<山登りにおけるウルトラライト・ハイキングのムーブメントのように、自転車に乗るときの気楽で自由で解放された気持ちを取り戻そう、というメッセージを『ジャスト・ライド』から読み取る>
自転車にまつわる神話を大胆に否定する
東京の街にピストバイクが溢れていた頃(2000年代後半ですね)、僕は米国のとあるサイクリストのブログと、そこからリンクされていた米国の2つのサイクルストアの商品ラインナップに、ちょっとしたカルチャーショックを受けていました。
そこで出会ったのは、それまで自分が見聞きしたり齧ったりしていた日本のバイクカルチャーのいずれともちょっと毛色の違った文化でした。彼らが乗るバイクは、ロードレーサーではないしピストでもないしマウンテンでもありません。いい按配のクロモリフレームで、ハンドルバーはドロップだけどカゴを付けていたり、リアキャリアとパニアバッグを付けていたり、センタースタンドを付けていたりします。こんなシーンがあったのか。自転車と毎日の生活がしっかりと結びついていて、でも実用的なだけでなく自転車に美意識が感じられる。。
前述の「ブログ」とは、2011年に残念ながら閉じてしまった eco veloであり、「2つのサイクルストア」とは、ひとつが Velo Orange で、もうひとつが本稿の主題である Rivendell Bycycle Works(リーベンデールバイシクルワークス )でした。
Rivendell Bycycle Works オフィシャルサイト
リーベンデールには、当時日本では時代遅れと見なされていた、または逆にレトロ文脈で愛好されていたような、バイクパーツやアクセサリーがリアルな現在進行形の自転車のためにセレクトされ、売られていました。
感化された僕は当時、わざわざサンフランシスコ近郊のリーベンデールから、日本の老舗パーツメーカー日東のノースロードバーを取り寄せたりしていました(日本で流通していたものと仕様が違って、バーエンドシフターが入れられたのです)。
さて、紹介したいのはそのリーベンデールのオーナーであるグラント・ピーターセンによる著書『JUST RIDE』の翻訳本です。まさか邦訳が出るなんて思ってもみなかったので、本屋さんで偶然出会ったときにはびっくりしました。
著者グラント氏は序文の冒頭で次のように宣言しています。
「この本で僕が主に目指すのは、バイクレースがバイクや装備、心構えなどにもたらす悪しき影響を指摘し、それを改めることだ」。
この本を気にいる人は、ここを読んだだけで、ページをめくるのが楽しみになるのではないでしょうか。レーサーでもないのに、レーサーみたいな装備と技法で乗らないといけないような風潮が、自転車の本来の楽しさや便利さを台無しにしてしまっているんだ、とグラント氏は考えているようです。
この本は趣味として自転車に乗る人ための入門書として書かれていますが、その伝授の過程で彼は「アンレーサー」という造語(?)を持ち出して、プロレーサーを神とする現在のスポーツサイクリングのヒエラルキーへの抵抗を試みます。そしてときに、一般に信じられている自転車にまつわる神話を大胆に否定してみせるのです。
短いライドは素晴らしいという主張
これが読む人によっては小気味よかったり、ふざけるなドシロウト!と思ったりするはずです(でもグラント氏はシロウトどころか元はレーサーであり、自転車業界歴は40年を超えているのですが)。
第1章の一発目で「え、そうなの!?」と驚愕した僕などは完全に著者の目論見にハマったカモと言えます。
しかしそこには「ペダルをぐるぐる漕ぐべからず」と書かれていたのですから、これは看過できないでしょう。ペダルは踏まずにくるくる回すのが効率がよいのであって、踏むやつはシロウトだと、いつかどこかで誰かに教えられたはず。
さらにグラント氏は現在のスポーツサイクリングでは必需品だと思われているビンディングペダル&シューズ(カチッとハメて足をペダルに固定するしくみ)も神話だと言いいます。引き足が使えるから固定しないペダルより10%くらい高効率だと僕はどこかで読んで、ずっとそれを信じていました。筋肉にセンサーを付けて調査をしても、プロライダーも新米ライダーも引き足なんか使ってなかったというのです。
彼の神話への抵抗は、こんな調子でどんどん続きます。
●軽量な8kgのロードバイクと10.5kgのクロモリバイクとでは2.5kgの重量差があるが、そこに78kgのライダーが乗ると、両者の差は3%未満にしかならない。そんなわずかな差はレーサー以外には意味がない。
●レースをしないなら、自分が持ってるほとんどどんな服でもサイクリングウェアとして通用する。アンダーウェアにもソックスにもこだわるな――などなど。
中には僕も「うーん、これはどうなんだろう。。」と首をかしげたものもありますが、著者自身が序文で「すべてを信じてくれと言ってるわけじゃない」と断っています。
逆にまた、この本はドグマ化したレースの影響から自由になることを説いているのですから、この本自体を教条主義的に捉えてしまうことも、この本の趣旨に反するでしょう。受け入れるものと受け入れないものを自分で判断すればいいのです。
個人的にいちばんハッとさせられたのは、短いライドは素晴らしいという主張でした。生半可にライドに慣れてくると、短いライドを軽蔑する傾向があるが、それは間違いだというのです。これは完全に僕のことです。休日に乗るなら100km以上は走りたいよねと思っています。時には夜明け前に走り出して、日没後に帰ってきたりします。
でもグラント氏は、最近は4時間がリミットだと言うのです。あまりにも長いライドは人にストレスを与え、豊かな人生の時間を奪うのだと。乗ることの純粋なよろこびを感じられるのはずっと短いライドなのだと。これは素晴らしい大人の叡智といえます。
別の観点からも、グラント氏は短いライドを推奨します。サドルに長時間座っていると陰部が麻痺するというよくある悩みに対して、ライドの時間を短くするのがいちばん効果的だと説くのです。そもそもそんなに長く座っていなければいいんじゃないかと。これには目からウロコでした。
*
山登りにおけるウルトラライト・ハイキングのムーブメントには、必要以上の装備をすることで、山を歩くことの本来の楽しさを失うのはどうなんだ? 靴はズックでいいよ、楽に行こうよという温故知新的な意味合いがあったと思います。
本書「ジャスト・ライド」にも共通した姿勢を感じます。自転車に乗るときの気楽で自由で解放された気持ちを取り戻そう、というメッセージがそこにあります。
○グラント・ピーターセン『ジャスト・ライド - ラディカルで実践的な自転車入門』(Pヴァイン)
※執筆:Geared(Facebookページ)
○関連記事(ギアード)
ベルと一体化した自転車ナビ Blubel
川崎和哉(geared)
自転車にまつわる神話を大胆に否定する
東京の街にピストバイクが溢れていた頃(2000年代後半ですね)、僕は米国のとあるサイクリストのブログと、そこからリンクされていた米国の2つのサイクルストアの商品ラインナップに、ちょっとしたカルチャーショックを受けていました。
そこで出会ったのは、それまで自分が見聞きしたり齧ったりしていた日本のバイクカルチャーのいずれともちょっと毛色の違った文化でした。彼らが乗るバイクは、ロードレーサーではないしピストでもないしマウンテンでもありません。いい按配のクロモリフレームで、ハンドルバーはドロップだけどカゴを付けていたり、リアキャリアとパニアバッグを付けていたり、センタースタンドを付けていたりします。こんなシーンがあったのか。自転車と毎日の生活がしっかりと結びついていて、でも実用的なだけでなく自転車に美意識が感じられる。。
前述の「ブログ」とは、2011年に残念ながら閉じてしまった eco veloであり、「2つのサイクルストア」とは、ひとつが Velo Orange で、もうひとつが本稿の主題である Rivendell Bycycle Works(リーベンデールバイシクルワークス )でした。
Rivendell Bycycle Works オフィシャルサイト
リーベンデールには、当時日本では時代遅れと見なされていた、または逆にレトロ文脈で愛好されていたような、バイクパーツやアクセサリーがリアルな現在進行形の自転車のためにセレクトされ、売られていました。
感化された僕は当時、わざわざサンフランシスコ近郊のリーベンデールから、日本の老舗パーツメーカー日東のノースロードバーを取り寄せたりしていました(日本で流通していたものと仕様が違って、バーエンドシフターが入れられたのです)。
さて、紹介したいのはそのリーベンデールのオーナーであるグラント・ピーターセンによる著書『JUST RIDE』の翻訳本です。まさか邦訳が出るなんて思ってもみなかったので、本屋さんで偶然出会ったときにはびっくりしました。
著者グラント氏は序文の冒頭で次のように宣言しています。
「この本で僕が主に目指すのは、バイクレースがバイクや装備、心構えなどにもたらす悪しき影響を指摘し、それを改めることだ」。
この本を気にいる人は、ここを読んだだけで、ページをめくるのが楽しみになるのではないでしょうか。レーサーでもないのに、レーサーみたいな装備と技法で乗らないといけないような風潮が、自転車の本来の楽しさや便利さを台無しにしてしまっているんだ、とグラント氏は考えているようです。
この本は趣味として自転車に乗る人ための入門書として書かれていますが、その伝授の過程で彼は「アンレーサー」という造語(?)を持ち出して、プロレーサーを神とする現在のスポーツサイクリングのヒエラルキーへの抵抗を試みます。そしてときに、一般に信じられている自転車にまつわる神話を大胆に否定してみせるのです。
短いライドは素晴らしいという主張
これが読む人によっては小気味よかったり、ふざけるなドシロウト!と思ったりするはずです(でもグラント氏はシロウトどころか元はレーサーであり、自転車業界歴は40年を超えているのですが)。
第1章の一発目で「え、そうなの!?」と驚愕した僕などは完全に著者の目論見にハマったカモと言えます。
しかしそこには「ペダルをぐるぐる漕ぐべからず」と書かれていたのですから、これは看過できないでしょう。ペダルは踏まずにくるくる回すのが効率がよいのであって、踏むやつはシロウトだと、いつかどこかで誰かに教えられたはず。
さらにグラント氏は現在のスポーツサイクリングでは必需品だと思われているビンディングペダル&シューズ(カチッとハメて足をペダルに固定するしくみ)も神話だと言いいます。引き足が使えるから固定しないペダルより10%くらい高効率だと僕はどこかで読んで、ずっとそれを信じていました。筋肉にセンサーを付けて調査をしても、プロライダーも新米ライダーも引き足なんか使ってなかったというのです。
彼の神話への抵抗は、こんな調子でどんどん続きます。
●軽量な8kgのロードバイクと10.5kgのクロモリバイクとでは2.5kgの重量差があるが、そこに78kgのライダーが乗ると、両者の差は3%未満にしかならない。そんなわずかな差はレーサー以外には意味がない。
●レースをしないなら、自分が持ってるほとんどどんな服でもサイクリングウェアとして通用する。アンダーウェアにもソックスにもこだわるな――などなど。
中には僕も「うーん、これはどうなんだろう。。」と首をかしげたものもありますが、著者自身が序文で「すべてを信じてくれと言ってるわけじゃない」と断っています。
逆にまた、この本はドグマ化したレースの影響から自由になることを説いているのですから、この本自体を教条主義的に捉えてしまうことも、この本の趣旨に反するでしょう。受け入れるものと受け入れないものを自分で判断すればいいのです。
個人的にいちばんハッとさせられたのは、短いライドは素晴らしいという主張でした。生半可にライドに慣れてくると、短いライドを軽蔑する傾向があるが、それは間違いだというのです。これは完全に僕のことです。休日に乗るなら100km以上は走りたいよねと思っています。時には夜明け前に走り出して、日没後に帰ってきたりします。
でもグラント氏は、最近は4時間がリミットだと言うのです。あまりにも長いライドは人にストレスを与え、豊かな人生の時間を奪うのだと。乗ることの純粋なよろこびを感じられるのはずっと短いライドなのだと。これは素晴らしい大人の叡智といえます。
別の観点からも、グラント氏は短いライドを推奨します。サドルに長時間座っていると陰部が麻痺するというよくある悩みに対して、ライドの時間を短くするのがいちばん効果的だと説くのです。そもそもそんなに長く座っていなければいいんじゃないかと。これには目からウロコでした。
*
山登りにおけるウルトラライト・ハイキングのムーブメントには、必要以上の装備をすることで、山を歩くことの本来の楽しさを失うのはどうなんだ? 靴はズックでいいよ、楽に行こうよという温故知新的な意味合いがあったと思います。
本書「ジャスト・ライド」にも共通した姿勢を感じます。自転車に乗るときの気楽で自由で解放された気持ちを取り戻そう、というメッセージがそこにあります。
○グラント・ピーターセン『ジャスト・ライド - ラディカルで実践的な自転車入門』(Pヴァイン)
※執筆:Geared(Facebookページ)
○関連記事(ギアード)
ベルと一体化した自転車ナビ Blubel
川崎和哉(geared)