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EUの新著作権法がもたらす「閉じたインターネット」

ニューズウィーク日本版 2016年9月23日 16時0分

<欧州委員会が発表した、新たな著作権法案が波紋を呼んでいる。コンテンツにリンクを貼ることにも使用料を請求できる「リンク税」などの権利が強化され、米国の著作権法の考え方とは対立するものとなっている。>

 欧州委員会が先週14日に発表した、EU改正著作権法案が波紋を呼んでいる。2020年までの「デジタル単一市場」完成のため、様々な政策を打ち出しているEU。その中でもEU全土の著作権法の改正と調和は、もっとも重要かつセンシティブな政策のひとつだ。

 現在の著作権法は、EU28加盟国がすべてバラバラにつくったもので、特にEU市民がオンライン上でコンテンツのやり取りをするときに大きな法的不確実性を生んでしまっている。これを是正するため、欧州委員会は2014年の発足から足掛け2年、EUの改正著作権法案を提案するための準備をすすめてきた。そして先週14日、ついにそのプランの全貌が明かされた。問題は、その内容だ。

【参考記事】:なぜ、いま「著作権」について考えなければならないのか?

出版社への著作権の強化

 もっとも物議をかもしているのは、法案に盛り込まれた「副次的著作権」の項目だ。新しいEU法案では、コンテンツ出版後20年にわたって出版社が許諾を取っていないコピーに使用料を請求することができるという、あたらしい著作権が盛り込まれている。

 ここで問題となっているのは、この著作権が「オンラインにアップされているコンテンツ」にも適用される、というところだ。たとえば、ニュースキュレーションサービスがオンラインにアップされたコンテンツにリンクを貼ることにも使用料を請求できてしまうことから、この法律は「リンク税」としてつよい非難を浴びている。

 じつは2014年、同じような法律がドイツとスペインで導入されたことがあった。両国では、Googleニュースなどのニュースキュレーションサービスがニュースにリンクを貼り短い抜粋を表示することに対して、出版社側が使用料を請求できるというあたらしい著作権を導入。このとき課税義務を課されたGoogleは、ドイツとスペインでGoogleニュースをそれぞれ運営停止して対抗した。出版社はGoogleニュースからの検索流入がなくなりトラフィックが10~15%ほども激減し、この「副次的著作権」の導入を取りやめた、という経緯があった。

 おなじような法律を2007年に試みたベルギーも、2011年にこれを撤回している。ニュースキュレーションサービスがハイパーリンクによってニュースをキュレーションすることは、あたらしい読者を獲得する「市場拡大効果」があることは研究によっても明らかだ。

 過去に加盟国レベルで導入された際には明らかに「失敗」だと言われていた副次的著作権。にもかかわらず、この条項がEUレベルでの著作権法に導入されていたことに対し、Googleをはじめとするオンラインサービス企業やユーザー団体などからつよい非難が上がっている。

 このような著作権の導入の影響は甚大だ。まず、「リンクへの課税」が課されたなら、ユーザーはキュレーションサービスをつかって自由に記事を読むことやシェアすることができなくなる。また、あまり知られていない出版社やジャーナリストがキュレーションサービスに載る機会も減ってしまうことから、表現の自由やジャーナリズムの多様性も失われる。

 さらに、「使用料」を払える巨大企業だけがサービスを提供することができ、中小企業やスタートアップは市場に参入できないという構造的な格差が生まれ、イノベーションを阻害することにもつながる(実際に2014年のスペインでは、Googleニュースだけではなく国内のオンラインキュレーションサービスも運営停止に追い込まれている)。



オンライン動画プラットフォームの著作権侵害への責任強化

 現在、YoutubeやFacebookといった動画をホスティングするサービスは、著作権侵害の訴えが著作者側からあった場合にのみ、当該動画を削除している(ノーティス・アンド・テイクダウン方式)。あたらしく提唱されたEU法では、ホスティングプラットフォームの責任が強化され、ユーザーがアップしたすべての動画が著作権侵害していないかをチェックし、著作者から訴えられる前に動画を削除するクローリングの機能をつけることが求められている。

 ちなみに、コンテンツIDをつかったこのクローリングの機能は、すでにYoutubeでは実装されているのだが、二次創作やレビュー動画、ホームビデオ...といった、ファンがつくった罪のない動画まで自動的に消してしまうことがたびたびあり、問題視されている。

 この機能をほかのすべての動画ホスティングサービスがつけなければならないとしたらどうだろうか? たとえばSoundCloudなどは、まだ広く知られていないアーティストが作品を発表し、人気を得るきっかけをつくる場所となっている。ここで、アルゴリズムによって「著作権を侵害したとみなされた」すべてのコンテンツが自動的に消されることになれば、創作活動の萎縮につながってしまう。また、このような厳しい規制によってイノベーティブなあたらしい動画ホスティングサービスが生まれにくくなり、結果としてすでにコンテンツID形式を採用しているYoutubeの独占市場が続くことになるだろう。

 このほかにも、以下のような条項が「インターネット時代に即した著作権」という観点からみて問題がある。

・著作物のテキスト&データマイニング利用は研究目的に限ってのみ著作権の例外が適用されるため、企業は商業目的でデータマイニングをする(ために著作物をコピーする)ことができない。
・EU内でずっと問題視されてきたジオブロッキング(ユーザーとサービス提供者の間の地理的要因によってオンラインサービスへのアクセスが拒否されてしまうこと)問題への解決策は示されなかった。
・ユーザーが公共の建物を自由に撮影してアップすることのできる「パノラマの自由」は、明確に条文に入っていなかった(つまりユーザーがエッフェル塔などを撮影してオンラインにアップすることが著作権侵害に当たる可能性がある)。


 さまざまな点からみて、「デジタルな利用のされ方を促す著作権」どころか、出版社や音楽業界などにのみ権利強化が偏重してしまった今回のEU改正著作権法草案。

 この草案による懸念は日本にとっても他人事ではない。著作権の保護期間は最初にEUで70年になり、それがアメリカにも適用され、いまTPPによって日本にもその影響が及ぼうとしているように、現在の国際的な自由貿易協定の潮流のなかでは、日本の法律がEU法に影響を受けずにいることは不可能だ。

 ましてや、著作権という分野はインターネットの登場によっていままさにボーダーレスで問題を考えていかなければならない領域だ。この草案を機に、「著作権のおよぶ範囲」「ユーザーの権利の範囲」がどのようなバランスでデザインされるべきか、日本でも根本的に考えていく必要がある。

Rio Nishiyama

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