<「リーダー失格」と烙印を押される人はどこがよくないのか? リーダーシップとは「経営者マインド」であり「団体競技」だとハーバード元教授のロバート・カプランは訴えるが、その真意とは>
投票日が目前に迫った米大統領選で、ついに自滅の様相を呈し始めたドナルド・トランプ。彼が快進撃を続けていた選挙戦序盤でよく訴えていたのが、「実業家として成功した自分が大統領になれば、強力なリーダーシップを発揮できる」という主張だ。
会社経営と一国の運営を同列に語っていいものかという疑問は残るし、そもそもトランプが実業家として成功しているのかも怪しいが、リーダーシップと「経営者マインド」が密接な関係にあることは間違いないらしい。
ゴールドマン・サックス元副会長にしてハーバード・ビジネススクール元教授のロバート・スティーヴン・カプランは、著書『「自分の殻」を打ち破る ハーバードのリーダーシップ講義』(福井久美子訳、CCCメディアハウス)の中で、「リーダーシップの基本は経営者としての心構えを持つことだ」と論じている。
MBA学生や企業幹部らにリーダー論を教えてきたカプランは、「リーダーシップとは何か?」との問いに、さまざまな答えが返ってくることに驚いた。「ビジョンを持って人々を導く人」「カリスマ性で人々を鼓舞する人」「利益を上げて結果を出す人」など、人によってリーダーシップの定義も求めるリーダー像も異なっていた。
だがリーダーシップを発揮するためには、共通認識があったほうがいい。そこでカプランは、本書で「リーダーシップの基本は経営者マインド」だと定義し、リーダーとしての心構えと、より良いリーダーであり続けるために必要なスキルを説いている。
【参考記事】管理職が陥る「自分なんて大したことない」症候群
カプランによれば、経営者マインドとは意思決定者の立場でものを考えて、自分の行動の結果に責任を持つこと。具体的には、①経営者になったつもりで自分の信念を見極め、②その信念に従って行動し、③目先の利益にとらわれず、顧客や地域社会に幸せをもたらす価値を提供することだという。
面白いのは、「経営者になったつもり」で考えればいいため、リーダーシップは誰でも発揮できるということ。企業のCEOや重役、政治家といった地位も肩書きも必要ない。経営者マインドを持って行動に移せば、誰でもリーダーになれるのだ。
その実例として、カプランは米北東部の小学校で働くカールという用務員のエピソードを紹介している。
ある日、学校で六歳の少年がパンツを濡らしてしまいました(中略)廊下で突っ立ったまま途方に暮れている少年を見て、カールは少年が困っていると察知し、担任の先生を探しに行きました。カールは担任の先生と一緒に少年を別室に連れて行き、体を拭くのを手伝い、着替えを探してきて、少年をなだめました。その後、少年を教室に送り届けました。二人の目標は、少年がパンツを濡らしたことをクラスメートに気づかれないこと、そして少年が恥をかかずに下校できるようにすることでした。少年が教室に戻ると、カールは通常の業務に戻ってゴミを拾い、床を掃除しました。(p.64~65より)
カプランは、これこそがリーダーシップだと書いている。カールはその学校で働く人たちのなかで、おそらく一番地位の低い人かもしれない。だが彼は経営者のように考えて行動した。途方に暮れる少年を見ても、子どもの面倒を見るのは自分の仕事ではないと、無視することもできた。しかし彼は立ち止まって、自分が何とかしなければと考え、少年と学校にとって最善だと思うことを実行した。
唯我独尊タイプのリーダーは潰れやすい
経営者マインドに欠かせなのは、広い視野を持つことだ。「それは私の仕事じゃない」「私にはそんな権限はない」といった考え方では、いつまでたってもリーダーシップは発揮できないし、実際にリーダーの地位に立つこともできない。
平社員でも中間管理職でも、普段から経営者の立場で考えて行動するよう意識していれば、視野が広くなり、洞察力や決断力も向上する。「優れたプロフェッショナルは自分で仕事の範囲を狭めない。数レベル上の立場でものを考えるのだ」と、カプランは強調する。日頃から、そうした心構えで仕事に臨んでいる人は、上司から抜擢されて昇進の機会も得やすい。
経営者になったつもりで考えて行動する──。なんだ簡単じゃないか、誰にでもできると思うだろう。だが世の中にはリーダーシップを発揮できない人は大勢いるし、リーダーとして失格の烙印を押されている人も少なくない。
なぜか? 問題に直面したときに自分の弱みをさらけ出すことができず、孤立を深めているからだとカプランは指摘する。彼によれば、リーダーリップとは結局のところ、「団体競技」。リーダーは周りの協力なしにチームの成功はないことを悟らなければならない。自分の力だけではリーダーになることも、リーダーシップを伸ばすことも難しいのだ。
有無を言わさず部下をぐいぐいと引っ張る強いリーダーが理想だと言う人もいるが、そのような唯我独尊タイプは壁にぶつかったときに潰れやすい。プライドが邪魔して周りに自分の弱さを見せることも、助言を求めることもできないからだ。厄介なことに、昇進して高い地位に就いた人ほど、この傾向は強い。
【参考記事】頭が良すぎるリーダーの、傲慢で独りよがりな4つの悪い癖
カプランは多くの企業役員やCEOたちの相談に乗ってきた経験からこう指摘する。
優秀な人のなかには、リーダーの地位に就いたときに、すべての答えを知っていなければと思い込む人がいます。答えを知っているかのように振る舞わなければ、役立たずだとか、小心者だとか、無能だなどと思われそうで不安なのです。仮に誰かに質問をしたとしても、形だけです。要するに、学ぶつもりで真剣に相手の答えを聴いていないのです。なぜでしょうか? 意見を変えたり、他人の意見に左右されたりすると、意思が弱い人だと思われそうで不安なのです。(p.76より)
「お山の大将」でないかを確認する5つの質問
カプランのマネジメント研修に参加したIT起業家ウィリアムが、まさにこのタイプだった。数年前に立ち上げたソフトウェア開発企業の売上高が2500万ドルを超えるなど、ウィリアムはCEOとして順風満帆のように見えた。だがマーケットシェアが落ち込んでいたり競合他社に取引を奪われたりと、会社の将来を案じていた。
そこでカプランが「幹部社員たちはどう思っているのか?」とウィリアムに聞いてみると、「彼らも分からないようなんです」との答え。「むしろ私の考えを知りたがり、私からの指示を待っています」
しかし、共同経営者のジムに話を聞くと、状況はまったく違っていた。「ウィリアムは何でも知っているつもりなんです」とジムは不満をぶちまけた。「質問しておきながら、こちらの話を途中で遮って、最後まで言わせてくれません。辛辣な批判を浴びせてくるので、結局みんなはウィリアムがどうしたいかを推し量って、彼の望み通りのことを言わされます」
このときウィリアムに必要だったのは、「リーダーシップスタイルの修正」だった。部下に指示を出すことだけがリーダーシップではない。部下に相談して彼らの意見を聞き、時にそれを採用することもまたリーダーシップだ。
カプランはウィリアムに幹部社員を集めて会議を開くようアドバイスした。「彼らに議論させ、あなたは黙って話を聞いていてください。議論を遮らず、結論も出してはいけません」
数日後、ジムに会うと、「あんなリーダーらしいウィリアムは見たことありませんよ」と満足気だったという。
リーダーは常に、一歩引いて自分を客観的に見つめ直す習慣を身につけるべきだ。「自分が一番正しい」と思い込んでいる人は周りが見えていないため、孤立していることにも気づいていない。視野が狭まっているあまり、自分は部下に慕われていると勘違いしている人さえいるから始末が悪い。イエスマンばかりに囲まれた、「お山の大将」状態だ。
人の上に立っている人は、自問してみてほしい。
●部下の話を遮らずに聞いているか
●助けが必要なときには正直にアドバイスを求めているか
●部下を信じて仕事を任せているか
●自分の盲点や落ち度を面と向かって指摘してくれる「腹心の友」はいるか
●批判を受け入れる器の大きさはあるか
2つ以上当てはまる人は黄色信号。陰では「独裁者」呼ばわりされて、哀れな孤立に陥っているかもしれない。
果たして自分は孤立に陥っていないか。経営者マインドをきちんと持てているか。今の地位や肩書きに関係なく、自らの「リーダーシップ」という技術を再点検し、あるいは新たに習得するのに、本書は役立つかもしれない。
『「自分の殻」を打ち破る
ハーバードのリーダーシップ講義』
ロバート・スティーヴン・カプラン 著
福井久美子 訳
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
投票日が目前に迫った米大統領選で、ついに自滅の様相を呈し始めたドナルド・トランプ。彼が快進撃を続けていた選挙戦序盤でよく訴えていたのが、「実業家として成功した自分が大統領になれば、強力なリーダーシップを発揮できる」という主張だ。
会社経営と一国の運営を同列に語っていいものかという疑問は残るし、そもそもトランプが実業家として成功しているのかも怪しいが、リーダーシップと「経営者マインド」が密接な関係にあることは間違いないらしい。
ゴールドマン・サックス元副会長にしてハーバード・ビジネススクール元教授のロバート・スティーヴン・カプランは、著書『「自分の殻」を打ち破る ハーバードのリーダーシップ講義』(福井久美子訳、CCCメディアハウス)の中で、「リーダーシップの基本は経営者としての心構えを持つことだ」と論じている。
MBA学生や企業幹部らにリーダー論を教えてきたカプランは、「リーダーシップとは何か?」との問いに、さまざまな答えが返ってくることに驚いた。「ビジョンを持って人々を導く人」「カリスマ性で人々を鼓舞する人」「利益を上げて結果を出す人」など、人によってリーダーシップの定義も求めるリーダー像も異なっていた。
だがリーダーシップを発揮するためには、共通認識があったほうがいい。そこでカプランは、本書で「リーダーシップの基本は経営者マインド」だと定義し、リーダーとしての心構えと、より良いリーダーであり続けるために必要なスキルを説いている。
【参考記事】管理職が陥る「自分なんて大したことない」症候群
カプランによれば、経営者マインドとは意思決定者の立場でものを考えて、自分の行動の結果に責任を持つこと。具体的には、①経営者になったつもりで自分の信念を見極め、②その信念に従って行動し、③目先の利益にとらわれず、顧客や地域社会に幸せをもたらす価値を提供することだという。
面白いのは、「経営者になったつもり」で考えればいいため、リーダーシップは誰でも発揮できるということ。企業のCEOや重役、政治家といった地位も肩書きも必要ない。経営者マインドを持って行動に移せば、誰でもリーダーになれるのだ。
その実例として、カプランは米北東部の小学校で働くカールという用務員のエピソードを紹介している。
ある日、学校で六歳の少年がパンツを濡らしてしまいました(中略)廊下で突っ立ったまま途方に暮れている少年を見て、カールは少年が困っていると察知し、担任の先生を探しに行きました。カールは担任の先生と一緒に少年を別室に連れて行き、体を拭くのを手伝い、着替えを探してきて、少年をなだめました。その後、少年を教室に送り届けました。二人の目標は、少年がパンツを濡らしたことをクラスメートに気づかれないこと、そして少年が恥をかかずに下校できるようにすることでした。少年が教室に戻ると、カールは通常の業務に戻ってゴミを拾い、床を掃除しました。(p.64~65より)
カプランは、これこそがリーダーシップだと書いている。カールはその学校で働く人たちのなかで、おそらく一番地位の低い人かもしれない。だが彼は経営者のように考えて行動した。途方に暮れる少年を見ても、子どもの面倒を見るのは自分の仕事ではないと、無視することもできた。しかし彼は立ち止まって、自分が何とかしなければと考え、少年と学校にとって最善だと思うことを実行した。
唯我独尊タイプのリーダーは潰れやすい
経営者マインドに欠かせなのは、広い視野を持つことだ。「それは私の仕事じゃない」「私にはそんな権限はない」といった考え方では、いつまでたってもリーダーシップは発揮できないし、実際にリーダーの地位に立つこともできない。
平社員でも中間管理職でも、普段から経営者の立場で考えて行動するよう意識していれば、視野が広くなり、洞察力や決断力も向上する。「優れたプロフェッショナルは自分で仕事の範囲を狭めない。数レベル上の立場でものを考えるのだ」と、カプランは強調する。日頃から、そうした心構えで仕事に臨んでいる人は、上司から抜擢されて昇進の機会も得やすい。
経営者になったつもりで考えて行動する──。なんだ簡単じゃないか、誰にでもできると思うだろう。だが世の中にはリーダーシップを発揮できない人は大勢いるし、リーダーとして失格の烙印を押されている人も少なくない。
なぜか? 問題に直面したときに自分の弱みをさらけ出すことができず、孤立を深めているからだとカプランは指摘する。彼によれば、リーダーリップとは結局のところ、「団体競技」。リーダーは周りの協力なしにチームの成功はないことを悟らなければならない。自分の力だけではリーダーになることも、リーダーシップを伸ばすことも難しいのだ。
有無を言わさず部下をぐいぐいと引っ張る強いリーダーが理想だと言う人もいるが、そのような唯我独尊タイプは壁にぶつかったときに潰れやすい。プライドが邪魔して周りに自分の弱さを見せることも、助言を求めることもできないからだ。厄介なことに、昇進して高い地位に就いた人ほど、この傾向は強い。
【参考記事】頭が良すぎるリーダーの、傲慢で独りよがりな4つの悪い癖
カプランは多くの企業役員やCEOたちの相談に乗ってきた経験からこう指摘する。
優秀な人のなかには、リーダーの地位に就いたときに、すべての答えを知っていなければと思い込む人がいます。答えを知っているかのように振る舞わなければ、役立たずだとか、小心者だとか、無能だなどと思われそうで不安なのです。仮に誰かに質問をしたとしても、形だけです。要するに、学ぶつもりで真剣に相手の答えを聴いていないのです。なぜでしょうか? 意見を変えたり、他人の意見に左右されたりすると、意思が弱い人だと思われそうで不安なのです。(p.76より)
「お山の大将」でないかを確認する5つの質問
カプランのマネジメント研修に参加したIT起業家ウィリアムが、まさにこのタイプだった。数年前に立ち上げたソフトウェア開発企業の売上高が2500万ドルを超えるなど、ウィリアムはCEOとして順風満帆のように見えた。だがマーケットシェアが落ち込んでいたり競合他社に取引を奪われたりと、会社の将来を案じていた。
そこでカプランが「幹部社員たちはどう思っているのか?」とウィリアムに聞いてみると、「彼らも分からないようなんです」との答え。「むしろ私の考えを知りたがり、私からの指示を待っています」
しかし、共同経営者のジムに話を聞くと、状況はまったく違っていた。「ウィリアムは何でも知っているつもりなんです」とジムは不満をぶちまけた。「質問しておきながら、こちらの話を途中で遮って、最後まで言わせてくれません。辛辣な批判を浴びせてくるので、結局みんなはウィリアムがどうしたいかを推し量って、彼の望み通りのことを言わされます」
このときウィリアムに必要だったのは、「リーダーシップスタイルの修正」だった。部下に指示を出すことだけがリーダーシップではない。部下に相談して彼らの意見を聞き、時にそれを採用することもまたリーダーシップだ。
カプランはウィリアムに幹部社員を集めて会議を開くようアドバイスした。「彼らに議論させ、あなたは黙って話を聞いていてください。議論を遮らず、結論も出してはいけません」
数日後、ジムに会うと、「あんなリーダーらしいウィリアムは見たことありませんよ」と満足気だったという。
リーダーは常に、一歩引いて自分を客観的に見つめ直す習慣を身につけるべきだ。「自分が一番正しい」と思い込んでいる人は周りが見えていないため、孤立していることにも気づいていない。視野が狭まっているあまり、自分は部下に慕われていると勘違いしている人さえいるから始末が悪い。イエスマンばかりに囲まれた、「お山の大将」状態だ。
人の上に立っている人は、自問してみてほしい。
●部下の話を遮らずに聞いているか
●助けが必要なときには正直にアドバイスを求めているか
●部下を信じて仕事を任せているか
●自分の盲点や落ち度を面と向かって指摘してくれる「腹心の友」はいるか
●批判を受け入れる器の大きさはあるか
2つ以上当てはまる人は黄色信号。陰では「独裁者」呼ばわりされて、哀れな孤立に陥っているかもしれない。
果たして自分は孤立に陥っていないか。経営者マインドをきちんと持てているか。今の地位や肩書きに関係なく、自らの「リーダーシップ」という技術を再点検し、あるいは新たに習得するのに、本書は役立つかもしれない。
『「自分の殻」を打ち破る
ハーバードのリーダーシップ講義』
ロバート・スティーヴン・カプラン 著
福井久美子 訳
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部