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ヨーロッパを追われアメリカに逃れるロマの人々

ニューズウィーク日本版 2016年9月23日 18時33分

<アメリカへの亡命を求めるヨーロッパのロマの人々が増加している。EU加盟と引き換えに、ロマの生活環境の改善を約束したルーマニアなどの中欧諸国が、その約束を反故にしたからだ>(写真はルーマニア北部のスラムで暮らすロマの家族)

 アメリカの国境警備隊は、メキシコから入国しようとする多様な国籍の人々には慣れきっている。しかしここ数年、ヨーロッパの特殊なグループの人々の難民申請が、わずかではあるが特異的に増えている。

 ヨーロッパでナショナリズムや外国人排斥(ゼノフォビア)の風潮が高まるなか、迫害を理由に亡命を求めるルーマニア国籍の少数民族ロマの人々が着実に増加している。今年7月までに既に1800人のルーマニア人が収容された。昨年1年間は400人以下だったので、大幅に増加した。

警官に保護を求める不法入国者

 そのほとんどが亡命申請者だ。ヨーロッパでのヘイトクライム(憎悪犯罪)や根強い差別によって、生活上の様々な機会が制限されているというのが理由だ。

 サンディエゴの国境警備隊員マーク・エンディコットは、今年731人のルーマニア人が市内の警備エリアから密入国したが、彼らを特定するのは簡単だという。密入国組織を頼る他の多くの外国人と違い、ルーマニア人は警備当局をまったく避けようとしないからだ。その大多数は女性と子どもだ。

「ロマの人々は自分からパトカーを探しては呼びとめ、拘束されて自分たちの窮状を訴えようとする」と、エンディコットは言う。「彼らの訴えのほとんどは、亡命申請に値する、信用できるものだ」。

 ロマの増加の背景には、ヨーロッパでの長い迫害と放浪の歴史がある。差別的に「ジプシー」と呼ばれることもあるロマの人々は、ヨーロッパ各地に暮らす少数民族だ。もともとはインドから移民してきたと言われ、何世紀にも渡ってヨーロッパ諸国の政府から、人種隔離、迫害、公民権剥奪、退去処分などの不当な差別を受けてきた。多くの人々がいまだに極度の貧困状態にある。

【参考記事】サルコジ、ロマ弾圧の皮算用

 ロマの人々のアメリカへの移住は、歴史を通じてあったが、20世紀初頭は特に顕著だった。ここ数年の流入は歴史的に見れば僅かだが、ヨーロッパ諸国がロマの人権を守れなかったり、または守ろうとしなかったりしていることに対して、ロマの人々が絶望している兆候だと、ロマ擁護の活動家は指摘する。



「現在、特に西ヨーロッパ諸国では、ロマも移民も歓迎されない。社会環境は敵対的で、暴力事件も起きている」と、米ラトガース大学准教授でヨーロッパ・ロマ人権センター理事長のエセル・ブルックスは話す。ルーマニアの一部の都市では、公共の場所でロマが隔離されているところもあるし、「犬とジプシーは入るべからず」という看板も目にする、と言う。

 ロマ擁護の人権活動家ジェリコ・ジョバノビッチによると、つい10年前には、市場経済や民主選挙の広がり、移動の自由の拡大で、偏見も少なくなるだろうと希望的な見通しを持つロマの人々が多かった。

EU統合でなくなるはずだった差別

 2003年や2007年ごろ、中欧諸国のEU加盟協議が始まり、ハンガリーやルーマニア、ブルガリアはEU加盟と引き換えに国内法の整備を迫られた。人権擁護を推進すると同時に、新たな人権プログラムを実施して、社会の底辺の劣悪な環境で生活し、物乞いや泥棒を生業としているという偏見があったロマのコミュニティーを、支援して社会へと統合することが求められた。

 ジョバノビッチはそれを「破られた約束」だと言った。

「ここ数年で状況は大きく悪化した。東欧諸国もEUに加盟した途端、ロマの生活支援などどうでもよくなってしまった」

 当初、EUの基本原則である「人の自由な移動」を好機ととらえた一部のロマ人は、職を求めて西ヨーロッパ諸国への移住を試みた。だが2009年のギリシャ危機に端を発した欧州債務危機やシリア難民の急増、ローンウルフ(一匹狼)型テロリストによるテロ攻撃の脅威からエスカレートした反移民感情など逆風が強まり、少数民族や移民に対する敵意の連鎖が止まらなくなった。

 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが行ったここ数年の調査から、欧州各国でロマに対する否定的な見方が国民の過半数を占める実態が明らかになった。2016年にはイタリアやフランス、ドイツといった国々で、ロマを「好意的でない」と答えた人が、イスラム教徒やユダヤ人に対する割合を大きく上回った。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルや人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチなどは、EU各国でロマに対する体系的な差別の実態調査を続けている。米国務省が公表したルーマニアに関する2015年の人権報告書は、ロマを標的にした差別は「重大な問題」だと指摘。具体的な問題点として、警察による暴行、嫌がらせ、公共の場所でのサービス提供の拒否、子どもの学校の隔離、医療保険制度の不備などを列挙した。



 かくいうアメリカも亡命資格を得るのが難しいことで有名だし、そもそもロマはアメリカや国連が定めた規則で難民の認定基準を満たしていない。ロマがアメリカへの亡命に成功したケースをいくつか見てきたブルックス曰く、「大量の証拠書類を提出しなければならないうえ、認定される確率は低い」。彼女は今後、貧しいが紛争国の出身ではないロマがアメリカで「経済難民」として扱われ、難民認定がさらに難しくなる事態を懸念している。

失われた希望

 ジャバノビッチは、ロマ人に経済移民というレッテルを貼るのは間違いだと言った。「彼らは何世紀にもわたりヨーロッパで貧しい生活を送ってきた。一番問題なのは、ロマ人がもはや希望を持てないことだ」

 EUにはロマ人の福祉の充実に役立てるために割り当てられた資金があるのに、有効活用されていないことにも言及した。

「2003~04年にかけて、我々の団体がロマの権利拡大のために複数のプロジェクトを立ち上げたときは、現在と比べて集まった資金こそ少なかったが、政治的な機運は高まっていた。今はその逆で、資金は足りても政治的な盛り上がりに欠けている」

 アメリカを目指す理由について、アメリカがよりオープンな国で、ロマであろうと目立つことなく溶け込みやすい印象があるからだと専門家は見ている。ほとんどのアメリカ人はロマが迫害されてきた少数民族であることや、「ジプシー」という言葉が蔑称だということすら知らない。

【参考記事】ヨーロッパの「ロマ差別問題」に鈍感なアメリカ

 今年の米大統領選挙を見ても明らかなように、アメリカは国内で人種的なマイノリティをめぐる問題を抱えている。たとえロマ人がアメリカで居住権を得られても、移住する地域や肌の色によっては、人種差別や排外主義に直面せざるを得ないのが現状だ。

From Foreign Policy Magazine





カビタ・スラナ

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