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【対談(後編):冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来

ニューズウィーク日本版 2016年10月25日 15時20分

<大統領選本選は政策論争そっちのけで相手を非難する中傷合戦に。「トランプ現象」はアメリカ政治を根本から変えてしまったのか?>(オバマ政治からの転換を求める有権者の声が高まるなか、ヒラリーは予備選でも本選でも苦戦を強いられた)

(前編はこちら)

盛り上がらない政策論争

――トランプが本選のテレビ討論で、製造業の復活、自由貿易の見直しといった経済ビジョンを示したのに対し、ヒラリーは具体的な対案を示さなかった。これはなぜか?

【冷泉】トランプが言うような、アメリカ経済を「保護貿易」にして「国内の製造業を復権」するなどという政策は、完全なファンタジー。例えば、アメリカはAIによる家電などの自動化では最先端を走っているが、その電子部品を全部アメリカ製で調達しろということになったら、その優位性は失われる。もっとハッキリ言って、トランプ支持者の中で「自分は工場で働きたい」と考えている人などいない。だから、反論するのもバカバカしい。残念ながら、ヒラリーとしては論争を回避せざるを得ない。

【渡辺】その通りで、結論から言えば、選挙戦が感情論になっているので、勝とうと考えたら政策論争を回避せざるを得ない。ヒラリーは予備選当初から、経済では例えばIT政策などに関して詳細な政策を持ち、予算をどこから持ってくるかも考えていた。しかし予備選の結果、サンダース支持者をなだめるために、「TPP反対」「最低賃金15ドル」といったスローガンを引き継ぐことになってしまった。

TPPに反対するサンダース支持者に話を聞いても、「大企業に有利で、労働者を抑圧する」という程度の理解しかしていない。どれだけ政策を訴えかけても、国民の大部分はそれを知る気もない。大統領選がそういうシステムになってしまっているのは悲劇的なことだ。

<参考記事>【対談:冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来(前編)

センセーショナリズムに走ったメディア

――結局は2人共、反TPPへと傾いてしまった。

【渡辺】そこはトランプとサンダースを煽ったメディアの責任が大きい。視聴率を狙った報道しかしなかった。「TPP反対」「ウォール街解体」というスローガンが何を意味するのか、アメリカ経済にどのような影響を及ぼすのか、それを分析するのがメディアの役割だったはずだ。ツイッターの140字で伝えられる程度のスローガンだけが広まったのが、この選挙だ。

【冷泉】その通りで、やはりメディアの影響は大きい。今回の選挙戦では、特にCNNが露骨だった。感情論、センセーショナリズム中心で、トランプ人気を煽った。政策論争がきちんとされるためには、前提となる知識、前提となる情報が必要だが、それをしっかり解説する責任をメディアは放棄していた。

トランプ現象はアメリカをどう変えるのか

――今回の選挙を象徴した「トランプ現象」は、これからのアメリカの大統領選を変えてしまうのか? また二大政党制は今後機能していくのか?

【冷泉】今年の大統領選でセンセーショナリズムの効果はあらためて証明された。しかし、今後もトランプのような扇動家が次々に登場してアメリカの政治が劣化していくのか、と言う点では、そこまで悲観的には見ていない。「振り子の揺れ戻し」というか、アメリカ社会には回復力があると思う。

 二大政党制についても、基本的には「小さな政府か大きな政府か」という議論の対立軸は残るだろう。今回は双方がポピュリズムに流されて、論点がズレてしまった。政治には理念と実務の両方があり、現状の二大政党制にはそれなりの根拠がある。中期的にはトランプ現象は一過性で、有力な次世代が出てくれば共和党もまた復活するだろう。

 ただ、若い世代の感覚を活かせるのは、やはり民主党ではないだろうか。輝かしい理念を持ち、筋金入りの中道実務家として働けるような人物は、出てくるとしたら民主党から出てくると思う。



オバマの高い支持率を、ヒラリーは引き継げていない Kevin Lamarque-REUTERS

【渡辺】「振り子の揺り戻し」と回復力について、同感だ。大統領選後に二大政党はどちらも自分たちのアイデンティティについて深く内省することになる。特に共和党は現在「内戦状態」にあると言っていい。強い外交と「小さな政府」を掲げる、かつての共和党に戻りたい人たちと、今回トランプを支援した人たちが、どのように協調して共和党を立て直していくのか、その点は注目される。

 一方の民主党は、今回サンダースの登場で相当に左寄りになってしまった。しかしサンダースはまた無所属に戻るので、熱烈な支持者が民主党に残るとは思えない。今後の民主党は、若年層への支持を広げること、そして党上層部の透明化を図っていくことが必要だ。

 またネットやソーシャルメディアを使った新しい戦略は、こらからの選挙戦の柱になるだろう。それでも、従来からの「地上戦(選挙ボランティアによる電話や戸別訪問による働きかけ)」はなくならない。今回も激戦州では、有権者登録や事前投票で「地上戦」は重要な役割を果たしている。これはネットではできないことだ。

 そして、これからの政治家がやらなければならないのは、わかりにくい政策をわかりやすく解説する「有権者教育」なのではないか。

<参考記事>トランプにここまで粘られるアメリカはバカの連合国

【冷泉】まさにそれを、ヒラリー自身が、昔ルーズベルトが国民に語りかけた「炉辺談話」のような形式でやって欲しい。仮にヒラリーが大統領になったら、優秀な若い人材をどんどん活用して、複雑な国際社会の問題を解決できる人材を「ヒラリー学校」で育てていくべきだ。

 アメリカは今後ますます知的産業が中心の社会となって、世界を牽引していくことになる。今後そうした社会変化への理解が広がると思うが、それを妨げるものがあるとしたら、右と左の感情論だ。ヒラリーには、就任後に実績を示して、そのような感情論を抑えていくことを期待したい。ただ、就任当初の支持率はオバマのようには行かないだろう。2年後の中間選挙での敗北は絶対に許されない。従って、最初の1年で大きな実績、しかも世論に強い印象を与える政治がどうしても必要になる。それがヒラリーの最初の関門になるだろう。

【渡辺】もしヒラリーが当選したら、予想外に良い大統領になると期待している。彼女は、有能なマネージャーであり、実務主義者だからだ。

 ヒラリーは選挙に出ると、ライバルやメディアに叩かれて「好感度」や支持率が落ちる。しかし、実際に仕事をしている間は支持率が高い。ファーストレディーとして政策に関与していたときですら支持率は62%あり、上院議員の仕事を終えたときには58%、国務長官時代には、オバマやバイデン副大統領よりも高い66%あった。

 マネージャーとしての腕を発揮して、機能不全に陥っている議会や国政を前進させてもらいたい。

<ニューストピックス:決戦 2016米大統領選>

<ニューストピックス:【2016米大統領選】最新現地リポート>

≪冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ新時代」≫

≪渡辺由佳里氏の連載コラム「ベストセラーからアメリカを読む」≫

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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