<ヒラリーが大統領になったら「第3次世界大戦」が起こる、と言い出したトランプ。その論理の深層には、アメリカがこの24年間続けてきた「介入外交」に対する世論の根深い不信がある>(写真はセルフィーで写真を撮る、モスル奪還作戦に参加した米兵)
米大統領選は、投票日まで2週間を切りました。依然として世論調査の支持率は「ヒラリー・クリントン優勢」で推移していますが、ここへ来て微妙にドナルド・トランプ候補が巻き返しているような数字の動きも見えています。
トランプはフロリダ州での遊説を熱心に繰り広げていますが、今月25日(火)に「ヒラリーが大統領になったら第3次世界大戦が起こる」と発言し、依然として「炎上商法」ならぬ「暴言作戦」を続けています。
トランプが言っているのは、シリア情勢をめぐって「ヒラリーのシリア政策が第3次世界大戦を引き起こす」というものです。これは今月19日の第3回テレビ討論で具体的にシリア問題が取り上げられ、その際の議論がベースになっています。
<参考記事>【対談(後編):冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
アレッポの危機的な状況を受けて、ヒラリーは「飛行禁止区域(ノーフライゾーン)」と「人道安全地帯(セーフゾーン)」の設定を提案しました。これに対してトランプは、「現在のシリアの混沌を作ったのはオバマとヒラリーだ」と非難していました。
トランプが問題にしているのは、このヒラリーの発言です。確かに「飛行禁止区域の設定」というのは強硬な措置です。というのは、本当に飛行禁止を「実効あるもの」にするには、例えばアサド政権の制空権を解除するためにレーダーなどの地上施設の破壊が必要になります。また、万が一「飛行禁止」を無視して飛来した航空機があれば撃墜しなくては、措置が有名無実化します。
ですから、この「飛行禁止区域の設定」が仮に実施できたとして、米軍を含むNATOがそのパトロールを担うのであれば、アサド空軍機、あるいはロシア空軍機との空中戦を誘発する危険性はあります。
トランプは「アサド政権は3年前より強力になっており、政権から下野させるのは非現実的」だとも言っており、シリア情勢に関しては、完全に「アサド政権=ロシア」に味方しているとしか言いようがありません。その上で、25日の発言では、「シリアは重要ではない。ISISとの戦闘こそ重要」だと力説していました。
一方でトランプは、同じく現在進行形で進んでいる「モスル奪還作戦」にも懐疑的です。ISISが2年近く拠点にしているイラク北部の要衝モスルを、イラク政府軍とクルド系義勇軍などを米軍が支援して奪還作戦を行っているわけですが、これは「イランを喜ばせるだけ」だから無意味だと言うのです。
どういうことかというと、現在のイラク政府軍は「シーア派勢力」が圧倒的多数です。ですから、そのイラク政府軍が(スンニ派であるクルド系と協力した作戦だとしても)モスル奪還を成功させたとして、シーア派勢力が強くなるだけであり、回り回ってイランの影響力が強くなるだけだと言っているのです。
これは一面の真実を含むとは言え、アメリカが2003年以来、サダム・フセイン政権を打倒して、新生イラクの安定に努力していたその方向性、つまり結果的にシーア派とクルド系を「与党」としてイラクの安定化を図るという方針を全面否定する考え方に他なりません。
ここまでのトランプの姿勢を整理すると、「アレッポ危機は黙殺する」「シリアのアサド政権継続を認める」「シリアはアメリカにとって重要ではない」「重要なのはISISとの戦闘」とここまでは一応筋が通っていますが、その上で「だが、モスルをISISから奪還する作戦は無意味」となると、一体何を言いたいのか分からなくなります。
【参考記事】モスル奪還に成功してもISISとの戦いは終わらない
ところが、トランプには一応答えはあるのです。「モスル奪還は無意味だが、ISISに対してはアサド政権とロシアが戦っているのだから、それを支援するのがいい」というのです。確かに話の辻褄は合いますが、こうなると中東問題については完全にロシアに丸投げという外交政策になります。
では、「アメリカを再び偉大に」というスローガンのもとで、どうして「ロシアに丸投げ」になってしまうのでしょう? もしかしたら解雇された選対本部長のポール・マナフォート氏(ウクライナの親ロシア勢力に近い)などを通じて、本当にロシアの影響下にあるのかもしれませんが、その真偽はともかく、どうしてここまで「ロシアに対して譲歩」する姿勢が、支持者に受けるのか、そして「アメリカを偉大に」ということになるのでしょうか?
それは、このような主張をすることで、ビル・クリントンの8年、ブッシュの8年、オバマの8年の計24年間にアメリカが巨額の費用と多くの人命を犠牲にして続けてきた「介入政策」を全面的に否定して見せることができるからです。
クリントンのやったコソボやソマリアへの介入、ブッシュのやったアフガニスタンとイラクでの戦争、オバマのやった「アラブの春」支持とその後の優柔不断......トランプの論法は、メチャクチャではありますが、その24年間の全ての「介入政策」について、それこそ「ちゃぶ台返し」しているわけです。
では、どうしてロシア頼みの政策が「偉大なアメリカ」になるのかというと、プーチンを操れる「俺様」の「賢い取引の才覚」が「グレート」という自意識過剰な妄想もあると思いますが、例えば「スター・ウォーズ計画」など軍事費を拡大しながら、一発の銃弾も撃たずにソ連と東欧圏を崩壊させたレーガンの「偉大」なイメージに自分を重ね合わせているのかもしれません。
問題は、アメリカの民意のある部分に「過去24年間の介入政策」に対して、「そこまで根深い不信」があるということです。仮にヒラリーが大統領になった場合でも、その「介入政策への不信」という世論の深層心理を見誤ると、政治的に大きな計算違いを起こす危険があります。
具体的には、世論の支持を取りつけないで強硬策に突き進んで立ち往生する危険、またその反対に、「世論の不信感」を払拭するために大きなギャンブルに打って出てしまう危険もあると思います。どちらにしても、この点については、トランプ現象を生み出したアメリカ世論の深層心理を甘く見てはダメだと思います。
米大統領選は、投票日まで2週間を切りました。依然として世論調査の支持率は「ヒラリー・クリントン優勢」で推移していますが、ここへ来て微妙にドナルド・トランプ候補が巻き返しているような数字の動きも見えています。
トランプはフロリダ州での遊説を熱心に繰り広げていますが、今月25日(火)に「ヒラリーが大統領になったら第3次世界大戦が起こる」と発言し、依然として「炎上商法」ならぬ「暴言作戦」を続けています。
トランプが言っているのは、シリア情勢をめぐって「ヒラリーのシリア政策が第3次世界大戦を引き起こす」というものです。これは今月19日の第3回テレビ討論で具体的にシリア問題が取り上げられ、その際の議論がベースになっています。
<参考記事>【対談(後編):冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
アレッポの危機的な状況を受けて、ヒラリーは「飛行禁止区域(ノーフライゾーン)」と「人道安全地帯(セーフゾーン)」の設定を提案しました。これに対してトランプは、「現在のシリアの混沌を作ったのはオバマとヒラリーだ」と非難していました。
トランプが問題にしているのは、このヒラリーの発言です。確かに「飛行禁止区域の設定」というのは強硬な措置です。というのは、本当に飛行禁止を「実効あるもの」にするには、例えばアサド政権の制空権を解除するためにレーダーなどの地上施設の破壊が必要になります。また、万が一「飛行禁止」を無視して飛来した航空機があれば撃墜しなくては、措置が有名無実化します。
ですから、この「飛行禁止区域の設定」が仮に実施できたとして、米軍を含むNATOがそのパトロールを担うのであれば、アサド空軍機、あるいはロシア空軍機との空中戦を誘発する危険性はあります。
トランプは「アサド政権は3年前より強力になっており、政権から下野させるのは非現実的」だとも言っており、シリア情勢に関しては、完全に「アサド政権=ロシア」に味方しているとしか言いようがありません。その上で、25日の発言では、「シリアは重要ではない。ISISとの戦闘こそ重要」だと力説していました。
一方でトランプは、同じく現在進行形で進んでいる「モスル奪還作戦」にも懐疑的です。ISISが2年近く拠点にしているイラク北部の要衝モスルを、イラク政府軍とクルド系義勇軍などを米軍が支援して奪還作戦を行っているわけですが、これは「イランを喜ばせるだけ」だから無意味だと言うのです。
どういうことかというと、現在のイラク政府軍は「シーア派勢力」が圧倒的多数です。ですから、そのイラク政府軍が(スンニ派であるクルド系と協力した作戦だとしても)モスル奪還を成功させたとして、シーア派勢力が強くなるだけであり、回り回ってイランの影響力が強くなるだけだと言っているのです。
これは一面の真実を含むとは言え、アメリカが2003年以来、サダム・フセイン政権を打倒して、新生イラクの安定に努力していたその方向性、つまり結果的にシーア派とクルド系を「与党」としてイラクの安定化を図るという方針を全面否定する考え方に他なりません。
ここまでのトランプの姿勢を整理すると、「アレッポ危機は黙殺する」「シリアのアサド政権継続を認める」「シリアはアメリカにとって重要ではない」「重要なのはISISとの戦闘」とここまでは一応筋が通っていますが、その上で「だが、モスルをISISから奪還する作戦は無意味」となると、一体何を言いたいのか分からなくなります。
【参考記事】モスル奪還に成功してもISISとの戦いは終わらない
ところが、トランプには一応答えはあるのです。「モスル奪還は無意味だが、ISISに対してはアサド政権とロシアが戦っているのだから、それを支援するのがいい」というのです。確かに話の辻褄は合いますが、こうなると中東問題については完全にロシアに丸投げという外交政策になります。
では、「アメリカを再び偉大に」というスローガンのもとで、どうして「ロシアに丸投げ」になってしまうのでしょう? もしかしたら解雇された選対本部長のポール・マナフォート氏(ウクライナの親ロシア勢力に近い)などを通じて、本当にロシアの影響下にあるのかもしれませんが、その真偽はともかく、どうしてここまで「ロシアに対して譲歩」する姿勢が、支持者に受けるのか、そして「アメリカを偉大に」ということになるのでしょうか?
それは、このような主張をすることで、ビル・クリントンの8年、ブッシュの8年、オバマの8年の計24年間にアメリカが巨額の費用と多くの人命を犠牲にして続けてきた「介入政策」を全面的に否定して見せることができるからです。
クリントンのやったコソボやソマリアへの介入、ブッシュのやったアフガニスタンとイラクでの戦争、オバマのやった「アラブの春」支持とその後の優柔不断......トランプの論法は、メチャクチャではありますが、その24年間の全ての「介入政策」について、それこそ「ちゃぶ台返し」しているわけです。
では、どうしてロシア頼みの政策が「偉大なアメリカ」になるのかというと、プーチンを操れる「俺様」の「賢い取引の才覚」が「グレート」という自意識過剰な妄想もあると思いますが、例えば「スター・ウォーズ計画」など軍事費を拡大しながら、一発の銃弾も撃たずにソ連と東欧圏を崩壊させたレーガンの「偉大」なイメージに自分を重ね合わせているのかもしれません。
問題は、アメリカの民意のある部分に「過去24年間の介入政策」に対して、「そこまで根深い不信」があるということです。仮にヒラリーが大統領になった場合でも、その「介入政策への不信」という世論の深層心理を見誤ると、政治的に大きな計算違いを起こす危険があります。
具体的には、世論の支持を取りつけないで強硬策に突き進んで立ち往生する危険、またその反対に、「世論の不信感」を払拭するために大きなギャンブルに打って出てしまう危険もあると思います。どちらにしても、この点については、トランプ現象を生み出したアメリカ世論の深層心理を甘く見てはダメだと思います。