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3000万人の難民の子どもたちは、避難先で何を感じているか

ニューズウィーク日本版 2016年11月1日 16時45分

<全難民の半数が18歳未満だが、彼らは胸の内で何を思い、どんな苦難を経験し、どんな希望を抱いているのか。BBCのアニメを原案とする絵本『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビットの話』から知る世界の現実>

「ぼくはナビット。これはイランから脱出してきた、ぼくの本当の話。」

「ぼくたち家族は、イランから脱出しました。おとうさんがイランの、政治のやり方や、国のあり方に、反対していたからです。」

「政府の役人が来た日のことは、今でも、おぼえています。おとうさんの命が、あぶない! すぐに、脱出しなければなりませんでした。」

「おおぜいの人が、イランの政府に反対していました。そして、おとうさんと同じような目にあっていました。」

◇ ◇ ◇

 現在、世界を揺るがしている難民問題。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、2015年末時点で6530万人もの人が難民や国内避難民として故郷を追われている。その中には、当然、子どももいる。それどころか、全難民のうち51%が18歳未満の子どもだ。

【参考記事】難民はなぜ、子供を連れて危険な海を渡るのか

「Seeking Refuge」というタイトルの、英国アカデミー賞を受賞したBBC(英国放送協会)制作のアニメーションがある。アフガニスタン、イラン、エリトリア、ジンバブエ、ユーラシアから逃げてきた5人の子どもたちの物語。いずれも5分前後の短編だが、心揺さぶる作品だ。このアニメーション作品を原案に、このたび『世界の難民の子どもたち』という5冊の絵本が造られた。

 本シリーズ『世界の難民の子どもたち』における「難民」とは、保護を求めて国外に逃れた人のことを指す。国を脱する理由は、戦争、政治的思想、信仰等さまざまだ。ただ、「難民」というと、母国にいた間は悲惨な目に遭い苦労していたが、いったん国外に逃げられれば、あとは逃げ延びた先の国で手厚い保護を受け、安定した暮らしができる、そんなイメージがあるかもしれない。だが、それは大きな間違いだ。

 冒頭で紹介したのは、シリーズの1冊である『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビッドの話』(難民を助ける会監修、アンディ・グリン作、ジョナサン・トップフ絵、筆者訳、ゆまに書房)だ。ナビットは、反政府思想のために命を狙われ、国を出た父親を追って、母と2人で逃げていくのだが、長くつらい旅の果てに、ようやく父親と再会するも、最初は父親のことがわからない。その戸惑いと、その後、やはりこの人が父親だと確信し、安心するまでの気持ちの揺れ。子どもだからこその思いであり、子どもを主人公にした大きな意味がここにはある。

【参考記事】イギリスで難民の子供900人が行方不明に



子どもの苦難を淡々とした筆致で表現

 本シリーズの特徴は、全て実話であること、子どもが主人公であること、絵本であること、そして、ラストにはいずれも希望が描かれていること。日本に暮らす今の子どもたちにとって「難民」という存在は正直遠いものかもしれないが、だからといって知らずに済ませていいものでは決してない。本シリーズではそれを、絵本という取っつきやすい形で紹介している。

 自分たちからは想像もつかないような人生を歩んでいる、自分たちと同じような年齢の子どもがいることを知ることで、幼い読者がそれぞれに何かを考えるきっかけとなるだろう。

 ノンフィクションであり、当然、5冊ともに内容は過酷だ。胸が苦しくなってくるが、前向きで明るい人生が待っていることを示唆するエンディングが用意されている。なかには、「ユーラシア」から脱出してきたと、いまだに安全上の理由から母国の名前を明記できない主人公もいる。そんな「現実」があることに、大人の読者も驚くかもしれない。

「難民」は、そもそも逃げることが大変だ。家族と離れ離れになったり、一歩間違えれば命を失うかもしれず、逃げられても、また国に送り返されることもある、危険と緊張の続く過酷な旅。さらに、ようやく辿り着いた国でも、今度は言葉がわからず、そのために孤独や疎外感と戦わなければならないという試練が待っている。本シリーズは、子どもたちのそうした苦難を淡々とした筆致で表現している。

印象的なセンテンスを対訳で読む

 最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は、『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビットの話』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●It was night time and I spent the whole journey looking at him, tyring to figure out who he was and what was happening.
(だんだん暗くなっていきます。ぼくは、おとうさんだけを、じっと見ていました。そして、考えていたんです。この人は、だれなんだろう? いったい、どうなっているんだろう?)

――主人公が幼い頃、先に国を出た父との久しぶりの再会。長く過酷な旅の果てに突然状況が一変し、父親を名乗る「知らない人」とともに車に乗っていく主人公の戸惑いが表現されている。

●But gradually, I became more and more comfortable around him as I figured out that he was actually my dad!
(でも、少しずつ、緊張がほぐれていきました。そばにいるだけで、安心できました。うん、まちがいない。やっぱり、ぼくのおとうさんだ!)

――そんな主人公が、時間の経過とともに父子の絆を心で感じ、ようやくほっとできた安堵感、父への信頼、愛情が、短い文章の中に十二分に表現されている。

●So even though the first few months were difficult, having that sense of support was amazing for me. And, of course, I had my mum and dad.
(たしかに、最初のうちは、なじめないことばかりで、大変でした。けれど、とっても幸せなことに、ぼくにはいつも、助けてくれる人たちがいたんです。それにもちろん、おとうさんとおかあさんも)

――父と再会し、喜んだのもつかの間、今度は言葉がわからないため、学校で孤立し、苦しむ主人公。だがその後、周囲の助けや本人の努力により、希望を持って生きていけるようになる。

◇ ◇ ◇

 どんなに大変な状況にあっても、負けずに、前を向いて生きていく強さを学んでいけるシリーズだ。


『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビッドの話』
 難民を助ける会 監修
 アンディ・グリン 作
 ジョナサン・トップフ 絵
 いわたかよこ 訳
 ゆまに書房


●シリーズの他の作品
『世界の難民の子どもたち ①「アフガニスタン」のアリの話』
『世界の難民の子どもたち ③「エリトリア」のハミッドの話』
『世界の難民の子どもたち ④「ジンバブエ」のジュリアンの話』
『世界の難民の子どもたち ⑤「ユーラシア」のレイチェルの話』


©トランネット



トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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いわたかよこ ※編集・企画:トランネット

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