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リーダーは「データ」より「目的意識」を重視せよ

ニューズウィーク日本版 2016年11月15日 18時41分

<複雑さと不確実性が増す現代のビジネス環境では、新しいリーダーシップが必要だ。これからは、数値データに基づく戦略的なリーダーシップよりも、"人間性のある"リーダーシップが求められる>

 現代のビジネスの喫緊の課題の1つに、「リーダーシップに人間性を取り戻す」ことがある。ある業界トップクラスの製薬会社とグローバルな舞台で成長めざましい金融機関は、2年以上にわたりこの課題に取り組んでおり、具体的な成果が出はじめている。

 人間はもともと、何事にも「意味」や「意義」を見つけようとする生き物だ。人類は、目的意識や共感、価値観の共有といった高次元の感情を重視することによって存続してきたともいえる。ところが私たちは、測定し定量化できる情報こそが最重要と錯覚しながら20世紀の大部分を過ごしてしまったようだ。

 2008年の金融危機(リーマンショック)の主因となった複雑きわまりない金融商品は、不良債権を解消するための数理モデルのはずだった。しかし、このモデルは間違っていた。このモデルにヒューマンな意図や意義が入り込む余地はなかった。唯一入り込めたのは欲と利己心だけだった。

【参考記事】頭が良すぎるリーダーの、傲慢で独りよがりな4つの悪い癖

 前世紀の工業化時代の世界観は、人や組織をバラバラの閉じたブラックボックスと定義していた。リーダーシップに人間性を取り戻すには、まずそうした世界観から脱する必要がある。この世界観は、インプットからアウトプットまでが直線で結ばれ、それで完結するというものだ。そこでは「戦略」が金科玉条のようになり、人間的な意志などほとんど価値をもたない。

 ビジネス環境は複雑さと不確実性を増している。変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、あいまいさ(Ambiguity)からなるVUCAが、時代のキーワードとなっている。従来の直線的なリーダーシップではとうてい太刀打ちできなくなっているのは確かだ。

新しいリーダーシップに3つの罠

 デューク・コーポレート・エデュケーションの最近の調査では、多くのCEOたちが、VUCAの中でも複雑性がいちばんの難問だと明言している。だが、複雑性は決して新しい現象ではない。言うまでもなく地球の生態系は複雑だ。私たちは太古の昔から変わらずに複雑な世界に生きているのだ。複雑性が問題として捉えられるのは、20世紀に私たちが複雑性を無視し、世界を直線的に整理し管理できるものと、都合よく考えていたからだ。

 私たちがそれで整理できていると思い込んでいた直線的な壁が、目に見えて崩壊してきている。たとえばソーシャルメディアの登場で顧客相互のやりとりが可能になっている。21世紀に住む私たちは、複雑性をもった世界を前提に新しいリーダーシップを考え直さなければならない。

 しかし、人間性を取り戻した新しいリーダーシップを築く道すがらには、次の3つの罠が潜んでいる。



(1)組織の罠

 ほとんどの企業などの組織が、複雑性が表面化した新しい現実への備えができていない。従来は世界は直線的であるという前提で、部門や職務、階層、上司部下の関係などきれいに整理してきた。しかし現代に必要なのは柔軟性をもって機敏に動くことであり、ボトムアップでイノベーションのアイデアがもたらされることである。だが、いまだにほとんどの企業で社員たちを固定的な地位であったり、従順さ、協調性などで評価している。

(2)認知の罠

 実は人間の脳はもともと複雑性に対応するようにはできていない。目の前に迫った危険に瞬時に反応することはできるが、複雑な問題の中に潜むわずかなサインを読みとるのは苦手だ。複雑であいまいなものごとに対しては、「よくわからない」と脅威を感じる。そしてそれを解消するために、それまでに確立された信念や戦略をかたくなに守ろうとする。

(3)権力の罠

 20世紀の階層組織は、階層の中での地位を権力に結びつけ、上位の階層が情報と財源をコントロールすることで成り立っていた。現代では階層そのものに対してその存在が疑問視されるようになってきている。だが、私たちに、この「うまくいっていた仕組み」を手放す気がどれだけあるか、疑問の残るところだ。

【参考記事】部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない

 これらの罠は、いずれも「受け身のマインドセット」を生み出す。このマインドセットがあると、自ら考えることをしなくなる。以前から変わらない感情的反応パターンに従うか、これまでの経験で学習した通りに行動する。

「見えなくなっている目的意識」を表に出す

 1982年9月、シカゴで鎮痛解熱剤「タイレノール」服用による死亡事故が起きた。第三者(現在も犯人不明)による意図的なシアン化合物の混入が原因だった。異物混入は製造元のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の工場で発生したのではなかったが、同社は米国内のすべての店頭から製品を回収し、生産を停止した。当時のCEO、ジェームズ・バークは、株価が急落すると知りながら製品を回収するという困難な状況に対処した胸の内を後に聞かれて、「正しいことをしたまでだ」と、さらりと答えた。

 こうした「正しい行為」は、良いリーダーシップを象徴する。そこには「なぜ私たち1人ひとりは、この世界に存在するのか?」と自問することで生じる目的意識が存在する。VUCAの世界でうまく立ち回ることのできるリーダーは、こうした目的意識を広めるのに長けている。複雑性を巧みに手なずけられるのだ。

 私たちのクライアントのある銀行の技術サポート部門は、仕事のストレスが原因となって退職者が相次ぐという問題を抱えていた。部門長は、ある日のチームミーティングで暗闇を怖がる4歳の息子の話をした。子ども部屋のドアを少し開けておくと、廊下の光で安心するのだという。そして彼はこんなことを言ったのだ。「サポートを依頼する人は不安で緊張している。そこで私たちが廊下の光のような安心感を提供する。それが私たちの存在理由だ。技術的な問題を解決することじゃないんだ」



 このミーティングをきっかけに、退職者は減っていったという。チームは、仕事の目的意識を見つけられたのだ。それが仕事を血の通ったものにした。

 目的意識は、まさに組織の存在理由であるともいえる。目的意識こそが、組織が世界とつながり、長期間繁栄を続けていけるかどうかを決定づけるのだ。しかし、ほとんどの組織は、そもそも初めから目的意識を欠いているか、忘れてしまっているかのどちらかなのが現状だ。ならば、埋もれている目的意識を掘り起こさなくてはならない。

 その「見えなくなっている目的意識」を表に出すために、リーダーは人の話や、人の行為によって起こった現象、人のものの見方やアイデアなどを集める必要がある。誰かに目的意識を定義してもらうのではなく、集めた材料を使って間接的にアプローチするのだ。

 集まったところで、最初のステージに立つことができる。このステージでは2つの「対話」が求められる。1つめは"心を動かす"対話。これは組織に所属する人々が組織に対してどのような感情を抱いているかを調べるためのものだ。そして2つめは"意義を見出す"対話で、組織とそれに関連するストーリーを抽出する。

 この2つの対話を経てはじめて、次の"力を引き出す"対話に移ることができる。これは、実際にどのようにすれば目的意識をもってもらえるかの答えを見つけるための対話だ。このステージの対話は戦略的になる。全員がはっきりと目的意識に目を向け、自分が何をすればよいのかを理解させるためのものだからだ。

[執筆者]
スダンシュ・パルスル Sudhanshu Palsule
変革型リーダーシップ、複雑性とリーダーシップなどのテーマにおける第一人者である思想家・研究者。

マイケル・チャベス Michael Chavez
デューク・コーポレート・エデュケーションCEO。

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※当記事は「Dialogue Q3 2016」からの転載記事です





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スダンシュ・パルスル、マイケル・チャベス ※編集・企画:情報工場

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