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非難合戦となった大統領選、共和党キーマンのペンスの役割とは

ニューズウィーク日本版 2016年10月11日 14時50分

<先週トランプの過去の女性蔑視発言が暴露され、非難の応酬となった大統領選のテレビ討論。危機感を覚える共和党サイドでは、ペンス副大統領候補が選挙戦を支えるキーマンになりつつある>(写真は9日夜に行われた第2回テレビ討論)

 アメリカ大統領選では9日の日曜夜、東部時間の午後9時から、ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学セントルイス校で第2回テレビ討論が開催された。この討論では、先週金曜に「噴出」したトランプの女性蔑視発言について、そして今月1日のニューヨーク・タイムズ紙の暴露に端を発したトランプの「連邦税を払っていなかった」疑惑について、トランプがどう防戦するかが注目された。

 それ以前の問題として、女性蔑視発言がどんどん明るみに出るにつれて、共和党内からの「不支持宣言」が雪崩をうって出ていたことも事実だ。一方で、ウォールストリート・ジャーナル紙からは、トランプが「もう当選の可能性はゼロだから降りる」と言ったとか言わないとかという報道も出ていた。そんな中で実際に討論が成立するかどうか危ぶむ声もあった。

 結論から言えば、それでも討論は成立した。事前の予想通り、司会者とヒラリーはトランプの「女性蔑視発言」と「税金逃れ」を追及した。これに対してトランプは、「発言はロッカールーム・トーク」、つまり男同士がスポーツで汗を流した後の更衣室でやるような「罪のない猥談だ」と居直った。また「税金問題」に関しては、アッサリと認めた。

【参考記事】前代未聞のトランプ節税問題と奇妙な擁護論

 トランプは、翌日以降のメディアに「炎上の材料」を提供した格好となった。対するトランプもヒラリー陣営に反撃した。一つには、ヒラリーの夫ビル・クリントンが90年代以前に行ったという「性的に不適切な行為」の「被害女性3名」を討論会場に連れてきて、プレッシャーをかけるという作戦だったが、こちらは空振りに終わった。

 一方でヒラリーの「私的メールサーバ」使用問題に関しては、トランプは徹底的に追及すると息巻いて、仮に自分が当選したらヒラリーを「刑務所にブチ込む」という暴言まで口にした。

 しかし、こうした応酬に関しては「想定内」という見方もできる。他方で、今後の選挙戦の帰趨を占うような奇妙な現象も浮き彫りになってきている。



 それは、副大統領候補のマイク・ペンス知事(インディアナ州)との齟齬という問題だ。これは予想外に顕著な形で出てきた。それも大変に重要なシリアの「アレッポ情勢」に関する部分で、だ。ペンスは、先週の副大統領候補討論の中で、「住民が虐殺されて人道危機が起きている」ので「アサド軍の地上施設破壊」などを視野に「米軍としては軍事的介入も辞さず」ということを語っている。

 このペンス発言を支持するかという質問に対して、トランプは「ノー」と答えた。つまりアサドは「ISISを攻撃しているから善玉」だとして、アサドとそのスポンサーのロシアをあくまで擁護し続けたのだ。これは大変な「ズレ」だ。アメリカの大統領選で「大統領候補と副大統領候補の間で重要な政策に関して相違がある」というのは少なくとも、20世紀以降では前代未聞だろう。

 一体何が起こっているのか?

 可能性としてあるのは、背後でペンスを中心とした「何か」が動いているという見方だ。一部の報道によれば、ペンスと夫人は一連のトランプの「女性蔑視発言」あるいは「性的な不規則発言」に対してカンカンに怒っていると言われている。何しろ厳格な宗教保守派で鳴らし、「トランプ候補は3回結婚しているが、私は30年同じ妻と連れ添っている」というペンスには、絶対に許せない種類の発言だろう。

【参考記事】「トランプ隠し」作戦が効いた、副大統領候補討論の評価

 一部の報道には、8日の時点でペンスがトランプとの選挙運動をキャンセルするという話もあった。これに加えて、軍事外交において喫緊の課題であるシリア戦略に関して、事もあろうにアレッポでの民間人殺戮を繰り広げている「アサド政権=ロシア連合」をトランプは支持するという。

 しかし第2回テレビ討論の直後にペンスは、「トランプ候補の健闘を称える」ツイートを出した。そして一夜明けた10日になってCNNのインタビューに応じたペンスは、「候補辞退など滅相もない」として戦線離脱を否定している。要するに、自分や支持者の個人的な不快感を「封印」して、当面はトランプ支持で進めるというのだ。

 ここで浮かび上がってきたのは、3つのシナリオだ。

 1つは、このままトランプが「降りもしない」し「浮上することもなく」ヒラリーが勝つ、一方で共和党の議員たちは「分裂選挙」を戦うというシナリオ。ペンスは「選挙戦の体裁を維持する」ために副大統領候補として運動を続ける一方で、トランプとの差を埋めることもしない、ある意味で大統領と議会の分裂選挙における「体裁を整えるバッファー」として機能するということだ。



 2つ目は、共和党内が内紛に陥るという可能性だ。今日現在のアメリカの各メディアは、トランプの過去の失言・放言を、目を皿のようにして探している。結果として、もっとヒドい内容が出たりすると、議会の候補たちは耐えられなくなって、さらにトランプへの不支持が出てくるかもしれない。その場合は、多くの党員がトランプを見放す中で、ペンスが共和党の議員や知事候補の「応援団長」を務めることになるだろう。

 3つ目は、投票1カ月前を切ったこれからの「どこかの時点」で、トランプが放り出す、つまり「降りてしまう」というシナリオだ。投票用紙は印刷済みなので、テクニカルには混乱する。しかしその場合にはペンスを大統領候補として戦う可能性も取り沙汰されている。冷静に考えると、知名度でハンデはあるが、ここ数週間のヒラリーの低調ぶりを考えると、ペンスの方が善戦する可能性も「無きにしも非ず」ということで、このシナリオはまったく排除もできない。

【参考記事】選挙ボランティアから見える、大統領選「地上戦」の現状

 そう考えると、ペンスの10日のCNNでの発言には思い当たるフシがある。「戦線離脱?」を問われたペンスは「今回、共和党から副大統領候補指名を受けたのは、自分の生涯の中でも最高の栄誉」だから辞退はしないと説明したのだ。

 あくまで自分は「共和党の副大統領候補」であり、「トランプの副大統領候補」という言い方はしなかった。つまり仮にトランプが降りた場合、自分が担がれることを「ほんの少しだけ」意識しているように感じられるのだ。それはともかく、1つ目や2つ目のシナリオ、つまりこのまま敗北という場合でも、自分としては共和党の本流として、トランプの発言には是々非々を貫きながら、一人でも多くの議会や知事の候補を「救う」ことを考えているのではないか、そのように考えられる。

 大統領選最終盤で情勢がここまで流動化してくると、ペンスの言動から目が離せない。

冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)

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