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南シナ海巡り、 米豪と急接近するインドネシアの思惑

ニューズウィーク日本版 2016年11月4日 16時0分

<南シナ海の領有権争いで中国と派手な「ドンパチ」を繰り広げ、なお領海侵犯に手を焼いてきたインドネシアが、アメリカ、オーストラリアの軍と対中連合を結成>

 東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国有数の軍事大国で海洋国家でもあるインドネシアが合同演習などを通じて米軍やオーストラリア軍との関係強化を急激に進めている。背景には中国による海洋進出が著しい南シナ海での権益確保と対中強硬姿勢のアピールがあるとみられている。

 11月1日、インドネシア北部スラウェシ島の北端に位置する北スラウェシ州の州都マナド周辺空域でインドネシア空軍と米海兵隊による合同訓練「コープ・ウエスト」が始まった。同月10日まで予定される同訓練にはインドネシア空軍からはF16戦闘機6機やスホイ27戦闘機など約30機、米海兵隊からはFA18戦闘攻撃機6機が参加し、同空域での共同対処、運用訓練を実戦に即した形で実施している。インドネシア軍と米軍の戦闘機同士による空中機動訓練は初めてとなる。

 インドネシア空軍は南スラウェシ州マカッサルにある空軍基地所属部隊が参加、米海兵隊はカリフォルニア州ミラマー航空基地所在の海兵隊第225全天候戦闘攻撃中隊が移動展開して参加するという力の入れようだ。

 米軍側は「インドネシアとの軍事面での協力は今回の空軍力の関係強化でさらに深化したものとなる。訓練参加は両国のパートナーシップを象徴するものだ」と歓迎する意向を示し、インドネシア側も同訓練が今後継続的に行われることに期待を示している。

豪軍とは南シナ海で合同パトロール

 一方でオーストラリア海軍はインドネシア海軍と共同して南シナ海で合同パトロールを実施することを検討している。これは10月下旬にインドネシアのバリ島で開催された両国の外務実務レベルの協議でインドネシア側からあった要請に豪が応じる形で実現に向けて動き出しているという。

 中国が国際社会の反発を無視する形で領有権を主張している南シナ海での合同パトロール実施についてビショップ豪外相は「同海域で航行の自由の権利を行使することは豪政府の立場でもある。さらにそれは国際法に基づくものであり、同海域の平和維持につながるものだ」と前向きの姿勢を示している。

【参考記事】南シナ海で暴れる中国船に インドネシアの我慢も限界

【参考記事】インドネシアが南シナ海に巨大魚市場──対中強硬策の一環、モデルは築地市場

 これは南シナ海での「航行の自由の権利」行使を継続している米海軍と歩調を合わせるもので、事前に米側とのすり合わせができていたとみられている。



 豪軍はこれまでに南シナ海で空軍機による偵察飛行を実施しているとされ、中国側からは「慎重な行動と発言を期待する」とやんわりとけん制されている。

 こうした動きは、これまでの米に加えて豪、インドネシアが海軍艦艇による新たな「対中国共同歩調」となるため、中国の今後の出方が注目されている。

中国の一方的主張に釘を刺す

 インドネシアは中国が南シナ海の広大な海域の領有権を主張する根拠としている「九段線」の南端、「舌の先」に当たる部分がインドネシア領ナツナ諸島の海域と重なっている。近年は中国漁船が大量に同海域で違法操業を続けており、インドネシアは監視船だけでなく海軍艦艇を派遣して取り締まりを強化している。違法操業で拘留した中国漁船の船員を収容する施設も手狭になっているためジョコウィ政権は拡張工事計画を明らかにしている。こうした政策は同海域が「インドネシアが権益を有する海域」であることを中国に断固として示す強い態度を反映していといえる。

 これに対して南シナ海とは直接関係のないオーストラリアがインドネシアと合同パトロールを実施することは、米国同様に南シナ海での領有権紛争には直接関係ない国が「航行の自由」を主張することになり、「領有権問題は関係する国による対話と協議で解決を目指す」と問題を限定化しようとする中国政府に釘をさす目的がある。

米・豪・インドネシアの対中ブロック

 インドネシアのジョコウィ大統領は政権発足以来、対米関係、対中関係で微妙なバランスを取りながら独自の外交のかじ取りを進めてきた。しかし首都ジャカルタから南郊のバンドンまでの高速鉄道構想では大方の予想を裏切って高い技術力と安全性を誇る日本ではなく価格面だけで中国に発注を決めるなど、政権内部の親中派に配慮を示してきた。

【参考記事】インドネシア高速鉄道、中国の計算

 しかし、スシ海洋相を中心とする「海洋権益重視」派は南シナ海での中国の強硬姿勢に反発を強め、その結果として米国と利害が一致、米国と同盟国でもあるオーストラリアとも南シナ海問題では共同歩調をとることになった。つまり米、豪、インドネシアによる対中ブロックで圧力を強める体制ができつつあるのだ。

 こうした背景にはフィリピンに誕生したドゥテルテ新政権がこれまでの親米路線から後退して親中路線に切り替わる懸念が渦巻き、ベトナムも同じ社会主義国である中国に対してどこまで強硬姿勢がとれるか未知数、という南シナ海で中国と直接領有権を争う関係国の足並みの乱れや温度差、結束の弱体化があるとみられている。

 米の強いイニシアチブに豪、インドネシアが応えた形の対中ブロックだが、今後どこまで「航行の自由」を実行し、中国がどう反発するか、南シナ海は「波高し」の状態が続くことだけは確実だ。


[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



大塚智彦(PanAsiaNews)

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