<アパルトヘイト(人種隔離政策)を終わらせたネルソン・マンデラの国、南アフリカが、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている独裁者を逃がしただけでなく、ICCから脱退するという。何という堕落ぶりか>
南アフリカ政府は20日、突然、国際刑事裁判所(ICC)を脱退すると国連に通告した。ICCを脱退するのは、つい2日前に国内の議会で脱退を可決した中央アフリカのブルンジに次いで2番目だが、南アフリカの脱退表明は、ブルンジの脱退よりはるかに衝撃的。
南アは「優等国」のはず
ブルンジでは昨年以降、独裁に反対するデモ隊と治安部隊の衝突で数百人の死者が出ている。そんななか3選を狙う独裁者ピエール・ヌクルンジザ大統領は、いつICCに召喚されてもおかしくない。逃げたくなるのも当然だ。調査対象となり法廷で裁かれてもおかしくない。
【参考記事】国際刑事裁判所(ICC)を脱退するアフリカの戦犯たち
だが南アフリカは、多くの独裁者が君臨するアフリカ大陸でリベラルな民主主義を実現した模範国のはず。人権や社会正義の理想を高らかに掲げて世界的にも評価の高い南アフリカ共和国憲法がある。反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動により27年間の獄中生活を強いられても黒人と白人の和解を説き続けた故ネルソン・マンデラ大統領もいる。戦争犯罪や大量虐殺の犠牲者に正義をもたらすべく、ICCと共に世界の先頭に立つべき国だ。それが脱退すれば、後を追う国も出るかもしれず、ICCの権威は失墜しかねない。
ICCとは:国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を犯した個人を、国際法に基づいて訴追・処罰するための、歴史上初の常設の国際刑事裁判機関(所在地:ハーグ(オランダ))。国際社会が協力して、こうした犯罪の不処罰を許さないことで、犯罪の発生を防止し、国際の平和と安全の維持に貢献する。6月現在、締約国は124カ国。出典:外務省
実のところ今の南アフリカは、戦争犯罪などでICCの逮捕状が出ている独裁者をかくまう国になり下がっている。昨年、スーダン・ダルフールの大量虐殺の責任者とされるスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領が入国した際、ICCに引き渡さず、自由に滞在させて出国させたのだ。
【参考記事】スーダン戦犯におもねる国連の機能不全
南アフリカの品格を損なうこうした動きには前兆があった。与党のアフリカ民族会議(ANC)はかねてからICCに反対していたし、近年では同国の外交筋も、ICCはアフリカの指導者ばかりを標的にしているというアフリカ諸国の不満に同調するようになっていた。
【参考記事】PKO部隊、避難民の少女を50セントで買春
法律上、今回の決定は直ちに影響力を持つものではない。脱退の時期について、ICCの設立規定を定めた国際条約「ローマ規定」は、国連事務総長への通知から1年後と定めている。つまり、南アフリカは2017年10月20日までICCの加盟国だ。脱退の意向を示したとはいえ、今後1年間はICCにおける法的義務を負うことになる。
さらに、南アフリカの国会からの事前の承認もないまま、脱退を通知をする法的権限が政権側にあるのかどうかも疑問だ。このような国際条約が法的拘束力を持つためには国会での批准が必須であることを前提にすると、一度発効した法的拘束力を解消できるのも国会しかない、というのが自然な流れだ。国際的な批判を受けて、南アフリカ政府も21日にはICC脱退の是非を問う法案を近く国会に提出すると発表した。
独裁者の歓心を買う
はっきりしないのは政治的な先行きだ。南アフリカ政府は脱退の理由について、ICCによるバシル逮捕の要求は外交特権を認める同国の法律と相容れないと指摘した。だが南アフリカの人権活動家によれば、ICC脱退はひとえにジェイコブ・ズマ大統領の政治的事情のせいだと言う。ズマは相次ぐ汚職スキャンダルや社会不安に加え、8月に実施された統一地方選で与党ANCの得票率が過去最低に終わるなど、並々ならぬ試練にさらされている。
ズマには自身が抱える数々の国内問題から、国民の批判の矛先を背けたい思惑がある。ICC脱退の決断が多くの国民を怒らせるのは間違いないが、汎アフリカ主義で反植民地主義のコアな有権者にはアピールできるとズマは踏んでいる。さらにアフリカの他の独裁者たちの歓心を買うこともできる。国内の支持が衰えるほど、外国からの支持はますます重要だ。
マンデラが象徴する南アフリカは、その理念で名をはせた。ズマの南アフリカは、何から何までその反対だ。
アントン・ドゥプレシ(南ア安全保障研究所専務理事)、サイモン・アリソン(マーベリック紙アフリカ特派員)
南アフリカ政府は20日、突然、国際刑事裁判所(ICC)を脱退すると国連に通告した。ICCを脱退するのは、つい2日前に国内の議会で脱退を可決した中央アフリカのブルンジに次いで2番目だが、南アフリカの脱退表明は、ブルンジの脱退よりはるかに衝撃的。
南アは「優等国」のはず
ブルンジでは昨年以降、独裁に反対するデモ隊と治安部隊の衝突で数百人の死者が出ている。そんななか3選を狙う独裁者ピエール・ヌクルンジザ大統領は、いつICCに召喚されてもおかしくない。逃げたくなるのも当然だ。調査対象となり法廷で裁かれてもおかしくない。
【参考記事】国際刑事裁判所(ICC)を脱退するアフリカの戦犯たち
だが南アフリカは、多くの独裁者が君臨するアフリカ大陸でリベラルな民主主義を実現した模範国のはず。人権や社会正義の理想を高らかに掲げて世界的にも評価の高い南アフリカ共和国憲法がある。反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動により27年間の獄中生活を強いられても黒人と白人の和解を説き続けた故ネルソン・マンデラ大統領もいる。戦争犯罪や大量虐殺の犠牲者に正義をもたらすべく、ICCと共に世界の先頭に立つべき国だ。それが脱退すれば、後を追う国も出るかもしれず、ICCの権威は失墜しかねない。
ICCとは:国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を犯した個人を、国際法に基づいて訴追・処罰するための、歴史上初の常設の国際刑事裁判機関(所在地:ハーグ(オランダ))。国際社会が協力して、こうした犯罪の不処罰を許さないことで、犯罪の発生を防止し、国際の平和と安全の維持に貢献する。6月現在、締約国は124カ国。出典:外務省
実のところ今の南アフリカは、戦争犯罪などでICCの逮捕状が出ている独裁者をかくまう国になり下がっている。昨年、スーダン・ダルフールの大量虐殺の責任者とされるスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領が入国した際、ICCに引き渡さず、自由に滞在させて出国させたのだ。
【参考記事】スーダン戦犯におもねる国連の機能不全
南アフリカの品格を損なうこうした動きには前兆があった。与党のアフリカ民族会議(ANC)はかねてからICCに反対していたし、近年では同国の外交筋も、ICCはアフリカの指導者ばかりを標的にしているというアフリカ諸国の不満に同調するようになっていた。
【参考記事】PKO部隊、避難民の少女を50セントで買春
法律上、今回の決定は直ちに影響力を持つものではない。脱退の時期について、ICCの設立規定を定めた国際条約「ローマ規定」は、国連事務総長への通知から1年後と定めている。つまり、南アフリカは2017年10月20日までICCの加盟国だ。脱退の意向を示したとはいえ、今後1年間はICCにおける法的義務を負うことになる。
さらに、南アフリカの国会からの事前の承認もないまま、脱退を通知をする法的権限が政権側にあるのかどうかも疑問だ。このような国際条約が法的拘束力を持つためには国会での批准が必須であることを前提にすると、一度発効した法的拘束力を解消できるのも国会しかない、というのが自然な流れだ。国際的な批判を受けて、南アフリカ政府も21日にはICC脱退の是非を問う法案を近く国会に提出すると発表した。
独裁者の歓心を買う
はっきりしないのは政治的な先行きだ。南アフリカ政府は脱退の理由について、ICCによるバシル逮捕の要求は外交特権を認める同国の法律と相容れないと指摘した。だが南アフリカの人権活動家によれば、ICC脱退はひとえにジェイコブ・ズマ大統領の政治的事情のせいだと言う。ズマは相次ぐ汚職スキャンダルや社会不安に加え、8月に実施された統一地方選で与党ANCの得票率が過去最低に終わるなど、並々ならぬ試練にさらされている。
ズマには自身が抱える数々の国内問題から、国民の批判の矛先を背けたい思惑がある。ICC脱退の決断が多くの国民を怒らせるのは間違いないが、汎アフリカ主義で反植民地主義のコアな有権者にはアピールできるとズマは踏んでいる。さらにアフリカの他の独裁者たちの歓心を買うこともできる。国内の支持が衰えるほど、外国からの支持はますます重要だ。
マンデラが象徴する南アフリカは、その理念で名をはせた。ズマの南アフリカは、何から何までその反対だ。
アントン・ドゥプレシ(南ア安全保障研究所専務理事)、サイモン・アリソン(マーベリック紙アフリカ特派員)