<「想定外」のトランプ勝利を受け、米メディアは今、自責の念に駆られている。なぜ世論調査の結果を過信し、読み違えてしまったのか。ニューヨークのメディア業界を内側から見てきて感じたこと> (写真は11月7日のトランプ一家)
まさかの結果に、一夜明けた今も呆然としている。ドナルド・トランプ次期大統領に敗北宣言をしなければならないのは、ヒラリー・クリントンだけではない。紆余曲折ありつつも大統領選当日にはクリントン勝利をほぼ確信していた米メディアと専門家、世論調査会社も同じだ。
蓋を開けてみれば、本当のことを言っていたのは「我々」メディアではなくトランプの方だった。「メディアは真実を語っていない。(自分が劣勢だという)世論調査なんて嘘っぱちだ」と言い続けてきた彼の方が実は正しかったということが、証明されてしまったのだ。
【参考記事】クリントン当選を予想していた世論調査は何を間違えたのか
大統領選を迎えた昨日、ニューヨーク・タイムズ紙は投票が締め切られる直前の時点でクリントンの勝率を84%と予想していた。各種世論調査と期日前投票の状況から、私も「クリントン勝利」という青写真(とそれに基づく原稿案)を抱きながら彼女が「勝利演説」をするはずのイベント会場に向かった。マンハッタン中心部に設けられた会場の外には、開場時間の午後6時を前に多くの支持者が列を作っていた。「史上初の女性大統領」が誕生する瞬間を、見届けにきた人たちだ。
この時点で、私は「早ければ午後10時半には勝利演説が聞けるかもしれない」と予想していた。ここを落とせばトランプは終わり、と言われていたフロリダ州とノースカロライナ州両方の投票が午後8時には終了する。その後クリントンが確実に取ると言われていた州を順調に獲得すれば、午後9時過ぎには勝利へのカウントダウンが始まる――そう考えていた。クリントン陣営のイベント自体も、終了時間は午後11時とされていた。
ところが、午後8時からの数時間で「想定外」の展開が続いていく。事前の予想はことごとくはずれ、私は日付が変わった午前2時半、タイムズスクエアに集まったニューヨーカーたちと無言で電光掲示板を見つめていた。まさかの、トランプ勝利。ニューヨークはクリントンが大差で勝利した「クリントン推し」の州であり、周りの人たちは落胆を隠せない。
お祭り騒ぎになるはずのタイムズスクエアが、まるでお通夜のような静けさだ。今回初めて選挙権を行使しクリントンに入れたという18歳の黒人女性は、「トランプが勝ったという事実が怖い。明日からたくさんの人たちが怒りはじめるだろう」と肩を落とす。その横で、数人のトランプ支持者たちが「ゴッド・ブレス・アメリカ」を揚々と歌い始めた。
【参考記事】「トランプ勝利」世界に広がる驚き、嘆き、叫び
トランプは「ギャグ」のような存在だった
今、米メディアが「想定外」や「驚きの」勝利という言葉を使うとき、そこには間違いなく自戒の念が込められているはずだ。何とも言えない切なさや胸の痛みさえ感じているかもしれない。私の知る限り、周りのメディア関係者で今回の「想定外」を喜び、楽しんでいる人はいない。いたとしたらそれこそ「隠れトランプ支持者」だろうから、口元にわずかな笑みを浮かべているのを私が見逃しているだけかもしれない。
思えばトランプが出馬表明をした1年半前から、米メディアは「トランプ大統領誕生」という未来を本気で描くことができずにいた。言ってしまえば、大方の米メディアにとって彼は「ギャグ」のような存在でしかなかったのだ。
【参考記事】対談(前編):冷泉彰彦×渡辺由佳里 トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
予備選でトランプが躍進し始めたころ、アメリカ人の同業者とメールを交わすたびに、彼らは合言葉のように「まったく今年の大統領選はクレイジーだよね」と最後に(笑)が付くような一文を添えてきた。メールの送信相手(私)がトランプ支持者である可能性は微塵も想定していないことに驚きつつも、この業界の人たちは(クリントン支持かどうかはさておき)少なくともトランプ支持者ではない、という暗黙の了解があるのだと悟った。
その傾向は、大統領選の討論会場でも明らかだった。9月末にニューヨークで行われた第1回目のクリントンvs.トランプの討論会は、会場に設けられたメディアセンターで観戦した。世界中から詰めかけている大勢の同業者たちと一緒にクリントンとトランプのやりとりを見ていたわけだが、トランプが何か発言するたびに周りの記者たちから失笑、ときに爆笑の声が上がる。さながら同業者たちと一緒にお笑い番組を観ているようで、ここでもトランプをどこかまともに捉えていない空気を感じた。
第3回目の討論会はコロンビア大学ジャーナリズムスクール主催の観戦集会に出向いたが、この時も会場内の「失笑ポイント」が同じで、妙な一体感があった。ニューヨークでジャーナリズムを学んだ後に米メディアの中枢に入っていくような人たちは、少なくとも「トランプ不支持」という価値観で一致しているのだなと、納得したものだ。
もちろんメディアで働く人間も、仕事上は自分の個人的な支持、不支持にとらわれない中立な報道を心がける。米メディアは媒体としてどちらの候補を支持するかを表明する傾向にあるが、中で働いているスタッフは原則として自分の支持する候補を利することを目的として報道することはない(オピニオン記事で主観を述べることはあるが)。だが仕事を離れればメディアの人間にも支持、不支持があり、それを仲間内で口にすることもある。その点で言うと、少なくとも私の周りで「私はトランプを支持している」と堂々と公言している同業者は1人もいなかった(共和党支持者はいる)。
ここまでの大どんでん返しは想定できなかった
では、立場上は客観的に分析していたはずの米メディアは、なぜ間違えたのか。既に米メディアにはさながら「反省文」とも言える記事が出始めているし、何を間違えたのかは今後徹底的に議論されていくだろう。しかしなぜ予想が外れたかについて現時点で誰の目にも明らかな理由の1つは、メディア側が世論調査の結果を過信し、読み違ったことだ。
勝敗予想の大きな根拠とされているのが世論調査である以上、もちろんどのメディアも「絶対」という言葉は使わなかったし、私も「最後まで何が起きるか分からない」とは思っていた。むしろ「世論調査をどこまで信じられるか」という話は同業者同士でよくしていたし、世論調査の「穴」を指摘する声もあった。ではなぜ、それでもメディアが世論調査を積極的に活用したのかと言えば、過去数年の結果を見ていて大どんでん返しと言えるほど極端に外れた例がなかったことが大きいだろう。
08年のバラク・オバマの大統領選でも、本音では黒人を受け入れない「隠れアンチオバマ」票があるのではとささやかれていたが、結局オバマが勝った。08年と12年の大統領選では、「天才統計学者」と呼ばれるネイト・シルバーがビッグデータを駆使して予想をほぼ完璧に的中させていた。
結果として、今回メディアは世論調査に出てこない「隠れトランプ支持層」の存在を見誤っていた。いや、その存在は分かっていたし、私も教養のある共和党員と話すほどに「隠れトランプ支持者」の存在を実感してはいたが、メディアはその数がここまで多くて、彼らが実際にトランプに投票しに行くとは思っていなかったのだろう。もちろん、とらえきれなかったのは「反エスタブリッシュメント」「クリントン嫌い」「アンチ民主党」の根深さかもしれないし、他にも「予想が外れた理由」は今後議論されていくことになる。だがとにかく、今回の大統領選はメディアと世論調査、統計学や専門家の完全なる敗北だった。
【参考記事】元大手銀行重役「それでも私はトランプに投票する」
どうしてメディアは「隠れトランプ支持層」の広がりと力を見抜けなかったのか。客観的に証明するのは難しいが、自戒をこめて個人的な見解を述べるなら、私は「アメリカ人の良識」を信じようとする心が、もしかするとどこかで予想にバイアスをかけたのではないかと思う。
誤解してほしくないのだが、メディアの人間が「トランプに勝ってほしくないから」という理由で「クリントン勝利」を予想していた、というのでは決してない。その一方で、「最後にはアメリカ人は『良識』的な選択をする」というあくまで主観的な期待を、「エスタブリッシュメント」側にいる人間が無自覚に抱いていたのではないだろうか。主観で世論調査の数字を変えることはもちろんないが、偏った「思い込み」は、ときに数字の向こう側を読み取ろうとする想像力を鈍らせる。
結果を受けて、ニューヨーク・タイムズ紙が載せた「反省文」はこうだ:
火曜夜の失態は、世論調査の失敗以上のことを物語っている。アメリカの有権者の大部分の人が抱えている煮えたぎる怒りや、経済回復から取り残されているという心情、自分の仕事を脅威にさらす貿易協定に騙されているという気持ち、そして彼らがワシントンの既存の支配階層「エスタブリッシュメント」やウォールストリート、大手メディアに見下されていると感じていることを、とらえきることに失敗したのだ。
敗北の理由は「アメリカ人の良識」を信じる心
メディアの人間はトランプに言わせれば「エリート」かもしれないが、トランプに共鳴する「怒れる支持者」たちの心情を理解できないわけではないし、トランプが支持される理由を理解しようとしてきた。私がいるニューヨークのメディアも全米各地で取材をするし、ニューヨークやワシントンが特にリベラル寄りだということは百も承知だ。そこだけを見て判断を誤ったわけではない。
おそらくトランプのいう「リベラルメディア」の人間は、差別発言やわいせつ発言を繰り返し、政治経験がゼロでまともな政策もないトランプが世界一の超大国のリーダーになるという筋書きを、どうしても本気で想定することができなかったのではないだろうか。アメリカに充満する怒りや不満を理解し、ときに共感さえしたとしても、そこから有権者の半分が「あのトランプに票を入れる」という現実には大きな飛躍があると考えていたように思う。ブレグジットの例もあるし結果まで分からない......と口では言いつつ、どこかで「アメリカ人の良識」を信じていたのだろう。
しかしその「良識」という概念こそ、実は「我々」の驕りだったのかもしれない。そもそもメディアは、「ギャグ」だと思っていたトランプが予備選で快進撃を続けるにつれて、自分たちの思い違いを思い知らされていたはずだった。にもかかわらず、最終的にはアメリカという広大な国の、その水面下に根を張った「有権者の本音」を見抜くことが出来なかった。トランプに票を入れたのは一部の熱狂的なトランプ支持者だけではなかったし、メディアは「トランプファン」以外の人々が「良識」に優先させるほど募らせていた憤りや悲壮感、現状への拒絶感や変化を求める声を、十分に聞くことが出来ていなかった。
トランプは勝利を受けて「忘れられていた人々の声が置き去りにされることは二度とない(The forgotten man and woman will never be forgotten again.)」とツイートしたが、確かにメディアは「忘れられていた人々」にくまなくリーチできていたとは言えないだろう。「声なき声」を拾うのがジャーナリズムの使命なのだとすれば、メディアはその意味でも自分の仕事をまっとうできなかったことになる。
メディアはトランプと闘っていたわけではないが、少なくとも昨日、トランプの「読み」に敗北した。今、我々メディアの役割はなぜ自分たちが読み違ったのかに謙虚に向き合い、聞き漏らしていた有権者の声に耳を傾けていくことだろう。まずは「驕り」を捨て、自分たちの敗北を認めることだ。既に米メディアはその方向に走り出しているし、その努力なくして、今や地に落ちつつある「メディアへの信頼」を取り戻すことはできない。
小暮聡子(ニューヨーク支局)
まさかの結果に、一夜明けた今も呆然としている。ドナルド・トランプ次期大統領に敗北宣言をしなければならないのは、ヒラリー・クリントンだけではない。紆余曲折ありつつも大統領選当日にはクリントン勝利をほぼ確信していた米メディアと専門家、世論調査会社も同じだ。
蓋を開けてみれば、本当のことを言っていたのは「我々」メディアではなくトランプの方だった。「メディアは真実を語っていない。(自分が劣勢だという)世論調査なんて嘘っぱちだ」と言い続けてきた彼の方が実は正しかったということが、証明されてしまったのだ。
【参考記事】クリントン当選を予想していた世論調査は何を間違えたのか
大統領選を迎えた昨日、ニューヨーク・タイムズ紙は投票が締め切られる直前の時点でクリントンの勝率を84%と予想していた。各種世論調査と期日前投票の状況から、私も「クリントン勝利」という青写真(とそれに基づく原稿案)を抱きながら彼女が「勝利演説」をするはずのイベント会場に向かった。マンハッタン中心部に設けられた会場の外には、開場時間の午後6時を前に多くの支持者が列を作っていた。「史上初の女性大統領」が誕生する瞬間を、見届けにきた人たちだ。
この時点で、私は「早ければ午後10時半には勝利演説が聞けるかもしれない」と予想していた。ここを落とせばトランプは終わり、と言われていたフロリダ州とノースカロライナ州両方の投票が午後8時には終了する。その後クリントンが確実に取ると言われていた州を順調に獲得すれば、午後9時過ぎには勝利へのカウントダウンが始まる――そう考えていた。クリントン陣営のイベント自体も、終了時間は午後11時とされていた。
ところが、午後8時からの数時間で「想定外」の展開が続いていく。事前の予想はことごとくはずれ、私は日付が変わった午前2時半、タイムズスクエアに集まったニューヨーカーたちと無言で電光掲示板を見つめていた。まさかの、トランプ勝利。ニューヨークはクリントンが大差で勝利した「クリントン推し」の州であり、周りの人たちは落胆を隠せない。
お祭り騒ぎになるはずのタイムズスクエアが、まるでお通夜のような静けさだ。今回初めて選挙権を行使しクリントンに入れたという18歳の黒人女性は、「トランプが勝ったという事実が怖い。明日からたくさんの人たちが怒りはじめるだろう」と肩を落とす。その横で、数人のトランプ支持者たちが「ゴッド・ブレス・アメリカ」を揚々と歌い始めた。
【参考記事】「トランプ勝利」世界に広がる驚き、嘆き、叫び
トランプは「ギャグ」のような存在だった
今、米メディアが「想定外」や「驚きの」勝利という言葉を使うとき、そこには間違いなく自戒の念が込められているはずだ。何とも言えない切なさや胸の痛みさえ感じているかもしれない。私の知る限り、周りのメディア関係者で今回の「想定外」を喜び、楽しんでいる人はいない。いたとしたらそれこそ「隠れトランプ支持者」だろうから、口元にわずかな笑みを浮かべているのを私が見逃しているだけかもしれない。
思えばトランプが出馬表明をした1年半前から、米メディアは「トランプ大統領誕生」という未来を本気で描くことができずにいた。言ってしまえば、大方の米メディアにとって彼は「ギャグ」のような存在でしかなかったのだ。
【参考記事】対談(前編):冷泉彰彦×渡辺由佳里 トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
予備選でトランプが躍進し始めたころ、アメリカ人の同業者とメールを交わすたびに、彼らは合言葉のように「まったく今年の大統領選はクレイジーだよね」と最後に(笑)が付くような一文を添えてきた。メールの送信相手(私)がトランプ支持者である可能性は微塵も想定していないことに驚きつつも、この業界の人たちは(クリントン支持かどうかはさておき)少なくともトランプ支持者ではない、という暗黙の了解があるのだと悟った。
その傾向は、大統領選の討論会場でも明らかだった。9月末にニューヨークで行われた第1回目のクリントンvs.トランプの討論会は、会場に設けられたメディアセンターで観戦した。世界中から詰めかけている大勢の同業者たちと一緒にクリントンとトランプのやりとりを見ていたわけだが、トランプが何か発言するたびに周りの記者たちから失笑、ときに爆笑の声が上がる。さながら同業者たちと一緒にお笑い番組を観ているようで、ここでもトランプをどこかまともに捉えていない空気を感じた。
第3回目の討論会はコロンビア大学ジャーナリズムスクール主催の観戦集会に出向いたが、この時も会場内の「失笑ポイント」が同じで、妙な一体感があった。ニューヨークでジャーナリズムを学んだ後に米メディアの中枢に入っていくような人たちは、少なくとも「トランプ不支持」という価値観で一致しているのだなと、納得したものだ。
もちろんメディアで働く人間も、仕事上は自分の個人的な支持、不支持にとらわれない中立な報道を心がける。米メディアは媒体としてどちらの候補を支持するかを表明する傾向にあるが、中で働いているスタッフは原則として自分の支持する候補を利することを目的として報道することはない(オピニオン記事で主観を述べることはあるが)。だが仕事を離れればメディアの人間にも支持、不支持があり、それを仲間内で口にすることもある。その点で言うと、少なくとも私の周りで「私はトランプを支持している」と堂々と公言している同業者は1人もいなかった(共和党支持者はいる)。
ここまでの大どんでん返しは想定できなかった
では、立場上は客観的に分析していたはずの米メディアは、なぜ間違えたのか。既に米メディアにはさながら「反省文」とも言える記事が出始めているし、何を間違えたのかは今後徹底的に議論されていくだろう。しかしなぜ予想が外れたかについて現時点で誰の目にも明らかな理由の1つは、メディア側が世論調査の結果を過信し、読み違ったことだ。
勝敗予想の大きな根拠とされているのが世論調査である以上、もちろんどのメディアも「絶対」という言葉は使わなかったし、私も「最後まで何が起きるか分からない」とは思っていた。むしろ「世論調査をどこまで信じられるか」という話は同業者同士でよくしていたし、世論調査の「穴」を指摘する声もあった。ではなぜ、それでもメディアが世論調査を積極的に活用したのかと言えば、過去数年の結果を見ていて大どんでん返しと言えるほど極端に外れた例がなかったことが大きいだろう。
08年のバラク・オバマの大統領選でも、本音では黒人を受け入れない「隠れアンチオバマ」票があるのではとささやかれていたが、結局オバマが勝った。08年と12年の大統領選では、「天才統計学者」と呼ばれるネイト・シルバーがビッグデータを駆使して予想をほぼ完璧に的中させていた。
結果として、今回メディアは世論調査に出てこない「隠れトランプ支持層」の存在を見誤っていた。いや、その存在は分かっていたし、私も教養のある共和党員と話すほどに「隠れトランプ支持者」の存在を実感してはいたが、メディアはその数がここまで多くて、彼らが実際にトランプに投票しに行くとは思っていなかったのだろう。もちろん、とらえきれなかったのは「反エスタブリッシュメント」「クリントン嫌い」「アンチ民主党」の根深さかもしれないし、他にも「予想が外れた理由」は今後議論されていくことになる。だがとにかく、今回の大統領選はメディアと世論調査、統計学や専門家の完全なる敗北だった。
【参考記事】元大手銀行重役「それでも私はトランプに投票する」
どうしてメディアは「隠れトランプ支持層」の広がりと力を見抜けなかったのか。客観的に証明するのは難しいが、自戒をこめて個人的な見解を述べるなら、私は「アメリカ人の良識」を信じようとする心が、もしかするとどこかで予想にバイアスをかけたのではないかと思う。
誤解してほしくないのだが、メディアの人間が「トランプに勝ってほしくないから」という理由で「クリントン勝利」を予想していた、というのでは決してない。その一方で、「最後にはアメリカ人は『良識』的な選択をする」というあくまで主観的な期待を、「エスタブリッシュメント」側にいる人間が無自覚に抱いていたのではないだろうか。主観で世論調査の数字を変えることはもちろんないが、偏った「思い込み」は、ときに数字の向こう側を読み取ろうとする想像力を鈍らせる。
結果を受けて、ニューヨーク・タイムズ紙が載せた「反省文」はこうだ:
火曜夜の失態は、世論調査の失敗以上のことを物語っている。アメリカの有権者の大部分の人が抱えている煮えたぎる怒りや、経済回復から取り残されているという心情、自分の仕事を脅威にさらす貿易協定に騙されているという気持ち、そして彼らがワシントンの既存の支配階層「エスタブリッシュメント」やウォールストリート、大手メディアに見下されていると感じていることを、とらえきることに失敗したのだ。
敗北の理由は「アメリカ人の良識」を信じる心
メディアの人間はトランプに言わせれば「エリート」かもしれないが、トランプに共鳴する「怒れる支持者」たちの心情を理解できないわけではないし、トランプが支持される理由を理解しようとしてきた。私がいるニューヨークのメディアも全米各地で取材をするし、ニューヨークやワシントンが特にリベラル寄りだということは百も承知だ。そこだけを見て判断を誤ったわけではない。
おそらくトランプのいう「リベラルメディア」の人間は、差別発言やわいせつ発言を繰り返し、政治経験がゼロでまともな政策もないトランプが世界一の超大国のリーダーになるという筋書きを、どうしても本気で想定することができなかったのではないだろうか。アメリカに充満する怒りや不満を理解し、ときに共感さえしたとしても、そこから有権者の半分が「あのトランプに票を入れる」という現実には大きな飛躍があると考えていたように思う。ブレグジットの例もあるし結果まで分からない......と口では言いつつ、どこかで「アメリカ人の良識」を信じていたのだろう。
しかしその「良識」という概念こそ、実は「我々」の驕りだったのかもしれない。そもそもメディアは、「ギャグ」だと思っていたトランプが予備選で快進撃を続けるにつれて、自分たちの思い違いを思い知らされていたはずだった。にもかかわらず、最終的にはアメリカという広大な国の、その水面下に根を張った「有権者の本音」を見抜くことが出来なかった。トランプに票を入れたのは一部の熱狂的なトランプ支持者だけではなかったし、メディアは「トランプファン」以外の人々が「良識」に優先させるほど募らせていた憤りや悲壮感、現状への拒絶感や変化を求める声を、十分に聞くことが出来ていなかった。
トランプは勝利を受けて「忘れられていた人々の声が置き去りにされることは二度とない(The forgotten man and woman will never be forgotten again.)」とツイートしたが、確かにメディアは「忘れられていた人々」にくまなくリーチできていたとは言えないだろう。「声なき声」を拾うのがジャーナリズムの使命なのだとすれば、メディアはその意味でも自分の仕事をまっとうできなかったことになる。
メディアはトランプと闘っていたわけではないが、少なくとも昨日、トランプの「読み」に敗北した。今、我々メディアの役割はなぜ自分たちが読み違ったのかに謙虚に向き合い、聞き漏らしていた有権者の声に耳を傾けていくことだろう。まずは「驕り」を捨て、自分たちの敗北を認めることだ。既に米メディアはその方向に走り出しているし、その努力なくして、今や地に落ちつつある「メディアへの信頼」を取り戻すことはできない。
小暮聡子(ニューヨーク支局)