<トランプ政権がもし言葉通りの経済政策を行うなら、貿易戦争に火が付くだけでなく銀行は巨大化し、地球温暖化は加速し、格差はますます拡大する>
ドナルド・トランプが米政治史上最大とも言うべき番狂わせで大統領選に勝利してから数時間後、世界の証券市場は前日の混乱が嘘のように落ち着きを取り戻した。イギリスのEU離脱が決まった国民投票後のように、パニック売りが連鎖するという予想は杞憂だった。とはいえ、トランプの経済政策がはっきりしないため、先行き不安は今後もついて回るだろう。市場の混乱がこのまま収まることは期待できそうもない。
「トランプの政策は、実現可能性も優先順位も不透明。それが投資家の心理に影を落とし、それでなくても低迷している投資を抑える方向に働くだろう」と、バンクオブアメリカ・メリルリンチのストラテジスト、サビタ・スブラマニアンは投票日の翌朝に見通しを語った。
【参考記事】【経済政策】労働者の本当の味方はクリントンかトランプか
民主党候補のヒラリー・クリントンが敗北演説を行う一方で、世界中の市場ウォッチャーは先行き不透明感から、米経済と世界経済は苦難の道をたどることになると警告を発した。
貿易戦争に火がつく
差し当たって最大の「トランプ・リスク」は貿易障壁が高まること。トランプは既存の貿易協定を破棄し、TPPなど発効待ちの協定から離脱すると宣言してきた。公約を守るなら、中国とメキシコの製品には大幅な関税が課されることになる。そうなれば当然、相手国もアメリカ製品に高い関税をかけ、貿易戦争にエスカレートしかねない。
トランプがぶち上げた壮大な計画の多くは空約束に終わるにせよ、通商政策に関しては、ホワイトハウスが絶大な権限を持っている。貿易協定を破棄し、WTOから脱退するという公約は、その気になれば実行できる。
「トランプがこのアプローチにしがみつけば、アメリカ経済は大きな試練に直面することになる」と、ピーターソン国際経済研究所のエコノミスト、ウィリアム・クラインは警戒する。
【参考記事】トランプの新政策が物語る「大衆の味方」の大嘘
トランプはFRBの独立性も脅かしかねない。FRBは米国内のローンの金利に直結する政策金利を決定する権限を持つ。共和党は長年、中央銀行に対する監査権限を議会に付与する法案を通そうとしてきた。共和党の大統領が誕生し、上下院も共和党が多数議席を握った今、この法案が成立する可能性は劇的に高まっている。そうなれば、各国の金融政策にも影響が及ぶだろう。
トランプの提案は「究極的には、FRBの独立性に対する世界の信頼とアメリカの地政学的な立場を大きく損なう」ことになると、米投資信託会社T・ロウ・プライスのチーフUSエコノミスト、アラン・レベンソンは火曜の夜、顧客宛のメッセージで警告した。
それでもトランプの勝利を受けて、金融、医療、一部のエネルギー関連株は急上昇した。選挙戦中は労働者の味方を自称し、クリントンとウォール街の「癒着」を批判していたトランプだが、その一方で、オバマ政権が金融危機の再来を防ぐために導入した金融改革規制法「ドッド・フランク法」の撤廃を叫んできた。
「ドッド・フランク法は銀行家の手足を縛っている。そのために銀行は融資を行えず、雇用が生まれない。人々が職にありつけないのはそのためだ。この弊害をなくさねばならない」トランプは有権者にそう訴えてきた。
オバマ政権の医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃も公約の1つだ。医療分野の規制が緩和されれば、新薬などへの投資が活発化すると予想され、トランプ勝利後、医療・製薬関連の株価が跳ね上がった。
クリーンエネルギー株は下落
エネルギー部門の一部もトランプ勝利に沸いた。トランプは石炭火力発電を規制するオバマ政権の環境政策を撤廃すると公約している。実現すれば、アーチ・コール、コンソル・エナジーなど石炭採掘会社は息を吹き返すだろう。一方、トランプは発効したばかりの「パリ協定」からの離脱を掲げており、アメリカの温暖化防止の取り組みは後退すると予想される。その見通しからクリーンエネルギー関連株は軒並み下落した。
防衛産業もトランプ新大統領を歓迎している。トランプは歳出の強制削減による国防費の上限を廃止し、軍備を拡大すると公約してきたからだ。投票日の翌朝、ノースロップ・グラマンとロッキード・マーチンは約5%、レイセオンは7.6%と、防衛関連株は大幅に上昇した。
富裕層の大幅減税など、トランプが掲げた経済政策の一部は議会の承認が必要になるが、選挙戦中にポール・ライアン下院議長の「裏切り」を批判したトランプが議会とうまくやっていくのは難しいだろう。
「政策を通したいなら、何らかの形でライアンの協力を取り付ける必要がある」と、ケイトー研究所のエコノミスト、ジェラルド・オドリスコルは言う。
金持ち減税で赤字拡大
とくにトランプの税制改革は、財政再建を掲げてオバマ政権と渡り合ってきた共和党には受け入れ難いものだ。トランプ案では、累進課税の最高税率を現在の39.6%から33%に減らすとしている。独立系の税制政策研究所の試算では、これにより連邦政府の歳入は、10年間に渡って9兆5000億ドル減ることになる。それに見合う分、歳出をカットしなければ、2036年までに財政赤字はGDPの80%近くに達する。
トランプのその他の経済政策も実現できる見込みは薄い。トランプは年間4%の成長率4%を達成し、今後10年間で2500万人分の雇用を創出すると言っている。オバマ政権下での成長率は毎年約2%、雇用創出は900万人分だった。トランプの青写真が実現するとみるエコノミストはまずいない。選挙戦中には、著名なエコノミスト370人が連名で、トランプは「アメリカにとって危険で破壊的な選択」だと警告する書簡を発表した。
勝利の翌日、トランプは早くも公約実現の困難さを思い知らされたはずだ。ゼネラル・モーターズは自動車販売の不振を理由にミシガン州とオハイオ州の工場で2000人超の人員削減を実施すると発表した。皮肉なことに、この2州の有権者はトランプの雇用創出策に夢を託したのだ。
From Foreign Policy Magazine
デービッド・フランシス
ドナルド・トランプが米政治史上最大とも言うべき番狂わせで大統領選に勝利してから数時間後、世界の証券市場は前日の混乱が嘘のように落ち着きを取り戻した。イギリスのEU離脱が決まった国民投票後のように、パニック売りが連鎖するという予想は杞憂だった。とはいえ、トランプの経済政策がはっきりしないため、先行き不安は今後もついて回るだろう。市場の混乱がこのまま収まることは期待できそうもない。
「トランプの政策は、実現可能性も優先順位も不透明。それが投資家の心理に影を落とし、それでなくても低迷している投資を抑える方向に働くだろう」と、バンクオブアメリカ・メリルリンチのストラテジスト、サビタ・スブラマニアンは投票日の翌朝に見通しを語った。
【参考記事】【経済政策】労働者の本当の味方はクリントンかトランプか
民主党候補のヒラリー・クリントンが敗北演説を行う一方で、世界中の市場ウォッチャーは先行き不透明感から、米経済と世界経済は苦難の道をたどることになると警告を発した。
貿易戦争に火がつく
差し当たって最大の「トランプ・リスク」は貿易障壁が高まること。トランプは既存の貿易協定を破棄し、TPPなど発効待ちの協定から離脱すると宣言してきた。公約を守るなら、中国とメキシコの製品には大幅な関税が課されることになる。そうなれば当然、相手国もアメリカ製品に高い関税をかけ、貿易戦争にエスカレートしかねない。
トランプがぶち上げた壮大な計画の多くは空約束に終わるにせよ、通商政策に関しては、ホワイトハウスが絶大な権限を持っている。貿易協定を破棄し、WTOから脱退するという公約は、その気になれば実行できる。
「トランプがこのアプローチにしがみつけば、アメリカ経済は大きな試練に直面することになる」と、ピーターソン国際経済研究所のエコノミスト、ウィリアム・クラインは警戒する。
【参考記事】トランプの新政策が物語る「大衆の味方」の大嘘
トランプはFRBの独立性も脅かしかねない。FRBは米国内のローンの金利に直結する政策金利を決定する権限を持つ。共和党は長年、中央銀行に対する監査権限を議会に付与する法案を通そうとしてきた。共和党の大統領が誕生し、上下院も共和党が多数議席を握った今、この法案が成立する可能性は劇的に高まっている。そうなれば、各国の金融政策にも影響が及ぶだろう。
トランプの提案は「究極的には、FRBの独立性に対する世界の信頼とアメリカの地政学的な立場を大きく損なう」ことになると、米投資信託会社T・ロウ・プライスのチーフUSエコノミスト、アラン・レベンソンは火曜の夜、顧客宛のメッセージで警告した。
それでもトランプの勝利を受けて、金融、医療、一部のエネルギー関連株は急上昇した。選挙戦中は労働者の味方を自称し、クリントンとウォール街の「癒着」を批判していたトランプだが、その一方で、オバマ政権が金融危機の再来を防ぐために導入した金融改革規制法「ドッド・フランク法」の撤廃を叫んできた。
「ドッド・フランク法は銀行家の手足を縛っている。そのために銀行は融資を行えず、雇用が生まれない。人々が職にありつけないのはそのためだ。この弊害をなくさねばならない」トランプは有権者にそう訴えてきた。
オバマ政権の医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃も公約の1つだ。医療分野の規制が緩和されれば、新薬などへの投資が活発化すると予想され、トランプ勝利後、医療・製薬関連の株価が跳ね上がった。
クリーンエネルギー株は下落
エネルギー部門の一部もトランプ勝利に沸いた。トランプは石炭火力発電を規制するオバマ政権の環境政策を撤廃すると公約している。実現すれば、アーチ・コール、コンソル・エナジーなど石炭採掘会社は息を吹き返すだろう。一方、トランプは発効したばかりの「パリ協定」からの離脱を掲げており、アメリカの温暖化防止の取り組みは後退すると予想される。その見通しからクリーンエネルギー関連株は軒並み下落した。
防衛産業もトランプ新大統領を歓迎している。トランプは歳出の強制削減による国防費の上限を廃止し、軍備を拡大すると公約してきたからだ。投票日の翌朝、ノースロップ・グラマンとロッキード・マーチンは約5%、レイセオンは7.6%と、防衛関連株は大幅に上昇した。
富裕層の大幅減税など、トランプが掲げた経済政策の一部は議会の承認が必要になるが、選挙戦中にポール・ライアン下院議長の「裏切り」を批判したトランプが議会とうまくやっていくのは難しいだろう。
「政策を通したいなら、何らかの形でライアンの協力を取り付ける必要がある」と、ケイトー研究所のエコノミスト、ジェラルド・オドリスコルは言う。
金持ち減税で赤字拡大
とくにトランプの税制改革は、財政再建を掲げてオバマ政権と渡り合ってきた共和党には受け入れ難いものだ。トランプ案では、累進課税の最高税率を現在の39.6%から33%に減らすとしている。独立系の税制政策研究所の試算では、これにより連邦政府の歳入は、10年間に渡って9兆5000億ドル減ることになる。それに見合う分、歳出をカットしなければ、2036年までに財政赤字はGDPの80%近くに達する。
トランプのその他の経済政策も実現できる見込みは薄い。トランプは年間4%の成長率4%を達成し、今後10年間で2500万人分の雇用を創出すると言っている。オバマ政権下での成長率は毎年約2%、雇用創出は900万人分だった。トランプの青写真が実現するとみるエコノミストはまずいない。選挙戦中には、著名なエコノミスト370人が連名で、トランプは「アメリカにとって危険で破壊的な選択」だと警告する書簡を発表した。
勝利の翌日、トランプは早くも公約実現の困難さを思い知らされたはずだ。ゼネラル・モーターズは自動車販売の不振を理由にミシガン州とオハイオ州の工場で2000人超の人員削減を実施すると発表した。皮肉なことに、この2州の有権者はトランプの雇用創出策に夢を託したのだ。
From Foreign Policy Magazine
デービッド・フランシス