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スー・チー氏の全方位外交と中国の戦略

ニューズウィーク日本版 2016年11月8日 7時0分

 ミャンマーのスー・チー国家最高顧問が11月1日に来日したが、その同じ日にミャンマーの国防軍総司令官が訪中し習近平主席と会談。これが何を意味しているのか、中国とミャンマーの思惑を、日本との関係において読み解く。

スー・チー氏の全方位外交

 11月1日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が来日し、安倍首相と会談した。

 2016年3月30日に実質上のスー・チー政権が誕生し、スー・チー氏が外相だけでなくミャンマーの国家最高顧問に就任すると(4月6日に国家顧問就任)、中国の王毅外相は間髪を入れずにミャンマーを訪問し、スー・チー政権誕生以来、最初の外国の高官としてスー・チー氏と会談した(4月5日)。

 なぜなら中国はかつて、ミャンマーの軍事政権を応援していたからだ。

 その歴史は長く、中国の国共内戦(1945年~49年)で共産党軍に敗北した国民党軍の一部が雲南省を経由してミャンマー(当時のビルマ)に逃れると、その国民党軍をやっつけるために、中国の共産党軍(中国人民解放軍)はビルマ共産党軍を支援して、ビルマで少数民族の武装勢力を巻き込みながら紛争を続けた。

 1988年にビルマで軍事政権が誕生し、1989年にビルマの国名はミャンマーに改正されたが、ちょうどその年、中国では天安門事件が起きて民主化を封じたため、強権路線に戻った中国はミャンマーの「非民主的な」軍事政権を支援したわけだ。

 したがってテイン・セイン(前)政権が2011年、民政移管を宣言して、中国依存から欧米依存に舵を切ると、中国はあわてた。少数民族の武装紛争に悩む新政権に対して、少数民族武装勢力との和平実現に向けて、中国は全面的に協力するという方向で動き始めた。

 そして2015年6月、中国側の強い要請を受けて、スー・チー氏率いるミャンマー国民民主連盟代表団は訪中して習近平国家主席と会談している。

 そのような流れの中、国家顧問になると、今年8月19日、スー・チー氏はまず北京を訪問して習近平国家主席と会談した。



 つぎに9月14日にホワイトハウスでオバマ大統領と会談しており、日米中の関係で言うならば、日本は3番目の訪問国と位置付けられたことになる。

日米中の間で――ドゥテルテ氏にも似た"漁夫の利"外交か?

 実は今年4月5日に中国の王毅外相がスー・チー氏と会談すると、その1カ月後の5月3日に日本の岸田外相がミャンマーに飛びスー・チー氏と会談している。

 この時点では、「スー・チー氏の、ASEAN(東南アジア諸国連合)以外の国の最初の訪問国は日本になるだろう」と日本は期待し、「日メコン連結性イニシアティブ」など多くの経済的および人的支援を約束している。

 ところが中国もまた早くから戦略的にスー・チー氏に外交攻勢をかけていた。

 中国・ミャンマーの関係は複雑で、カギを握っているのはミャンマー北部(中国との国境近く)に集中している「少数民族武装勢力の扱い」と「ミャンマー国防軍」との関係である。

 スー・チー氏が昨年11月の選挙に勝つには、少数民族武装勢力問題をどのように解決し、軍部を説得できるか否かが、大きな課題の一つとしてあった。中国は、そこに焦点を当てて、2015年6月にスー・チー氏の訪中を実現させたのである。少数民族武装勢力問題の解決には、中国の協力は不可欠だ。なぜなら15ある武装勢力のうちのいくつかは中国系だからである。

 そのため習近平主席は、2015年6月の会談で、少数民族武装勢力問題を解決する「和平へのプロセス」を強調し、11月に行われる総選挙に関して、スー・チー氏が率いる野党・国民民主連盟に有利に働く道を示したのである。したがって圧勝したスー・チー氏側は、中国の力の大きさを重要視して、訪米よりも先に訪中を選んだのだと、中国メディアは報じている(つまり、中国の協力があったからこそ勝利できたという位置づけなのである)。

 もし訪米を優先したとすれば、ASEAN地域におけるパワーバランス、あるいは南シナ海問題などで、中国との対立軸を生む。

 それだけは避けたいとスー・チー氏は判断したのだと、中国側分析は続く。



 なぜなら、武装勢力問題だけではなく、ミャンマーにとって中国は最大の貿易国で、今年7月末統計で、中国がミャンマーと協定を結んだ投資額の総額は254億米ドルに達し、これはミャンマーへの外資全投資額の40%に当たるだけでなく、さらに「米欧日」などによる投資額の3.5倍に達するとのこと。新華網など、多くのメディアが、この分析を伝えている。

 だから最初の訪問国として中国を選んだのだと、中国側は言う。

 一方、訪中を最優先すれば、アメリカや日本は「何としても、もっと有利な条件を示して、ミャンマーを惹きつけておかなければと考えるだろう」という思惑が、スーチー氏にはあったものと考えていいだろう。

 気品があって美しいスー・チー氏のイメージは、フィリピンのドゥテルテ氏の場合とはかなり異なるが、しかし「日米中」を天秤に掛けたバランス外交には、類似のものがある。

 中国もまた、日米に負けてはならじと、8月16日の訪中の際は、党内序列ナンバー1の習近平主席だけでなく、ナンバー2の李克強首相も会談をして歓迎の意を尽くした。

 まるで訪日前のダメ押しでもするかのように、10月16日にもインドのゴアで、習近平主席はスー・チー氏と首脳会談を行っている。この時の中国における華々しい報道の仕方から、いかに力を入れていたかがうかがえる。

スー・チー氏訪日に対する中国の分析

 スー・チー氏が11月2日、安倍首相と会談し、日本側から今後5年間で官民合わせ8千億円規模の支援を得ることを取りつけたことに関して、CCTVは「メディアの焦点」という番組で、以下のように分析している。

 ●日本は自国の財政難を顧みず、中国と競争するために、中国が投資した国の後を追って無理して投資している。日本の国家予算の3分の1から半分が国債発行により賄われているというのに。

 ●日本の支援の質は低い。支援の90%が円借款で、日本産の製品を購入しなければならないという制限が付いている。

 ●日本の対ミャンマー貿易額はわずか18億ドルだが、中国の場合は147億ドルで、日本の数倍。これに勝てるはずがない。

 ●中国がアフリカに投資すると日本もアフリカに、フィリピンに投資するとフィリピンにという形で、日本は中国を追いかけてきているが、これは冷戦構造的考え方で、日本は必ず失敗する。



 これらに対してネットでは、「習近平が外国の首脳と会談すると怖い。われわれ国民の税金をばらまくことしか考えてないからだ。日本は中国のように腐敗で巨額の金額が消えていかないし、貧富の格差も中国ほどひどくないだけ、まだ良いんじゃないか?」という趣旨のコメントが少なからず見られた。

ミャンマー国防軍ミン・アウン・フライン総司令官の訪中

 スー・チー氏が1日、羽田空港に到着したそのころ、一足先に北京空港に着いていたミャンマー国防軍ミン・アウン・フライン総司令官は、人民大会堂で習近平国家主席と会談を行っていた。その様子は、中央テレビ局CCTVで大々的に報道された。

 新華網にはCCTVの動画とともに文字化した文章もあり、また中国の中央行政省庁の一つである国防部(防衛省に相当)のホームページなど、多くの政府側ウェブサイトに掲載された(「ミン・アウン・フライン」は中国文字で「敏昂莱」と書く)。

 習近平は国家主席および中央軍事委員会主席としてミン・アウン・フライン国防軍総司令官と二人で会い、人民大会堂の客人を迎える部屋で、二人が中央に座って(随行者は脇に座る形で)会談していることが見て取れる。その直前に会談した台湾・国民党の洪秀柱主席との「そっけない扱い」とのギャップが印象的だった。

 会談で習近平主席は「両国は軍事協力を発展させていき、双方の共通利益を守っていくべきだ」などと述べた。

 それに対してフライン国防軍総司令官は「ミャンマー政府は中国政府との二国間関係を重要視しており、継続的な友好関係を構築していく方針だ。ミャンマーと中国の国境地域の安全を守るためにも、中国政府との友好関係を維持し、中国をサポートしていく」旨の回答をしている。

 フライン国防軍総司令官は、1日午後、中央軍事委員会の許其亮副主席(空軍上将)とも会い、軍事面における話し合いを行っている。

 スー・チー氏訪日と同時に習近平主席と会談するという形を取ったのは、中国の戦略なのか、あるいはミャンマーの、すなわちスー・チー氏の思惑なのか。

 どちらが先かは別としても、「双方の思い」が一致したことは確かだろう。

 日本は対ミャンマー戦略で、スー・チー氏のこういった側面も、きちんと押さえておく必要があるだろう。

 (なお、中国政府側の見解に対する筆者のコメントは、長くなり過ぎるので、ここでは控えた。こういう事実があったことをお伝えするのに留めることとする。)

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)



※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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