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シンプルでちょっと弱気な新生ガガ様

ニューズウィーク日本版 2016年11月16日 11時0分

<新作アルバム『ジョアン』で、カントリーやフォーク風の素朴なサウンドに乗せて「等身大の自分」を歌うレディー・ガガ。奇抜な衣装を脱いだ30代の彼女が向かう先は?>(写真:10月にはテレビ番組でナチュラルなスタイルも披露した)

 ねえ、どこに行こうとしているの? 教えて、どこに行くつもりなの?

 新アルバム『ジョアン』のタイトルトラックで、レディー・ガガは呼び掛ける。アコースティックギターとパーカッションをバックに歌う声はハスキーで、実年齢の30歳らしくもあれば年を重ねたようにも聞こえる。

 いとおしそうに語り掛ける相手は、父方のおばのジョアン。詩人志望だったジョアンはガガが生まれる前に亡くなったが、今もインスピレーションの源だ。

「どこに行くつもりなの?」は自分自身への問い掛けでもある。「生肉ドレス」や奇抜なメークで世間を驚かせてきたガガは、近年の音楽界で最も劇場型の歌姫だ。その彼女が新作『ジョアン』では「レディー・ガガ」を捨て、素顔のステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタに立ち返って再出発しようとしている。

 ジャケット写真からして、ピンクの帽子をかぶっただけの地味な装い。エキセントリックな衣装ともサイボーグめいた音楽とも距離を置き、『ジョアン』ではアメリカンなカントリー音楽とブリティッシュなエルトン・ジョンをミックスしたような環大西洋的ミュージックを繰り広げる。

 ガガと一緒にプロデュースを手掛けたのはイギリスのマーク・ロンソン。エイミー・ワインハウスやブルーノ・マーズの作品で知られる彼は、レトロなサウンドを復活させる達人だ。

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 カントリーをファンキーに料理した「A-YO」に、ニューウェーブにアリーナロックを融合したシングル「パーフェクト・イリュージョン」。インディーズフォーク界の奇才ファーザー・ジョン・ミスティが参加した「シナーズ・プレイヤー」では、よりストレートな今のカントリーを聞かせる。

 電子音に乗せて愛と平和を歌う「カム・トゥ・ママ」もミスティとの共作だ。ジャニス・ジョプリンが70年代半ばまで生きていたら、こんな曲を歌っていたかもしれない。意外なところでは、ハードロックのクイーン・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・オムが数曲で素晴らしいギター演奏を披露している。これはどちらのファンにとっても衝撃のコラボレーションだろう。

レイプ体験も赤裸々に

 女性にエールを送る「ダンシン・イン・サークルズ」など、コアなファンに向けた曲もあるけれど、今のガガはみんなと一緒に前へ進みたいらしい。

 もちろん、ガガは昔から時代の先を行っていた。有名になってから名声について歌う歌手は珍しくないが、彼女は最初から名声をテーマとしていて、08年のデビューアルバムも『ザ・フェイム』と題していた。

 3枚目の『ボーン・ディス・ウェイ』は、もっと政治的にリベラルだった。音楽的には80年代のマドンナやプリンスっぽかったが、LGBT(同性愛者などの性的少数者)のシンボルとなるには十分だった。



 そのままヒットメーカー路線を突き進むと思いきや13年には実験的な『アートポップ』を発表し、続く『チーク・トゥ・チーク』ではジャズの大御所トニー・ベネットとスタンダードナンバーをデュエット。そして『ジョアン』では、仮面を脱ぎ捨て等身大の自分を見せた。

 本物の歌手としての力量を証明するために、トニー・ベネットとの共演は欠かせない小休止であり、リセットだったのだろう。ニューヨーク大学芸術学部に早期入学し、ブロードウェイを愛した10代の頃の初心を再確認する機会でもあった。

 つまり、『チーク』があったからこそ『ジョアン』は生まれた。レディー・ガガとなる何年も前に、貧しいアーティストの卵だった彼女はニューヨークでピアノの弾き語りをしていた。『ジョアン』は当時の彼女の第2章だ。

 アルバム冒頭の「ダイヤモンド・ハート」で、ガガは当時を振り返る。生活のためにストリップクラブで働いた日々に触れ、さらに「クソ野郎」にも言及して「純潔を奪われた」レイプ体験で聴く人の共感を引き付ける。

社会派2曲はいまひとつ

 ステファニー・ジャーマノッタの袋小路から脱出するには「レディー・ガガ」のキャラが必要だった。そのガガの行き詰まりを打開するには、今回の『ジョアン』が必要だった。

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 そもそもガガのキャラは、デビッド・ボウイやマドンナの二番煎じだ。デビュー当時はともかく、ソーシャルメディア全盛で何でもありの今では、いささか色あせて見えるかもしれない。「等身大の自分」というのも、新鮮味には乏しい。カントリーやフォーク風の素朴なサウンドに乗せて真実を歌うのは、よくある常套手段だ。

『ジョアン』は目ざとく流行を捉えてもいる。今年はメランコリックなヒット曲が目立つ年で、リアーナやドレイクらベテラン勢はそろってポップな路線を離れた。ビヨンセの『レモネード』をはじめ、社会への不安を率直に表現する作品も増えた。

 ガガも時流に乗り、フェミニズムや人種問題に切り込もうとした。ただし最もメッセージ性の強い2曲は出来がよくない。癌を患う女友達にささげた「グリージョ・ガールズ」は、やかましいだけでつまらない。さらにいただけないのが、白人警官による黒人射殺事件に抗議した「エンジェル・ダウン」。タイトル(天使が死んだ、の意)からハープの音色まで、すべてがセンチメンタル過ぎる。

 それでもデラックス盤に収録の「エンジェル・ダウン(ワーク・テープ)」は不思議と悪くない。サウンドはシンプルで、ガガのボーカルも伸びやかで気持ちが籠もっている。

『ジョアン』は多彩な魅力を持っているが、それが1つの明確な個性に結実するには至らなかった。弱気になったガガが「こんな私でいいの?」と反応をうかがう気配は感じられる。つまり彼女も、そういう年だということ。レディー・ガガことジャーマノッタも、まだまだ進化していく。きっと。

[2016.11.15号掲載]
カール・ウィルソン

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