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芸能人の「一日警察署長」も、容疑者を逮捕できます

ニューズウィーク日本版 2016年9月27日 12時15分

<日本各地から「一日警察署長」のニュースが多く報じられる季節になったが、じつは「一日警察署長」を務める芸能人やスポーツ選手でも、容疑者の逮捕ができる。どういう場合に逮捕ができるのか、あなたも知っておいたほうがいい>

 今年は、今月21日から30日にかけて、秋の交通安全運動が実施されている。年末にかけて、芸能人やスポーツ選手が「一日警察署長」に任命されるニュースが多く報じられる季節となった。

 交通安全や防犯を一般大衆へ呼びかける啓発運動は、ともすると地味になりがちである。そこで、「署長」に扮した有名人が本物そっくりの立派な制服を着用し、パレードに参加したり、マスメディアの前でコメントを寄せたりすることで、キャンペーンに彩りを添えるのである。

【新宿警察署】10日(土)、多数の方々にお越しをいただき、一日警察署長に福原愛さんをお招きして交通安全パレードを行ったほか、危険予測シミュレータによる交通安全教育を実施しました。 pic.twitter.com/8tWw6VWVFf— 警視庁広報課 (@MPD_koho) 2016年9月12日



【渋谷警察署】18日(日)「交通安全セレモニー」を実施、一日警察署長に桜井日奈子さんをお招きし、交通安全トークショーなどを行いました。多くの方々にお越しいただき、今後も交通事故絶無を目指し取り組んで参ります。 pic.twitter.com/34Bzco4MBN— 警視庁広報課 (@MPD_koho) 2016年9月19日



 ズバリ『一日警察署長』と大きく書かれたタスキを斜めがけしているのがトレードマークだ。一種の広告塔のようなものといえるかもしれないが、そんな一日警察署長も、容疑者を見つけたとき、条件付きで逮捕できることはご存知だろうか。

 法律上、逮捕は3種類に分類される。「通常逮捕」「緊急逮捕」、そして「現行犯逮捕」である。

 通常逮捕とは、裁判官が発行した逮捕状を取ってから、容疑者の逮捕を行う刑事手続きである。警察官以外でも、検察官、刑務官、海上保安官、麻薬取締官、労働基準監督官などに通常逮捕の権限が与えられている。

 逮捕は、人の身柄を確保し、その自由な行動を大きく制約する手続きとなる。そのため、警察官から逮捕状の請求を受けた裁判官が、基本的人権の不当な侵害がないかを客観的にチェックしている。つまり、逮捕状とは、三権分立の一環で、司法から警察行政に対して発布する許可状である(そのチェック体制に疑問を持ち、過去に「裁判官は逮捕状の自動販売機だ」と批判した人がいたけれども、それはそれとして)。

 逮捕状は、警視庁や道府県警察本部、警察署に勤務する「警部以上の階級にある警察官」が請求できることになっている(東京都の場合は、警視庁司法警察員等の指定に関する規則 第3条3号4号、他の道府県でも同様)。

 じつは、一日警察署長に「警部」や「警視」などの階級が特別に与えられているケースもある。とはいえ、有名人を警察署に迎えるにあたって、おもてなし的に付与された名目上の階級だ。実質を伴うものではないため、一日警察署長が裁判所に逮捕状を請求することはできないし、他の警察官に逮捕を指示できるわけでもない。

一日警察署長もあなたも、現行犯逮捕ができる

 一方、緊急逮捕は、一定以上の重大犯罪を犯したと疑うに足りる十分な理由がある容疑者がいて、裁判所から逮捕状が出るのを待っていられず、急を要する場合には、ひとまず逮捕して、後で逮捕状を請求する手続きである。

 事後的とはいえ、逮捕状を請求しなければならない。やはり一日警察署長の出る幕はないといえる。

 もし、一日警察署長が容疑者を逮捕できるとすれば、逮捕状がいらない「現行犯逮捕」ということになる。



 いや、種明かしをしてしまうと、現行犯逮捕の権限は、あなたにも与えられている。

◆刑事訴訟法 第213条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。◆刑事訴訟法 第214条 検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。

 すなわち、現行犯の容疑者が相手であれば、誰でも「逮捕」が可能なのである。ただ単に容疑者を取り押さえて警察に協力するのではなく、逮捕という刑事手続きに、誰もが正式に関わることができるという意味だ。

 逮捕には手錠が付きものだというのも、一種の思い込みにすぎない。もっとも、いくら相手が犯罪者とはいえ、現行犯逮捕のとき、不用意に殴ったりケガを負わせたり、首を絞めたりする暴力は決して許されない。

 最高裁の判例では「警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使する」範囲で留めなければならないとされている(第一小法廷1975年4月3日判決)。

犯罪行為を目撃していなくても現行犯逮捕はできる

 では、「現行犯」というからには、犯罪行為をその目で見ていなければ容疑者を逮捕できないのだろうか。どこまでが誰でもできる現行犯逮捕で、どこからが警察官などにしか許されない通常逮捕・緊急逮捕なのか、その境界が問題となる。

 法律上(刑事訴訟法212条2項)は、たとえ犯罪行為をその目で見ていなくても、犯罪が終わって間もないと明らかに認められ、

●「犯人として追呼されているとき」(「その人、ドロボー!」と名指しして追いかけている人がいる場合など)

●「贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき」(犯罪で使ったと思しきナイフや拳銃、盗まれた品物などを持っている場合など)

●「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」(返り血を浴びていたり、防犯カラーボールの蛍光インクが付着している場合など)

●「誰何(すいか)されて逃走しようとするとき」(「お前、何やってんだ?」と声をかけても、返事せずに逃げ出した場合など)

 ......これらの各場面に該当するなら、現行犯と同等にみなして、やはり誰でも逮捕することができる(準現行犯逮捕)。これらが該当しない場合は、誤認逮捕が発生してしまうおそれが高まるため、裁判官のチェックが必要な通常逮捕に切り替えなければならない。

 ちなみに判例によれば、事件発生から1時間40分後、現場から直線距離で4キロ離れた場所で、「誰何されて逃走しようと」した者を、事件を目撃していない警察官が捕まえた行為について、「犯罪が終わって間もない」として、準現行犯逮捕の成立を有効に認めている(和光大学事件上告審判決:最高裁判所第三小法廷1996年1月29日)。

 もちろん、事件当時から現行犯を見失わずにずっと追跡していれば、どれだけ時間が経過しようと、現場から何キロ離れていようと、理論上は現行犯逮捕が成立しうる。

 マラソンランナーの署長なら、自転車で逃げる容疑者でも粘り強く追いかけて検挙することだって期待できる。体格のいいプロレスラーや力士が一日警察署長であれば、力づく、あるいは技術で逮捕できるはずだ。格闘の心得がある演歌歌手やアイドルの署長も、容疑者を制圧して逮捕できるかもしれない。それ以前に危険なので、周囲の警察官やマネージャーが止めそうだが......。

 それでも、この世にはびこる悪を現行犯逮捕する権限は、万人に開放されている。いつの日か「お手柄!一日警察署長」という派手な見出しが、新聞やネットに躍ってもおかしくはない......かもしれない。

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」



長嶺超輝(ライター)

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