<マレーシアの首相夫人ロスマの豪勢な暮らしぶりがかつてのイメルダ・マルコス(フィリピン大統領夫人)並みと、アメリカのメディアを騒がせている。自らもスキャンダルを抱え、大物マハティール首相との対決も控えたナジブ首相には泣きっ面に蜂>
東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10か国首脳、元首の夫人たちの中で「最も美しいファーストレディ」を選ぶイベントがあり、見事2位を獲得したこともあるマレーシアのファーストレディ、ロスマ・マンソール夫人(64)が夫のナジブ・ラザク首相の新たな重荷、頭痛の種になっている。
【参考記事】18年の怨念を超えて握手 マハティールと仇敵が目指す政権打倒
国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)に関連した不正資金流用問題や治安維持で首相に強大な特権を与える「国家安全保障会議(NSC)法」制定、仇敵となったマハティール元首相による「ナジブ打倒」を掲げる新党結成などで人気と支持に陰りのでてきたナジブ首相に、追い打ちをかけるようにロスマ夫人の疑惑やスキャンダルが次々と浮上しているのだ。夫人の立場でありながら政治に口出ししたり、不動産購入や宝飾品収集といった贅沢三昧の私生活などが暴かれ、その「マイナスイメージ」には夫のナジブ首相も口をさしはさめない状態のようで、内外から「マレーシアのイメルダ」と不名誉な異名を与えられている。
「イメルダ」は言わずと知れたフィリピンの独裁的指導者だった故マルコス大統領の夫人で贅沢三昧な生活ぶりが暴露されたあのイメルダ・マルコス夫人である。
9月19日、マレーシアの中国語新聞などが国連教育科学機関(UNESCO)の受賞対象リストにあったロスマ夫人の名前が表彰式の直前になって除外されたことを伝えた。2007年にマレーシア政府の支援で設立された貧困層の子供に対する社会支援を続けるマレーシアの組織「プルマタ」の活動が国際的に高く評価され、その代表としてロスマ夫人へのUNESCOの「リード・バイ・エグザンプル」賞の受賞が決まった。ところがこの「プルマタ」の設立時にロスマ夫人が多額の寄付をしたことが指摘され、その資金源が不透明、不明確なことから受賞対象から除外されたというのだ。
この措置に対し、ロスマ夫人と大統領府報道官は「UNESCOの決定の背後にはウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とニューヨーク・タイムズ(NYT)という米2紙による圧力があった」とその公平性に疑問を投げかけた。その上では「この賞にプルマタは自ら応募したわけではなく、UNESCOが(一方的に)選んだだけだ」と指摘して、UNESCO側が勝手に選んでおいて一方的に除外したとUNESCOを批判した。
不動産、ブランド、宝石大好きの首相夫人
寄付の資金源に対し米有力誌が疑問を投げかけたロスマ夫人とは一体どういう人物なのか。外務省などの資料によると1951年12月10日にネグリ・スンビラン州クアラ・ピラーに生まれ、マラヤ大学で人類学、社会学を学び米ルイジアナ州立大学に留学して社会学、農学修士を得て帰国。農業銀行、不動産開発会社に勤務して1987年にナジブ氏と結婚した。夫ナジブ氏がマハティール政権で頭角を現し国防相、副首相、首相と政界の階段を上るに従い、夫人の贅沢志向も膨れ上がってきたという。
9月14日の地元マスコミネット版にはロスマ夫人の写真が大きく掲載され、その写真に写る腕時計とイヤリングが拡大され「腕時計=250万リンギット(約61万7000円)、イヤリング=50万リンギット(約12万3000円)」との大きな見出しがつけられて報じられた。さらに米紙WSJの報道を引用する形で「最近数年間のクレジットカードの支払いが600万米ドルになった」「2008年から2015年までに洋服、靴、宝石をロンドンのハロッズ、ニューヨーク5番街のSaksなどで少なくとも600万ドルを支払っているその額と同じである」「この金額の一部には1MDBの資金が流用されている可能性がある」「夫人自身には定期的な収入はない」などと指摘して、ロスマ夫人にまつわる疑惑を報じた。そしてロスマ夫人のお気に入りブランドが「エルメス・バーキンのハンドバッグ」であるともNYTは伝えた。
このほかにNYTはロスマ夫人には米ニューヨークにあるタイムワーナーセンターのペントハウス(約3000万ドル)、ロスアンゼルスのLAヒルズにあるマンション(約3900万ドル)などを含む約10億ドルの資産があるとも報じている。
夫唱婦随のスキャンダル、疑惑
ナジブ首相が副首相時代の2008年6月にはネットニュースの編集者が「ナジブ副首相夫人のロスマ女史が殺人現場に居合わせた」と指摘、殺人事件への関与疑惑が浮上したこともある。しかし副首相側が政治的陰謀として全面否定したが、ロスマ夫人は警察の事情聴取を受けたとされている。
また2015年8月には「首相夫人がマレーシア中央銀行総裁の追放を画策」などと人事への口出し疑惑を報じたアジア・センティネルの記者に対し「ロスマ夫人に対する48時間以内の無条件、自発的全面謝罪」を求める警告が夫人の顧問弁護士から出される事件も起きた。これは首相夫人の地位を利用して政治に介入しようとしたロスマ夫人を追及する報道に「過剰反応」を示したことで、逆に疑惑を深める結果となった事例だ。
今年4月に開かれたバドミントンのマレーシア・オープン決勝戦でマレーシア・バドミントン協会の強力な後援者として優勝選手への賞贈与者としてロスマ夫人の名前が場内にアナウンスされると約1万人の観衆から盛大なブーイングが沸き起こった。さらに8月にはクアラルンプール市内で開かれた政治腐敗追及のデモでは参加者から「ロスマ夫人の金銭疑惑の解明」を捜査当局に求める声があがるなど、世論は次第により厳しくなりつつある。
その一方で与党系のマスメディアでは連日のようにその公的活動が伝えられ「ファーストレディとして貧困対策、社会運動支援に活躍する姿」が大きく報じられている。10月10日の「ニュー・ストレート・タイムズ」は、ロスマ夫人が自閉症児の施設を訪問し約3時間にわたる施設訪問の様子を自閉症児やその親と笑顔で歓談する写真とともに掲載した。
選挙前の辞任を目指し野党大同団結へ
マハティール元首相がかつてのライバル、アンワル元副首相と連携して「打倒ナジブ」に動き出し、反ナジブ運動が拡大の様相を見せる中、2018年に予定される次の総選挙の日程を前倒しするのかどうかが焦点となっていた。ナジブ首相は、野党の足並みが揃いその勢力を拡大する前に議会を解散し、総選挙を前倒しすることを一時模索していたといわれる。しかし、自らのスキャンダルに加えてロスマ夫人の数々の疑惑が急浮上するなか、「総選挙の前倒しは逆に不利」と判断して方針を転換、政権維持にまい進する覚悟を決めたとされる。
ナジブ首相率いる与党「統一マレー国民組織(UMNO)」は11月29日に党大会を控えており、ナジブ首相はその場で政権維持への方針を再確認して党の結束と支持をまとめたい意向だ。
これに対し、今や公然と反旗を翻し「ナジブ退任」を求めるマハティール元首相は、野党「人民公正党」の実質的指導者でかつての右腕、有力後継者でありながら「同性愛疑惑」で政界から葬り去ろうとしたアンワル元副首相との歴史的和解で連携を深めている。さらにナジブ首相を批判して副首相を解任され、与党UMNOからも除名されたムヒディン前副首相を新党党首に迎えるなどマハティール元首相を軸にして「ナジブ包囲網」を着実に固めつつある。マハティール元首相は野党勢力の大同団結で総選挙での政権交代を目指す、としているが、ナジブ首相やその夫人の次々と浮上するスキャンダル、疑惑を追い風にして、学生や人権団体、中華系組織、イスラム組織など社会のありとあらゆる階層、組織、団体をまとめることで社会的気運を盛り上げ、ナジブ首相に総選挙前の辞任を迫る方策を練っているとみられている。今後のマレーシア情勢からますます目が離せなってきたのは確実だ。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
大塚智彦(PanAsiaNews)
東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10か国首脳、元首の夫人たちの中で「最も美しいファーストレディ」を選ぶイベントがあり、見事2位を獲得したこともあるマレーシアのファーストレディ、ロスマ・マンソール夫人(64)が夫のナジブ・ラザク首相の新たな重荷、頭痛の種になっている。
【参考記事】18年の怨念を超えて握手 マハティールと仇敵が目指す政権打倒
国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)に関連した不正資金流用問題や治安維持で首相に強大な特権を与える「国家安全保障会議(NSC)法」制定、仇敵となったマハティール元首相による「ナジブ打倒」を掲げる新党結成などで人気と支持に陰りのでてきたナジブ首相に、追い打ちをかけるようにロスマ夫人の疑惑やスキャンダルが次々と浮上しているのだ。夫人の立場でありながら政治に口出ししたり、不動産購入や宝飾品収集といった贅沢三昧の私生活などが暴かれ、その「マイナスイメージ」には夫のナジブ首相も口をさしはさめない状態のようで、内外から「マレーシアのイメルダ」と不名誉な異名を与えられている。
「イメルダ」は言わずと知れたフィリピンの独裁的指導者だった故マルコス大統領の夫人で贅沢三昧な生活ぶりが暴露されたあのイメルダ・マルコス夫人である。
9月19日、マレーシアの中国語新聞などが国連教育科学機関(UNESCO)の受賞対象リストにあったロスマ夫人の名前が表彰式の直前になって除外されたことを伝えた。2007年にマレーシア政府の支援で設立された貧困層の子供に対する社会支援を続けるマレーシアの組織「プルマタ」の活動が国際的に高く評価され、その代表としてロスマ夫人へのUNESCOの「リード・バイ・エグザンプル」賞の受賞が決まった。ところがこの「プルマタ」の設立時にロスマ夫人が多額の寄付をしたことが指摘され、その資金源が不透明、不明確なことから受賞対象から除外されたというのだ。
この措置に対し、ロスマ夫人と大統領府報道官は「UNESCOの決定の背後にはウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とニューヨーク・タイムズ(NYT)という米2紙による圧力があった」とその公平性に疑問を投げかけた。その上では「この賞にプルマタは自ら応募したわけではなく、UNESCOが(一方的に)選んだだけだ」と指摘して、UNESCO側が勝手に選んでおいて一方的に除外したとUNESCOを批判した。
不動産、ブランド、宝石大好きの首相夫人
寄付の資金源に対し米有力誌が疑問を投げかけたロスマ夫人とは一体どういう人物なのか。外務省などの資料によると1951年12月10日にネグリ・スンビラン州クアラ・ピラーに生まれ、マラヤ大学で人類学、社会学を学び米ルイジアナ州立大学に留学して社会学、農学修士を得て帰国。農業銀行、不動産開発会社に勤務して1987年にナジブ氏と結婚した。夫ナジブ氏がマハティール政権で頭角を現し国防相、副首相、首相と政界の階段を上るに従い、夫人の贅沢志向も膨れ上がってきたという。
9月14日の地元マスコミネット版にはロスマ夫人の写真が大きく掲載され、その写真に写る腕時計とイヤリングが拡大され「腕時計=250万リンギット(約61万7000円)、イヤリング=50万リンギット(約12万3000円)」との大きな見出しがつけられて報じられた。さらに米紙WSJの報道を引用する形で「最近数年間のクレジットカードの支払いが600万米ドルになった」「2008年から2015年までに洋服、靴、宝石をロンドンのハロッズ、ニューヨーク5番街のSaksなどで少なくとも600万ドルを支払っているその額と同じである」「この金額の一部には1MDBの資金が流用されている可能性がある」「夫人自身には定期的な収入はない」などと指摘して、ロスマ夫人にまつわる疑惑を報じた。そしてロスマ夫人のお気に入りブランドが「エルメス・バーキンのハンドバッグ」であるともNYTは伝えた。
このほかにNYTはロスマ夫人には米ニューヨークにあるタイムワーナーセンターのペントハウス(約3000万ドル)、ロスアンゼルスのLAヒルズにあるマンション(約3900万ドル)などを含む約10億ドルの資産があるとも報じている。
夫唱婦随のスキャンダル、疑惑
ナジブ首相が副首相時代の2008年6月にはネットニュースの編集者が「ナジブ副首相夫人のロスマ女史が殺人現場に居合わせた」と指摘、殺人事件への関与疑惑が浮上したこともある。しかし副首相側が政治的陰謀として全面否定したが、ロスマ夫人は警察の事情聴取を受けたとされている。
また2015年8月には「首相夫人がマレーシア中央銀行総裁の追放を画策」などと人事への口出し疑惑を報じたアジア・センティネルの記者に対し「ロスマ夫人に対する48時間以内の無条件、自発的全面謝罪」を求める警告が夫人の顧問弁護士から出される事件も起きた。これは首相夫人の地位を利用して政治に介入しようとしたロスマ夫人を追及する報道に「過剰反応」を示したことで、逆に疑惑を深める結果となった事例だ。
今年4月に開かれたバドミントンのマレーシア・オープン決勝戦でマレーシア・バドミントン協会の強力な後援者として優勝選手への賞贈与者としてロスマ夫人の名前が場内にアナウンスされると約1万人の観衆から盛大なブーイングが沸き起こった。さらに8月にはクアラルンプール市内で開かれた政治腐敗追及のデモでは参加者から「ロスマ夫人の金銭疑惑の解明」を捜査当局に求める声があがるなど、世論は次第により厳しくなりつつある。
その一方で与党系のマスメディアでは連日のようにその公的活動が伝えられ「ファーストレディとして貧困対策、社会運動支援に活躍する姿」が大きく報じられている。10月10日の「ニュー・ストレート・タイムズ」は、ロスマ夫人が自閉症児の施設を訪問し約3時間にわたる施設訪問の様子を自閉症児やその親と笑顔で歓談する写真とともに掲載した。
選挙前の辞任を目指し野党大同団結へ
マハティール元首相がかつてのライバル、アンワル元副首相と連携して「打倒ナジブ」に動き出し、反ナジブ運動が拡大の様相を見せる中、2018年に予定される次の総選挙の日程を前倒しするのかどうかが焦点となっていた。ナジブ首相は、野党の足並みが揃いその勢力を拡大する前に議会を解散し、総選挙を前倒しすることを一時模索していたといわれる。しかし、自らのスキャンダルに加えてロスマ夫人の数々の疑惑が急浮上するなか、「総選挙の前倒しは逆に不利」と判断して方針を転換、政権維持にまい進する覚悟を決めたとされる。
ナジブ首相率いる与党「統一マレー国民組織(UMNO)」は11月29日に党大会を控えており、ナジブ首相はその場で政権維持への方針を再確認して党の結束と支持をまとめたい意向だ。
これに対し、今や公然と反旗を翻し「ナジブ退任」を求めるマハティール元首相は、野党「人民公正党」の実質的指導者でかつての右腕、有力後継者でありながら「同性愛疑惑」で政界から葬り去ろうとしたアンワル元副首相との歴史的和解で連携を深めている。さらにナジブ首相を批判して副首相を解任され、与党UMNOからも除名されたムヒディン前副首相を新党党首に迎えるなどマハティール元首相を軸にして「ナジブ包囲網」を着実に固めつつある。マハティール元首相は野党勢力の大同団結で総選挙での政権交代を目指す、としているが、ナジブ首相やその夫人の次々と浮上するスキャンダル、疑惑を追い風にして、学生や人権団体、中華系組織、イスラム組織など社会のありとあらゆる階層、組織、団体をまとめることで社会的気運を盛り上げ、ナジブ首相に総選挙前の辞任を迫る方策を練っているとみられている。今後のマレーシア情勢からますます目が離せなってきたのは確実だ。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
大塚智彦(PanAsiaNews)