米大統領選でドナルド・トランプが勝利し、政治の世界に激震が走った。彼が最もこだわってきたのが移民政策だ。選挙戦を通じて強硬な立場を崩さなかった。接戦を制した今、トランプや共和党の強硬派は、公約の柱としてきた移民政策をここぞとばかりに実行に移すはずだ。
トランプの勝利演説は薄っぺらかったが、移民政策の方針書に至っては詳細で具体的。簡単にいうと、トランプ政権はグリーンカード(永住権)の発給を現行より20~60%削減し、出入国管理にあたる職員を大幅に増員するという。これまでは親が外国人でもアメリカで生まれた子供はアメリカ人になれたが、その制度もやめるという。以下が具体的な中身だ。
壁の建設は本気
1) メキシコとの国境に壁を建てる
全長1600キロの壁を建設する。ただし現時点で約1100キロの壁や柵はすでに存在する。「バーチャルな」壁になる可能性もあるが、トランプはかねてから強固な本物の壁を造るとぶち上げていた。
【参考記事】トランプ、言った者勝ちの怖さ
【参考記事】「不法移民防止の壁」で死にゆく野生動物
壁建設の目的は不法移民の入国を阻止することだが、実のところ、アメリカへの不法入国者の数は1970年代以降で最も低い水準にとどまっている。事実と異なる国境地帯の混乱ぶりばかりが喧伝されるが、ヨーロッパのような危機とは違う。
不法移民を今以上に減らす最適な方法は、非熟練労働者が短期的に働ける就労ビザを創設するか、既存の制度を充実させることだ。だがトランプの方針はそうした選択肢を排除している。
2) 全米でE-Verifyシステムの導入を義務付ける
E-Verifyは国土安全保障省(DHS)と社会保障庁(SSA)が共同で開発した、新規採用者のアメリカでの就労資格を確認するオンライン・システムだ。身元に関する個人情報を米政府のデータベースに送ることで、就労の許可や却下が決定される。導入を全米で義務付けることで、正式な書類を持たない移民は雇用できなくするのが狙いだ。
E-Verifyを導入すれば、今でさえアメリカ国内で雇う従業員一人につき13.48時間をかけて就労資格証明(フォームI-9)を作成しなければならない雇用主にとって、さらなる負担となる。E-Verifyのデータベースの情報との不一致が発覚すれば、多くの合法なアメリカ人労働者の雇用の許可が下りずに雇用手続きが遅れる懸念がある。身分証明書が闇市場に出回るのを助長し、システムの導入にかかる税金や企業のコストが数十億ドル規模に膨らむといった弊害も指摘されている。
3)アメリカで生まれた人に自動的に米国籍を認めるのはやめる
これには合衆国憲法の改正が必要になりそうだが、著名なアメリカ人法学者リチャード・アレン・ポズナーは法律を改正すれば可能だと解釈している。
現行制度は法の下の平等を保障する合衆国憲法修正第14条よりもずっと昔に定められたもので、何世代にもわたり移民がアメリカに同化するうえでの拠り所となってきた。出生地での国籍付与を認めなかったヨーロッパの国々と比べると、アメリカの移民の境遇は対照的だ。もしこの法制を廃止するなら、国籍に関する法規で根拠となる概念が、現行の「出生地主義」から「血統主義」に取り換えられることになる。
4)不法移民強制送還の免除政策(DACA)を停止する
バラク・オバマ大統領は12年、入国時に15歳以下だった約66万5000人の不法移民の若者に、一定の条件を満たせば一時的な就労を許可し、強制送還を免除する政策を打ち出した。
DACAを継続するかどうかは、大統領に委ねられる。トランプの移民政策の方針書に明記はされていないが、トランプが更新を停止してこの制度を廃止に追い込む可能性は高い。
DACAの適用を申請するために提出された個人情報を手に入れればトランプ政権は不法滞在者の特定が可能になり、彼らをより効率的に強制送還するための証拠として転用する可能性がある。DACAの恩恵を受けてきた不法移民やその家族、友人らは、互いの関係を引き裂かれる人道上の悲劇に直面しそうだ。
合法・不法を問わず
5)不法移民を強制収容する
アメリカ国内で逮捕された全ての不法移民を収容する。この政策はすでに一部で実施されているが、トランプ政権は規模を一気に拡大する。それには、暴力や貧困から逃れて密入国した中米出身の子どもたちの収容施設を造ったのと同じように、新たな施設を建設する必要があるだろう。
【参考記事】不法移民、トランプが強制送還部隊の創設を提唱
6)合法的な移民の数も減らす
トランプは方針書で、外国人労働者に対するグリーンカードの新たな付与を「一時停止」するよう主張している。目的は「雇用されていない国内の移民や従業員を優先して雇わせるため」だ。
14年に発行された雇用に基づくグリーンカードは15万1596人分で、うち86%は別のビザですでにアメリカ国内に滞在していた人々が取得した。残りの14%は海外に居住していた労働者に割り当てられた。米政府は同年、家族関係に基づく64万5560人分のグリーンカードを発給し、すべての取得者がアメリカで就労することを認めている。
家族関係に基づくグリーンカードのうち61%が、別のビザを使ってでもアメリカに滞在していなかった移民に渡った。今後の方針にもよるが、トランプの政策下でグリーンカードの発行は毎年14~54万人分に縮小されそうだ。
7)H-1B(専門職就労ビザ)の基準賃金を上げる
これにより、法律知識や専門技術を持つ移民労働者の数を減らす方針だ。14年は12万4000人がH-1Bビザの発給を受けてアメリカで新たに雇用され、うち8万5000人は民間企業、残りは非営利の研究機関でそれぞれ専門職に就いた。
彼らの平均年収は7万5000ドルだから、そもそもアメリカ人の非熟練労働者の競合相手ではない。もしH-B1ビザの発給要件となる最低年収が10万ドルに跳ね上がれば、民間企業での雇用機会は縮小し、研究機関も雇用を減らすだろう。
H-1Bビザの制度は雇用に基づくグリーンカードの主たる対象でもあるため、市民権取得者の構成にも変化をもたらすだろう。
8)アメリカ人労働者を優先して雇用するよう義務付ける
この政策によって、特殊技能を持つ専門職の外国人労働者を雇うアメリカ企業の負担は増大する。1990年に議会がH-1Bビザを対象に導入を検討したが、規制にかかる費用が莫大になるという理由で却下された。もしトランプが自身の言葉通り、政府による規制に反対の立場を貫くなら、この案は拒否することになるはずだ。
人道的な難民受け入れ3割に
9)すでにアメリカで暮らす子どもや若者を対象にした難民制度を創設し、不法移民を国外へ追放する
この政策では制度の悪用や詐欺を削減するという名目で、海外からの難民や亡命申請者に対する認定基準が引き上げられるだろう。
トランプの移民政策は、人道的な理由による移民の数を70%削減すると主張する。仮に今年実行されていれば、アメリカで暮らす難民は約6万人まで削減されていた計算だ。
米シンクタンクのアメリカン・アクション・フォーラムの試算では、不法滞在者を残らず国外退去させて将来も移民の流れを食い止める措置を取るには、今後20年間で4190~6190億ドルもの税金を投入しなければならない。試算には、政策がもたらす経済的なマイナス影響や、移民が退去して経済規模が縮小することによる税収の損失は含まれていない。
同じく米シンクタンクの超党派政策センターは、国内人口が減ることにより、今後20年間で財政赤字が8000億円増大すると試算している。それには経済的な損失や、不法滞在者の排除にかかる米政府の財政負担を含んでいない。
This article first appeared on the Cato Institute site.
アレックス・ナウレステ(米ケイトー研究所、移民政策アナリスト)
トランプの勝利演説は薄っぺらかったが、移民政策の方針書に至っては詳細で具体的。簡単にいうと、トランプ政権はグリーンカード(永住権)の発給を現行より20~60%削減し、出入国管理にあたる職員を大幅に増員するという。これまでは親が外国人でもアメリカで生まれた子供はアメリカ人になれたが、その制度もやめるという。以下が具体的な中身だ。
壁の建設は本気
1) メキシコとの国境に壁を建てる
全長1600キロの壁を建設する。ただし現時点で約1100キロの壁や柵はすでに存在する。「バーチャルな」壁になる可能性もあるが、トランプはかねてから強固な本物の壁を造るとぶち上げていた。
【参考記事】トランプ、言った者勝ちの怖さ
【参考記事】「不法移民防止の壁」で死にゆく野生動物
壁建設の目的は不法移民の入国を阻止することだが、実のところ、アメリカへの不法入国者の数は1970年代以降で最も低い水準にとどまっている。事実と異なる国境地帯の混乱ぶりばかりが喧伝されるが、ヨーロッパのような危機とは違う。
不法移民を今以上に減らす最適な方法は、非熟練労働者が短期的に働ける就労ビザを創設するか、既存の制度を充実させることだ。だがトランプの方針はそうした選択肢を排除している。
2) 全米でE-Verifyシステムの導入を義務付ける
E-Verifyは国土安全保障省(DHS)と社会保障庁(SSA)が共同で開発した、新規採用者のアメリカでの就労資格を確認するオンライン・システムだ。身元に関する個人情報を米政府のデータベースに送ることで、就労の許可や却下が決定される。導入を全米で義務付けることで、正式な書類を持たない移民は雇用できなくするのが狙いだ。
E-Verifyを導入すれば、今でさえアメリカ国内で雇う従業員一人につき13.48時間をかけて就労資格証明(フォームI-9)を作成しなければならない雇用主にとって、さらなる負担となる。E-Verifyのデータベースの情報との不一致が発覚すれば、多くの合法なアメリカ人労働者の雇用の許可が下りずに雇用手続きが遅れる懸念がある。身分証明書が闇市場に出回るのを助長し、システムの導入にかかる税金や企業のコストが数十億ドル規模に膨らむといった弊害も指摘されている。
3)アメリカで生まれた人に自動的に米国籍を認めるのはやめる
これには合衆国憲法の改正が必要になりそうだが、著名なアメリカ人法学者リチャード・アレン・ポズナーは法律を改正すれば可能だと解釈している。
現行制度は法の下の平等を保障する合衆国憲法修正第14条よりもずっと昔に定められたもので、何世代にもわたり移民がアメリカに同化するうえでの拠り所となってきた。出生地での国籍付与を認めなかったヨーロッパの国々と比べると、アメリカの移民の境遇は対照的だ。もしこの法制を廃止するなら、国籍に関する法規で根拠となる概念が、現行の「出生地主義」から「血統主義」に取り換えられることになる。
4)不法移民強制送還の免除政策(DACA)を停止する
バラク・オバマ大統領は12年、入国時に15歳以下だった約66万5000人の不法移民の若者に、一定の条件を満たせば一時的な就労を許可し、強制送還を免除する政策を打ち出した。
DACAを継続するかどうかは、大統領に委ねられる。トランプの移民政策の方針書に明記はされていないが、トランプが更新を停止してこの制度を廃止に追い込む可能性は高い。
DACAの適用を申請するために提出された個人情報を手に入れればトランプ政権は不法滞在者の特定が可能になり、彼らをより効率的に強制送還するための証拠として転用する可能性がある。DACAの恩恵を受けてきた不法移民やその家族、友人らは、互いの関係を引き裂かれる人道上の悲劇に直面しそうだ。
合法・不法を問わず
5)不法移民を強制収容する
アメリカ国内で逮捕された全ての不法移民を収容する。この政策はすでに一部で実施されているが、トランプ政権は規模を一気に拡大する。それには、暴力や貧困から逃れて密入国した中米出身の子どもたちの収容施設を造ったのと同じように、新たな施設を建設する必要があるだろう。
【参考記事】不法移民、トランプが強制送還部隊の創設を提唱
6)合法的な移民の数も減らす
トランプは方針書で、外国人労働者に対するグリーンカードの新たな付与を「一時停止」するよう主張している。目的は「雇用されていない国内の移民や従業員を優先して雇わせるため」だ。
14年に発行された雇用に基づくグリーンカードは15万1596人分で、うち86%は別のビザですでにアメリカ国内に滞在していた人々が取得した。残りの14%は海外に居住していた労働者に割り当てられた。米政府は同年、家族関係に基づく64万5560人分のグリーンカードを発給し、すべての取得者がアメリカで就労することを認めている。
家族関係に基づくグリーンカードのうち61%が、別のビザを使ってでもアメリカに滞在していなかった移民に渡った。今後の方針にもよるが、トランプの政策下でグリーンカードの発行は毎年14~54万人分に縮小されそうだ。
7)H-1B(専門職就労ビザ)の基準賃金を上げる
これにより、法律知識や専門技術を持つ移民労働者の数を減らす方針だ。14年は12万4000人がH-1Bビザの発給を受けてアメリカで新たに雇用され、うち8万5000人は民間企業、残りは非営利の研究機関でそれぞれ専門職に就いた。
彼らの平均年収は7万5000ドルだから、そもそもアメリカ人の非熟練労働者の競合相手ではない。もしH-B1ビザの発給要件となる最低年収が10万ドルに跳ね上がれば、民間企業での雇用機会は縮小し、研究機関も雇用を減らすだろう。
H-1Bビザの制度は雇用に基づくグリーンカードの主たる対象でもあるため、市民権取得者の構成にも変化をもたらすだろう。
8)アメリカ人労働者を優先して雇用するよう義務付ける
この政策によって、特殊技能を持つ専門職の外国人労働者を雇うアメリカ企業の負担は増大する。1990年に議会がH-1Bビザを対象に導入を検討したが、規制にかかる費用が莫大になるという理由で却下された。もしトランプが自身の言葉通り、政府による規制に反対の立場を貫くなら、この案は拒否することになるはずだ。
人道的な難民受け入れ3割に
9)すでにアメリカで暮らす子どもや若者を対象にした難民制度を創設し、不法移民を国外へ追放する
この政策では制度の悪用や詐欺を削減するという名目で、海外からの難民や亡命申請者に対する認定基準が引き上げられるだろう。
トランプの移民政策は、人道的な理由による移民の数を70%削減すると主張する。仮に今年実行されていれば、アメリカで暮らす難民は約6万人まで削減されていた計算だ。
米シンクタンクのアメリカン・アクション・フォーラムの試算では、不法滞在者を残らず国外退去させて将来も移民の流れを食い止める措置を取るには、今後20年間で4190~6190億ドルもの税金を投入しなければならない。試算には、政策がもたらす経済的なマイナス影響や、移民が退去して経済規模が縮小することによる税収の損失は含まれていない。
同じく米シンクタンクの超党派政策センターは、国内人口が減ることにより、今後20年間で財政赤字が8000億円増大すると試算している。それには経済的な損失や、不法滞在者の排除にかかる米政府の財政負担を含んでいない。
This article first appeared on the Cato Institute site.
アレックス・ナウレステ(米ケイトー研究所、移民政策アナリスト)