東京財団研究員(政策研究調整ディレクター)の小原凡司氏は時事通信社のインタビューに応じ、中国の軍事情勢などについて見解を示した。内容は次の通り。(インタビューは9月28日、聞き手=時事通信社解説委員 市川文隆、写真はニュース映像センター写真部 鴻田寛之)
――現在の米大統領選を中国はどう見ているのでしょうか。
小原凡司・東京財団研究員 米国は今、外交どころではないということを中国は理解していると思います。たとえヒラリー・クリントン氏が大統領になったとしても、対外的に大きな資源は割けないだろうと思っています。クリントン氏は民主党には珍しい、ルールをごり押しするタイプなので、中国は嫌いでしょう。それでもルールを押し出して型通りにやってくる方が読みやすいという思いはあるでしょう。
一方、中国は、ドナルド・トランプ候補のようなポピュリストは好きではありません。世論によってどうにでも変わるからです。中国では、トランプ氏は商人だから金さえ積めば反対はしないはずだとの声も聞こえますが、本音のところではいつ手のひらを返されるのだろうかと心配するはずです。
ポピュリストと言われるドゥテルテ・フィリピン大統領も、世論次第でいつでも対中強硬になりうるという意味で、中国は非常にやりにくいと思います。
――トランプ氏が大統領になったら、中国はやりやすくなるとの見方もあります。
小原氏 中国は米国の貿易など経済的な権益を侵しにいくわけですから、中国は米国に妨害されるのが怖いのです。トランプ氏が万一大統領になったとして、中国のそうした活動を理解した場合は、米国の権益を守るために動くと思います。そうした場合、中国にとってはトランプ氏の方がやりにくいのかもしれません。
――米中関係の今後をどう見ていますか。
小原氏 中国は経済権益を拡大したい、でもそれが思うようにいかないから不満だと言っています。経済ルールだけでなく、中国が触れてほしくない問題、人権や西洋型民主主義に関して国際社会で共通の価値観が形成され、この価値観を共有できる国が国際社会の成員だということになると、中国はこの条件には当てはまらない。欧米先進諸国が、こうした国際社会の認識、ルールを用いて中国の発展を妨害すると捉えるのです。コソボ紛争の時に、北大西洋条約機構(NATO)が人権の侵害を理由に軍事力を行使しましたが、中国は激しく反発しました。これを適用すると中国の人権侵害にも軍事力を行使する前例のようなものですから。
航空優勢、第1列島線超えて顕示
――韓国内での核保有論の高まりに対し、中国はどう見ているのでしょう。
小原氏 中国は、朝鮮半島が核を持つことに反対です。北朝鮮の核保有に反対しているのは、半島情勢の今後が不透明で、南北が統一されて米国寄りの核保有国になったら、中国にとっての悪夢でしょう。緩衝地帯としておきたいという以上は望んでいません。その意味で韓国はもちろん北朝鮮の核保有も嫌だということです。
中国は、米国が極度に引いてしまうとこの地域のバランスが崩れて、日本や韓国に核武装論が出てくるのは困る。在日・在韓米軍に居てもらって、日韓を安心させておいて、米中で安全保障関係をつくっていくのが中国の理想でしょう。
――「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備に中国が強く反発しています。
小原氏 THAADミサイル自体が脅威ではなく、ユニットを構成するレーダーによって中国の国内が読まれることへの反発です。一方で、中国指導部にとっては「この地域のバランスを崩しているのは米国だ」といういい口実になったと思います。これでバランスを回復するために北朝鮮を支援するのだといったような自分勝手な口実です。
――最近、宮古海峡を中国の航空機8機が通過したことが報道されました。目的は。
小原氏 日米に対するけん制であることは間違いありません。東シナ海、西太平洋まで航空優勢を取る実力があることを示したいのでしょう。その中にグアムの米軍基地も含まれています。
今回確認された爆撃機H─6K、これは巡航ミサイルDF─10が搭載できますが、これでグアムの空軍基地はいつでも攻撃できるということです。宮古と沖縄の間を抜けていくということは中国空軍の活動を太平洋まで押し出してくるという意味です。
こうした爆撃機が長距離を飛んで爆撃する訓練は、これまでもやっています。今回の特徴はこれだけの機数を使って、この空域の航空優勢を示そうとしたということです。中国軍が常に活動していることを示したいのだと思います。
――自衛隊のF35戦闘機が配備されれば、地域情勢が変化しますか。
小原氏 象徴的なことだと思います。南西諸島は現在のF15で十分でしょう。とはいえ、実際に戦闘力が高いということなので、中国に軍事衝突を避けたいと思わせる効果はあります。米国と衝突したら負けてしまうので、優勢を高めつつ日米と衝突しないよう常に考えるということです。
空軍に信頼置いていない習近平
――極超音速滑空体という兵器の開発状況は。
小原氏 中国は既に対艦弾道ミサイル(ASBM)を配備していますが、これをその代わりに使おうということです。より命中精度を高めることを考えていると思います。核弾頭の搭載については、そもそも米国は核弾頭を積まない、大量殺りくを伴わない戦略兵器を考えていたようですが、中国はそこまでは考えていないのではないか。中国が実験の際に発射に使ったロケットを見ると、大陸間弾道弾ではなく、准中距離のものなのでASBMと見ています。米国ですら開発を終えておらず、中国はなかなか思うように進んでいないと思います。
――中国は「空天一体」という軍事思想と言われます。
小原氏 戦闘の空域、あるいは宇宙までネットワークを構築する時、どうしても欠かせません。戦闘機が攻撃する時も衛星を通じて情報のやりとりをします。戦闘機は早期空中警戒機、あるいは空中警戒管制機だけではなく、より多くの情報を衛星から取る。そういうネットワークの構築を含め「空天一体」と言っていると思います。現在、中国は大量に衛星を打ち上げている段階ですが「北斗」という航法援助のための測位衛星の数が足りず、精度が上がっていません。早急に増やして、ネットワーク化を進めるのは間違いありません。
――最近は空軍重視が言われていますが、海軍に偏り過ぎていたため空の反発を抑えるためでしょうか。
小原氏 2012年に空軍司令員の許其亮が中央軍事委員会副主席に抜てきされたのも、そういった理由によるものです。なだめるというより、リーダーシップの強過ぎる人間を不満が高まっている中にとどめるのは危険だとも言われました。その後、空軍への予算配分が多くなったのは間違いありません。
一方、習国家主席の空軍に対する信頼は全幅のものではないだろうと思われます。14年に空軍司令部にだけ突然視察に行きました。一般に党、軍のトップが視察に行くのは、思い通りなっていない、危険だと思うところに行くということです。空軍は押さえ切っていないという認識は持っていたと思います。
国産空母、最初は中東派遣か
――空母について「遼寧」以外に少なくとも2隻の国産空母を建造中と言われます。
小原氏 問題は中国が空母の運用を全く知らず、艦載機の運用経験がほぼ無いことです。大連造船所で建造中の空母は、建造に6年かかると言っています。進水なのか就役なのか不明ですが、「二つの百年」の一つ、中国共産党結党100周年の2021年に時期を合わせるのです。でも、艦載機をそろえ、搭乗員を訓練し、ミッションをどう組み立てるのかというノウハウをロシアはほとんど教えなかったので、試行錯誤しながら自分でやらざるを得ない。まだ実戦能力は無いと思います。
就役した後、西の方に展開してみせると思います。大連造船所か江南造船所(上海)か、どちらで造っている空母か分かりませんが、駆逐艦やフリゲート艦にエスコートさせて空母打撃群のように見せながら展開してみせるのでしょう。インド洋から地中海へ抜けていくことも考えているのでは。
それは、中東に中国のプレゼンスが無いからです。サウジアラビアとイランが断交した時、中国は焦ったと思います。仮にサウジとイランが軍事衝突した場合、結局米ロのゲームになって中国はこの地域からはじかれてしまいます。そうしたら「一帯一路」がひっくり返る。習主席が各国を回って多額の支援を約束しましたが、軍事でなく経済のゲームにとどめたいと考えています。現状に相当の危機感があると思います。
15年の中国の「国防白書」の中でも、「経済活動には軍事力の保護が必要だ」と言っています。そういう意味で本気で戦争をする気は無くても、空母打撃群を形だけでも見せることが大切なのでしょう。
――中東からのエネルギー供給は海と陸とどちらを重視しているのでしょうか。
小原氏 パキスタンやミャンマーを通じてのパイプラインですが、中国にとって陸の輸送路は代替的なものだと思います。陸はそこを通る国々との良好な関係が必要ですし、それら国内の治安も保たれなければなりません。例えば、ミャンマー国内を通るパイプライン周辺の地域は治安が悪い。
だから中国にとっても海上輸送路が第一で、海のシルクロードを諦めることはないでしょう。中国はタイにマレー半島の最狭部を通るクラ運河を造れと言っています。タイは嫌がって10年以上そのままになっています。中国はマラッカ海峡が米国に封鎖される事態を考え、別の可能性を探っているわけです。
「南シナ海後」の狙いは?
――ドゥテルテ大統領の反米姿勢が注目されています。南シナ海情勢の見通しは。
小原氏 ドゥテルテ大統領はそもそも米国が嫌いだと言われていて、中国にとってはフィリピンから米国が引いてくれれば非常にありがたいと思っています。
中国はスカボロー礁の埋め立てをして、軍事拠点化すると思います。そうしないと、南シナ海を面で押さえることができません。米国の対応ですが、手を出さないのではないかと思います。政権末期のオバマ政権が軍事行動を起こすオプションは無いし、クリントン氏でもトランプ氏でも国内問題で手いっぱい、軍事行動は米国民の支持を失うだけで、できないと思います。
問題は、フィリピンが協議をしたいと言っている中で、中国としては怒らせて米国側に戻っては困るので、時機を見てということだと思います。米国が手を出さないことは中国は見切っていますし、3カ月に一回の航行の自由作戦は、中国に人工島軍事拠点化の言い訳と準備の時間を与えています。
――南シナ海の支配を確立したとして、中国はその後どこへ向かうのでしょうか。
小原氏 西への軍事プレゼンスを高めるでしょう。西進戦略の肝は、国内の格差解消もありますが、米国と太平洋で衝突しないことにあります。西へ向かうと米国との軍事プレゼンスの競争になります。今の段階では米国の方が大きいのですが、南シナ海でコストを強要できれば、西で展開する米軍の能力を少しでも下げることができると考えているでしょう。
また、南シナ海を自分の海にできれば、戦略原潜が自由に太平洋に出られる。いつでも米国に大陸間弾道弾を打ち込むことができ、米国の核先制攻撃に対する核による報復の最終的な保証になると考えています。また、南シナ海について、中国は行動規範について草案づくりをオファーしましたので、これで東南アジアの諸国はしばらく静かになるでしょう。
――次は東シナ海ということではありませんか。
小原氏 尖閣に対する具体的なアクションは、まだ先だと思います。日本は東南アジアの国に比べ、軍事能力が高いので、尖閣を取るとなったら日本が必ず反撃することは分かっています。空軍上将で中国国防大学の実質トップである劉亜洲氏が昨年書いた論文によると、日本はたとえ中国に負けて尖閣を取られても大したダメージは無い。勝てばプラスだが、米国の仲裁で現状維持となっても今と同じ。これに対し、中国が負けるようなことになれば、国内問題化して共産党の統治がひっくり返るので、これ以上のリスクは無い――。勝つまでやらなければならないが、勝てないかもしれない。そういう恐怖がある限り、中国はなかなか手を出さないと思います。
――中国経済の低迷が指摘される中、軍事についてはどういう優先順位があるのでしょうか。
小原氏 特に陸軍のコンパクト化を進めると思います。人民解放軍は土着化しているので、自分の基地から離れて戦えるように訓練している段階だと思います。海軍が軍事プレゼンスを示していくことが重要であり、航空優勢を取るための空軍力が重要で海空には予算が必要、それ以外の陸上については、人件費を含め、大幅に削減されていくと思います。
新たな基準づくりの主導権を
――日本の対中政策についてどう考えますか。
小原氏 今の米国のように徐々に引いていったら、中国に見切られてします。日本にとって尖閣諸島で「一定のラインを超えたら海上警備行動を発令しますよ」ということを明確に示す必要があると思います。そして誰が米大統領になるにせよ、日米の安全保障協力は維持・強化しなければなりません。
そして、中国は発展途上国を味方に付けて「現在の国際秩序は不公平だ」と言います。そこで欧米先進国は途上国がさらに発展できるルールづくりを考えなくてはいけませんが、軍事力を使うのが苦手な日本が存在感を発揮できるのは、そこではないかと思います。
〔小原凡司氏略歴〕
小原凡司(おはら・ぼんじ)東京財団政策研究調整ディレクター兼研究員1985年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院(地域研究修士)、2003年~06年駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令、16年9月から現職。著書に『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)『何が戦争を止めるのか』(ディスカバートゥエンティワン)等。
※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。
市川文隆(時事通信社解説委員)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載
――現在の米大統領選を中国はどう見ているのでしょうか。
小原凡司・東京財団研究員 米国は今、外交どころではないということを中国は理解していると思います。たとえヒラリー・クリントン氏が大統領になったとしても、対外的に大きな資源は割けないだろうと思っています。クリントン氏は民主党には珍しい、ルールをごり押しするタイプなので、中国は嫌いでしょう。それでもルールを押し出して型通りにやってくる方が読みやすいという思いはあるでしょう。
一方、中国は、ドナルド・トランプ候補のようなポピュリストは好きではありません。世論によってどうにでも変わるからです。中国では、トランプ氏は商人だから金さえ積めば反対はしないはずだとの声も聞こえますが、本音のところではいつ手のひらを返されるのだろうかと心配するはずです。
ポピュリストと言われるドゥテルテ・フィリピン大統領も、世論次第でいつでも対中強硬になりうるという意味で、中国は非常にやりにくいと思います。
――トランプ氏が大統領になったら、中国はやりやすくなるとの見方もあります。
小原氏 中国は米国の貿易など経済的な権益を侵しにいくわけですから、中国は米国に妨害されるのが怖いのです。トランプ氏が万一大統領になったとして、中国のそうした活動を理解した場合は、米国の権益を守るために動くと思います。そうした場合、中国にとってはトランプ氏の方がやりにくいのかもしれません。
――米中関係の今後をどう見ていますか。
小原氏 中国は経済権益を拡大したい、でもそれが思うようにいかないから不満だと言っています。経済ルールだけでなく、中国が触れてほしくない問題、人権や西洋型民主主義に関して国際社会で共通の価値観が形成され、この価値観を共有できる国が国際社会の成員だということになると、中国はこの条件には当てはまらない。欧米先進諸国が、こうした国際社会の認識、ルールを用いて中国の発展を妨害すると捉えるのです。コソボ紛争の時に、北大西洋条約機構(NATO)が人権の侵害を理由に軍事力を行使しましたが、中国は激しく反発しました。これを適用すると中国の人権侵害にも軍事力を行使する前例のようなものですから。
航空優勢、第1列島線超えて顕示
――韓国内での核保有論の高まりに対し、中国はどう見ているのでしょう。
小原氏 中国は、朝鮮半島が核を持つことに反対です。北朝鮮の核保有に反対しているのは、半島情勢の今後が不透明で、南北が統一されて米国寄りの核保有国になったら、中国にとっての悪夢でしょう。緩衝地帯としておきたいという以上は望んでいません。その意味で韓国はもちろん北朝鮮の核保有も嫌だということです。
中国は、米国が極度に引いてしまうとこの地域のバランスが崩れて、日本や韓国に核武装論が出てくるのは困る。在日・在韓米軍に居てもらって、日韓を安心させておいて、米中で安全保障関係をつくっていくのが中国の理想でしょう。
――「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備に中国が強く反発しています。
小原氏 THAADミサイル自体が脅威ではなく、ユニットを構成するレーダーによって中国の国内が読まれることへの反発です。一方で、中国指導部にとっては「この地域のバランスを崩しているのは米国だ」といういい口実になったと思います。これでバランスを回復するために北朝鮮を支援するのだといったような自分勝手な口実です。
――最近、宮古海峡を中国の航空機8機が通過したことが報道されました。目的は。
小原氏 日米に対するけん制であることは間違いありません。東シナ海、西太平洋まで航空優勢を取る実力があることを示したいのでしょう。その中にグアムの米軍基地も含まれています。
今回確認された爆撃機H─6K、これは巡航ミサイルDF─10が搭載できますが、これでグアムの空軍基地はいつでも攻撃できるということです。宮古と沖縄の間を抜けていくということは中国空軍の活動を太平洋まで押し出してくるという意味です。
こうした爆撃機が長距離を飛んで爆撃する訓練は、これまでもやっています。今回の特徴はこれだけの機数を使って、この空域の航空優勢を示そうとしたということです。中国軍が常に活動していることを示したいのだと思います。
――自衛隊のF35戦闘機が配備されれば、地域情勢が変化しますか。
小原氏 象徴的なことだと思います。南西諸島は現在のF15で十分でしょう。とはいえ、実際に戦闘力が高いということなので、中国に軍事衝突を避けたいと思わせる効果はあります。米国と衝突したら負けてしまうので、優勢を高めつつ日米と衝突しないよう常に考えるということです。
空軍に信頼置いていない習近平
――極超音速滑空体という兵器の開発状況は。
小原氏 中国は既に対艦弾道ミサイル(ASBM)を配備していますが、これをその代わりに使おうということです。より命中精度を高めることを考えていると思います。核弾頭の搭載については、そもそも米国は核弾頭を積まない、大量殺りくを伴わない戦略兵器を考えていたようですが、中国はそこまでは考えていないのではないか。中国が実験の際に発射に使ったロケットを見ると、大陸間弾道弾ではなく、准中距離のものなのでASBMと見ています。米国ですら開発を終えておらず、中国はなかなか思うように進んでいないと思います。
――中国は「空天一体」という軍事思想と言われます。
小原氏 戦闘の空域、あるいは宇宙までネットワークを構築する時、どうしても欠かせません。戦闘機が攻撃する時も衛星を通じて情報のやりとりをします。戦闘機は早期空中警戒機、あるいは空中警戒管制機だけではなく、より多くの情報を衛星から取る。そういうネットワークの構築を含め「空天一体」と言っていると思います。現在、中国は大量に衛星を打ち上げている段階ですが「北斗」という航法援助のための測位衛星の数が足りず、精度が上がっていません。早急に増やして、ネットワーク化を進めるのは間違いありません。
――最近は空軍重視が言われていますが、海軍に偏り過ぎていたため空の反発を抑えるためでしょうか。
小原氏 2012年に空軍司令員の許其亮が中央軍事委員会副主席に抜てきされたのも、そういった理由によるものです。なだめるというより、リーダーシップの強過ぎる人間を不満が高まっている中にとどめるのは危険だとも言われました。その後、空軍への予算配分が多くなったのは間違いありません。
一方、習国家主席の空軍に対する信頼は全幅のものではないだろうと思われます。14年に空軍司令部にだけ突然視察に行きました。一般に党、軍のトップが視察に行くのは、思い通りなっていない、危険だと思うところに行くということです。空軍は押さえ切っていないという認識は持っていたと思います。
国産空母、最初は中東派遣か
――空母について「遼寧」以外に少なくとも2隻の国産空母を建造中と言われます。
小原氏 問題は中国が空母の運用を全く知らず、艦載機の運用経験がほぼ無いことです。大連造船所で建造中の空母は、建造に6年かかると言っています。進水なのか就役なのか不明ですが、「二つの百年」の一つ、中国共産党結党100周年の2021年に時期を合わせるのです。でも、艦載機をそろえ、搭乗員を訓練し、ミッションをどう組み立てるのかというノウハウをロシアはほとんど教えなかったので、試行錯誤しながら自分でやらざるを得ない。まだ実戦能力は無いと思います。
就役した後、西の方に展開してみせると思います。大連造船所か江南造船所(上海)か、どちらで造っている空母か分かりませんが、駆逐艦やフリゲート艦にエスコートさせて空母打撃群のように見せながら展開してみせるのでしょう。インド洋から地中海へ抜けていくことも考えているのでは。
それは、中東に中国のプレゼンスが無いからです。サウジアラビアとイランが断交した時、中国は焦ったと思います。仮にサウジとイランが軍事衝突した場合、結局米ロのゲームになって中国はこの地域からはじかれてしまいます。そうしたら「一帯一路」がひっくり返る。習主席が各国を回って多額の支援を約束しましたが、軍事でなく経済のゲームにとどめたいと考えています。現状に相当の危機感があると思います。
15年の中国の「国防白書」の中でも、「経済活動には軍事力の保護が必要だ」と言っています。そういう意味で本気で戦争をする気は無くても、空母打撃群を形だけでも見せることが大切なのでしょう。
――中東からのエネルギー供給は海と陸とどちらを重視しているのでしょうか。
小原氏 パキスタンやミャンマーを通じてのパイプラインですが、中国にとって陸の輸送路は代替的なものだと思います。陸はそこを通る国々との良好な関係が必要ですし、それら国内の治安も保たれなければなりません。例えば、ミャンマー国内を通るパイプライン周辺の地域は治安が悪い。
だから中国にとっても海上輸送路が第一で、海のシルクロードを諦めることはないでしょう。中国はタイにマレー半島の最狭部を通るクラ運河を造れと言っています。タイは嫌がって10年以上そのままになっています。中国はマラッカ海峡が米国に封鎖される事態を考え、別の可能性を探っているわけです。
「南シナ海後」の狙いは?
――ドゥテルテ大統領の反米姿勢が注目されています。南シナ海情勢の見通しは。
小原氏 ドゥテルテ大統領はそもそも米国が嫌いだと言われていて、中国にとってはフィリピンから米国が引いてくれれば非常にありがたいと思っています。
中国はスカボロー礁の埋め立てをして、軍事拠点化すると思います。そうしないと、南シナ海を面で押さえることができません。米国の対応ですが、手を出さないのではないかと思います。政権末期のオバマ政権が軍事行動を起こすオプションは無いし、クリントン氏でもトランプ氏でも国内問題で手いっぱい、軍事行動は米国民の支持を失うだけで、できないと思います。
問題は、フィリピンが協議をしたいと言っている中で、中国としては怒らせて米国側に戻っては困るので、時機を見てということだと思います。米国が手を出さないことは中国は見切っていますし、3カ月に一回の航行の自由作戦は、中国に人工島軍事拠点化の言い訳と準備の時間を与えています。
――南シナ海の支配を確立したとして、中国はその後どこへ向かうのでしょうか。
小原氏 西への軍事プレゼンスを高めるでしょう。西進戦略の肝は、国内の格差解消もありますが、米国と太平洋で衝突しないことにあります。西へ向かうと米国との軍事プレゼンスの競争になります。今の段階では米国の方が大きいのですが、南シナ海でコストを強要できれば、西で展開する米軍の能力を少しでも下げることができると考えているでしょう。
また、南シナ海を自分の海にできれば、戦略原潜が自由に太平洋に出られる。いつでも米国に大陸間弾道弾を打ち込むことができ、米国の核先制攻撃に対する核による報復の最終的な保証になると考えています。また、南シナ海について、中国は行動規範について草案づくりをオファーしましたので、これで東南アジアの諸国はしばらく静かになるでしょう。
――次は東シナ海ということではありませんか。
小原氏 尖閣に対する具体的なアクションは、まだ先だと思います。日本は東南アジアの国に比べ、軍事能力が高いので、尖閣を取るとなったら日本が必ず反撃することは分かっています。空軍上将で中国国防大学の実質トップである劉亜洲氏が昨年書いた論文によると、日本はたとえ中国に負けて尖閣を取られても大したダメージは無い。勝てばプラスだが、米国の仲裁で現状維持となっても今と同じ。これに対し、中国が負けるようなことになれば、国内問題化して共産党の統治がひっくり返るので、これ以上のリスクは無い――。勝つまでやらなければならないが、勝てないかもしれない。そういう恐怖がある限り、中国はなかなか手を出さないと思います。
――中国経済の低迷が指摘される中、軍事についてはどういう優先順位があるのでしょうか。
小原氏 特に陸軍のコンパクト化を進めると思います。人民解放軍は土着化しているので、自分の基地から離れて戦えるように訓練している段階だと思います。海軍が軍事プレゼンスを示していくことが重要であり、航空優勢を取るための空軍力が重要で海空には予算が必要、それ以外の陸上については、人件費を含め、大幅に削減されていくと思います。
新たな基準づくりの主導権を
――日本の対中政策についてどう考えますか。
小原氏 今の米国のように徐々に引いていったら、中国に見切られてします。日本にとって尖閣諸島で「一定のラインを超えたら海上警備行動を発令しますよ」ということを明確に示す必要があると思います。そして誰が米大統領になるにせよ、日米の安全保障協力は維持・強化しなければなりません。
そして、中国は発展途上国を味方に付けて「現在の国際秩序は不公平だ」と言います。そこで欧米先進国は途上国がさらに発展できるルールづくりを考えなくてはいけませんが、軍事力を使うのが苦手な日本が存在感を発揮できるのは、そこではないかと思います。
〔小原凡司氏略歴〕
小原凡司(おはら・ぼんじ)東京財団政策研究調整ディレクター兼研究員1985年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院(地域研究修士)、2003年~06年駐中国防衛駐在官。09年第21航空隊司令、16年9月から現職。著書に『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)『何が戦争を止めるのか』(ディスカバートゥエンティワン)等。
※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。
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