10月10日から12日まで李克強首相がマカオを訪問した。その背後には中国のしたたかな戦略がある。ポルトガル語圏諸国を制して人民元を流通させ世界金融市場を中国に惹きつける狙いなど表面的には見えていない戦略を考察する。
香港、台湾を牽制
10月10日、マカオの空港に降り立つなり、李克強首相はマイクを前に「マカオこそは一国二制度を成功させ実践している熱い地である」とマカオを褒めたたえた。
それは、たび重なる民主化運動によりコントロールしにくくなった香港と、蔡英文という独立志向の強い民進党政権が台湾に誕生してしまったことへの牽制であることは、誰の目にも明らかである。
マカオを絶賛し、経済的支援を強めて、香港や台湾の民に焦りを覚えさせることによって、北京に従わせようという魂胆だ。
しかし、そういった精神的あるいは思想的な側面からのコントロールだけでなく、実は中国には「マカオを、ポルトガル語圏を制するための拠点にする」という、非常に遠大な戦略があったのである。
その戦略が見据えているのは、「人民元流通圏の拡大」という世界金融市場における狙いであり、最終的には一帯一路の充実と拡大にある。
その意味で、これまで香港が果たしてきた「世界金融センター」としての役割を、香港からマカオに移そうという狙いもある。
ポルトガル語圏に人民元を流通させる
2015年11月、IMF(国際通貨基金)理事会は、人民元をSDR(特別引出権)通貨バスケットに採用することに合意したが、今年10月1日付で、その決定が正式に採用され、実施され始めた。人民元はそれまでの4主要通貨である「米ドル、ユーロ、日本円、(スターリング)ポンド」に加えて、5番目の通貨として「国際化」したことになる。
具体的には、中国経済を国際金融制度に組み込むことにつながり、習近平政権が進めてきたAIIB(アジア・インフラ投資銀行)を、より有利に導く働きをする。
ところが、 その割には、中国金融制度の実態が透明でなく、構造改革もスローガンに挙げているだけで進む傾向にはない。過剰生産を生んでいる国有企業などの構造改革を本気でするには、政治体制改革が必要で、政治体制改革などをしたら一党支配体制が崩壊しかねない爆弾を抱えている。
そのため、IMFが認めたほどには人民元の信頼性が高いわけではなく、中国としては、なんとしても人民元の流通国家を増やしていかなければならないわけだ。
AIIBを創設するときには、香港の元宗主国であったイギリスを利用し尽くした。
いまや、EU離脱を選んでしまったイギリスには、それほど大きな利用価値はない。イギリスの役割は、AIIB創設とイギリスのEU離脱で終わっている。
そこでマカオに狙いを定め、ポルトガル語圏を中国の傘下に収めようとしているのが、李克強首相の今般のマカオ訪問の最大の狙いなのである。
中国とポルトガル語諸国との経済協力フォーラム
それを具体的に実現させるために、10月11日と12日、李克強首相はマカオで「中国とポルトガル語諸国との経済協力フォーラム」を開催した。
ポルトガル語諸国との経済協力フォーラム自体は、2003年10月にマカオで創立されており、アンゴラ(アフリカ)、ブラジル(南米)、カーボベルデ(アフリカ)、ギニアビサウ(アフリカ)、モザンビーク(アフリカ)、ポルトガル(ヨーロッパ)、東ティモール(アジア)などが参加している。
以来、2006年、2010年および2013年と、マカオで開催されてきたが、今年の「中国とポルトガル語諸国経済協力フォーラム」は、特別な意味を持っている。
中国外交部のウェブサイトによれば、今後5年間で、ポルトガル語諸国からの輸入総額は8兆(米)ドルに達し、対外投資額は7200億(米)ドル、観光客数は延べ6億人に達するとのこと。この資金力と人口数によってポルトガル語圏国家を惹きつけ、人民元の国際化を成し遂げる戦略だ。
このフォーラムが誕生したころは貿易額が110億ドルでしかなかったことを考えると、力の入れ方が尋常でないことが見えてくる。
ポルトガル語を公用語とする最大の国家はBRICSの中の国の一つであるブラジル。約2億人いる。世界を合わせれば、2.5億人に達するので、無視できない力を持つ。ポルトガルのコスタ首相は、わざわざこの日のために、マカオ訪問の前日(9日)に北京に行き、人民大会堂で李克強首相と会談しているほどだ。
一方、香港民主派の立法会議員ら9人が、10月10日、マカオの港で拘束された民主活動家らの釈放を求めて抗議活動を行なったが、マカオ当局に拘束されてしまった。
また台湾では、10月10日の双十節に蔡英文総統(民進党)が「中華民国を認めるべきだ」という趣旨の演説を行ったが、12日、大陸の国台弁(国務院台湾事務弁公室)はすかさず、11月2日に「習近平・洪秀柱会談」が北京で行なわれるだろうと発表した。洪秀柱氏は、台湾の国民党主席である。
台湾内での引きはがしも、着々と進めていることがわかる。
日本は、中国のこういった動きの背後に何があるかを、正確に掌握しておく必要があるだろう。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新大国中国潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
香港、台湾を牽制
10月10日、マカオの空港に降り立つなり、李克強首相はマイクを前に「マカオこそは一国二制度を成功させ実践している熱い地である」とマカオを褒めたたえた。
それは、たび重なる民主化運動によりコントロールしにくくなった香港と、蔡英文という独立志向の強い民進党政権が台湾に誕生してしまったことへの牽制であることは、誰の目にも明らかである。
マカオを絶賛し、経済的支援を強めて、香港や台湾の民に焦りを覚えさせることによって、北京に従わせようという魂胆だ。
しかし、そういった精神的あるいは思想的な側面からのコントロールだけでなく、実は中国には「マカオを、ポルトガル語圏を制するための拠点にする」という、非常に遠大な戦略があったのである。
その戦略が見据えているのは、「人民元流通圏の拡大」という世界金融市場における狙いであり、最終的には一帯一路の充実と拡大にある。
その意味で、これまで香港が果たしてきた「世界金融センター」としての役割を、香港からマカオに移そうという狙いもある。
ポルトガル語圏に人民元を流通させる
2015年11月、IMF(国際通貨基金)理事会は、人民元をSDR(特別引出権)通貨バスケットに採用することに合意したが、今年10月1日付で、その決定が正式に採用され、実施され始めた。人民元はそれまでの4主要通貨である「米ドル、ユーロ、日本円、(スターリング)ポンド」に加えて、5番目の通貨として「国際化」したことになる。
具体的には、中国経済を国際金融制度に組み込むことにつながり、習近平政権が進めてきたAIIB(アジア・インフラ投資銀行)を、より有利に導く働きをする。
ところが、 その割には、中国金融制度の実態が透明でなく、構造改革もスローガンに挙げているだけで進む傾向にはない。過剰生産を生んでいる国有企業などの構造改革を本気でするには、政治体制改革が必要で、政治体制改革などをしたら一党支配体制が崩壊しかねない爆弾を抱えている。
そのため、IMFが認めたほどには人民元の信頼性が高いわけではなく、中国としては、なんとしても人民元の流通国家を増やしていかなければならないわけだ。
AIIBを創設するときには、香港の元宗主国であったイギリスを利用し尽くした。
いまや、EU離脱を選んでしまったイギリスには、それほど大きな利用価値はない。イギリスの役割は、AIIB創設とイギリスのEU離脱で終わっている。
そこでマカオに狙いを定め、ポルトガル語圏を中国の傘下に収めようとしているのが、李克強首相の今般のマカオ訪問の最大の狙いなのである。
中国とポルトガル語諸国との経済協力フォーラム
それを具体的に実現させるために、10月11日と12日、李克強首相はマカオで「中国とポルトガル語諸国との経済協力フォーラム」を開催した。
ポルトガル語諸国との経済協力フォーラム自体は、2003年10月にマカオで創立されており、アンゴラ(アフリカ)、ブラジル(南米)、カーボベルデ(アフリカ)、ギニアビサウ(アフリカ)、モザンビーク(アフリカ)、ポルトガル(ヨーロッパ)、東ティモール(アジア)などが参加している。
以来、2006年、2010年および2013年と、マカオで開催されてきたが、今年の「中国とポルトガル語諸国経済協力フォーラム」は、特別な意味を持っている。
中国外交部のウェブサイトによれば、今後5年間で、ポルトガル語諸国からの輸入総額は8兆(米)ドルに達し、対外投資額は7200億(米)ドル、観光客数は延べ6億人に達するとのこと。この資金力と人口数によってポルトガル語圏国家を惹きつけ、人民元の国際化を成し遂げる戦略だ。
このフォーラムが誕生したころは貿易額が110億ドルでしかなかったことを考えると、力の入れ方が尋常でないことが見えてくる。
ポルトガル語を公用語とする最大の国家はBRICSの中の国の一つであるブラジル。約2億人いる。世界を合わせれば、2.5億人に達するので、無視できない力を持つ。ポルトガルのコスタ首相は、わざわざこの日のために、マカオ訪問の前日(9日)に北京に行き、人民大会堂で李克強首相と会談しているほどだ。
一方、香港民主派の立法会議員ら9人が、10月10日、マカオの港で拘束された民主活動家らの釈放を求めて抗議活動を行なったが、マカオ当局に拘束されてしまった。
また台湾では、10月10日の双十節に蔡英文総統(民進党)が「中華民国を認めるべきだ」という趣旨の演説を行ったが、12日、大陸の国台弁(国務院台湾事務弁公室)はすかさず、11月2日に「習近平・洪秀柱会談」が北京で行なわれるだろうと発表した。洪秀柱氏は、台湾の国民党主席である。
台湾内での引きはがしも、着々と進めていることがわかる。
日本は、中国のこういった動きの背後に何があるかを、正確に掌握しておく必要があるだろう。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新大国中国潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)