<紛争の手段として残虐な集団レイプが行われ、「女性にとって世界最悪の地」と呼ばれるコンゴ東部で傷ついた女性たちの体と心の治療にあたってきたコンゴ人婦人科医ムクウェゲが初来日。講演では語りきれなかった性暴力の実態、性暴力が起こる構造、ノーベル平和賞候補とも言われるムクウェゲが置かれた環境などについて、日本でムクウェゲにアテンドした筆者が記す>
10月上旬にコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)人の婦人科医、かつ人権活動家のデニ・ムクウェゲ医師(Dr. Denis Mukwege)が初来日し、コンゴ東部における性暴力と紛争鉱物について2回講演した。過去数年、ノーベル平和賞受賞有力候補に挙がっているムクウェゲ医師は欧米では非常に著名で、これまで国連人権賞(2008年)、ヒラリー・クリントン賞(2014年)、サハロフ賞(2014年)などさまざまな賞を受賞し、何回も欧米で講演している。しかし、東アジアの訪問は今回が初めてだ。
ムクウェゲ医師の初来日は予想以上に注目を浴びた。大手メディア8社から単独インタビューを受け、全国・地方新聞やテレビで大きく取り上げられ、その他、講演の参加者のブログが10万人以上によって閲覧された。
なぜこのような「ブーム」が起きたのだろうか。それには理由が3点挙げられるだろう。第1に、ムクウェゲ医師のカリスマ性、教養の高さとメッセージの強さから、誰もが同医師に人間としての魅力を感じたことだ。それは映画だけでなく、本人との対面を通して確認できた。第2に、ムクウェゲ医師の来日のタイミングが大変良かったことである。偶然にもノーベル平和賞の発表直前、そして今年6月以降、さまざまな会場で上映されているムクウェゲ医師のドキュメンタリー映画『女を修理する男』が、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の難民映画祭での上映時期と重なったことだ。
そして第3に、私が知る限り、性暴力ならぬ「性的テロリズム」(後述)、紛争鉱物とグローバル経済の関係性は日本で初めて取り上げられたテーマであることだ。我々が使用している携帯電話内にコルタンというレアメタルが含まれているが、その多くが、コンゴ東部で採掘されたいわゆる「紛争鉱物」(当該鉱物の採掘・流通にともなう利益が、政府あるいは武装勢力によって紛争資金に利用されている鉱物)である可能性が高い。その紛争鉱物と携帯電話の関係について過去約15年間にわたって、日本のメディアは数回報道してきた。しかし、今回、テレビ番組の「コンゴの医師が訴え、"性暴力"意外な背景」や「コンゴ紛争と日本、意外な接点とは」といったタイトルからわかるように、紛争鉱物と性的テロリズムとの関係は日本人にとって新しい発見であっただろう。しかも、その性的テロリズムが性的欲求ではなく、経済的な理由から組織的に生じていること、そしてそれが日本に住む我々の生活にも直結している事実にショックを受けた人は多かったに違いない。
ただムクウェゲ医師のメッセージが必ずしも十分に伝わらなかったと聞いている。その上、性的テロリズムの影響力、東京大学の講演で起きた一人デモの背景、ムクウェゲ医師が勤務するコンゴ東部の現状、そして同医師がノーベル平和賞を受賞する価値についても十分に理解していない人が多いと思う。そのため、本稿では、メディアで報道されなかったムクウェゲ医師のインタビューなどをもとに、解説を補足したい。なお講演の内容は既に上記のブログやツイッターで拡散されているために、本稿では取り上げず、またコンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済の関係性については寄稿文を参照していただきたい。
性的テロリズムの影響力・破壊力
紛争下の性暴力は長年にわたって「戦争の武器」と呼ばれており、それは、日本を含むアジア以外に、ヨーロッパ、アフリカや南米など世界各地の紛争地で使われてきた。しかし地域によって、性暴力の理由が異なることがある。例えば、ボスニアやルワンダでは、敵側の住民を完全に根絶するために、性暴力が民族浄化戦略の手段として使われ、HIVを故意に感染させる行為も行われた。コンゴにおいても性暴力が住民やコミュニティーの破壊という目的を有するものの、それによって軍隊や武装勢力が鉱物資源を支配できるという経済的側面があることがコンゴの性暴力の特徴だ。このような性暴力と紛争鉱物が関係している現象は、国連も「紛争関連の性暴力」報告書(注1)で指摘している。コンゴ以外に、今年のノーベル平和賞を受賞したコロンビアにおいても、武装グループ、不法採掘、麻薬の違法売買と性暴力の関係性が見られるという。
マーゴット・ヴァルストレム(Margot Wallstrom)前紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表がコンゴ東部を「世界のレイプの中心地」と呼び始めた2010年前後から、「女性にとって世界最悪の地」の実態がもっと浮き彫りになった。それは、ムクウェゲ医師という、「集団レイプによって生じる体内の傷を治療する世界一流の専門家」がアドボカシーを続けてきたおかげであろう。性暴力は命を産みだし育てる存在としての女性とその性器を破壊する意図を持って行われるために、ムウウェゲ医師は本行為を性暴力ではなく、「性的テロリズム」と呼んでいる。これは決して過去の話ではなく、現在も続いており、ムクウェゲ医師が手術するケースとはレイプによる性器破壊が原因で生じている。
性的テロリズムが「戦争の武器」として使われるのは、それが有効でかつ安価な武器だからであり、若者、特に失業中の若者を洗脳すれば、即使用できる。その上、性的テロリズムは1人に対して使われる武器だが、それは被害者の周辺で水平と垂直の方向に打撃を与える強力で影響力のある武器でもある。まず水平(家族、コミュニティー)に関して、サバイバーの女性の夫や子供たちなど家族全員にトラウマが広がった後に、恐怖心がコミュニティー全体と社会に拡散し、最終的に社会が破壊される。さらに、垂直方向(次世代)にも影響が及ぶが、それはレイプのサバイバーから生まれた子どもたちは望まれないまま生まれたために人間関係の問題に、そして子どもたちの父親がわからないという家系の問題に直面する。その子どもたちはエイズにかかっている可能性があるため、サバイバーの子孫たちを含む家族全体が破壊される。身体的にも精神的にも受けた打撃は殺害と同じように深刻であることがわかるだろう。
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(注1)S/2015/203, 23 March 2015
その性的テロリズムは、あらゆる方法で家族やコミュニティーを破壊する力を有する。その方法とは、例えば、夫や子どもたちの前で犯される集団レイプから、女性の性器にさまざまなモノが挿入されるものなど。ある女性は7人の武装勢力要員にレイプされた際に、7人目の男性がその女性の性器に銃をねじこみ発砲した。そのため彼女の性器全体が木端微塵にちぎれ、細かい肉の断片になってしまった。またある時は、熱で溶かしたゴムなどが性器に流し込まれたり、また化学物質を使って性器に大きな穴が開けられ、直陽と性器(膣)、あるいは尿道と性器(膣)がつながって失禁状態を引き起こすケースもある。12カ月の赤ん坊はレイプされた上に、性器だけでなく腹部に至るまで完全に引き裂かれた。
このような残虐な方法は主に鉱山地域付近の住民に対して使われているが、それはその住民を強制的に追放・移動させて、最終的に国軍や武装グループが鉱山を支配するためである。
鉱山地域の住民が邪魔であれば、性的テロリズムという方法ではなく、いっそ殺戮した方が簡単ではないかと疑問を抱く人もいるだろう。しかし、ムクウェゲ医師は、加害者にとって性的テロリズムは利点が2点あると言う。
第1に、時おり例外もあるが、性的テロリズムはその証拠を残すことができず、また他人に見せることができないという点だ。例えば、1000人の市民が殺戮されると、世界中のメディアが現場に飛んで撮影し、その証拠となる死体の場所を尋ねるだろう。後述のように、国連によると、1990年代後半にルワンダ軍とコンゴの反政府勢力が「ジェノサイド」と特徴づけられる罪を犯したために、特にルワンダ政府は批判を浴びた。そのため、そのような目立った方法は使われなくなっている。その代わり、不可視化された、かつより有害な大量殺戮の方法である性的テロリズムが使われているという。もし1000人の女性がレイプされたら、その中の10%しか勇気を持って自分の身に起こった事を話さないだろうが、その際に証拠を安易に見せることはできない。それは、被害を受けた身体の部分が女性としては他人に見せにくい部分であるためだ。
第2に、性的テロリズムの残虐さを見せつけられたコミュニティーの住民が、抵抗する気力を失って従順になり、鉱山労働に依存せざるを得なくなる点だ。サバイバーの多くは、「自分はもう人間ではなくなった」と言う。彼女らは生かされてはいるが、実際には自分の人生に価値があると感じられなくなり、生きたいという気持ちを失う。コンゴ東部にはサバイバーは大勢いるため、そのような意気阻喪の感情はその家族や村・コミュニティーの住民にも拡散し、したがってコミュニティー全体が弱体化する。村の生計を支える農作業においては女性の働きが重要であるが、直腸まで達するような傷を受けると働けなくなるため、栄養失調になったり、世界食糧計画(WFP)の食糧援助に依存しなければならない住民も増えているという。コンゴ東部が穀倉地帯であるのにもかかわらずだ。農業生産が減少するため、村が経済的な損失を受けて、ますます男性による鉱山労働に依存せざるを得なくなる。これは、加害者、つまり国軍や武装勢力にとって非常に都合がよい。なぜなら、鉱山での労働環境は大変苛酷であるために、従順な奴隷労働者を要しているからだ。
ムクウェゲ医師は、核兵器や化学兵器を規制するのと同様に、戦争の武器としての性的テロリズムも規制されなければならないと語った。
現在も続く殺戮
東京大学でのムクウェゲ医師の講演では、会場にいた1人の若いコンゴ人が壇に上がり、ムクウェゲ医師の横に立ち、手にしていた紙を頭上に掲げた。
「性暴力、日本の株式会社も共犯」
これは、日本の製造会社が、携帯電話、コンピュータその他の消費者家電製品内に含まれているコンゴ産の鉱物を入手することで、現地の性暴力に間接的に関与している可能性を意味しているだろう。
ムクウェゲ医師(左)の講演に飛び入りし、虐殺に抗議したコンゴ 写真:田中真知
続けて、このコンゴ人は "Je suis Beni"(私はベニ)と書かれた紙と、ベニで殺戮されたであろう子供の惨い死体の写真も掲げた。コンゴ東部・北キブ州のベニという町付近では、2014年10月以降の2年間、市民に対する攻撃が約120回起き、その結果、約1000人の市民が殺戮されている。2016年5月に住民50名以上が殺害される事件があった際に、ムクウェゲ医師もパンジ病院の公式HPで遺憾の意を表明した。以前、私はコンゴ東部に勤務した際に出張でベニによく行ったが、金(ゴールド)と木材が豊富な場所であり、これらを支配するために住民が殺戮されていると言われている。殺戮事件を受けて、活動家などが「私はシャーリー」(注2) (シャーリーを支援します)ならぬ、「ベニを支援します」というメッセージをソーシャルメデイアで流した。
「私はベニ」の英語、フランス語とコンゴのリンガラ語のスローガン。
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(注2)2015年1月、フランスにある風刺週刊誌の「シャーリー・エブド」本社で12人が死亡したテロ事件後、表現の自由を支持する人たちによって掲げられたスローガン。
一般的に言われているのは、この殺戮の加害者は、1995年以降コンゴ北東部にいる、ウガンダのイスラミスト系反政府勢力(ADF)であることだ。しかしある調査によると、市民を守るはずのコンゴ軍が逆に攻撃し、しかも市民一人を殺害すると250米ドル(約25,000円)の報酬がもらえると言われている。
国連の機密報告書も、殺戮の責任者がコンゴ軍であり、同軍の将軍が市民を殺害する目的でADFをリクルートし、資金を提供し、そして武装したことを明記している。
コンゴ東部の紛争について簡単に説明しよう。1990年代後半以降、コンゴ東部にはADFのような外国反政府勢力、国内の反政府勢力や民兵を含む、少なくとも40の武装勢力が相互に、またコンゴ軍やルワンダ軍と戦闘しているため、紛争が20年間続いていると言われている。コンゴ軍は治安回復のために、それらの反政府勢力に対して掃討作戦(敵を排除するための軍事活動)を行ってきたが、なかなか紛争は治まらない。
それもそのはずだ。ベニに限定すると、コンゴ軍とADFは戦闘しているというより、実は「協力関係」にあるからである。例えば、国連専門家グループの最新報告書によると、コンゴ軍はADFに弾薬、制服と食糧を提供したことが明らかになっている(注3)。同様に、ルワンダ軍とルワンダの反政府勢力も政治的に敵対関係にあると認識されているが、同様に経済的に協力し合っている(注4)。
さらに悪いことに、世界最大級のPKOである国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO)はコンゴ軍だけでなく、反政府勢力との「協力」を通して、「紛争」の長期化に加担している。例えば、インド軍のPKO要員はルワンダ反政府勢力(FDLR)を武装解除せず、国連の食糧配給をその反政府勢力に金(ゴールド)と引き換えに横流しをしていることが報道された(注5)。また2009年に、コンゴ軍主導の対FDLRの掃討作戦が実施され、悪名の高かった作戦として知られている。それは、子ども兵士の徴集の容疑で国際刑事裁判所(ICC)に起訴されていたボスコ・ンタガンダというコンゴ軍の将軍 (注6)が本作戦を主導したからで(注7)、MONUSCOがその後方支援を担当していた。MONUSCOは、ンタガンダ将軍がこの掃討作戦を主導したことを否定したが、ンタガンダ将軍の関与が真実であれば、PKOは戦争犯罪人と協力していたことを意味する。スキャンダラスな問題として報道された(注8)。
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(注3)UNSC, S/2016/466, 23 May 2016, para. 200
(注4)UN Group of Experts, S/2002/1146, 16 October 2002, para. 68
(注5)Martin Plaut, 'Congo spotlight on India and Pakistan', BBC, 28 April 2008
(注6)ボスコ・ンタガンダは、同時に「コンゴ」反政府勢力CNDPの将軍も兼任していた。ICCは2012年にも、ンタガンダに戦争犯罪および人道に対する罪の容疑で2回目の逮捕状を発行した。逮捕状には、ンタガンダの国籍が「『ルワンダ人』と信じられている」と記述されている。ンタガンダは2013年3月にルワンダに逃亡しICCに自主的に投降したが、それは自己保身のためであった可能性が高い。
(注7)UNSC, S/2009/603, 23 November 2009, para.183
(注8)BBC, 'Congo Ex-Rebel "Working with UN",' April 29, 2009.
このように政治的に敵対関係にあると信じられているアクターが、実は経済的サバイバル、天然資源の搾取や土地の支配のために、現地に混乱状態を意図的に長期化させ、そして相互の存在を活用しあい協力が生まれることがある。コンゴ東部の長期化した「紛争」はまさにさまざまなアクターが演じている「茶番劇」であり、「喜劇」とさえ呼んでいるコンゴ人もいる。
上述のように、ムクウェゲ医師によると、国軍と武装勢力は証拠を残さないためにも殺戮ではなく性的テロリズムでコミュニティーを破壊している。では、なぜベニでは現在も殺戮が続いているのか。この殺戮が現在進行形であるため現時点で十分に分析できない。が、推測としては、コンゴ軍がADFというイスラミスト系勢力をスケープゴートとして使っているのか、あるいはベニから住民を追放しなければならない特別で緊急の理由があるのか。ただ一つ事実として言えることは、ベニ付近には3000人のPKO要員がいるにもかかわらず、その殺戮を止められないことである。
France 24というフランスのメディアは2016年8月16日、「コンゴ・北キブ州、忘れられた戦争」というテーマで、ベニにおける殺戮について議論した。しかし二者以上のアクターが戦闘している「戦争」ではなく、コンゴ軍と反政府勢力が一方的に市民を殺戮している。
東大での一人デモの若者が、ベニにおける殺戮にフラストレーションと怒りを抱いていたことは明らかであろう。
ルワンダに「偽装占領」されているコンゴ東部
ムクウェゲ医師の活動拠点であるコンゴ東部のブカブは南キブ州の州都であり、かつ過去20年間、「紛争」の中心地でもある。紛争地なので当然大変難しい環境と想像できるが、その難しさのレベルについて理解している人は非常に少ないと思う。
コンゴ東部は「第一次アフリカ大戦」と呼ばれたものも含めて、1996年から和平合意が成立した2002年まで武力紛争が続いたが、現在も上記のように「茶番劇」的な「紛争」が継続している。もっと正確に言うと、1996年9月にルワンダ軍とルワンダ政府の代理である「コンゴ」武装勢力がコンゴ東部に侵攻し、現在もルワンダ軍がコンゴ東部を「偽装占領」し続けている。だが、例えばイスラエルがパレスチナに入植地を建てて、あからさまに軍事占領していることは国際的に認識されているのに比べて、コンゴ東部の占領は不可視化しているため認識されていない。
なぜ認識されていないのか?それには理由が3点ある。
第1に、1920年代以降、ルワンダ人(多数派フツと少数派ツチ)が移民や難民としてコンゴ東部に半強制的に移動したために、コンゴ東部にはルワンダ系住民が多く、コンゴの国籍を取得したことだ。ルワンダ人の中でも特にツチが1960年代以降、コンゴの政治と経済に影響を及ぼし、それが現在でも続いている。
第2に、コンゴは一応独立した国家であるが、1997年以降、政治・軍事組織がルワンダの直接的な影響の下に置かれていることだ。コンゴ国家の主要なアクターはルワンダ人であると信じられ、その代表的なアクターがジョセフ・カビラ現大統領である。そのため、コンゴ政府は1998~2000年を除いて、2001年以降、ルワンダ政府の代行としてコンゴ東部に占領してきた「コンゴ」反政府勢力を非難したことがない。
第3に、コンゴの大戦以降の2002年に、ルワンダ軍を含むすべての外国軍がコンゴの領土から即時撤退が要求されたにもかかわらず、ルワンダ軍は完全に撤退しなかったことだ。それどころか、PKOによる平和構築の名の下で実施されたコンゴ軍の「軍統合」の際に、ルワンダ軍(「コンゴ」反政府勢力がその代理)とルワンダ反政府勢力はコンゴ軍に「潜入」(infiltrate)したのである。そのルワンダ軍・諜報機関の幹部は、コンゴの国籍をこっそりと取得した。
ルワンダ軍による「偽装占領」だけが問題ではない。1998年と2010年の国連報告書によると、1996~7年にルワンダ軍らはルワンダ難民とコンゴの市民に対して「ジェノサイド」と特徴づけられる罪を犯した。それに加えて、1994年、ルワンダの「ジェノサイド」のきっかけとなった大統領機の撃墜に関しても、当時のルワンダ政府軍(多数派フツが主導)ではなく、当時のルワンダ反政府勢力、つまりルワンダ現政権(少数派ツチが主導)が犯したとのことだ。これは、カガメ大統領の元側近の証言によるものである(注9)。ルワンダの「ジェノサイド」も、通説によるとフツ過激派がツチを殺戮したとのことだが、逆にツチもフツを殺戮したことが国連のグソーニー報告書やルワンダ軍の離脱者の証言によって明らかになっている。これが真実であれば、ルワンダの「ジェノサイド」は「ダブル・ジェノサイド」(注10)、あるいは内戦と呼ばれるべきだ。
実はルワンダとコンゴ東部における紛争の実態は、1990年代後半以降、国連調査団、国連専門家グループやフランスの判事らによって何度も公表されてきたが、その紛争中に犯された重大な罪について米国とイギリスが主導している安保理では議論されることはこれまで一度もない。
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(注9)Abdul Joshua Ruzibiza, 2005, Rwanda: L'historie secrete. Paris: Panama, 241-245 ; Theogene Rudasingwa, 2013. Healing A Nation, A Testimony: Waging and Winning a Peaceful Revolution to Unite and Heal Broken Rwanda. South Carolina: CreateSpace Independent Publishing Platform, 413-415.
(注10)ダブル・ジェノサイド説は、1994年前のルワンダ旧政権と当時の反政府勢力のRPF(現政権)がジェノサイドに関与したことを意味する。1994 年 6 月、フランスのアラン・ジュペ外務大臣(当時)がジェノサイドについて執筆した際、双方が罪を犯しているという意味を示唆して、複数形のジェノサイド 'genocides'を用いた。フランスのフランソワ・ミッテラン大統領(当時)も 1994 年 11 月に行われた演説で、同様の表現を使った。 RPF の元メンバーのアブデゥル・ジョシュア・ルジビザ氏もまた、ダブル・ジェノサイドを明白に論じている。Juppe, 'Intervenir au Rwanda', Liberation , June 16, 1994; Mitterand, 'Discours de Monsieur Francois Mitterand', Biarritz, 8 November 1994, 4; Ruzibiza, Rwanda. L'histoire secrete, 328-336.
これらすべての罪の責任者は、ルワンダのカガメ大統領である。ルワンダの研究者・活動家として著名なフィリップ・レインツエンスは、同大統領を「おそらく世界の現職の国家元首で、最悪の戦争犯罪人」と呼んでいる(注11)。そのため、多くのコンゴ人はルワンダ政府に対して嫌悪感と恐怖感を抱いており、ルワンダ人自身もそのことを承知している。
ムクウェゲ医師はその感情を口にしないものの、大湖地域(コンゴ、ルワンダ、ウガンダとブルンジ)における政治的意思の欠乏、コンゴ政府が国民の保護という義務を果たしていなく、平和も法の正義(justice)もないことなど非難を続けている。また、「性的暴力にノー!戦争にノー!国家の分裂計画にノー!」という政治的な発言もしたことがある。ここでいう「国家の分裂計画」(balkanization)とは、「領土を第一次世界大戦後のバルカン諸国のように、お互いに政治的に敵対する小国家に分裂させる」という意味で、ルワンダによるコンゴ東部の併合計画に言及した。
ルワンダのカガメ政権も同政府の傀儡と言われているコンゴのカビラ政権も、ムクウェゲ医師のこのような発言を面白くないと思っているはずだ。その証拠として、国際メデイアの高い注目度とは裏腹に、報道の自由がないコンゴ地元ではムクウェゲ医師の実績を報道しているメディアはない。あるとすれば、例えば「ムクウェゲ医師は性暴力のサバイバーを治療していると言っているが、実際は彼自身がその加害者だ」といった中傷記事のみである。
コンゴの国外でコンゴとルワンダ政府に批判をするコンゴ人の活動家は多いが、コンゴ国内、しかもルワンダに侵略されている東部でそれを実行することは相当な危険が伴っている。事実、2007年、国連PKO(MONUSCO)のコンゴ人ジャーナリストがブカブで暗殺され、2010年に、ブカブ出身の著名なコンゴ人の人権活動家が首都キンシャサで暗殺された。後者の人権活動家は過去27年間コンゴで活動し、モブツ独裁政権(1965-1997年)中、何回も逮捕されながらも一応、活動する「自由」はあった。その彼が、2010年にカビラ大統領の秘密を暴露する予定にしていたが、その数週前に暗殺された。このニュースに多くのコンゴ人と国際人権団体はショックを受け、潘基文国連事務総長までが声明を発表したほどである。
このように、カビラ現政権ではモブツ政権時代と違って、ジャーナリストや人権活動家は急速に殺されているため、ムクウェゲ医師も恐れていたのに違いない。同医師も2012年10月に暗殺未遂にあっており、その直後、一時的にヨーロッパに避難した。現在はMONUSCO要員に守られながらパンジ病院内に住み、病院外に出る際も、MONUSCO要員数人に保護されながら移動するという自由が全然ない生活を送っている。
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(注11) Filip Reyntjens, Political Governance in Post-Genocide Rwanda(Cambridge University Press, 2013)
前述のように、MONUSCOはコンゴ軍とも反政府勢力とも協力関係にある。それに加えて、MONUSCOの任務である文民の保護はほとんど果たしておらず、また情報収集とインテリジェンスに欠乏しているとも言われている。よって、PKOに対するコンゴの市民の不信感は非常に高い。コンゴとルワンダにおけるPKOの歴史を振り返ると、1960年代にも当時世界最大級のPKOがコンゴに派遣された中で、ルムンバ初代首相が暗殺された。1994年ルワンダのジェノサイドが始まる前に、PKOは既に派遣されていたが、「ジェノサイド」を防ぐことができなかった。そのため、いざという時、PKOが本当にムクウェゲ医師を保護するのか疑問である。
以上からわかるように、コンゴ東部は単なる紛争地や無政府状態だけではなく、ルワンダとコンゴ東部で犯された「ダブル・ジェノサイド」の責任者とされるルワンダ軍によって偽装占領されている。その上、コンゴ軍もPKOも頼りにならない。そのような状況で医療とアドボカシー活動を継続していることを考えると、ムクウェゲ医師の勇気、苦労と偉大さが理解できるだろう。
ノーベル平和賞受賞以上の価値を有する医師
ムクウェゲ医師は時間の25%をアドボカシー活動に費やし、女性の人権の尊重を訴え、特に紛争下の性暴力を止めるために世界各地を回っている。訪日中の講演やメディアのインタビューで、世界におけるhumanity(人間性)の必要性を何度も訴えたが、同医師はまさしくそのhumanityを有している。講演やメデイアのインタビューではコンゴの状況について話したが、ムクウェゲ医師にアテンドした私との会話の中では、ボスニアやコロンビアなどで出会った性暴力のサバイバーの話が出た。コンゴ東部の現状だけでも最悪なのに、世界で同様な状況に置かれているサバイバーにも目を向け、グローバルに考え行動している姿に胸を打たれた。まさしくThink globally and act locally ではなく、Think and act both locally and globallyの方である。
そのため、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞受賞を目的に活動していないことを理解しつつ、今年も受賞を逃してしまったのは正直残念である。ノーベル平和賞以上の価値を有する方だと確信しているからだ。
ムクウェゲ医師は、コンゴ人にとっても、また北アフリカを除くサブサハラアフリカ仏語圏の人間にとっても、初めてのノーベル平和賞受賞の候補者である。これまでのアフリカ出身の受賞者は、南アフリカ、ガーナ、ケニア、リベリア、ナイジェリアであり、全員が英語圏だ。日本では、アフリカをひとまとめにしてしまう傾向があるが、英語圏と仏語圏の間にはちょっとしたライバル意識がある。なので、受賞すると、世界の女性、特に紛争下の性暴力のサバイバーだけでなく、アフリカの多くの国々にとって大きな励ましになることは間違いない。
それだけではない。ムクウェゲ医師が受賞すると当然国際社会は同医師の実績を称賛し、それはコンゴの現カビラ大統領に圧力を与えることになる。同大統領は今年12月20日までの任期を憲法に違反して延長するのではないかとの懸念が広がっており、野党や多くの市民がカビラ大統領の辞任を要求している。報道の自由がないコンゴでは、ムクウェゲ医師の実績が報道されていないために同医師の実績を知らない市民が多いが、国外にいる多くのコンゴ人にとってムクウェゲ医師は希望の星であり、同医師に大統領になってもらいたいと切願している人は多くいる。
その一方で、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞を受賞した時の懸念も抱いていた。同医師が受賞することは、コンゴと近隣国のルワンダなどの政府がコンゴ東部の性的テロリズムの加害者であることを国際社会が認識したことを意味する。その場合、ルワンダやコンゴ政府からの嫌がらせを受けるのではないか、あるいはコンゴ東部で働き続けることが難しくなるのではないかと心配した。天然資源大国であるコンゴは、過去130年間、ベルギー、アメリカや他の大国や近隣国によって資源が搾取され続けてきた。ムクウェゲ医師は性的テロリズムの加害者だけでなく、紛争鉱物を搾取している責任者(つまり、性的テロリズムの加害者と同人物)も非難しており、国連もこれまで紛争鉱物の搾取に関する報告書を毎年のように公表してきたが、国連はそれ以上の行動をとったことがない。ムクウェゲ医師や多くのコンゴ人がどれだけ落胆していることが想像できると思う。
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ムクウェゲ医師の初来日のおかげで、性暴力と紛争鉱物に関する認知度が一気に高まったという意味では、来日の価値は大いにあったと言えるだろう。ムクウェゲ医師は企業や消費者を含む日本社会にて、アドボカシー活動を続ける必要性と価値を確認した。それに加えて、欧米諸国では見られない、日本人のサービスの質の高さ、勤勉さや整理整頓の文化が印象に残り、コンゴ人のメンタリテイーを変えるためにも日本の良さからもっと学びたいとも話していた。次回の来日がいつになるかわからないが、今後も引き続き本テーマについて議論をする機会を設け、紛争鉱物の規制に向けて行動に移すことができるようベストを尽くしたいと考えている。
ムクウェゲ医師の活動やコンゴの性暴力の実態について知りたい方は、映画『女を修理する男」をご覧ください。
<上映日程>
静岡県立大学 10月24日
岡山大学 11月4日
恵泉女学園大学 11月6日
上智大学 11月17日
沖縄産科婦人科学会 11月18日
長崎大学 11月25日
神戸市立外国語大学 11月30日
宇都宮大学国際学部 12月10日
早稲田大学 12月14日
同志社大学 12月22日
アムネスティー・インターナショナル日本支部 1月28日
詳細はこちら
[執筆者]
米川正子
立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会の代表。今回のムクウェゲ医師の初来日を企画・アテンドした。
国連ボランティアで活動後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国、スーダン、コンゴ共和国、ジュネーブ本部などで勤務。コンゴ民主共和国のゴマ事務所長を歴任。宇都宮大学特任准教授を経て、2012 年11 月から現職。専門分野は紛争と平和、人道支援、難民。著書に『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外に何でもある国』(創成社、2010 年)など。
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)
10月上旬にコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)人の婦人科医、かつ人権活動家のデニ・ムクウェゲ医師(Dr. Denis Mukwege)が初来日し、コンゴ東部における性暴力と紛争鉱物について2回講演した。過去数年、ノーベル平和賞受賞有力候補に挙がっているムクウェゲ医師は欧米では非常に著名で、これまで国連人権賞(2008年)、ヒラリー・クリントン賞(2014年)、サハロフ賞(2014年)などさまざまな賞を受賞し、何回も欧米で講演している。しかし、東アジアの訪問は今回が初めてだ。
ムクウェゲ医師の初来日は予想以上に注目を浴びた。大手メディア8社から単独インタビューを受け、全国・地方新聞やテレビで大きく取り上げられ、その他、講演の参加者のブログが10万人以上によって閲覧された。
なぜこのような「ブーム」が起きたのだろうか。それには理由が3点挙げられるだろう。第1に、ムクウェゲ医師のカリスマ性、教養の高さとメッセージの強さから、誰もが同医師に人間としての魅力を感じたことだ。それは映画だけでなく、本人との対面を通して確認できた。第2に、ムクウェゲ医師の来日のタイミングが大変良かったことである。偶然にもノーベル平和賞の発表直前、そして今年6月以降、さまざまな会場で上映されているムクウェゲ医師のドキュメンタリー映画『女を修理する男』が、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の難民映画祭での上映時期と重なったことだ。
そして第3に、私が知る限り、性暴力ならぬ「性的テロリズム」(後述)、紛争鉱物とグローバル経済の関係性は日本で初めて取り上げられたテーマであることだ。我々が使用している携帯電話内にコルタンというレアメタルが含まれているが、その多くが、コンゴ東部で採掘されたいわゆる「紛争鉱物」(当該鉱物の採掘・流通にともなう利益が、政府あるいは武装勢力によって紛争資金に利用されている鉱物)である可能性が高い。その紛争鉱物と携帯電話の関係について過去約15年間にわたって、日本のメディアは数回報道してきた。しかし、今回、テレビ番組の「コンゴの医師が訴え、"性暴力"意外な背景」や「コンゴ紛争と日本、意外な接点とは」といったタイトルからわかるように、紛争鉱物と性的テロリズムとの関係は日本人にとって新しい発見であっただろう。しかも、その性的テロリズムが性的欲求ではなく、経済的な理由から組織的に生じていること、そしてそれが日本に住む我々の生活にも直結している事実にショックを受けた人は多かったに違いない。
ただムクウェゲ医師のメッセージが必ずしも十分に伝わらなかったと聞いている。その上、性的テロリズムの影響力、東京大学の講演で起きた一人デモの背景、ムクウェゲ医師が勤務するコンゴ東部の現状、そして同医師がノーベル平和賞を受賞する価値についても十分に理解していない人が多いと思う。そのため、本稿では、メディアで報道されなかったムクウェゲ医師のインタビューなどをもとに、解説を補足したい。なお講演の内容は既に上記のブログやツイッターで拡散されているために、本稿では取り上げず、またコンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済の関係性については寄稿文を参照していただきたい。
性的テロリズムの影響力・破壊力
紛争下の性暴力は長年にわたって「戦争の武器」と呼ばれており、それは、日本を含むアジア以外に、ヨーロッパ、アフリカや南米など世界各地の紛争地で使われてきた。しかし地域によって、性暴力の理由が異なることがある。例えば、ボスニアやルワンダでは、敵側の住民を完全に根絶するために、性暴力が民族浄化戦略の手段として使われ、HIVを故意に感染させる行為も行われた。コンゴにおいても性暴力が住民やコミュニティーの破壊という目的を有するものの、それによって軍隊や武装勢力が鉱物資源を支配できるという経済的側面があることがコンゴの性暴力の特徴だ。このような性暴力と紛争鉱物が関係している現象は、国連も「紛争関連の性暴力」報告書(注1)で指摘している。コンゴ以外に、今年のノーベル平和賞を受賞したコロンビアにおいても、武装グループ、不法採掘、麻薬の違法売買と性暴力の関係性が見られるという。
マーゴット・ヴァルストレム(Margot Wallstrom)前紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表がコンゴ東部を「世界のレイプの中心地」と呼び始めた2010年前後から、「女性にとって世界最悪の地」の実態がもっと浮き彫りになった。それは、ムクウェゲ医師という、「集団レイプによって生じる体内の傷を治療する世界一流の専門家」がアドボカシーを続けてきたおかげであろう。性暴力は命を産みだし育てる存在としての女性とその性器を破壊する意図を持って行われるために、ムウウェゲ医師は本行為を性暴力ではなく、「性的テロリズム」と呼んでいる。これは決して過去の話ではなく、現在も続いており、ムクウェゲ医師が手術するケースとはレイプによる性器破壊が原因で生じている。
性的テロリズムが「戦争の武器」として使われるのは、それが有効でかつ安価な武器だからであり、若者、特に失業中の若者を洗脳すれば、即使用できる。その上、性的テロリズムは1人に対して使われる武器だが、それは被害者の周辺で水平と垂直の方向に打撃を与える強力で影響力のある武器でもある。まず水平(家族、コミュニティー)に関して、サバイバーの女性の夫や子供たちなど家族全員にトラウマが広がった後に、恐怖心がコミュニティー全体と社会に拡散し、最終的に社会が破壊される。さらに、垂直方向(次世代)にも影響が及ぶが、それはレイプのサバイバーから生まれた子どもたちは望まれないまま生まれたために人間関係の問題に、そして子どもたちの父親がわからないという家系の問題に直面する。その子どもたちはエイズにかかっている可能性があるため、サバイバーの子孫たちを含む家族全体が破壊される。身体的にも精神的にも受けた打撃は殺害と同じように深刻であることがわかるだろう。
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(注1)S/2015/203, 23 March 2015
その性的テロリズムは、あらゆる方法で家族やコミュニティーを破壊する力を有する。その方法とは、例えば、夫や子どもたちの前で犯される集団レイプから、女性の性器にさまざまなモノが挿入されるものなど。ある女性は7人の武装勢力要員にレイプされた際に、7人目の男性がその女性の性器に銃をねじこみ発砲した。そのため彼女の性器全体が木端微塵にちぎれ、細かい肉の断片になってしまった。またある時は、熱で溶かしたゴムなどが性器に流し込まれたり、また化学物質を使って性器に大きな穴が開けられ、直陽と性器(膣)、あるいは尿道と性器(膣)がつながって失禁状態を引き起こすケースもある。12カ月の赤ん坊はレイプされた上に、性器だけでなく腹部に至るまで完全に引き裂かれた。
このような残虐な方法は主に鉱山地域付近の住民に対して使われているが、それはその住民を強制的に追放・移動させて、最終的に国軍や武装グループが鉱山を支配するためである。
鉱山地域の住民が邪魔であれば、性的テロリズムという方法ではなく、いっそ殺戮した方が簡単ではないかと疑問を抱く人もいるだろう。しかし、ムクウェゲ医師は、加害者にとって性的テロリズムは利点が2点あると言う。
第1に、時おり例外もあるが、性的テロリズムはその証拠を残すことができず、また他人に見せることができないという点だ。例えば、1000人の市民が殺戮されると、世界中のメディアが現場に飛んで撮影し、その証拠となる死体の場所を尋ねるだろう。後述のように、国連によると、1990年代後半にルワンダ軍とコンゴの反政府勢力が「ジェノサイド」と特徴づけられる罪を犯したために、特にルワンダ政府は批判を浴びた。そのため、そのような目立った方法は使われなくなっている。その代わり、不可視化された、かつより有害な大量殺戮の方法である性的テロリズムが使われているという。もし1000人の女性がレイプされたら、その中の10%しか勇気を持って自分の身に起こった事を話さないだろうが、その際に証拠を安易に見せることはできない。それは、被害を受けた身体の部分が女性としては他人に見せにくい部分であるためだ。
第2に、性的テロリズムの残虐さを見せつけられたコミュニティーの住民が、抵抗する気力を失って従順になり、鉱山労働に依存せざるを得なくなる点だ。サバイバーの多くは、「自分はもう人間ではなくなった」と言う。彼女らは生かされてはいるが、実際には自分の人生に価値があると感じられなくなり、生きたいという気持ちを失う。コンゴ東部にはサバイバーは大勢いるため、そのような意気阻喪の感情はその家族や村・コミュニティーの住民にも拡散し、したがってコミュニティー全体が弱体化する。村の生計を支える農作業においては女性の働きが重要であるが、直腸まで達するような傷を受けると働けなくなるため、栄養失調になったり、世界食糧計画(WFP)の食糧援助に依存しなければならない住民も増えているという。コンゴ東部が穀倉地帯であるのにもかかわらずだ。農業生産が減少するため、村が経済的な損失を受けて、ますます男性による鉱山労働に依存せざるを得なくなる。これは、加害者、つまり国軍や武装勢力にとって非常に都合がよい。なぜなら、鉱山での労働環境は大変苛酷であるために、従順な奴隷労働者を要しているからだ。
ムクウェゲ医師は、核兵器や化学兵器を規制するのと同様に、戦争の武器としての性的テロリズムも規制されなければならないと語った。
現在も続く殺戮
東京大学でのムクウェゲ医師の講演では、会場にいた1人の若いコンゴ人が壇に上がり、ムクウェゲ医師の横に立ち、手にしていた紙を頭上に掲げた。
「性暴力、日本の株式会社も共犯」
これは、日本の製造会社が、携帯電話、コンピュータその他の消費者家電製品内に含まれているコンゴ産の鉱物を入手することで、現地の性暴力に間接的に関与している可能性を意味しているだろう。
ムクウェゲ医師(左)の講演に飛び入りし、虐殺に抗議したコンゴ 写真:田中真知
続けて、このコンゴ人は "Je suis Beni"(私はベニ)と書かれた紙と、ベニで殺戮されたであろう子供の惨い死体の写真も掲げた。コンゴ東部・北キブ州のベニという町付近では、2014年10月以降の2年間、市民に対する攻撃が約120回起き、その結果、約1000人の市民が殺戮されている。2016年5月に住民50名以上が殺害される事件があった際に、ムクウェゲ医師もパンジ病院の公式HPで遺憾の意を表明した。以前、私はコンゴ東部に勤務した際に出張でベニによく行ったが、金(ゴールド)と木材が豊富な場所であり、これらを支配するために住民が殺戮されていると言われている。殺戮事件を受けて、活動家などが「私はシャーリー」(注2) (シャーリーを支援します)ならぬ、「ベニを支援します」というメッセージをソーシャルメデイアで流した。
「私はベニ」の英語、フランス語とコンゴのリンガラ語のスローガン。
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(注2)2015年1月、フランスにある風刺週刊誌の「シャーリー・エブド」本社で12人が死亡したテロ事件後、表現の自由を支持する人たちによって掲げられたスローガン。
一般的に言われているのは、この殺戮の加害者は、1995年以降コンゴ北東部にいる、ウガンダのイスラミスト系反政府勢力(ADF)であることだ。しかしある調査によると、市民を守るはずのコンゴ軍が逆に攻撃し、しかも市民一人を殺害すると250米ドル(約25,000円)の報酬がもらえると言われている。
国連の機密報告書も、殺戮の責任者がコンゴ軍であり、同軍の将軍が市民を殺害する目的でADFをリクルートし、資金を提供し、そして武装したことを明記している。
コンゴ東部の紛争について簡単に説明しよう。1990年代後半以降、コンゴ東部にはADFのような外国反政府勢力、国内の反政府勢力や民兵を含む、少なくとも40の武装勢力が相互に、またコンゴ軍やルワンダ軍と戦闘しているため、紛争が20年間続いていると言われている。コンゴ軍は治安回復のために、それらの反政府勢力に対して掃討作戦(敵を排除するための軍事活動)を行ってきたが、なかなか紛争は治まらない。
それもそのはずだ。ベニに限定すると、コンゴ軍とADFは戦闘しているというより、実は「協力関係」にあるからである。例えば、国連専門家グループの最新報告書によると、コンゴ軍はADFに弾薬、制服と食糧を提供したことが明らかになっている(注3)。同様に、ルワンダ軍とルワンダの反政府勢力も政治的に敵対関係にあると認識されているが、同様に経済的に協力し合っている(注4)。
さらに悪いことに、世界最大級のPKOである国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO)はコンゴ軍だけでなく、反政府勢力との「協力」を通して、「紛争」の長期化に加担している。例えば、インド軍のPKO要員はルワンダ反政府勢力(FDLR)を武装解除せず、国連の食糧配給をその反政府勢力に金(ゴールド)と引き換えに横流しをしていることが報道された(注5)。また2009年に、コンゴ軍主導の対FDLRの掃討作戦が実施され、悪名の高かった作戦として知られている。それは、子ども兵士の徴集の容疑で国際刑事裁判所(ICC)に起訴されていたボスコ・ンタガンダというコンゴ軍の将軍 (注6)が本作戦を主導したからで(注7)、MONUSCOがその後方支援を担当していた。MONUSCOは、ンタガンダ将軍がこの掃討作戦を主導したことを否定したが、ンタガンダ将軍の関与が真実であれば、PKOは戦争犯罪人と協力していたことを意味する。スキャンダラスな問題として報道された(注8)。
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(注3)UNSC, S/2016/466, 23 May 2016, para. 200
(注4)UN Group of Experts, S/2002/1146, 16 October 2002, para. 68
(注5)Martin Plaut, 'Congo spotlight on India and Pakistan', BBC, 28 April 2008
(注6)ボスコ・ンタガンダは、同時に「コンゴ」反政府勢力CNDPの将軍も兼任していた。ICCは2012年にも、ンタガンダに戦争犯罪および人道に対する罪の容疑で2回目の逮捕状を発行した。逮捕状には、ンタガンダの国籍が「『ルワンダ人』と信じられている」と記述されている。ンタガンダは2013年3月にルワンダに逃亡しICCに自主的に投降したが、それは自己保身のためであった可能性が高い。
(注7)UNSC, S/2009/603, 23 November 2009, para.183
(注8)BBC, 'Congo Ex-Rebel "Working with UN",' April 29, 2009.
このように政治的に敵対関係にあると信じられているアクターが、実は経済的サバイバル、天然資源の搾取や土地の支配のために、現地に混乱状態を意図的に長期化させ、そして相互の存在を活用しあい協力が生まれることがある。コンゴ東部の長期化した「紛争」はまさにさまざまなアクターが演じている「茶番劇」であり、「喜劇」とさえ呼んでいるコンゴ人もいる。
上述のように、ムクウェゲ医師によると、国軍と武装勢力は証拠を残さないためにも殺戮ではなく性的テロリズムでコミュニティーを破壊している。では、なぜベニでは現在も殺戮が続いているのか。この殺戮が現在進行形であるため現時点で十分に分析できない。が、推測としては、コンゴ軍がADFというイスラミスト系勢力をスケープゴートとして使っているのか、あるいはベニから住民を追放しなければならない特別で緊急の理由があるのか。ただ一つ事実として言えることは、ベニ付近には3000人のPKO要員がいるにもかかわらず、その殺戮を止められないことである。
France 24というフランスのメディアは2016年8月16日、「コンゴ・北キブ州、忘れられた戦争」というテーマで、ベニにおける殺戮について議論した。しかし二者以上のアクターが戦闘している「戦争」ではなく、コンゴ軍と反政府勢力が一方的に市民を殺戮している。
東大での一人デモの若者が、ベニにおける殺戮にフラストレーションと怒りを抱いていたことは明らかであろう。
ルワンダに「偽装占領」されているコンゴ東部
ムクウェゲ医師の活動拠点であるコンゴ東部のブカブは南キブ州の州都であり、かつ過去20年間、「紛争」の中心地でもある。紛争地なので当然大変難しい環境と想像できるが、その難しさのレベルについて理解している人は非常に少ないと思う。
コンゴ東部は「第一次アフリカ大戦」と呼ばれたものも含めて、1996年から和平合意が成立した2002年まで武力紛争が続いたが、現在も上記のように「茶番劇」的な「紛争」が継続している。もっと正確に言うと、1996年9月にルワンダ軍とルワンダ政府の代理である「コンゴ」武装勢力がコンゴ東部に侵攻し、現在もルワンダ軍がコンゴ東部を「偽装占領」し続けている。だが、例えばイスラエルがパレスチナに入植地を建てて、あからさまに軍事占領していることは国際的に認識されているのに比べて、コンゴ東部の占領は不可視化しているため認識されていない。
なぜ認識されていないのか?それには理由が3点ある。
第1に、1920年代以降、ルワンダ人(多数派フツと少数派ツチ)が移民や難民としてコンゴ東部に半強制的に移動したために、コンゴ東部にはルワンダ系住民が多く、コンゴの国籍を取得したことだ。ルワンダ人の中でも特にツチが1960年代以降、コンゴの政治と経済に影響を及ぼし、それが現在でも続いている。
第2に、コンゴは一応独立した国家であるが、1997年以降、政治・軍事組織がルワンダの直接的な影響の下に置かれていることだ。コンゴ国家の主要なアクターはルワンダ人であると信じられ、その代表的なアクターがジョセフ・カビラ現大統領である。そのため、コンゴ政府は1998~2000年を除いて、2001年以降、ルワンダ政府の代行としてコンゴ東部に占領してきた「コンゴ」反政府勢力を非難したことがない。
第3に、コンゴの大戦以降の2002年に、ルワンダ軍を含むすべての外国軍がコンゴの領土から即時撤退が要求されたにもかかわらず、ルワンダ軍は完全に撤退しなかったことだ。それどころか、PKOによる平和構築の名の下で実施されたコンゴ軍の「軍統合」の際に、ルワンダ軍(「コンゴ」反政府勢力がその代理)とルワンダ反政府勢力はコンゴ軍に「潜入」(infiltrate)したのである。そのルワンダ軍・諜報機関の幹部は、コンゴの国籍をこっそりと取得した。
ルワンダ軍による「偽装占領」だけが問題ではない。1998年と2010年の国連報告書によると、1996~7年にルワンダ軍らはルワンダ難民とコンゴの市民に対して「ジェノサイド」と特徴づけられる罪を犯した。それに加えて、1994年、ルワンダの「ジェノサイド」のきっかけとなった大統領機の撃墜に関しても、当時のルワンダ政府軍(多数派フツが主導)ではなく、当時のルワンダ反政府勢力、つまりルワンダ現政権(少数派ツチが主導)が犯したとのことだ。これは、カガメ大統領の元側近の証言によるものである(注9)。ルワンダの「ジェノサイド」も、通説によるとフツ過激派がツチを殺戮したとのことだが、逆にツチもフツを殺戮したことが国連のグソーニー報告書やルワンダ軍の離脱者の証言によって明らかになっている。これが真実であれば、ルワンダの「ジェノサイド」は「ダブル・ジェノサイド」(注10)、あるいは内戦と呼ばれるべきだ。
実はルワンダとコンゴ東部における紛争の実態は、1990年代後半以降、国連調査団、国連専門家グループやフランスの判事らによって何度も公表されてきたが、その紛争中に犯された重大な罪について米国とイギリスが主導している安保理では議論されることはこれまで一度もない。
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(注9)Abdul Joshua Ruzibiza, 2005, Rwanda: L'historie secrete. Paris: Panama, 241-245 ; Theogene Rudasingwa, 2013. Healing A Nation, A Testimony: Waging and Winning a Peaceful Revolution to Unite and Heal Broken Rwanda. South Carolina: CreateSpace Independent Publishing Platform, 413-415.
(注10)ダブル・ジェノサイド説は、1994年前のルワンダ旧政権と当時の反政府勢力のRPF(現政権)がジェノサイドに関与したことを意味する。1994 年 6 月、フランスのアラン・ジュペ外務大臣(当時)がジェノサイドについて執筆した際、双方が罪を犯しているという意味を示唆して、複数形のジェノサイド 'genocides'を用いた。フランスのフランソワ・ミッテラン大統領(当時)も 1994 年 11 月に行われた演説で、同様の表現を使った。 RPF の元メンバーのアブデゥル・ジョシュア・ルジビザ氏もまた、ダブル・ジェノサイドを明白に論じている。Juppe, 'Intervenir au Rwanda', Liberation , June 16, 1994; Mitterand, 'Discours de Monsieur Francois Mitterand', Biarritz, 8 November 1994, 4; Ruzibiza, Rwanda. L'histoire secrete, 328-336.
これらすべての罪の責任者は、ルワンダのカガメ大統領である。ルワンダの研究者・活動家として著名なフィリップ・レインツエンスは、同大統領を「おそらく世界の現職の国家元首で、最悪の戦争犯罪人」と呼んでいる(注11)。そのため、多くのコンゴ人はルワンダ政府に対して嫌悪感と恐怖感を抱いており、ルワンダ人自身もそのことを承知している。
ムクウェゲ医師はその感情を口にしないものの、大湖地域(コンゴ、ルワンダ、ウガンダとブルンジ)における政治的意思の欠乏、コンゴ政府が国民の保護という義務を果たしていなく、平和も法の正義(justice)もないことなど非難を続けている。また、「性的暴力にノー!戦争にノー!国家の分裂計画にノー!」という政治的な発言もしたことがある。ここでいう「国家の分裂計画」(balkanization)とは、「領土を第一次世界大戦後のバルカン諸国のように、お互いに政治的に敵対する小国家に分裂させる」という意味で、ルワンダによるコンゴ東部の併合計画に言及した。
ルワンダのカガメ政権も同政府の傀儡と言われているコンゴのカビラ政権も、ムクウェゲ医師のこのような発言を面白くないと思っているはずだ。その証拠として、国際メデイアの高い注目度とは裏腹に、報道の自由がないコンゴ地元ではムクウェゲ医師の実績を報道しているメディアはない。あるとすれば、例えば「ムクウェゲ医師は性暴力のサバイバーを治療していると言っているが、実際は彼自身がその加害者だ」といった中傷記事のみである。
コンゴの国外でコンゴとルワンダ政府に批判をするコンゴ人の活動家は多いが、コンゴ国内、しかもルワンダに侵略されている東部でそれを実行することは相当な危険が伴っている。事実、2007年、国連PKO(MONUSCO)のコンゴ人ジャーナリストがブカブで暗殺され、2010年に、ブカブ出身の著名なコンゴ人の人権活動家が首都キンシャサで暗殺された。後者の人権活動家は過去27年間コンゴで活動し、モブツ独裁政権(1965-1997年)中、何回も逮捕されながらも一応、活動する「自由」はあった。その彼が、2010年にカビラ大統領の秘密を暴露する予定にしていたが、その数週前に暗殺された。このニュースに多くのコンゴ人と国際人権団体はショックを受け、潘基文国連事務総長までが声明を発表したほどである。
このように、カビラ現政権ではモブツ政権時代と違って、ジャーナリストや人権活動家は急速に殺されているため、ムクウェゲ医師も恐れていたのに違いない。同医師も2012年10月に暗殺未遂にあっており、その直後、一時的にヨーロッパに避難した。現在はMONUSCO要員に守られながらパンジ病院内に住み、病院外に出る際も、MONUSCO要員数人に保護されながら移動するという自由が全然ない生活を送っている。
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(注11) Filip Reyntjens, Political Governance in Post-Genocide Rwanda(Cambridge University Press, 2013)
前述のように、MONUSCOはコンゴ軍とも反政府勢力とも協力関係にある。それに加えて、MONUSCOの任務である文民の保護はほとんど果たしておらず、また情報収集とインテリジェンスに欠乏しているとも言われている。よって、PKOに対するコンゴの市民の不信感は非常に高い。コンゴとルワンダにおけるPKOの歴史を振り返ると、1960年代にも当時世界最大級のPKOがコンゴに派遣された中で、ルムンバ初代首相が暗殺された。1994年ルワンダのジェノサイドが始まる前に、PKOは既に派遣されていたが、「ジェノサイド」を防ぐことができなかった。そのため、いざという時、PKOが本当にムクウェゲ医師を保護するのか疑問である。
以上からわかるように、コンゴ東部は単なる紛争地や無政府状態だけではなく、ルワンダとコンゴ東部で犯された「ダブル・ジェノサイド」の責任者とされるルワンダ軍によって偽装占領されている。その上、コンゴ軍もPKOも頼りにならない。そのような状況で医療とアドボカシー活動を継続していることを考えると、ムクウェゲ医師の勇気、苦労と偉大さが理解できるだろう。
ノーベル平和賞受賞以上の価値を有する医師
ムクウェゲ医師は時間の25%をアドボカシー活動に費やし、女性の人権の尊重を訴え、特に紛争下の性暴力を止めるために世界各地を回っている。訪日中の講演やメディアのインタビューで、世界におけるhumanity(人間性)の必要性を何度も訴えたが、同医師はまさしくそのhumanityを有している。講演やメデイアのインタビューではコンゴの状況について話したが、ムクウェゲ医師にアテンドした私との会話の中では、ボスニアやコロンビアなどで出会った性暴力のサバイバーの話が出た。コンゴ東部の現状だけでも最悪なのに、世界で同様な状況に置かれているサバイバーにも目を向け、グローバルに考え行動している姿に胸を打たれた。まさしくThink globally and act locally ではなく、Think and act both locally and globallyの方である。
そのため、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞受賞を目的に活動していないことを理解しつつ、今年も受賞を逃してしまったのは正直残念である。ノーベル平和賞以上の価値を有する方だと確信しているからだ。
ムクウェゲ医師は、コンゴ人にとっても、また北アフリカを除くサブサハラアフリカ仏語圏の人間にとっても、初めてのノーベル平和賞受賞の候補者である。これまでのアフリカ出身の受賞者は、南アフリカ、ガーナ、ケニア、リベリア、ナイジェリアであり、全員が英語圏だ。日本では、アフリカをひとまとめにしてしまう傾向があるが、英語圏と仏語圏の間にはちょっとしたライバル意識がある。なので、受賞すると、世界の女性、特に紛争下の性暴力のサバイバーだけでなく、アフリカの多くの国々にとって大きな励ましになることは間違いない。
それだけではない。ムクウェゲ医師が受賞すると当然国際社会は同医師の実績を称賛し、それはコンゴの現カビラ大統領に圧力を与えることになる。同大統領は今年12月20日までの任期を憲法に違反して延長するのではないかとの懸念が広がっており、野党や多くの市民がカビラ大統領の辞任を要求している。報道の自由がないコンゴでは、ムクウェゲ医師の実績が報道されていないために同医師の実績を知らない市民が多いが、国外にいる多くのコンゴ人にとってムクウェゲ医師は希望の星であり、同医師に大統領になってもらいたいと切願している人は多くいる。
その一方で、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞を受賞した時の懸念も抱いていた。同医師が受賞することは、コンゴと近隣国のルワンダなどの政府がコンゴ東部の性的テロリズムの加害者であることを国際社会が認識したことを意味する。その場合、ルワンダやコンゴ政府からの嫌がらせを受けるのではないか、あるいはコンゴ東部で働き続けることが難しくなるのではないかと心配した。天然資源大国であるコンゴは、過去130年間、ベルギー、アメリカや他の大国や近隣国によって資源が搾取され続けてきた。ムクウェゲ医師は性的テロリズムの加害者だけでなく、紛争鉱物を搾取している責任者(つまり、性的テロリズムの加害者と同人物)も非難しており、国連もこれまで紛争鉱物の搾取に関する報告書を毎年のように公表してきたが、国連はそれ以上の行動をとったことがない。ムクウェゲ医師や多くのコンゴ人がどれだけ落胆していることが想像できると思う。
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ムクウェゲ医師の初来日のおかげで、性暴力と紛争鉱物に関する認知度が一気に高まったという意味では、来日の価値は大いにあったと言えるだろう。ムクウェゲ医師は企業や消費者を含む日本社会にて、アドボカシー活動を続ける必要性と価値を確認した。それに加えて、欧米諸国では見られない、日本人のサービスの質の高さ、勤勉さや整理整頓の文化が印象に残り、コンゴ人のメンタリテイーを変えるためにも日本の良さからもっと学びたいとも話していた。次回の来日がいつになるかわからないが、今後も引き続き本テーマについて議論をする機会を設け、紛争鉱物の規制に向けて行動に移すことができるようベストを尽くしたいと考えている。
ムクウェゲ医師の活動やコンゴの性暴力の実態について知りたい方は、映画『女を修理する男」をご覧ください。
<上映日程>
静岡県立大学 10月24日
岡山大学 11月4日
恵泉女学園大学 11月6日
上智大学 11月17日
沖縄産科婦人科学会 11月18日
長崎大学 11月25日
神戸市立外国語大学 11月30日
宇都宮大学国際学部 12月10日
早稲田大学 12月14日
同志社大学 12月22日
アムネスティー・インターナショナル日本支部 1月28日
詳細はこちら
[執筆者]
米川正子
立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会の代表。今回のムクウェゲ医師の初来日を企画・アテンドした。
国連ボランティアで活動後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国、スーダン、コンゴ共和国、ジュネーブ本部などで勤務。コンゴ民主共和国のゴマ事務所長を歴任。宇都宮大学特任准教授を経て、2012 年11 月から現職。専門分野は紛争と平和、人道支援、難民。著書に『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外に何でもある国』(創成社、2010 年)など。
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)