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「政治冷感」の香港で注目を集める新議員、朱凱廸とは?

ニューズウィーク日本版 2016年9月26日 11時36分

<政治の話で持ちきりなのに「政治に無関心」と評される香港。先の議会選挙では「親中派vs.非親中派」の構図は変わらなかったものの、非親中派内でより過激な「本土派」が台頭するという変化はあった。だが、最多得票で当選し、当選後も活躍が注目される本土派の朱凱廸(上写真)は、そんな構図の枠外にある存在だ>

 香港は「政治冷感」(政治に無関心)の都市だと言われる。だが、実際に訪れてみると、タブロイド紙を含めて新聞は政治(ゴシップも入っているが)の話で持ちきりだし、街頭ではたびたび市民団体の演説を見かける。政治に対する関心はあるのだ。それなのに「冷感」と評される理由はどこにあるのだろうか。

 香港人に話を聞いたとしても求める答えが得られるわけではない。頭をひねりながらも民族性、文化、歴史......とさまざまな答えを返してくれるだろう。だが、最大の問題は選挙制度にあるのではないか。変化を生まない制度への諦観が「政治冷感」につながっているのではないか。そう気づかせてくれたのが9月4日に行われた立法会(香港議会)選挙だった。

【参考記事】「イギリス領に戻して!」香港で英連邦復帰求める声

選挙制度に仕組まれた超安定的政治構造

 立法会選挙の制度的問題点とはなにか。日本メディアでもよく取り上げられているのが「業界別選挙」の問題だ。全70議席のうち、半数は「漁業・農業」「保険」「航空・交通」など28の業界団体から選出される。そのほとんどが親中派だ。業界別選挙では立候補者が1人しかいないため自動当選となる議席も多いし、わずか100票で当選する候補者もいる。数万票を集めて当選した議員とわずか100票しか得ていない議員も同じ1議席となってしまう。これではばかばかしくなってしまうのも当然だ。

 だが、この説明だけでは不十分だ。実は残り半数の直接選挙にも制度的な問題が潜んでいる。選挙では5つの選挙区で計35議席が争われる。1つの選挙区から複数の議員が当選する、いわゆる大選挙区制だ。大選挙区制は変化が生まれづらいのが特徴だ。中選挙区(日本独特の用語で1選挙区から複数が当選するという意味では大選挙区の一種だ)時代の日本がその好例で、自民党がきわめて安定的な政権を築いていた。小選挙区が導入された今、無党派層の動きによって毎回のように雪崩的勝利が起きるようになった。

 香港では親中派の得票率が約40%、非親中派の得票率が50%台という構図が長年続いていることもあって、親中派と非親中派の議席数には大きな変化はない。2012年の選挙では親中派が43議席、非親中派が27議席。今回の選挙では親中派が40議席、非親中派が29議席、中間派が1議席という結果だ。「親中派が過半数を占めるが、重要法案通過に必要な3分の2に満たない」という状況に変化はない。ちなみに今回の選挙で落選した親中派有力候補はわずかに1人で、仮に当選していたとしても議会の勢力分布に大差はなかった。



本土派の台頭と激烈な非親中派同士の争い

 親中派と非親中派という大枠に変動がない以上、起きるのは"コップの中の争い"となる。親中派も政党はいくつかに分かれているが、立候補時点ではすでに調整済みで食い合わないようになっている。

 問題は非親中派だ。ウィキペディアで「香港の政党」という項目(中国語版)を引くと、議席を持つ非親中派政党が11も列挙される。「民主党、公民党、工党、街坊工友服務処、公共専業聯盟、香港教育専業人員協会」(民主派)、「青年新政、香港衆志、小麗民主教室、土地正義聯盟、熱血公民」(本土派)という構成。人口700万人の都市でなぜこれほど乱立できるのかと不思議に思う。

 ただ、親中派の議席を打ち減らすことが難しい以上、非親中派の中で誰が議席を獲得するかという戦いしか残されていないのもいたしかたないのだろう。今年7月、香港のデモを取材し何人かの政党関係者に非親中派連合の可能性を聞いたが、熱血公民の黄洋達氏が「選挙後に連携する可能性はあるが、選挙前は無理だろう」と断言するなど、ほとんどが否定的な意見だった。

【参考記事】「民主主義ってこれだ!」を香港で叫ぶ――「七一游行」体験記

 特に注目されたのが本土派の台頭だ。本土派とは「中国とは違う香港現地主義を志向するグループ」という意味だ。従来の民主派は、大きくまとめると「香港は中国の一部と認め、その上で香港、さらには中国全体の民主を目指す」という発想だ。

 面倒なことに本土派も独立を目指すか、自決を目指すかでさらに二分される。このうち断固独立を目指す本土民主前線、香港民族党は立候補が認められず、選挙に参加ができなかった。「香港人の未来は香港人が決める」がスローガンの自決派もさらに三分される。

 今回議席を獲得した5政党を分類すると、(1)急増する中国人移民、観光客に反発し「香港の憲法制定を」と訴えるオールド本土派の熱血公民が1議席、(2)限りなく独立寄りだが選挙に参加するためにとりあえずぼかして自決という言葉を使っている青年新政が2議席、(3)自決という言葉を使っているものの、過激な独立志向とは一線を引き、旧来の民主派との関係が深い香港衆志(デモシスト)、土地正義聯(連)盟、小麗民主教室が1議席ずつという内訳になる。

 非親中派は29議席を獲得したが、民主派は23議席、本土派は6議席という内訳。民主派は前回選挙から4議席減らしており、その分を本土派が食ったことになる。非親中派というコップの中身にやや変化が生まれたことが事実だ。

変わる香港、朱凱廸ブームに対する期待

 ここまでの論をまとめよう。

「選挙制度的に親中派と非親中派の議席比率はほぼ一定。そのため非親中派は内部での闘争がメインになる。本土派台頭で注目された今回の選挙も構図は変わっていない」

 残念感あふれる話なのだが、最後に一つ、注目するべき"画期"について取り上げたい。それは土地正義連盟の朱凱廸氏の存在だ。先に本土派(民主派寄りの自決派)と分類したが、それは香港衆志、小麗民主教室と提携していたがため。彼の主張の力点はむしろ「親中派と非親中派」の枠外にある。



 朱氏は約10年前から反高速鉄道運動、皇后碼頭取り壊し反対、違法ゴミ廃棄場の告発、農村の土地収用反対などに取り組んできたばりばりの市民活動家だ。自決についても言及しているものの、むしろ環境問題や中産層、低所得層に配慮した都市計画などこそが主要な訴えだ。独立、自決といったビッグトピックと比べると地味な印象はぬぐえないが、結果的には8万4000票と今回の選挙での最多票数を獲得している。

 当選後の活躍も華々しい。深圳に近い北部の横洲公営団地開発の不正疑惑追及によって脅迫や尾行を受けていた事実を明かすと、連日一面トップのビッグニュースとなった。告白を機にメディアは横洲公営団地の不正疑惑を一斉に追及し始めている。もともと農業用地に1万7000戸の住宅を建設する計画が承認されていたが、後に近隣の農村に4000戸を建設する計画に変更された。もともとの建設予定地で駐車場を経営していた地元有力者に配慮したのではないかなどさまざまな疑惑が追及され、梁振英行政長官の責任問題へと発展しつつある。

「政治冷感」の香港といえども、自分たちの生活に直接かかわることならば話は別だ。例えば2015年には、公営団地など一部地域で水道水が鉛で汚染されていることが発覚。市民の注目を集めた。世界の注目を集めた2014年の民主化運動「雨傘運動」でも行政長官選挙の改革がイシューとされていたが、参加者に話を聞くと、公務員試験で広東語だけではなく中国語も認められたこと、公営団地に入居できるが中国人移民ばかりで香港人が割りを食っていることなど、身の回りの問題に強い危機感を覚えていることを明かしていた。

 実は今年7月、雨傘運動のリーダーだった周永康氏にインタビューした時、「身の回りの問題から政治意識を掘り起こしていきたい」と語っていた。「雨傘運動という大きなうねりが変革をもたらすかもしれないと期待したが実現はしなかった。今後10~15年は同レベルの盛り上がりは起きないのではないか」と分析し、事件に乗っかるのではなく足元を固める時期だと話していた。周氏自身、地方コミュニティの市民講座にたびたび参加し、一般市民が地域行政に関心を持つ重要性を説いているという。

 身の回りの生活が政治と直結していくようになれば、親中派か非親中派かという構図も変わるはずだ。朱凱廸氏がこのまま存在感を発揮し続ければ、次回選挙では同様の主張を持つ候補者が増えるだろう。時の人となった朱氏の存在に注目したい。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。



高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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