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コンゴ「武器としての性暴力」と闘う医師に学ぶこと

ニューズウィーク日本版 2016年10月2日 20時14分

<コンゴにおける組織的性暴力、「武器としてのレイプ」は悪名高いが、そのサバイバーを癒し、性暴力の背景にある紛争鉱物の問題を告発し続けてきたコンゴ人医師が来日> (写真は2014年、欧州議会でサハロフ賞受賞講演を行うムクウェゲ医師。サハロフ賞は、人権や思想の自由を守るために献身的な活動をしてきた人や団体に与えられる)

 コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)東部では、1996年から20年にわたって「紛争」とも「重大な人権侵害」とも言える混乱状態が続いている。1996~1997年の第一次コンゴ紛争においては「ジェノサイド」とも特徴づけられる非人道的行為が行われ(国連報告書、2010年)、2003年に公式に紛争が終結してもなお、コンゴ東部では複数の武装勢力による活動が継続し、累計で約600万人という第二次世界大戦後世界最悪の犠牲者を生んでいる。同時に、大規模な性暴力が紛争手段として行われ、コンゴ東部は「世界のレイプ中心地」「女性と少女にとって世界最悪の場所」とも描写されている。

 このコンゴ東部で性暴力のサバイバーを治療してきたコンゴ人の婦人科医がいる。デニ・ムクウェゲ(Denis Mukwege)氏だ。コンゴの性暴力のサバイバーを治療した最初の婦人科医であり、またコンゴ東部における鉱物の略奪を目的に軍や反政府勢力が性暴力を犯し続けた事実を国連本部など世界各地で告発し、女性の人権尊重を訴えてきた最初の人物である。日本語で同氏について執筆しているのは、筆者(米川)を含めて数名であり日本ではほぼ無名だが、国際社会、特に欧米諸国では著名である。これまで国連人権賞(2008年)、ヒラリー・クリントン賞(2014年)、サハロフ賞(2014年)などを受賞し、ノーベル平和賞受賞者の有力候補にも数回挙がっている。

 昨年4月には、ムクウェゲ氏の活動を描いたドキュメンタリー映画『女を修理する男』(〝The Man Who Mends Women″ 2015年)がティエリー・ミシェル&コレット・ブラックマン監督によって制作され、日本各地で上映会を行っている。またムクウェゲ氏が初来日し、10月3日と4日の両日には講演会を行う。この機会に、コンゴの人道状況とムクウェゲ氏の活動の意義についてご紹介したい。

「戦争の武器」としての性暴力

 コンゴのような紛争地における組織的性暴力は「戦争の武器」と呼ばれる。性暴力は、AK47のような武器と違って調達もメンテナンスも必要としないため、費用がかからず、体一つで多くの人々を精神的にも身体的にも痛い目に遭わせることができる。しかも加害者は処罰されないままでいることが多いため、武器としていっそう効果的だ。

【参考記事】戦争兵器としての強姦が続くコンゴ

 鉱物資源が豊富なコンゴ東部では、コンゴ国内やルワンダ、ウガンダといった近隣国の武装勢力が資源産出地域および流通経路を支配する手段として性暴力を利用している。その理由は主に3点ある。



 第一に、武装勢力は実効支配した鉱山の周辺地域で性暴力をふるうことによって、住民に恐怖心を植え付け、性暴力のサバイバーとその家族だけでなく、コミュニティ全体を弱体化させて支配下に置くことができる。それによって、武装勢力にとって邪魔な存在である資源産出地域の住民を、他の地域に強制移住できる。と同時に、鉱山労働者の入山や、産出された鉱物、輸送手段などに「課税」し、利益を得ることができるようになる。

 第二に、性暴力は不名誉なこととしてサバイバーやその家族を苦しめ、恥や無価値であるといった感情をもたらす。その結果、住民は士気喪失して、政府や武装勢力に立ち向かう気力を失ったり、女性が主に中心的役割を果たしている農業や商業が破綻してしまう。最終的に住民は武装勢力が実効支配する鉱山での労働に依存せざるを得なくなる。

 第三に、コンゴ東部における性暴力は典型的な(集団的)レイプだけではなく、木の枝、棒、びん、銃身や熱い石炭などが性器に挿入されたり、時には集団レイプの後、膣が撃たれることもある。なぜここまで残虐な方法をとる必要があるのか。それは女性の性器が機能しなくなると子どもを産めなくなり、それが長期的に現地の人口減少につながるからである。その結果、武装勢力はますます資源産出地域を支配しやすくなる。

 このような鉱物資源と性暴力の関係について、国連も、「資源と鉱山集落の支配をめぐる武装勢力間の競争は、増加している文民の移動、人身売買や性的虐待と関係している」と明記している(United Nations Security Council, S/2015/203,23 March 2015, 3)。ムクウェゲ氏らの調査でも、鉱物が豊富な地域と性暴力の発生地が一致していることが指摘されたが、それはあくまでも限られた地域のみであり、さらなる調査が必要だと明記している。

 こうした資源利用によるコンゴ東部の「紛争状態」の長期化は、グローバル経済を通じて日本の私たちの暮らしともつながっている。特に紛争資金源として利用されている4鉱物(スズ、タングステン、タンタル、金)は、世界各地で産出される鉱物と混ざって、携帯電話やパソコンなどの電子機器から自動車や航空機にいたるまでの幅広いあらゆる工業製品に使用されている。

日本における映画上映の意義

 日本において、映画『女を修理する男』を上映する動機は三点ある。

 第一に、コンゴ紛争が勃発してから本年で20年が経つため、この機にコンゴの紛争について振り返る機会をつくりたかったことである。1994年に起きた隣国ルワンダのジェノサイドを知っている日本人は多数いる。それに対して、それがコンゴに飛び火してコンゴ大戦が勃発したことを理解している人は少数派である。



 第二に、ムクウェゲ氏の活動を通して、紛争長期化の要因である紛争鉱物問題を取り上げ、性暴力とグローバル経済との関係性に関する認識を広めたいと思ったからである。性暴力と紛争をテーマとする映画は過去に数本上映されたものの、性暴力と紛争鉱物の関係性を取り上げ、かつムクウェゲ氏の活動を描いたドキュメンタリー映画は本作品が初めてである。そのため、性暴力と紛争鉱物の問題に関する認知度が高くない日本において、本映画を上映する意義は十分にあると判断した。

 第三に、「途上国」の人々が「無力」だから、「有能」な「先進国」が助けないといけないという一般的な先入観を排除したかったことである。当然ながら、ガバナンスが弱い国や紛争国にも、ムクウェゲ氏のような優秀で正義感がある方は大勢いる。我々にできることは必ずしも資金援助や技術提供だけではなく、性暴力のような人権侵害に対して声をあげたり真実を追求することも、人助けになる。

 映画上映の運営のために、専門家や学生と任意団体「コンゴの性暴力と紛争を考える会」を立ち上げ、さまざまな団体に助成金を申請したり、広報などの協力をお願いした。またコンゴの紛争と資源の結びつき、国際社会の対応、人権問題と市民社会のアドボカシーなどについての勉強を重ねてきた。

 日本初公開となった2016年6月の立教大学での上映会においては、参加者から、「性暴力と紛争資源の複雑な関係性を初めて知った」「ルワンダ・ジェノサイドは知っていたが、その後のコンゴ戦争は知らなかった」「ムクウェゲ氏の偉大さと女性の強さが印象的」「戦後70年が経った現在も、紛争下の性暴力について考えなくては」という感想が寄せられた。

【デニ・ムクウェゲ医師来日講演会】
「コンゴ東部における性暴力と紛争」
第1部:10月3日14:00~16:00 (笹川平和財団国際会議場)
第2部:10月4日 9:40~12:10(東京大学本郷キャンパス 伊藤国際謝恩ホール)

【『女を修理する男』上映会】
2016年
10月24日:静岡県立大学 http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/event/e20161024/index.html
11月上旬:岡山大学
11月17日:上智大学
11月25日:長崎大学
11月30日:神戸市立外国語大学
12月10日:宇都宮大学
12月14日:早稲田大学
日程不明:同志社大学、弘前大学

2017年
1月28日:東京(アムネスティー映画祭)http://www.amnesty.or.jp/aff/
1月29日:名古屋(AMA AFRICA と愛知県青年海外協力隊を支援する会)


米川正子(立教大学特任准教授)、華井和代 (東京大学公共政策大学院)

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