティブを支えています。僕らはそのインフラ(社会的基盤)になれればと考えています。

 クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの方は、インターネット/デジタル時代における著作権と新しいライセンスの仕組みを提供することで、創作物をオープンに流通させようという活動です。

 オープン化といっても著作権を譲渡・放棄するのではありません。著作権はあくまでクリエイターに残したまま、著作権の一部だけを開放するという考え方です。デジタル化が進行してコピーや配布が手軽にできるようになったという時代の変化に対応して、著作権のあり方も変化するべきではないかということです。

 こうしたクリエイター向けの法律相談や社会におけるオープンなデザインについて模索する中で、3Dプリンターなどを活用したデジタルファブリケーションを推し進めるファブラボ* の活動にも関わるようになりました。

ともに企画を練り上げていくプランナーの役目も

 2012年末に勤めていた法律事務所を退職、翌13年に「シティライツ法律事務所」を立ち上げました。現在では、コンテンツ系のクリエイティブ分野、ウェブやテクノロジーなどのIT分野、それに建築・不動産分野という3つの軸を中心にリーガルサービスを提供しています。3Dプリンターの普及などにより、従来扱っていなかった製造業などのクライアントも増えてきました。また、建築家などはクリエイティブ分野で以前からもクライアントではありましたが、民泊や遊休不動産活用、街づくり、リノベーションといった具合にテーマに広がりが出てきていますね。

 最近はオープンソースのビジネスへの援用、あるいはオープンイノベーションを実現したいということで、規模の大きな企業からも企画の法的な妥当性や利用規約の作り方について相談を受けるようになってきました。そういう意味では法人の垣根を越えて混ざり合う中で面白いものが生み出せるのではないかとも感じています。

 何かトラブルがあったときに、それを解決する** のももちろん弁護士の仕事なんですけど、僕の場合、ことが起こる前に法に抵触しないラインはどのあたりかというアドバイスをしたり、プロジェクトがスムーズに進むように契約や段取りを考えたりといった仕事も少なくありません。そういう場合は、単なる法的助言者というよりは、一緒に知恵を絞って企画を練り上げていくプランナーのような役割を部分的に担っていると言えるかもしれません。

 インターネットの普及でつくり手と消費者が直接つながるようになり、モノづくりに携わる人たちも適法性やライセンス、契約といった法的な事柄に無関心でいられなくなってきました。そういうところでつくり手や技術者の気持ちがある程度理解できたり、現場の感覚を説明するのに話が早い僕のような弁護士の出番が増えているのかもしれません。

【参考記事】ノイズこそ大切に守るべき創造性の種



人、モノ、コトが邂逅する環境を生み出したい

 コンテンツ分野のリーガルサービスからスタートして、今やハードウェアや建築・不動産まで幅広く請け負っているわけで、何をやっている弁護士なのかわかりにくいとよく言われるんですが(笑)、俯瞰してみると僕の活動の基軸にあるのは、さまざまな有形無形のリソース(資源)を権利からいったん解きほぐして整理し、流動化させることで、人、モノ、コトが邂逅するような環境を生み出したい、ということなんだろうなと思います。ブリ・コラージュを生み出す環境をいかに作るか、ということです。

 既存のリソースを流動化して、いかに有効な利活用につなげていくか。それを法的な視点から支援するのが僕のミッションなのかな、と。

 最近の事例では、公益財団法人「ジョイセフ」と建築家・遠藤幹子さんの国際協力プロジェクトである、ザンビアの「マタニティハウス」のデザインガイドブックについてクリエイティブ・コモンズ・ライセンス取得をサポートしました。***

 単純にウェブ上にアップしているだけだと「オールライツリザーブド」、いわゆるマルにCの表記で表される「著作権保有」の状態と見なされ、転載・複製・翻訳など無断で行うことはできません。しかしクリエイティブ・コモンズ・ライセンスをつければ利用条件がクリアになって、そのコンテンツを利用したいユーザーが扱いやすくなり、より流通を促進できると考えられます。クリエイターの権利を尊重しつつ、作品をシェアしやすい環境作りに役立つわけです。ある種のブランディングにもなりますし、オープンなコミュニティへの参加表明にもなり得るでしょう。

 このほかに僕がライセンスデザインを手掛けた案件としては、ボーカロイドソフト「初音ミク」のキャラクターイラストのCCライセンス対応、顧問を務める山口情報芸術センターのアーティストとの共同研究開発契約書を含む一連のオープン化**** 、森美術館などでの一部展覧会での写真撮影許可などがあります。

 もちろん、すべての創作物にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスをつけるべきだとは言いません。オープン化はやり方次第では知財の流出につながりかねませんし、僕自身、コアの技術やコンテンツを排他的・独占的な方向に持っていく作業も弁護士として多く請け負っています。ただ、今の時代ネットを通じてのオープン化がもたらすメリットはクリエイターや作品をシェアするユーザーだけでなく、広く社会にまで影響を及ぼすのではないかと考えています。そのコンテンツがオープンになりたがっているのか、クローズド(権利保護)を志向しているのか、コンテンツの本質を突き詰めて考えることが重要です。

【参考記事】資本主義の成熟がもたらす「物欲なき世界」





イノベーションが創出しやすい環境は作れる。そのために法律を最大限活用すべき


 イノベーションとひとくちに言っても、文化的なものと産業的なものの両方あると思います。文化的なイノベーションというのは、クリエイティビティといってもいい。0から1を生み出すようなまったく新しい発想はなかなかできるものではないし、それはある種の神話だとさえ僕は思っていて、どんなに0から1を作ったように見えたとしてもそこには積み上げがあるはずなんです。その積み上げが何かといえば、それはやはり既存のリソース――映像やデザイン、音楽、写真、建築物など、有形無形の膨大な作品群ではないでしょうか。

 となると、世の中で面白いものが生み出されるためには、いかに誰もが有効活用できるリソースがたくさんあるかが非常に重要となるわけです。しかもいかに検索可能でアクセシビリティに優れているか、コミュニティでうまく利活用される環境を整えられるかというところがイノベーションのポイントではないかと思うんですね。

 要するに、イノベーションを創出することはそう簡単にはいかないけれども、創出しやすい環境は狙って作れるのではないか、そしてそのために法律や契約という法のスキルを最大限活用すべきではないかということです。そのような法律の位置づけを個人的にリーガルデザインと呼んでいまして、デザインの仕方次第で法律は社会におけるクリエイティビティを高めるための潤滑油になり得ると思っています。

ルールは与えられるものでなく自分たちで作っていくもの

 規制、ルール、法律、契約といった決まりごとは自由を阻害するもので、できるだけ遠くに置いておきたいと考える人が多いのではないでしょうか。でも、あえてルールを作ることで産業が活性化することもあるし、ライセンスをうまくデザインすることでリソースをオープン化してクリエイティビティを加速するというケースも実際に出てきている。ルールを単に規制としてとらえるのではなく、よりよい社会を作っていくためのツールとしてアップデートしていく時期に今僕らは差し掛かっているのではないかと思います。

 その具体的な対応策の1つがクリエイティブ・コモンズととらえることも可能でしょう。これはクリエイターとユーザーが互いに合意した条件でコンテンツの利用を簡易かつスピーディに許諾する仕組みであり、国が決めた著作権という法律に盲目的に従うのではなく、当事者の意思でルールメイキングしていくためのツールともいえます。翻っていえば、クリエイティブやイノベーションの土壌となる法の「余白」を当事者が契約によって生み出すツールであるととらえることも可能です。

 国が決めた法律を変えるのは大変だ、時間がかかるとあきらめてしまいがちなんですが、ホッブスやルソーの唱えた社会契約論からすると、法律も国と市民の契約の集積と見なすことが可能です。つまり僕ら個人個人の契約を自分たちがしっかり考えて変えていくことで、それがやがては国民の意思として法律にまで援用されるんじゃないか。そのような想像力を持つことが大事なのだと思います。

 そういう意味でも僕たち1人ひとりの法律に対するマインドを変えて、ルールは与えられるものでなく自分たちで作っていくんだという考え方が、ビジネスでも文化でも、もっといえば政治にも応用可能ではないでしょうか。リーガルデザインの視点は今の日本の閉塞感を打ち破って、イノベーションを促進する要素になりうると思います。



既存のリソースに付随する権利を解きほぐしてみる

 個人のマインドの変革という意味では、既存のリソースとそれに付随する権利を一度解きほぐしてみる、そうすることで新たに得られる価値があるということも指摘しておきたいですね。

 例えば建築・不動産の分野を例にとれば、日本ではまだまだ土地の値段も高いし、所有者のマインドとして土地や建物から所有権を切り離して考えることは難しい。しかし、それが固定資産税の上昇を招いて、しかし一方で入居者は増えず、かといって家賃は簡単に下げられないという袋小路に陥ってしまうわけです。空き家・空き地問題にはそういう背景があります。

 状況を打破するには、不動産の価値をリセットするのも一手だと思うんです。例えば東京・東池袋のマンション「メゾン青樹」では、原状回復時期を従来の明渡時から次の入居者が入居する時期に変更し、入居者が壁紙を選べるオプションを追加したところ入居希望者が殺到するようになりました。いわば参加型不動産賃貸ともいうもので、オーナや不動産業者だけでなく、住み手や建築家も一緒になって不動産価値を高める工夫を凝らした、その成果が表れたケースなんですね。

 また、建築士がリノベーションする際にイニシャルの設計料を低めにして、改修後の建築物から生じる上がりから残りの設計料を回収していくモデルも増えています。こういうモデルだと建築家も作って終わりではなく、成功報酬のために奮闘するし、ずっとその建物にコミットメントを続けていこうとする意識も生まれます。不動産業者の側からすれば入居者も入るし、家賃収入も増える。さらに視野を広げて、人を呼べるような面白い建築ができれば街の活性化にも寄与するでしょうし、街全体の価値向上にもつながるかもしれない。そういうふうに、設計契約1つとっても建てたら終わりというようなモデルだけでなく、イニシャルの支払いは一部だけれども建物の活用のされ方から設計料を徐々に回収するモデルも出てきているわけです。

 建築・不動産分野はおそらく最もレガシーな業界の1つだと思いますが、空き家や空き地の増加を受けて、そういう分野でさえもリソースのオープンな利活用が実現し始めている。これは興味深い、また歓迎すべき傾向だと思っています。Airbnbなどの民泊の動きも、このような観点からみると、世間で言われているものとはまた違った実像としてとらえることができるのではないでしょうか。

WEB限定コンテンツ
(2016.3.3 港区のシティライツ法律事務所にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

※インタビュー後編:事業担当者は、法務パーソンと共犯関係を結べばいい

シティライツ法律事務所は、「法を駆使して創造性、イノベーションを最大化する」ことを目的に活動。インターネットやエンタテインメントにおける法務・知財戦略のほか、法整備されていない新しい分野でのリーガルサービスにも取り組んでいる。2013年1月設立。
http://citylights-lawoffice.tumblr.com/

アーツ・アンド・ロー
http://www.arts-law.org/

クリエイティブ・コモンズ・ジャパン
https://creativecommons.jp/


* ファブラボに関する参照記事はこちら。慶應義塾大学 環境情報学部 准教授・田中浩也氏「ファブラボから新しいモノづくりが始まった」【http://www.worksight.jp/issues/653.html】 「モノが知能と駆動機能を携える「モノ2.0」の未来」【http://www.worksight.jp/issues/655.html】

** 2011年、アーティスト集団「チンポム(Chim↑Pom)」が、渋谷駅構内にある岡本太郎氏の壁画「明日の神話」に原発事故を連想させる絵を付け足し、作品に新たな意味を加えようとした。その活動が軽犯罪法違反に当たるとして書類送検された事件で、水野氏は刑事弁護を担当、不起訴処分を引き出した。

*** ザンビアの農村地域で妊産婦が安全なサービスを受けられる滞在型施設「マタニティハウス」をどのように作ってきたか、その参加型の建設プロセスを歌や踊り、絵画を通じてまとめた冊子。下記URLからPDFを参照・ダウンロードできる。http://mother-architecture.org/2016/03/4712/


**** 山口情報芸術センターにおけるオープン化の取り組みは、下記URLから確認できる。http://interlab.ycam.jp/projects/open-sharing



水野氏が共同翻訳・執筆を手掛けた書籍『オープンデザイン――参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)ではオープンデザインに関する骨太の論議が展開されている。この日本語版では翻訳チームによる論考や事例紹介も追加され、原著にないオリジナリティがある。


水野祐(みずの・たすく)シティライツ法律事務所、弁護士。神奈川県生まれ。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。京都精華大学非常勤講師(知的財産法)。慶應義塾大学SFC研究所所員。FabLab Japan Networkなどにも所属。著作に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)(共著)、『オープンデザイン 参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)(共同翻訳・執筆)などがある。


※当記事はWORKSIGHTの提供記事です






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