<トランプの「女性蔑視発言」は予想以上の反発を招き、大統領選最終盤の情勢を大きく変化させている。このように本選直前の10月に暴露されるスキャンダルは、投票日までにダメージを挽回するのが難しい>(写真:トランプは発言について謝罪したが・・・・・・)
アメリカには、「オクトーバー・サプライズ」という政治用語がある。
11月上旬の選挙結果に影響を与えるような驚くべき情報やスキャンダル(サプライズ)が、選挙寸前の10月に発覚することで、特に大統領選で話題になる。
なぜかと言えば、国民はネガティブな情報でもすぐに忘れるので、時間さえあればダメージを受けた候補が人気を取り戻す余地はあるからだ。だが、選挙寸前のスキャンダルは、その余裕を与えない。ライバル陣営が、最も大きなダメージを与える情報を最後の最後までとっておいて、オクトーバー・サプライズとしてリークすることもある。
【参考記事】トランプにここまで粘られるアメリカはバカの連合国
今回の選挙では、民主党の党大会寸前の7月に、民主党全国委員会(DNC)のデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長ら幹部数人の合計約2万通に上るメールのやり取りを、内部告発サイトのウィキリークスが公開する事件があった。流出したメールの中には、DNCを攻撃するサンダースの取り扱いについて弁護士に相談したり、サンダースの信頼を失墜させる方法を探ったりするものもあった。
この事件によって委員長は退任し、アンチ・トランプで団結しかけていた民主党には大きな亀裂が入った。かつてないほど多くの有権者が第三政党の候補(ゲーリー・ジョンソンとジル・スタイン)を支持しているのは、このリークの影響もある。
7月の時点で、民主党は「テクニックから、ハッキングにはロシア政府が絡んでいることが疑われる」と主張してきた。そして、今月7日には、アメリカ政府(国土安全保障省など)も、ロシア政府がアメリカの大統領選を操作するためにハッキングに関与していたと公式に批判した。ハッキングの対象になったのは、DNCやヒラリー陣営のコンピュータだけではない、個人のコンピュータやデータベースも、だ。
ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジは、その後も「クリントンについて、もっと多くの電子メールを公開する」と予告し続け、それが7月よりダメージが大きいものであることを匂わせていた。
ところが、「オクトーバー・サプライズ」は、まずトランプにやってきた。
それは、2005年の非公開録画テープだった。
トランプがソープオペラ(アメリカ版昼メロ)にゲスト出演するのを、NBCの芸能ゴシップ番組「アクセスハリウッド」がレポートしたときのものだ。トランプは当時「アプレンティス」という人気番組のスターで、3番目で現在の妻のメラニアと結婚したばかりだった。
トランプと「アクセスハリウッド」の司会者ビリー・ブッシュ(43代ブッシュ大統領のいとこ)は、マイクがONになって録音されていたことを知らなかったのか、バスの中で露骨な雑談を交わしている。映像はバスの外のもので、2人の姿は見えない。
そこでトランプはこんな発言をした――「美人を見ると自動的に魅了されちゃうんだ。すぐキスしてしまう。磁石みたいなもんだね。キスだけだけど。待ったりはしない。スターだと何でもやらせてくれるんだよ。何をやってもかまわない......P・・・Y(女性器の通称)をつかむんだ。何でもできる」
これは相手の同意を得ずに性的行為を行うことを示唆しており、実際に行動に移せば犯罪とみなされるセクシャルハラスメントにあたる。
これをスクープしたのは、由緒あるワシントン・ポスト紙だ。
【参考記事】非難合戦となった大統領選、共和党キーマンのペンスの役割とは
最初は「(ゴシップ紙として有名な)ナショナル・エンクワイアラーじゃあるまいし、ワシントン・ポストが扱うべき記事じゃない」という反応もあったが、その影響は当初予想していた以上に広がった。
女性だけでなく、これまでは我慢していた宗教保守派の男性共和党員からも、大きな反発が出てきたのだ。
上院議員のマイク・リー(ユタ州)は、ビデオで「私には妻、娘、姉妹、母がいる。彼女たちに対して、あのような発言をする者は絶対に雇用しない。関係を持ちたいとも思わない。自由世界のリーダーとして安心して雇えるとはまったく思わない」と批判し、トランプに対して「失礼ながら、(党の指名候補を)辞任していただきたい。敬意を持って要請します」と訴えた。リー以外にも、マイク・クレイポやケリー・アヨットなど、トランプ支持を取り消す共和党議員が続いている。
ワシントン・ポスト紙のスクープの直後に、ウィキリークスはヒラリー陣営の電子メールをリークした。トランプ支持者や、アンチ・ヒラリーの人々が「オクトーバー・サプライズ」として待ち受けていたものだ。中にはゴールドマン・サックスで行ったスピーチの内容や、ベンガジ事件の公聴会についての話し合いなどがある。
だがネット上の反応を見ると、リークの内容よりも発表のタイミングに注目している人がいる。むろん、「ヒラリーは嘘つきだ」「明かしてくれてありがとう」とウィキリークスを讃えるものもある。だが、彼らはすでにアンチ・ヒラリーの人々だ。
全体的には、「すでに知っていることで、何も新しいことはない」「トランプの発言に比べたら、こんなのたいしたことではない」「ロシア政府が絡んでいると知ってからは、ウィキリークスがやることに尊敬はない」「トランプを擁護するためにプーチンが電話1本かけたら、アサンジはリークするのか?」といったしらけた反応が多い。
ツイッターでは #TrumpTapes が長時間トレンドのトップを保っていたが、 #Wikileaks はトレンドに上がってもこなかった。今回のウィキリークスのリークで、浮動票が大きく動く兆候はない。
【参考記事】選挙ボランティアから見える、大統領選「地上戦」の現状
広告業界の有名人ドニー・ドイチュは、長年トランプと懇意にしていることでも知られる。大統領選挙でのトランプには最初から批判的だが、昨年からトランプが予備選に勝つことを予測していた人物でもある。そのドイチュが、テープが公になった直後に、政治番組で「これでおしまいだ(It's over)」と断言した。
2008年の共和党指名候補ジョン・マケインの選挙参謀だったスティーブ・シュミットも、「トランプは共和党の知性が腐敗しているのを露呈させた」と語り、すでに大統領選での敗北を確信し、共和党が上院議会でも過半数を失うと予測している。そして、共和党は「深く自省するべきだ」とも。
それでも10月はまだ終わっていない。第三政党を支持する浮動票は、投票の1カ月前の現在でもアメリカ全体で約8%あり、これまでの選挙で見られなかったほど多い。
この浮動票を動かすオクトーバー・サプライズの可能性がある限り、大統領選の結末はまだまだわからない。
渡辺由佳里(エッセイスト)
アメリカには、「オクトーバー・サプライズ」という政治用語がある。
11月上旬の選挙結果に影響を与えるような驚くべき情報やスキャンダル(サプライズ)が、選挙寸前の10月に発覚することで、特に大統領選で話題になる。
なぜかと言えば、国民はネガティブな情報でもすぐに忘れるので、時間さえあればダメージを受けた候補が人気を取り戻す余地はあるからだ。だが、選挙寸前のスキャンダルは、その余裕を与えない。ライバル陣営が、最も大きなダメージを与える情報を最後の最後までとっておいて、オクトーバー・サプライズとしてリークすることもある。
【参考記事】トランプにここまで粘られるアメリカはバカの連合国
今回の選挙では、民主党の党大会寸前の7月に、民主党全国委員会(DNC)のデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長ら幹部数人の合計約2万通に上るメールのやり取りを、内部告発サイトのウィキリークスが公開する事件があった。流出したメールの中には、DNCを攻撃するサンダースの取り扱いについて弁護士に相談したり、サンダースの信頼を失墜させる方法を探ったりするものもあった。
この事件によって委員長は退任し、アンチ・トランプで団結しかけていた民主党には大きな亀裂が入った。かつてないほど多くの有権者が第三政党の候補(ゲーリー・ジョンソンとジル・スタイン)を支持しているのは、このリークの影響もある。
7月の時点で、民主党は「テクニックから、ハッキングにはロシア政府が絡んでいることが疑われる」と主張してきた。そして、今月7日には、アメリカ政府(国土安全保障省など)も、ロシア政府がアメリカの大統領選を操作するためにハッキングに関与していたと公式に批判した。ハッキングの対象になったのは、DNCやヒラリー陣営のコンピュータだけではない、個人のコンピュータやデータベースも、だ。
ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジは、その後も「クリントンについて、もっと多くの電子メールを公開する」と予告し続け、それが7月よりダメージが大きいものであることを匂わせていた。
ところが、「オクトーバー・サプライズ」は、まずトランプにやってきた。
それは、2005年の非公開録画テープだった。
トランプがソープオペラ(アメリカ版昼メロ)にゲスト出演するのを、NBCの芸能ゴシップ番組「アクセスハリウッド」がレポートしたときのものだ。トランプは当時「アプレンティス」という人気番組のスターで、3番目で現在の妻のメラニアと結婚したばかりだった。
トランプと「アクセスハリウッド」の司会者ビリー・ブッシュ(43代ブッシュ大統領のいとこ)は、マイクがONになって録音されていたことを知らなかったのか、バスの中で露骨な雑談を交わしている。映像はバスの外のもので、2人の姿は見えない。
そこでトランプはこんな発言をした――「美人を見ると自動的に魅了されちゃうんだ。すぐキスしてしまう。磁石みたいなもんだね。キスだけだけど。待ったりはしない。スターだと何でもやらせてくれるんだよ。何をやってもかまわない......P・・・Y(女性器の通称)をつかむんだ。何でもできる」
これは相手の同意を得ずに性的行為を行うことを示唆しており、実際に行動に移せば犯罪とみなされるセクシャルハラスメントにあたる。
これをスクープしたのは、由緒あるワシントン・ポスト紙だ。
【参考記事】非難合戦となった大統領選、共和党キーマンのペンスの役割とは
最初は「(ゴシップ紙として有名な)ナショナル・エンクワイアラーじゃあるまいし、ワシントン・ポストが扱うべき記事じゃない」という反応もあったが、その影響は当初予想していた以上に広がった。
女性だけでなく、これまでは我慢していた宗教保守派の男性共和党員からも、大きな反発が出てきたのだ。
上院議員のマイク・リー(ユタ州)は、ビデオで「私には妻、娘、姉妹、母がいる。彼女たちに対して、あのような発言をする者は絶対に雇用しない。関係を持ちたいとも思わない。自由世界のリーダーとして安心して雇えるとはまったく思わない」と批判し、トランプに対して「失礼ながら、(党の指名候補を)辞任していただきたい。敬意を持って要請します」と訴えた。リー以外にも、マイク・クレイポやケリー・アヨットなど、トランプ支持を取り消す共和党議員が続いている。
ワシントン・ポスト紙のスクープの直後に、ウィキリークスはヒラリー陣営の電子メールをリークした。トランプ支持者や、アンチ・ヒラリーの人々が「オクトーバー・サプライズ」として待ち受けていたものだ。中にはゴールドマン・サックスで行ったスピーチの内容や、ベンガジ事件の公聴会についての話し合いなどがある。
だがネット上の反応を見ると、リークの内容よりも発表のタイミングに注目している人がいる。むろん、「ヒラリーは嘘つきだ」「明かしてくれてありがとう」とウィキリークスを讃えるものもある。だが、彼らはすでにアンチ・ヒラリーの人々だ。
全体的には、「すでに知っていることで、何も新しいことはない」「トランプの発言に比べたら、こんなのたいしたことではない」「ロシア政府が絡んでいると知ってからは、ウィキリークスがやることに尊敬はない」「トランプを擁護するためにプーチンが電話1本かけたら、アサンジはリークするのか?」といったしらけた反応が多い。
ツイッターでは #TrumpTapes が長時間トレンドのトップを保っていたが、 #Wikileaks はトレンドに上がってもこなかった。今回のウィキリークスのリークで、浮動票が大きく動く兆候はない。
【参考記事】選挙ボランティアから見える、大統領選「地上戦」の現状
広告業界の有名人ドニー・ドイチュは、長年トランプと懇意にしていることでも知られる。大統領選挙でのトランプには最初から批判的だが、昨年からトランプが予備選に勝つことを予測していた人物でもある。そのドイチュが、テープが公になった直後に、政治番組で「これでおしまいだ(It's over)」と断言した。
2008年の共和党指名候補ジョン・マケインの選挙参謀だったスティーブ・シュミットも、「トランプは共和党の知性が腐敗しているのを露呈させた」と語り、すでに大統領選での敗北を確信し、共和党が上院議会でも過半数を失うと予測している。そして、共和党は「深く自省するべきだ」とも。
それでも10月はまだ終わっていない。第三政党を支持する浮動票は、投票の1カ月前の現在でもアメリカ全体で約8%あり、これまでの選挙で見られなかったほど多い。
この浮動票を動かすオクトーバー・サプライズの可能性がある限り、大統領選の結末はまだまだわからない。
渡辺由佳里(エッセイスト)