Infoseek 楽天

絶対権力まであと一歩、プーチン最後の敵は「KGB」

ニューズウィーク日本版 2016年10月24日 16時10分

<ロシアのプーチン大統領の大粛清が続いている。だが、すべての権力がプーチンのものだと思うのはまだ早い。旧KGBの将軍たちが、プーチンの行く手に立ちはだかっている>

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は名実ともにロシアの最高権力者だ。9月18日に実施されたロシア下院選挙では、彼の与党「統一ロシア」がロシア下院史上最多の議席を獲得し、憲法改正に必要な3分の2以上の議席を単独で確保した。ウクライナ紛争やシリア内戦でも、欧米諸国より一枚上手という印象だ。

【参考記事】プーチンの思うつぼ? 北方領土「最終決着」の落とし穴


 とはいえ、プーチン政権の安定性を過大評価してはならない。今のところロシア社会で目立った抗議運動は起きていないが、2015年の小売売上高は前年比で10%減、2016年も5%以上減る見込みで、国民の生活水準は下降の一途。それ以上に政権の不安定化につながる真の火種は、治安組織をめぐる内部闘争だ。プーチンは自身の権力基盤を固めるべく、昨年から治安組織や政権内の有力者を相次いで交代させ、大幅な世代交代を図ってきた。ただし、プーチンと同じKGB(旧ソ連国家保安委員会)出身の60歳代の上層部は現在も治安組織で幅を利かせており、プーチンの行く先に立ちはだかっている。

スターリンの大粛清を彷彿

 2000年の大統領就任以来、プーチンはKGBや地元サンクトペテルブルク出身の長年の盟友に対しては極めて義理堅く接してきた。しかしそれはもう過去の話だ。今やKGB出身の有力な側近は、次々に辞任や解任に追い込まれている。ウクライナに移住したロシア人ジャーナリストのエフゲニー・キセリョフは、プーチンの動きを旧ソ連時代の1937年にヨシフ・スターリンが主導した「大粛清」になぞらえた。つまり、KGBやサンクトペテルブルクの無名時代からプーチンを知っており、彼の上から物を言える側近は、表舞台から退けられているのだ。

【参考記事】ロシアの新たな武力機関「国家親衛軍」はプーチンの親衛隊?
【参考記事】【拷問】プーチンが牛耳るウクライナ東部で捕虜の身に起こったこと

 一連の人事の皮切りは2015年8月、国営の「ロシア鉄道」総裁だったウラジーミル・ヤクーニンを解任した時だ。今年2月には、2014年のソチ冬期五輪で巨額の融資を行なったことで知られるロシア開発対外経済銀行のウラジーミル・ドミトリーエフCEOをクビにした。今夏は、プーチンと最も親しい側近の一人だったビクトル・イワノフがロシア連邦麻薬取締局の長官を解任され、同局は組織改編で廃止された。連邦警護局長官のエフゲニー・ムロフも排除された。8月には、プーチンの最側近と目されてきたセルゲイ・イワノフを大統領府長官の職から解任し、運輸・環境問題の大統領特別代表に事実上降格した。

【参考記事】プーチンをヨーロッパ人と思ったら大間違い



 代わってトップに就任したのは概して40代半ばの実務能力に秀でた官僚で、多くが治安組織から引き抜かれた。強硬なナショナリストもなかにはいるが、ほとんどは慎重かつ有能な実務官僚で、新たな大統領府長官となったアントン・ワイノはその典型だ。プーチンは今や、アドバイザーより管理能力に長けたエグゼクティブを好んでいるようだ。

 職を追われた多くの政府高官が汚職に絡んでいるとされるが、一連の交代劇は反腐敗キャンペーンではない。汚職で最もトクをしたはずのプーチンの旧友らはいまだに無傷のままだからだ。プーチン流人事で憂き目を見たのは、治安組織の上官や成果に乏しい国有会社の管理職など、権力階層の中でも下層部に当たる。

KGBを復活させる

 ロシアの治安組織は4月以降、1991年に当時のボリス・エリツィン大統領がソ連崩壊に伴いKGBを分割して以来、ロシア史上最大の組織改編を進めている。ロシアの日刊紙「コメルサント」によると、プーチンには旧KGBを復活させ、分割された各々の治安組織を「MGB(国家保安省)」として新たに発足させる思惑だという。第二次大戦後のスターリン政権下でも同じ名称の組織があった。KGBの後継機関であるFSB(連邦保安庁)を母体に、一部で任務が重複するFSO(連邦警護庁)とSVR(対外諜報庁)を統合し、MGBが設立される見込みだ。

 別のロシア紙は、治安組織の再編がさらに進めば憲法改正を伴うと指摘した。現在ロシアではすっかり悪者扱いのミハイル・ゴルバチョフ前大統領が1990年3月当時に設置した大統領職を廃止し、ロシア帝国時代の称号に置き換えるのが今のトレンドだ。「ロシア皇帝」と名乗るとさすがに目立ちすぎるだろうから、一つの案は、大統領府と連邦安全保障会議を国家評議会に統合し、プーチンをそのトップに据えることだ。そうなれば、国家評議会はポリトビューロ(ソ連の共産党政治局)を刷新した組織になる。国家評議会議長になったプーチンには任期が適用されなくなり、権力の座に留まり続けることができる。

 仮にプーチンに異論を唱えることができる国家機関があるとすれば、それは現代ロシアで最もポリトビューロとの共通点を多く持つロシアの治安組織だ。今年になって、プーチンは安全保障会議から3名のメンバーを外した。全員がKGBでの勤務経験者だ。プーチンが後任に選んだのは、プーチンの信頼が厚い政治アドバイザーであり次期ロシア下院議長にも指名したバチェスラフ・ボロージンと、前述のワイノだ。



 排除されつつある古い顔触れの中でもプーチンの明らかなお気に入りは、彼の警護責任者を長年務めたビクトル・ゾロトフ上級大将だ。4月には、新たに創設した大統領直属の治安部隊「国家親衛隊」の親衛隊長に任命、閣僚級ポストを与えた。さらに4月5日に開催された連邦安全保障会議で、ゾロトフを終身メンバーに加えた。ところがその6日後、何の説明もなく決定は取り消された。

透けて見える内部闘争

 連邦安全保障会議の公式ホームページは決定取り消しの事実を認めており、終身メンバーが集まってほぼ毎週開催される会議の写真にゾロトフの姿は映っていない。それにも関わらず、プーチン率いるロシア政府の公式ホームページは4月以降、ゾロトフは終身メンバーであるという立場を示しており、双方の主張は矛盾したままだ。対照的に、大統領府長官から降格されたはずのセルゲイ・イワノフは同メンバーに留まっている。国家最高機関に関わるメンバーの地位や所属について、政府所属の2つの公式ホームページで相反する見解を長期にわたり示し続けるというのは、ロシアでは極めて異常な事態だ。

 プーチンは圧倒的な優位にあるとはいえ、国内で無敵というわけでもなさそうだ。

The article first appeared on the Atlantic Council site.


アンダース・オスルント(米大西洋評議会上級研究員)

この記事の関連ニュース