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なぜ中国は香港独立派「宣誓無効」議員の誘いに乗ったか

ニューズウィーク日本版 2016年11月8日 17時57分

<若き「青年新政」議員2名の就任宣誓"パフォーマンス"から、デモ隊vs.警官隊の衝突へと発展。彼らはなぜ議員資格を失うようなことを「わざと」やったのか。また、中国政府はなぜ拙劣な対応を取ったのか> (写真は11月6日、騒動の発端となり、抗議デモに参加した梁頌恒〔左〕と游蕙禎〔右〕)

 香港でデモ隊と警官隊が衝突する事件が起きた。主催者によると参加者は1万人を突破、一部は中国政府の出先機関である中央政府駐香港連絡弁公室前の道路を占拠しようとする動きを見せた。雨傘運動よ、もう一度というわけだ。6日に始まった抗議活動は8日現在も継続中で、小規模な衝突も起きている。

 衝突の発端となったのは悪ふざけのようなパフォーマンスだ。今年9月の立法会(香港議会)選挙では独立派政党の青年新政から梁頌恒、游蕙禎の2人が当選した。10月12日、議員就任宣誓式が行われたが、2人は「Hongkong is not China」と書かれた横断幕を持ち込み、また「CHINA」の発音を「Chee Na」、すなわち「支那」と聞こえるような言い方をした。「支那」という言葉は近代以降の日本で侮蔑的な意味で使われたことは中国でよく知られている。青年新政の言葉もまた差別的なものだと受け止められている。

 香港の憲法にあたる基本法の104条は、主要官僚や議員、裁判官など司法関係者は就任時に基本法を守り、中華人民共和国香港特別行政区に忠誠を誓うと宣誓しなければならないと定めている。非親中派にとってはあまりうれしい話ではない。かくして以前から宣誓式は"面従腹背パフォーマンス"の場となってきた。

 決められた宣誓の言葉の後に「天安門事件の名誉回復を」と付け加えてみたり、中華人民共和国の部分だけ小声で話してみたり、あるいはわざとらしく咳き込んでみたり、1文字ごとに5秒ずつ沈黙してみたりと、あの手この手の芸が登場している。見逃されたケースもあれば、宣誓のやり直しを命じられたケースもある。

 その最新版が青年新政の「支那」宣誓だったというわけだ。いくらなんでもやりすぎだとして親中派のみならず、非親中派からも批判を浴びた。非親中派の中でも青年新政などいわゆる本土派は「香港と中国は別物」という考えだが、伝統的な民主派では「中国共産党は嫌いでも自分は中国人」とのアイデンティティを持つ人が多いだけに批判も当然だろう。

【参考記事】「民主主義ってこれだ!」を香港で叫ぶ――「七一游行」体験記



青年新政にとってはむしろ大成功

 だが事態はたんなる批判にとどまらず展開していく。まず香港政府は2人が基本法を遵守しなかったとして議員資格を喪失したと主張、裁判所に審査を申し立てた。行政が司法を通じて立法府の議員を排除する。三権分立を否定するかのような動きに出たのだ。裁判所の審査結果はまだ出ていないが、今度は中国の全国人民代表大会常務委員会が7日、「基本法104条に関する解釈」を決議した。

 宣誓は「誠実かつ荘厳に」「正確かつ完全に」行わなければならない、守らない場合には資格を喪失する、宣誓のやり直しは認められない――という内容だ。中国側は基本法の解釈権を行使したと主張しているが、梁頌恒と游蕙禎の2人を議員にさせないとの目的は明らかだ。高度な自治を認めた一国二制度が踏みにじられたとの見方が広がっている。

 かくして非親中派による大規模なデモが激化している。民主派からはあくまで平和的な抗議活動をするべきとの呼びかけが出ているが、青年新政や本土民主前線など独立派は民主派を「左膠」(クソサヨク)と批判し、道路占拠を呼びかけるなど勇ましい指示を発している。

 せっかく議員になれたのにあんな悪ふざけで議員の資格を失ってしまうなんてもったいない。普通ならばそう思うところだが、青年新政からしてみれば今回の騒ぎは決してマイナスではない。

 もともと立法院において独立派は2議席しか持っていない。まじめに議員をやっていてもたいした影響力は行使できないので、パフォーマンスで存在感を示すしか方法がない。悪ふざけのようなパフォーマンスこそが最大の仕事なのだ。ましてや今回は香港政府に三権分立を無視させ、中国に一国二制度を破らせることに成功した。相手に大きな汚点をつけ、香港市民の怒りをかき立てたのだから大成功と言えるかもしれない。

【参考記事】「政治冷感」の香港で注目を集める新議員、朱凱廸とは?

高級百貨店で白菜叩き売りの怪

 中国と香港は別物というのが独立派の主張だが、「パフォーマンスを武器にする」という発想は香港のみならず、中国本土でもよくある戦術だ。

 先日も友人からこんな写真(下)が送られてきた。場所は天津市の大手日系百貨店の7階レストラン街にある日本風洋食店だ。なんと入り口脇に白菜と大根が無造作に積まれ、叩き売りされている。友人によると、「白菜、白菜、白菜はいらんかね~」と呼び込みまでやっていたのだとか。高級百貨店の中で白菜(中国では安い物の代名詞として使われる)が売られているという異常な状況は多くの人の目を集めていたという。

写真提供:筆者(画像を一部修正しています)

 なぜこんなことが起きたのだろうか。洋食が売れないからやけになって白菜を売ってみた......わけではない。答えは上の横断幕を見ればわかる。「日本人が借金を支払わぬまま夜逃げした。誰が私たちを助けてくれるのか」と書かれている。レストランを経営する日本企業が従業員の賃金を支払わぬまま夜逃げしたとの訴えだ。日本まで追いかけて借金を取り立てるのではコストがかかりすぎる。ならばとりあえず騒ぎを起こして百貨店や隣の店舗を困らせ、なんらかの解決策を引き出そうという戦略だ。



「ともかく騒ぎを起こせば問題解決につながるかもしれない。注目を集めれば集めるほどその可能性は高まる。だから見る人が驚くような騒ぎを起こしてやろう」こうした発想は中国ではごくごく一般的なもの。「囲観」(野次馬)という言葉もあるほどで、とりあえずサプライズを起こして野次馬を集めれば力になる、傍観者も、野次馬となって事件を見守るだけで圧力をかけるというアシストができるという寸法だ。

 中国しかり、香港政治しかり、裁判やら選挙やらの合法的な紛争解決手段が機能しない場合には、パフォーマンスによる動員が唯一有効な手段ということなのだろう。

【参考記事】「退役軍人がデモ」も「愛人に手紙」のように誤読の可能性あり

共産党はなぜ"悪手"を指すのか

 問題は中国政府の拙劣な対応だ。上述のとおり、パフォーマンスによる抗議など中国ではありふれているだけに、どのように対処すれば沈静化するのかというノウハウも蓄積されている。パフォーマンスによる抗議は瞬間的な力はあっても持続力はない。しばらく放って置いて野次馬が消えたところで処理するという「秋後算帳」(収穫後に決済するという意味の言葉。転じて、時間をおいて処断する)は効果的だ。

 青年新政にしても、放っておけば過激パフォーマンスが疎まれて支持を失っていく可能性が高かっただろう。誘いにのって議員就任阻止の決議を出したことによって、独立派のみならず自決派や民主派の怒りもかき立て、独立派の存在感を高める結果となった。なぜ中国政府は明らかな"悪手"を指してしまったのか。

「香港をいかにうまく統治するか」という観点では明らかに非合理的な決定だが、それ以上に中国共産党内部の論理が優先されたということなのだろう。独立を目指すと公言し、中国を侮辱するような輩を香港特別行政区の議員にしたままでいれば中国共産党の沽券に関わる、中国共産党指導者が弱腰だと批判されかねないという発想だ。

 先の見えない混迷の季節を迎えた香港。警察による催涙弾の使用などがあれば、2014年の路上占拠運動「雨傘運動」のような事態へと発展してもおかしくない状況だ。独立派と中国共産党のマッチポンプはどこまで続くのだろうか?

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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