<トランプ政権が現実的な中道保守政策を取るか、それとも優秀なブレーンが集まらずに早期に行き詰まるか――。日本はどちらのケースにも対応できるよう、ブレない姿勢で備えるべきだ>(写真:勝利演説で副大統領候補のペンスと握手するトランプ)
世界中が驚き、アメリカでも多くの予想が外れる中で、ドナルド・トランプが次期大統領に決まった。各方面のショックは大きいが、一つだけ救いだったのはトランプの勝利宣言スピーチだ。何より「分断の傷を癒やして団結を」というメッセージを冒頭に持ってきたのは、とにかくあの場所、あのタイミングで言う勝利宣言としては、極めて妥当で、「あのスピーチだけ」について言えば100点満点と言える。
この「和解と協力」というメッセージに呼応するように、ヒラリー・クリントン候補も一夜明けた午前中に、見事な敗北宣言を行った。あれだけ厳しくトランプ批判を展開していたオバマ大統領も、協力を約束している。これで当面の政権交代期間への移行は、まずスムーズな入り方ができた。
一時期は株先物で700ドル近い下げを見せていたニューヨーク市場も、一夜明ければダウ平均が反発して上げたくらいで、目先のショックは何とか「かわす」ことができている。
【参考記事】クリントン当選を予想していた世論調査は何を間違えたのか
そうは言っても、現時点ではトランプのブレーン候補に関しては全くの白紙状態だ。名前が出ている人間は一流半、いや二流の人ばかりで、最終的に「一流のブレーン」で固められるかどうかが当面の注目事項となる。
では、日本としてはこれにどう対応すればいいのか。以下の2つのシナリオを前提に考えたい:
(1)トランプが共和党の中枢と和解し、有能なブレーンを集めて現実的な中道保守政策を実行する。
(2)優秀な人材が集まらず、選挙運動の論功行賞要求や猟官運動をうまくコントロールできず、結果的に偏った人材が集まって、極端な政策の一部が本当に実行されることで早期に行き詰まる。
日本としては、この2つの可能性を考えておくべきだ。まず(1)を前提にして、ワシントンの穏健な共和党人脈との連携を密にすることは重要だ。トランプは日本に関して、「非現実的なことをブレなく」言い続けているので、実際に政権が発足した場合、現実を直視して理解してもらわなくては困るからだ。
だが(2)に陥る危険な兆候が出て来る可能性もゼロではない。例えば、ロシアがアメリカを挑発し、それにトランプが対処できないとか、極端な排外政策が本当に実行されて株価が暴落するといったケースだ。その場合には、アメリカ抜きのG6で真剣に協調しながら、自由世界の価値を守っていく覚悟が必要ではないだろうか。
仮にアメリカが絶望的なまでの孤立主義に向かうのであれば、日本はNATOとの協調、隣国・韓国との徹底した協調、ASEANやインドとの連携などを中心に「これまでの政策からブレない」ことが必要になる。
その場合、仮にトランプが自由社会のリーダーという責任を全うする気がないのであれば、安倍首相はG6/NATO/アジアの自由陣営の要として、国際社会においてより重たい責任を担う覚悟をすべきだろう。その場合でも、復古主義などの日本国内の政治事情は封印しなくてはならない。
TPPの早期批准は、アメリカの選挙結果に関わらず進めるべきだ。別にトランプに対するイヤミとしてのポーズではなく、自由世界、自由貿易の価値を支えていく国という態度の表明であり、G6やASEANあるいは日豪などと相談しながら、ブレることなく進めるべきではないだろうか。
【参考記事】ドナルド・トランプが米既成政治に逆転勝利
最も重要なのは日韓関係だ。とにかく、アメリカの「不介入」という「空白」が何らかの形で生まれるのであれば、対北朝鮮の抑止力として、日韓連携にブレのないことでそれを埋める努力を示さなければならない。
台湾、香港の現状維持ということも日本にとっては重要課題となる。中国にこの点での現状変更を思いとどまらせる「アメリカの抑止力」が弱まるのであれば、その分だけ日本がG6と協調して静かな「重し」にならねばならないだろう。
だからといって、別に中国と敵対する必要はない。安倍政権の進めている対中外交、つまり関係改善はそのまま前進させる中で、「現状変更には賛成しない」というブレのない「ドッシリした」姿勢を見せてゆくことが肝要だ。
ロシア外交も同様にこのまま進めて行けばいいだろう。12月の日ロ首脳会談に成果を出しつつ、アメリカの存在が希薄になることを受けて、ロシアが現状変更という誘惑にかられることのないように、重厚な姿勢を取るべきだ。具体的にはシリア情勢で、これ以上の「勝手」を自粛させること、これができれば日本として、安倍首相として国際社会での存在感は高まると思う。
最悪なのはトランプ政権の登場を恐れ、トランプ新政権との間に人脈を慌てて築いたり、適任ではない人間を窓口にしたり、要するにアメリカの「内向き志向」に振り回されつつ、風下に立つような外交だ。これでは日米関係を損なうだけだ。
アメリカ側で一つ懸念事項となるのは、アメリカの保守派の間に「反日」の兆候が少しだけ見られることだ。トランプの一貫した「反日放言」に加えて、これはオバマ大統領の広島訪問という大事件への「反動」という要素も指摘できる。保守派の人気キャスター、ビル・オライリーの著書『ライジングサンを殺せ』という本が売れているのがいい例で、日本は下手に振る舞うと「悪者」にされる危険性があることは事実だ。
復古主義や、特に第2次大戦史観への歴史修正的な言動は、政権周辺を中心に厳しく封印しなければならない。今は、それが許される時期ではない。共和党は親日という甘えは、この新政権と現在の状況には通用しない。
国際情勢においては、自由主義と自由経済を中心にG7の価値観からブレないことで、欧州やカナダと協調し、一方ではアメリカに見え隠れする反日の動きのターゲットとされるようなスキを見せないというのは別に「危険な綱渡り」ではない。
伊勢志摩サミットで見せた、そしてオバマ大統領の広島訪問という成果を生んだ、核不拡散とそして自由陣営の価値観を基軸に、ブレない重厚な姿勢が今の日本外交にとっては重要だ。
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)
世界中が驚き、アメリカでも多くの予想が外れる中で、ドナルド・トランプが次期大統領に決まった。各方面のショックは大きいが、一つだけ救いだったのはトランプの勝利宣言スピーチだ。何より「分断の傷を癒やして団結を」というメッセージを冒頭に持ってきたのは、とにかくあの場所、あのタイミングで言う勝利宣言としては、極めて妥当で、「あのスピーチだけ」について言えば100点満点と言える。
この「和解と協力」というメッセージに呼応するように、ヒラリー・クリントン候補も一夜明けた午前中に、見事な敗北宣言を行った。あれだけ厳しくトランプ批判を展開していたオバマ大統領も、協力を約束している。これで当面の政権交代期間への移行は、まずスムーズな入り方ができた。
一時期は株先物で700ドル近い下げを見せていたニューヨーク市場も、一夜明ければダウ平均が反発して上げたくらいで、目先のショックは何とか「かわす」ことができている。
【参考記事】クリントン当選を予想していた世論調査は何を間違えたのか
そうは言っても、現時点ではトランプのブレーン候補に関しては全くの白紙状態だ。名前が出ている人間は一流半、いや二流の人ばかりで、最終的に「一流のブレーン」で固められるかどうかが当面の注目事項となる。
では、日本としてはこれにどう対応すればいいのか。以下の2つのシナリオを前提に考えたい:
(1)トランプが共和党の中枢と和解し、有能なブレーンを集めて現実的な中道保守政策を実行する。
(2)優秀な人材が集まらず、選挙運動の論功行賞要求や猟官運動をうまくコントロールできず、結果的に偏った人材が集まって、極端な政策の一部が本当に実行されることで早期に行き詰まる。
日本としては、この2つの可能性を考えておくべきだ。まず(1)を前提にして、ワシントンの穏健な共和党人脈との連携を密にすることは重要だ。トランプは日本に関して、「非現実的なことをブレなく」言い続けているので、実際に政権が発足した場合、現実を直視して理解してもらわなくては困るからだ。
だが(2)に陥る危険な兆候が出て来る可能性もゼロではない。例えば、ロシアがアメリカを挑発し、それにトランプが対処できないとか、極端な排外政策が本当に実行されて株価が暴落するといったケースだ。その場合には、アメリカ抜きのG6で真剣に協調しながら、自由世界の価値を守っていく覚悟が必要ではないだろうか。
仮にアメリカが絶望的なまでの孤立主義に向かうのであれば、日本はNATOとの協調、隣国・韓国との徹底した協調、ASEANやインドとの連携などを中心に「これまでの政策からブレない」ことが必要になる。
その場合、仮にトランプが自由社会のリーダーという責任を全うする気がないのであれば、安倍首相はG6/NATO/アジアの自由陣営の要として、国際社会においてより重たい責任を担う覚悟をすべきだろう。その場合でも、復古主義などの日本国内の政治事情は封印しなくてはならない。
TPPの早期批准は、アメリカの選挙結果に関わらず進めるべきだ。別にトランプに対するイヤミとしてのポーズではなく、自由世界、自由貿易の価値を支えていく国という態度の表明であり、G6やASEANあるいは日豪などと相談しながら、ブレることなく進めるべきではないだろうか。
【参考記事】ドナルド・トランプが米既成政治に逆転勝利
最も重要なのは日韓関係だ。とにかく、アメリカの「不介入」という「空白」が何らかの形で生まれるのであれば、対北朝鮮の抑止力として、日韓連携にブレのないことでそれを埋める努力を示さなければならない。
台湾、香港の現状維持ということも日本にとっては重要課題となる。中国にこの点での現状変更を思いとどまらせる「アメリカの抑止力」が弱まるのであれば、その分だけ日本がG6と協調して静かな「重し」にならねばならないだろう。
だからといって、別に中国と敵対する必要はない。安倍政権の進めている対中外交、つまり関係改善はそのまま前進させる中で、「現状変更には賛成しない」というブレのない「ドッシリした」姿勢を見せてゆくことが肝要だ。
ロシア外交も同様にこのまま進めて行けばいいだろう。12月の日ロ首脳会談に成果を出しつつ、アメリカの存在が希薄になることを受けて、ロシアが現状変更という誘惑にかられることのないように、重厚な姿勢を取るべきだ。具体的にはシリア情勢で、これ以上の「勝手」を自粛させること、これができれば日本として、安倍首相として国際社会での存在感は高まると思う。
最悪なのはトランプ政権の登場を恐れ、トランプ新政権との間に人脈を慌てて築いたり、適任ではない人間を窓口にしたり、要するにアメリカの「内向き志向」に振り回されつつ、風下に立つような外交だ。これでは日米関係を損なうだけだ。
アメリカ側で一つ懸念事項となるのは、アメリカの保守派の間に「反日」の兆候が少しだけ見られることだ。トランプの一貫した「反日放言」に加えて、これはオバマ大統領の広島訪問という大事件への「反動」という要素も指摘できる。保守派の人気キャスター、ビル・オライリーの著書『ライジングサンを殺せ』という本が売れているのがいい例で、日本は下手に振る舞うと「悪者」にされる危険性があることは事実だ。
復古主義や、特に第2次大戦史観への歴史修正的な言動は、政権周辺を中心に厳しく封印しなければならない。今は、それが許される時期ではない。共和党は親日という甘えは、この新政権と現在の状況には通用しない。
国際情勢においては、自由主義と自由経済を中心にG7の価値観からブレないことで、欧州やカナダと協調し、一方ではアメリカに見え隠れする反日の動きのターゲットとされるようなスキを見せないというのは別に「危険な綱渡り」ではない。
伊勢志摩サミットで見せた、そしてオバマ大統領の広島訪問という成果を生んだ、核不拡散とそして自由陣営の価値観を基軸に、ブレない重厚な姿勢が今の日本外交にとっては重要だ。
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)