<今回の大統領選を振り回した「トランプ現象」。その背景にあるのは、経済格差への怒りなのか、鬱屈した白人労働者層の不満の爆発なのか、それともセンセーショナリズムを煽ったメディアなのか?>
11月8日の投票日まで残り2週間余り、共和党のドナルド・トランプ候補と民主党のヒラリー・クリントン候補の対決も最終盤を迎えた今年のアメリカ大統領選。当サイトで共にコラムを連載し、今回の選挙で多くの現地リポートも執筆している、アメリカ在住の冷泉彰彦氏と渡辺由佳里氏の2人に、対談形式で大統領選を振り返ってもらった。今月14日、東京のウェブ編集部とニュージャージー州プリンストンの冷泉氏の自宅、マサチューセッツ州ナンタケット島に滞在中の渡辺氏をチャットアプリで結んで対談を実施した。
***
トランプ現象の背景には何があったのか
――今回の大統領選は、これまでの常識が通用しない異常な選挙だった。その最たるものが「トランプ現象」ではないだろうか。トランプがここまで躍進したその背景に、アメリカ社会のどのような変化があったと考えられるか?
【渡辺】大きな要素としては、白人の労働者階級(特に男性)の不満が噴出したことがある。しかし多くの識者も指摘しているが、「経済状況が悪く、仕事がなく、収入がないから」というのとは違う。長年に渡って保守派が支持拡大のために、選挙戦略として「反知性」「反エスタブリッシュメント(既成政治)」の感情を煽ってきた。またソーシャルメディアが普及してトランプがうまくツイッターを活用したこともある。複数の要素が重なって「トランプ現象」という大きなうねりになった。
【冷泉】私の周辺のトランプ支持層を見ていると、いわゆる「貧困層」とは違う。例えば引退したブルーカラーで、年金生活をしているような人もいる。大工さんとか、配管工といった自営業の人もいる。おそらくこうした、自分が「知的」とは考えていない人たちが、かつては額に汗して働けばアメリカ社会で尊敬されていたのに、「自分たちはもう尊敬されていない」と感じている。そんな白人労働者層の現状への不満が、トランプ現象の根底にはある。
<参考記事>最後のテレビ討論の勝敗は? そしてその先のアメリカは?
【渡辺】トランプ支持者には労働者階層だけでなく中流層、富裕層の白人も含まれている。非白人の移民などの活躍によって、こうした人たちのプライドが失われたということがある。また「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」という縛りによって、自分たちの言いたいことが言えなくなったという不満もある。暴言を吐くトランプに、「正しいことを言っているのに何が悪い」と同調している。
彼らは、トランプがメキシコとの国境に壁を作ったりはしない、仕事も与えてくれないことは知っているが、いま「いい思い」をしている人々に中指を立てて「ファックユー」と言いたい。そうしたとても原始的な感情に訴えかけている。
【冷泉】まさに「原始的」な感情で、身体的というか、本能的というか......。それだけにトランプのカネとか女性への貪欲さも、コアな支持者からするとむしろバイタリティに見えてしまっている。
数々の暴言、スキャンダルにもかかわらずトランプ人気は衰えない Jonathan Ernst-REUTERS
女性大統領誕生への熱気は?
――ヒラリーが当選すれば初の女性大統領が誕生する。しかし現状ではその熱気はあまり感じられないのでは?
【渡辺】年配の女性たちはヒラリーに共鳴しているが、若い年代の女性は違う。アメリカで女性が参政権を得たのは1920年だが、年配の女性たちは、それ以降も続いた学校や職場での女性差別を経験してきた。それだけにここまで這い上がってきたヒラリーに、自分の姿を重ねてもいる。
しかし(バーニー・)サンダースを支持した若い世代の女性はまったく考え方が違う。彼女たちは、大学までの教育現場で女性差別を感じたことはないし、自分よりも前の世代が頑張ってこの環境を築き上げてきたとは考えていない。ありがたい、とも感じていない。そうした女性の世代間のギャップは、今回取材を通じてひしひしと感じた。
【冷泉】アメリカ社会では、まだまだ企業社会、家庭などで陰湿な形での男尊女卑は残っている。2008年の大統領選(オバマとヒラリーが民主党候補を争った)では、ヒラリーを女性大統領にしたいという盛り上がりもあった。しかし今回は渡辺さんの言う「新しい世代」が有権者として加わり、結果として「初の女性大統領を」という熱気は薄まってしまったのではないか。
【渡辺】民主党予備選を取材する中で、若い男性がヒラリーやヒラリー支持の女性議員に対して非常に差別的な発言をしているのを見聞きした。こうした若年男性層の女性差別的な傾向はネットでも見られたが、今までの選挙では経験したことがない事態だ。同じことをしても、男性議員なら許されるのにヒラリーは許されずに非難される、そういった風潮があったことは事実だ。
<参考記事>「オクトーバー・サプライズ」が大統領選の情勢を一気に変える
「オバマ政権の継承」は信任されるか
――今回の大統領選は「オバマ政治」を継承するヒラリーを信任するか、しないかという選挙でもあったのでは?
【渡辺】これまでの選挙では、いわゆる「浮動票」は中道だった。しかし今年の選挙では二大政党に属さない人も、極端に右か左にシフトしたと言われている。オバマの8年で、暮らしが良くならなかったと悲観的に感じた人々は、「中道ではダメだ」と判断したということだろう。実際には8年前に比べて景気は良くなっているし、失業率も低下しているのだが。共和党が牛耳る議会が、異常とも言える妨害を行い、オバマ政権が実績をアピールできなかったのはつらいところだ。
【冷泉】オバマの政策は、理念的には左だが現実の政策は中道。それはリーマン・ショック以降の不況から景気を回復させ、そしてイラクとアフガニスタンの戦争の「後始末」も必要だったから。前回と前々回(08年と12年)の大統領選では、それでも有権者はオバマの理念に対して投票した。しかし今回、有権者があらためてヒラリーの「中道実務主義=リアリズム」を信任するかどうか――ヒラリーにとっては非常に厳しい選挙になった。
(後編に続く)
<ニューストピックス:決戦 2016米大統領選>
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ新時代」≫
≪渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
11月8日の投票日まで残り2週間余り、共和党のドナルド・トランプ候補と民主党のヒラリー・クリントン候補の対決も最終盤を迎えた今年のアメリカ大統領選。当サイトで共にコラムを連載し、今回の選挙で多くの現地リポートも執筆している、アメリカ在住の冷泉彰彦氏と渡辺由佳里氏の2人に、対談形式で大統領選を振り返ってもらった。今月14日、東京のウェブ編集部とニュージャージー州プリンストンの冷泉氏の自宅、マサチューセッツ州ナンタケット島に滞在中の渡辺氏をチャットアプリで結んで対談を実施した。
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トランプ現象の背景には何があったのか
――今回の大統領選は、これまでの常識が通用しない異常な選挙だった。その最たるものが「トランプ現象」ではないだろうか。トランプがここまで躍進したその背景に、アメリカ社会のどのような変化があったと考えられるか?
【渡辺】大きな要素としては、白人の労働者階級(特に男性)の不満が噴出したことがある。しかし多くの識者も指摘しているが、「経済状況が悪く、仕事がなく、収入がないから」というのとは違う。長年に渡って保守派が支持拡大のために、選挙戦略として「反知性」「反エスタブリッシュメント(既成政治)」の感情を煽ってきた。またソーシャルメディアが普及してトランプがうまくツイッターを活用したこともある。複数の要素が重なって「トランプ現象」という大きなうねりになった。
【冷泉】私の周辺のトランプ支持層を見ていると、いわゆる「貧困層」とは違う。例えば引退したブルーカラーで、年金生活をしているような人もいる。大工さんとか、配管工といった自営業の人もいる。おそらくこうした、自分が「知的」とは考えていない人たちが、かつては額に汗して働けばアメリカ社会で尊敬されていたのに、「自分たちはもう尊敬されていない」と感じている。そんな白人労働者層の現状への不満が、トランプ現象の根底にはある。
<参考記事>最後のテレビ討論の勝敗は? そしてその先のアメリカは?
【渡辺】トランプ支持者には労働者階層だけでなく中流層、富裕層の白人も含まれている。非白人の移民などの活躍によって、こうした人たちのプライドが失われたということがある。また「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」という縛りによって、自分たちの言いたいことが言えなくなったという不満もある。暴言を吐くトランプに、「正しいことを言っているのに何が悪い」と同調している。
彼らは、トランプがメキシコとの国境に壁を作ったりはしない、仕事も与えてくれないことは知っているが、いま「いい思い」をしている人々に中指を立てて「ファックユー」と言いたい。そうしたとても原始的な感情に訴えかけている。
【冷泉】まさに「原始的」な感情で、身体的というか、本能的というか......。それだけにトランプのカネとか女性への貪欲さも、コアな支持者からするとむしろバイタリティに見えてしまっている。
数々の暴言、スキャンダルにもかかわらずトランプ人気は衰えない Jonathan Ernst-REUTERS
女性大統領誕生への熱気は?
――ヒラリーが当選すれば初の女性大統領が誕生する。しかし現状ではその熱気はあまり感じられないのでは?
【渡辺】年配の女性たちはヒラリーに共鳴しているが、若い年代の女性は違う。アメリカで女性が参政権を得たのは1920年だが、年配の女性たちは、それ以降も続いた学校や職場での女性差別を経験してきた。それだけにここまで這い上がってきたヒラリーに、自分の姿を重ねてもいる。
しかし(バーニー・)サンダースを支持した若い世代の女性はまったく考え方が違う。彼女たちは、大学までの教育現場で女性差別を感じたことはないし、自分よりも前の世代が頑張ってこの環境を築き上げてきたとは考えていない。ありがたい、とも感じていない。そうした女性の世代間のギャップは、今回取材を通じてひしひしと感じた。
【冷泉】アメリカ社会では、まだまだ企業社会、家庭などで陰湿な形での男尊女卑は残っている。2008年の大統領選(オバマとヒラリーが民主党候補を争った)では、ヒラリーを女性大統領にしたいという盛り上がりもあった。しかし今回は渡辺さんの言う「新しい世代」が有権者として加わり、結果として「初の女性大統領を」という熱気は薄まってしまったのではないか。
【渡辺】民主党予備選を取材する中で、若い男性がヒラリーやヒラリー支持の女性議員に対して非常に差別的な発言をしているのを見聞きした。こうした若年男性層の女性差別的な傾向はネットでも見られたが、今までの選挙では経験したことがない事態だ。同じことをしても、男性議員なら許されるのにヒラリーは許されずに非難される、そういった風潮があったことは事実だ。
<参考記事>「オクトーバー・サプライズ」が大統領選の情勢を一気に変える
「オバマ政権の継承」は信任されるか
――今回の大統領選は「オバマ政治」を継承するヒラリーを信任するか、しないかという選挙でもあったのでは?
【渡辺】これまでの選挙では、いわゆる「浮動票」は中道だった。しかし今年の選挙では二大政党に属さない人も、極端に右か左にシフトしたと言われている。オバマの8年で、暮らしが良くならなかったと悲観的に感じた人々は、「中道ではダメだ」と判断したということだろう。実際には8年前に比べて景気は良くなっているし、失業率も低下しているのだが。共和党が牛耳る議会が、異常とも言える妨害を行い、オバマ政権が実績をアピールできなかったのはつらいところだ。
【冷泉】オバマの政策は、理念的には左だが現実の政策は中道。それはリーマン・ショック以降の不況から景気を回復させ、そしてイラクとアフガニスタンの戦争の「後始末」も必要だったから。前回と前々回(08年と12年)の大統領選では、それでも有権者はオバマの理念に対して投票した。しかし今回、有権者があらためてヒラリーの「中道実務主義=リアリズム」を信任するかどうか――ヒラリーにとっては非常に厳しい選挙になった。
(後編に続く)
<ニューストピックス:決戦 2016米大統領選>
<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>
≪冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ新時代」≫
≪渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部