<トランプ政権は、「シリア内戦」への関与を弱めることはあっても、強めることはない。中途半端な干渉政策が当面続くと見るのが妥当だろう>
米大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選を果たした。「過激な発言で知られる」という枕詞を冠して紹介されることが多いトランプ氏を頂点とする米次期政権は、シリア内戦の行方に「過激」な変化をもたらすだろうか?
「シリア内戦」への関与を弱める
トランプ氏の対シリア政策がどのようなものになるかは、大統領選挙戦において政策論争が希薄だったこともあり、今のところ分からない。シリア情勢に関して、彼は、バッシャール・アサド政権打倒よりも、イスラーム国壊滅を優先させるべきで、そのためにロシアと連携する必要があるといった趣旨の発言をたびたび行ってきた。それゆえ、アサド政権を武力で打倒しようとしている反体制派は、トランプ氏の当選に危機感を感じる一方、シリア政府内には楽観ムードが拡がっている。
しかし、米大統領が就任後、ないしは任期途中で、前言を撤回して外交政策を転換することはいつものことで、トランプ氏が自らの言葉を具体化させ、堅持するという保障などない。それでも、現時点で言えることがあるとするなら、それは次期政権が「シリア内戦」への関与を弱めることはあっても、強めることはない、ということだ。そしてこのことは、バラク・オバマ現政権の対シリア政策の実質的な継続を意味している。
オバマ政権の対シリア政策は、「人権」擁護や「保護する責任」を根拠にアサド政権に退陣を迫ることを基軸としていた。だが、2013年夏にダマスカス郊外県グータ地方で化学兵器使用疑惑事件が起こると、アサド政権を厳しく非難しつつも、シリアに対する軍事介入の目的を「体制打倒」から、化学兵器の再使用を抑止するための「懲罰」にすり替え、ロシアとのその後の折衝を通じて最終的には軍事行動そのものを中止した。シリアへの制裁や外交圧力はいずれも真剣さを欠き、時期を逸しており、アサド政権の復活を阻止するため、混乱を持続させようとしているだけにも見えた。
イスラーム国がイラクのモスルを制圧し、「国際社会最大の脅威」と目されるようになった2014年半ばに、対シリア政策の軸足を「テロとの戦い」に移したオバマ政権は、今度はアサド政権打倒ではなくイスラーム国殲滅をめざす勢力を「反体制派」とみなすというすり替えを行い、政権存続を事実上黙認した。しかし、この「テロとの戦い」も、軍事規模、国際協調などあらゆる面で付け焼き刃的で、その成果がかたちを得たのは、ロシア軍によるシリア空爆が開始されてからのことだった。
【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」
独断的な指導力を発揮できる国はもはや存在しない
「シリア内戦」への諸外国の干渉は、ロシア、イラン、トルコ、サウジアラビア、そして欧米諸国が19世紀的なパワー・ポリティクスを繰り広げて利害を衝突させることを特徴としている。ここにおいて米国は、ロシアと並ぶ主要な紛争当事国ではあっても、絶対的な決定権者ではない。
シリアの混乱は、誰が米大統領を務めようと、こうしたゲームが続けられる限りは解消せず、またゲームのルールを変更する独断的な指導力を発揮できる国ももはや存在しない。イスラーム国の二大拠点都市であるモスル市とラッカ市の解放に向けた軍事作戦がイラクとシリアで進行しているにもかかわらず、「ポスト・イスラーム国段階」の安定的な政治秩序を思い描けないのはまさにそのためだ。
オバマ政権は「人権」、「民主主義」、「化学兵器使用阻止」、「テロとの戦い」といったフレーズを駆使して、米国がシリア内戦を打開する能力を持たないことをある意味隠蔽してきた。「過激な発言」で知られるトランプ氏が、オバマ大統領と同様のレトリックやプロパガンダを駆使するかどうかはともかく、「新孤立主義」と称される彼の外交姿勢が、「シリア内戦」からの完全撤収という「劇的」で影響力のある決断をもたらすようには思えず、中途半端な干渉政策が当面続くと見るのが妥当だろう。
青山弘之(東京外国語大学教授)
米大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選を果たした。「過激な発言で知られる」という枕詞を冠して紹介されることが多いトランプ氏を頂点とする米次期政権は、シリア内戦の行方に「過激」な変化をもたらすだろうか?
「シリア内戦」への関与を弱める
トランプ氏の対シリア政策がどのようなものになるかは、大統領選挙戦において政策論争が希薄だったこともあり、今のところ分からない。シリア情勢に関して、彼は、バッシャール・アサド政権打倒よりも、イスラーム国壊滅を優先させるべきで、そのためにロシアと連携する必要があるといった趣旨の発言をたびたび行ってきた。それゆえ、アサド政権を武力で打倒しようとしている反体制派は、トランプ氏の当選に危機感を感じる一方、シリア政府内には楽観ムードが拡がっている。
しかし、米大統領が就任後、ないしは任期途中で、前言を撤回して外交政策を転換することはいつものことで、トランプ氏が自らの言葉を具体化させ、堅持するという保障などない。それでも、現時点で言えることがあるとするなら、それは次期政権が「シリア内戦」への関与を弱めることはあっても、強めることはない、ということだ。そしてこのことは、バラク・オバマ現政権の対シリア政策の実質的な継続を意味している。
オバマ政権の対シリア政策は、「人権」擁護や「保護する責任」を根拠にアサド政権に退陣を迫ることを基軸としていた。だが、2013年夏にダマスカス郊外県グータ地方で化学兵器使用疑惑事件が起こると、アサド政権を厳しく非難しつつも、シリアに対する軍事介入の目的を「体制打倒」から、化学兵器の再使用を抑止するための「懲罰」にすり替え、ロシアとのその後の折衝を通じて最終的には軍事行動そのものを中止した。シリアへの制裁や外交圧力はいずれも真剣さを欠き、時期を逸しており、アサド政権の復活を阻止するため、混乱を持続させようとしているだけにも見えた。
イスラーム国がイラクのモスルを制圧し、「国際社会最大の脅威」と目されるようになった2014年半ばに、対シリア政策の軸足を「テロとの戦い」に移したオバマ政権は、今度はアサド政権打倒ではなくイスラーム国殲滅をめざす勢力を「反体制派」とみなすというすり替えを行い、政権存続を事実上黙認した。しかし、この「テロとの戦い」も、軍事規模、国際協調などあらゆる面で付け焼き刃的で、その成果がかたちを得たのは、ロシア軍によるシリア空爆が開始されてからのことだった。
【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」
独断的な指導力を発揮できる国はもはや存在しない
「シリア内戦」への諸外国の干渉は、ロシア、イラン、トルコ、サウジアラビア、そして欧米諸国が19世紀的なパワー・ポリティクスを繰り広げて利害を衝突させることを特徴としている。ここにおいて米国は、ロシアと並ぶ主要な紛争当事国ではあっても、絶対的な決定権者ではない。
シリアの混乱は、誰が米大統領を務めようと、こうしたゲームが続けられる限りは解消せず、またゲームのルールを変更する独断的な指導力を発揮できる国ももはや存在しない。イスラーム国の二大拠点都市であるモスル市とラッカ市の解放に向けた軍事作戦がイラクとシリアで進行しているにもかかわらず、「ポスト・イスラーム国段階」の安定的な政治秩序を思い描けないのはまさにそのためだ。
オバマ政権は「人権」、「民主主義」、「化学兵器使用阻止」、「テロとの戦い」といったフレーズを駆使して、米国がシリア内戦を打開する能力を持たないことをある意味隠蔽してきた。「過激な発言」で知られるトランプ氏が、オバマ大統領と同様のレトリックやプロパガンダを駆使するかどうかはともかく、「新孤立主義」と称される彼の外交姿勢が、「シリア内戦」からの完全撤収という「劇的」で影響力のある決断をもたらすようには思えず、中途半端な干渉政策が当面続くと見るのが妥当だろう。
青山弘之(東京外国語大学教授)