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南シナ海と引き換えに中国に急接近するマレーシア・ナジブ首相

ニューズウィーク日本版 2016年11月7日 16時0分

<マレーシアよお前もか。中国を訪問したナジブ首相の対中姿勢は、中国から巨額の経済援助を得る一方、南シナ海問題の「棚上げ」で合意したフィリピンのドゥテルテ外交を見るようだ。ナジブの真意は>

 マレーシアのナジブ・ラザク首相が自らの不正資金疑惑や「マレーシアのイメルダ夫人」と呼ばれるロスマ・マンソール首相夫人の無駄使いで野党勢力から厳しい批判を浴びている中、10月31日から中国を訪問、大型経済協力で合意し、習近平国家主席と南シナ海問題で意見の一致をみるなど中国への急接近を図っている。11月29日に開催されるナジブ首相の与党党大会、さらに2018年に予定される総選挙に向け、外交実績を足場に自らの地歩をより確実にする狙いがあるものとみられている。

【参考記事】ナジブ首相の足をひっぱるマレーシアのイメルダ夫人

 一方の中国は足並みの揃わない東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国内に親中の楔(くさび)を打ち込むという外交戦略で、フィリピンに続く成果を上げた形となった。

 ナジブ首相は中国訪問でまず李克強首相とともに北京の人民大会堂でマレーシア・中国両国の官民企業による合意調印式に立ち会った。この調印式ではマレー半島横断鉄道建設計画への中国企業の参加、カリマンタン島サラワク州での鉄鋼プラント開発での協力、クアンタン工業団地でのシリコン太陽電池生産、サバ州石油ガスパイプライン建設計画など14項目で合意した。その総額は約1440億リンギット(約3兆6000億円)に上る。ナジブ首相は契約合意について「これまでの海外訪問時の契約額としては最高額であり、歴史的だ。これによって中国との関係はより密接な段階に入った」と高く評価した。

 さらに中国からマレーシア沿岸海域で哨戒任務に当たる高速哨戒艇4隻を購入することでも合意。マレーシアが軍事分野で大型装備品を中国から導入するのは初めてのケースで、軍事面でのさらなる関係密接化にも成功した。ヘリコプターの離発着甲板を備え、ミサイル搭載も可能という哨戒艇4隻のうち2隻は中国が建造して引き渡し、残り2隻はマレーシアが建造するが資金はすべて中国側の銀行が提供する。

南シナ海問題では中国の術中にはまる

 ナジブ首相は続いて11月3日には習主席との首脳会談に臨み、インフラ整備など経済協力で一層関係を強化することで一致するとともに、習主席の招きに応じて来年5月に開催予定の「シルクロード経済圏(一帯一路)会議」に出席する意向を示した。

 そしてマレーシアも一部の領有権を、中国は全域の領有権を主張している懸案の南シナ海問題についても会談で意見を交換した。



 両首脳は会談で「(南シナ海問題は)協議と対話により問題を解決することの重要性」で意見の一致をみたという。つまりマレーシアと中国が互いに主張する領有権が重複する環礁などについて「当事者間での話し合い解決が重要」との認識で合意した。これは欧米を中心とする国際社会が尊重を求めるオランダ・ハーグの仲裁裁判所が7月12日に下した「中国の領有権主張に法的根拠はない」とする裁定を無視し、関係国の個別2国間協議で解決策を模索するという中国の思惑に沿った合意で、マレーシアが中国に「籠絡された」形での決着といえる。

 ナジブ首相の訪中は、まさに10月18日から21日までフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を訪問した際の一連の結果を想起させる。ドゥテルテ大統領が訪中で巨額の経済援助を得る一方で南シナ海問題の「棚上げ」で合意したと報じられたのと軌を一にしている。これこそが中国によるASEAN加盟国の切り崩し戦略の一環で、マレーシアのナジブ首相もその策略に応じることで巨額の経済支援で合意したのだ。

 ナジブ首相がこの時期に訪中して経済面や軍事面で中国との関係強化に乗り出した背景には、巨額の不正融資問題で自らが代表を務めていた国営投資会社「ワン・マレーシア(1MDB)」の不正資金流用疑惑に関連して米司法当局が米国内の資産差し押さえの民事訴訟を起こしたことがある。さらに、ナジブ首相自身の個人口座に約800億円の不透明な振り込みが1MDBからあったことを追及する構えを見せていることにも強い不快感を抱き、それが米国離れ、中国急接近という選択につながったと指摘されている。

「身辺の不正疑惑を払拭するために反米、親中路線に舵を切り替え、経済援助で目に見える成果をあげて国内世論の風向きを変えようとしている」と地元紙記者は分析している。

野党は政権打倒の国民運動展開へ

 ナジブ首相は哨戒艇購入合意に関連して中国メディアに対し、「自分たちより小さい国を公平に扱うことは大国の義務である。かつての(マレーシアの)宗主国を含む他の国に内政について説教される筋合いはない」と述べ、マレーシアを植民地にしていた英国などを念頭に厳しく批判した。こうした言いぶりもどこかドゥテルテ大統領の米国に対する数々の暴言を彷彿とさせる。もっともドゥテルテ大統領は訪中を終えると、見事に親中べったり姿勢を軌道修正してバランス感覚を見せた。ナジブ首相はそこまで融通無碍、無節操ではないとみられており、中国のマレーシア接近は今後もレベルアップしながら続くものと予想されている。



 ナジブ首相が率いる与党「統一マレー国民組織(UMNO)」は11月29日に党大会開催を控えており、ナジブ首相は今回の訪中成果を強調して党内結束と政権基盤の安定を図りたいところだ。そして党内安定を2018年の総選挙につなげることで政権批判をかわす狙いであることは明白だ。

野党は打倒ナジブの国民運動展開へ

 こうしたナジブ首相の最近の動きに対し野党第一党の民主行動党を筆頭に野党勢力が一斉にナジブ政権批判を強め、反政府運動を国民運動へと盛り上げようとしている。

 加えて与党UMNOを脱退して新党を結成、「打倒ナジブ」を公然と掲げるマハティール元首相がかつての仇敵、アンワル元副首相ら他の野党勢力と提携し、在野勢力も巻き込んだ形で大同団結して、街頭デモや大規模集会などを模索する動きも急となっている。

【参考記事】18年の怨念を超えて握手 マハティールと仇敵が目指す政権打倒

「反ナジブ」を掲げる勢力は急激な中国接近による経済支援獲得を「経済支援のために独自外交を(中国に)売った」と批判している。それに加えて1MDB不正資金疑惑、ロスマ首相夫人の資金疑惑、治安維持で首相に強大な特権を付与する「国家安全保障会議(NSC)法」の制定、そして総選挙に向けて政権与党が有利になるように選挙区の区割りを変更する「ゲリマンダー」への着手などの内政問題でもナジブ政権追及を強めようとしている。こうしたナジブ政権の外交、内政に反発する動きの加速化は、今後マレーシア政局が一挙に流動化させる可能性が強い。


[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など





大塚智彦(PanAsiaNews)

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