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スマホはこりごり? サムスン、JBLの音響メーカー買収で自動車産業に進出

ニューズウィーク日本版 2016年11月16日 6時1分

<この夏発表したGALAXY Note7のバッテリー発火問題で、ブランドイメージを大きく傷つけたサムスン電子が、スマートフォン分野に見切りを付けたのか、今度はコネクテッドカーの世界に進出する。果たしてアップル、グーグルなどがしのぎを削る分野で、これまでのような成功を収めることができるのか?>

 サムスン電子は14日、米国の電子機器メーカーのハーマン(Harman)を80億ドル(約8,640億円)で買収し、自動車産業に進出することを発表した。これを受けて、毎日経済など韓国メディアは、サムスンがコネクテッドカー分野でのシェア争いで存在を見せられるかと報じている。

あのスピーカーの名門JBLなどを擁するハーマン

 サムスンが韓国企業によるM&Aとしては史上最高の80億ドルで買収を発表した米国の電子機器メーカーのハーマンは、ヘッドフォン・マイクなどのAKG(アーカーゲー)、スピーカーの名門JBL、アンプのマークレビンソンなど、オーディオマニアからレコーディングスタジオのエンジニアまで幅広く愛されている高級オーディオブランドを擁した音響機器メーカーだ。

 一方で、カーオーディオの世界でも、高級オーディオブランドのB&O、B&Wなどを展開し大きなシェアをもっており、メルセデス・ベンツ、BMW、フェラーリ、ポルシェなど高級車向けのカーオーディオとして採用されている。

 また、GPSシステムを利用した自動車と外部を連携させるコネクテッドカー・システム分野にも進出しており、 実はハマーンの事業全体の中で自動車関連の売り上げは65%も占めている。とりわけ自動車で音楽や映像を楽しんだり、スマートフォンと連携したハンズフリー通話などを組み込んだ高機能なカーナビゲーションである「インフォテインメント」の分野では、売上高が43億2000万ドルで2位のドイツコンチネンタル(32億1000万ドル)を大きく引き離して世界シェア1位。昨年にはインフォテインメント用OSを自動更新するためのOTA(Over The Air)技術のレッドベンド、そしてOTAのためのセキュリティ対応のため暗号技術のTowersecを買収している。世界で走る自動車のうち、2500万台以上がハマーンのカーオーディオとコネクテッドカー・システムを装備しているという。





ハーマンのプレゼンテーション 今年のCESで同社のコネクテッドカーについての紹介



アップル、グーグルと一線を画したサムスン

 アップル、グーグルがスマホと自動車をつなぐだけに留まらず、本当の意味での自動で動くクルマを目指した自動走行車の開発をしている。サムスンも今回のハーマン買収で参戦するのか? 答えはノーだ。

  既存の自動車メーカーはIT業界からの自動車業界への参入に対抗して、さまざまな技術ロードマップを披露しながら主導権を奪われないように力を入れている。IT企業と自動車メーカーがともに関心を持つ領域が、コネクテッドカーと呼ばれる分野だ。 これは自動車に通信装置を搭載し、自動車同士、自動車と道路などで相互に通信することを可能にする技術だ。 自動走行車の開発の直前の段階と呼べるものだ。

 米ゼネラル・モーターズ(GM)は「オンスター」と呼ばれるシステムを車両に装着して緊急救助要請(eコール)とリモート車両診断など基礎的なコネクテッドカーのサービスを提供している。

 今回のサムスンによるハーマンの買収を自動車業界は「サムスンが完成車市場には進出しないという宣言」と見ている。サムスンが完成車市場に進出した瞬間、ライバルとなる自動車メーカー各社は、ハーマン製品の搭載をとりやめるだろう。 そうなればサムスンは80億ドルを払って買収した会社を中に放り投げることになる。つまり、アップルやグーグルとは一線を画し、自動車メーカーのパートナーとしてコネクテッドカーに必要なIT機能を提供する道を選んだということだ。ブルームバーグも、ITの優秀なブランドであるサムスンが、各自動車メーカーに良い情報技術パートナーになりうるという分析を出した。

 サムスンも「今回の買収を通じてコネクテッドカーのITソリューションにさらに集中する」というメッセージを自動車業界に伝えた。 単にハードウェアだけを供給するのではなく、コネクテッドカーに必要なソフトウェアまで含めたソリューション事業を展開する可能性が高い。



 だが、自動車業界の一部では、今回のサムスンによるハーマン買収を不安視する声もある。 サムスンはグループ内にサムスン・ルノーという自動車会社を持っている。親会社のルノー、そして同じルノーグループである日産などに、サムスン電子=ハーマンのコネクテッドカー技術が優先的に使われる可能性は大いにある。

 さらにサムスン電子の関連企業の技術を集結すれば、電気自動車は楽に生産できるという点も見逃せない。 特に電気自動車のバッテリーではサムスンSDIがBMW、アウディ、フォルクスワーゲン、フォードなどに製品を供給している。 業界関係者は「電気自動車の時代が来れば、サムスンがどう事業方向を変化させるのか関心が高い」と話す。

注目は来年のGALAXY S8?

 ここまで見ると、サムスンがこの夏、世界中を騒がせたGALAXY Note7のバッテリー発火問題にこりて、スマートフォン事業に見切りを付けた──、と見る向きもあるだろう。だが、サムスンのコネクテッドカーへの取り組みは実際には昨年12月から事業チームを新設して始められていたものだ。

 もともとLSIでの成功からTVの液晶パネル、スマートフォンと、同社の主力製品は時代に流れに応じて移り変わってきた。そしてスマートフォンも世界的に飽和状態に近づきつつある今、新たな成長分野としてコネクテッドカーの世界に挑戦しはじめたというわけだ。今回のM&Aについて同社の関係者は「コネクテッドカー部門の開発スピードを速めるため、複数の候補を健闘して9月からハーマンと交渉を開始した」と語る。サムスン電子のプリンス、イ・ジェヨン副会長が取締役になって初めて手掛けるプロジェクトということでも注目を集めている。



 また、サムスンはスマートフォンの分野でも今月注目すべき発表を行っている。アップルの音声認識「Siri」の開発者たちがアップルを出て設立した人工知能のスタートアップ企業ビブ・ラボラトリーズと共同で来年夏に発売予定のGalaxy S8に人工知能による音声認識プラットフォームを搭載することを明らかにした。現在もアップルのSiriのような単純な音声認識によるインターフェイスがあるが、サムスンとビブ・ラボラトリーズは、「EC・医療・観光などのサービスパートナーがそれぞれ自社のサービスをこのプラットフォームに対応させれば、スマートフォンのユーザーたちと直接連結されることが可能になる。現在のようにユーザーが各サービスパートナーのアプリをダウンロードしてから使う必要がなくなる」と発表した。

 恐らくこのサービスは当初はスマートフォンで利用されるが、それほど時間のかからないうちに、サムスンが今回買収したハーマンのコネクテッドカー用OSの上でも動くようになることは、ほぼ間違いないだろう。GALAXY Note 7の一連の事故は同社にとって大きな痛手であったことは間違いないが、コネクテッドカーへの取り組みを加速させることになったというのもまた事実であろう。それが怪我の功名という形で実を結ぶかどうか、今後の展開が注目されるところだ。

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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