Infoseek 楽天

貧困層の健康問題から目をそむける日本

ニューズウィーク日本版 2016年11月2日 16時10分

<厚生労働省の調査では貧困と健康問題の間に明らかな関連性が認められているのに、「自己責任」の風潮が強い日本では公的対策が必要だという認識が低い>

 厚生労働省は毎年、「国民健康・栄養調査」を実施している。国民の健康や生活習慣の実態を調べるためのものだが、2014年の調査で世帯年収と健康との関連が明らかになった。

 この調査でわかったのは、「所得の低い世帯では、所得の高い世帯と比較して、穀類の摂取量が多く野菜類や肉類の摂取量が少ない。習慣的に喫煙している者の割合が高い。健診の未受信者の割合が高い。歯の本数が20歯未満の者の割合が高い」などの傾向だ(厚生労働省)。

 成人男性のデータで具体的な数値を示すと、以下の<表1>のようになる。



 上記の通りだが、肥満者の割合の差も大きい。世帯所得600万円以上の世帯では25.6%しかいないが、200万円未満の世帯では4割近くもいる。カップ麺やスナック菓子などの穀類を好み、野菜を食べないなど、食習慣の影響が大きいと推察される。経済的事情から、そうならざるを得ないのかもしれない。他の傾向を見ても、低所得層は生活が苦しいために、自身の健康に気を配る余裕がないことがうかがえる。

 何を好んで食べるか、飲酒や喫煙をするかなどは個人の嗜好なので、他人がとやかく言うことではない。しかし、それがあまりに偏ると、必然的に健康に悪影響は出る。そうした偏りが低所得層に集中しているとなると、社会的な啓発や支援も必要となるだろう。健診の未受診率の階層差も大きいが、非正規雇用者や無職者は、職場で手軽な健康診断を受けられない。健康格差の事実を、個人の自己責任として放置して良いことにはならないだろう。

【参考記事】家事をやらない日本の高齢男性を襲う熟年離婚の悲劇

 しかし、上記のようなデータは余り公表されないため、日本では貧困に由来する健康格差への認識が薄い。国際社会調査プログラム(ISSP)が2011年に実施した健康意識調査によると、「貧困は、健康問題の原因となる」という項目に「そう思う」と答えた人の比率は、日本では29.7%となっている。韓国65.7%、アメリカ54.0%、イギリス53.7%、ドイツ(旧西ドイツ地域)51.2%、フランス54.5%、スウェーデン42.7%とくらべるとかなり低い。

 問題の原因を、当人の健康管理の欠如や怠惰などに帰しているのだろう。それは事実だが、そのような乱れ(荒み)が、貧困という生活条件から来ていることへの認識が薄い。これが日本の特徴だ。

 健康問題の解決に税金を投じることに賛成する国民の割合も、他国にくらべて低い。「肥満防止の施策に税金を使う」ことへの賛成率は日本は40.6%で、これも主要国では最下位だ。



 多くの国を含めた全体構造の中に、日本を位置付けてみよう。横軸に「貧困は健康問題の原因となると思う」、縦軸に「肥満防止の施策に税金を使うことに賛成」の回答率をとった座標上に、上記調査の対象34カ国を配置してみた。



 日本は最も左下に位置している。健康問題を社会的な視野で考えようという意識が最も希薄な社会だ。

【参考記事】日本の公務員は先進国で最も少なく、収入レベルは突出して高い

 おそらく、他の問題に対する考え方も同じではないだろうか。横軸の「健康問題」を「学力遅滞」、縦軸の「肥満防止施策」を「学力格差是正施策」に変えても、似たような傾向になりそうだ。

 日本では、こうした問題の原因を当人の責任とする意識が強く、家庭環境のような外的条件に目を向けるのはタブー視されるきらいがある。アンケートで年収や学歴などをたずねようとすると、難色を示されることが一般的だ。これでは実態がわからず、不利な条件に置かれた人たちへの支援はおぼつかない。貧困に由来する、健康格差や学力格差の問題から目をそむけてはならない。

<資料:厚生労働省『国民健康・栄養調査』(2014年)、
   International Social Survey Programme:「Health and Health Care - ISSP 2011」>

舞田敏彦(教育社会学者)

この記事の関連ニュース