<アメリカのトランプ次期大統領と日本の安倍晋三首相が会談する。ワンマン指導者と相性がいいと言われる安倍が過激なトランプを修正できないか、アジアとヨーロッパの諸国が注目している>
次期アメリカ大統領に就任するドナルド・トランプは17日、ニューヨーク市内で自身が保有する「トランプタワー」で日本の安倍晋三首相と会談に臨む。安倍が世界の指導者として当選後のトランプと初の会談にこぎつけたのは、9日に2人が行なった電話会談で、安倍側が19~20日に開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に先立ちニューヨークを訪問することを申し出たのがきっかけだ。アジアとヨーロッパ諸国は両者の会談を注意深く見守るだろう。
安倍は独裁者と話が合う
私は安倍がトランプと親密な関係を築くとみている。安倍は聞き上手なうえ、世界の独裁者とウマが合う。インドのナレンドラ・モディ首相、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領など、ワンマンタイプと相性がいい。安倍自身は反エリート旋風を受けてトップに立った指導者ではないが、独自の国家主義的傾向を強めている。彼は決断する指導者だということを、トランプは即座に読みとるはずだ。初対面は友好ムードに包まれそうな気配だが、日本は他のアジアや世界中の国々と同様、中国や北朝鮮の脅威が高まるなかでトランプ政権が誕生することが、自国の安全保障にとって何を意味するのか気になって仕方ない。
【参考記事】「トランプ政権下」の日米関係をどう考えるか?
先週の大統領選後に行なわれた世論調査から、日本国内の不安が見て取れる。トランプが大統領に選ばれたことを「良くなかった」と答えた割合が70%近くに上ったのだ。トランプ陣営の政策アドバイザーの面々はかねてから、ワシントンにあるアジア各国の大使館に対し傲慢な態度で、アメリカは国内のテロ対策や経済問題に軸足を移し、アジア太平洋地域におけるアメリカの軍事的プレゼンスを見直す、もしくはアジアへの関与を縮小すると伝えてきた。トランプがTPP(環太平洋経済連携協定)に反対していることは、秋の臨時国会でTPPの承認を目指す安倍政権にとって打撃だ。バラク・オバマ政権が任期中のTPPの議会承認を断念して現状での協定発効が絶望的になっても、安倍は日本こそ早期発効を主導するべきだと息巻いてきた。
日本では極右も極左も反米主義のコメンテーターはこぞってトランプの勝利を歓迎し、これを機にアメリカから距離を置くべきだと主張している。オーストラリアや韓国をはじめ、アジア太平洋地域におけるアメリカの同盟国の間にも非常に似た論調が目立つ。
【参考記事】トランプ外交のアナクロなアジア観
一方で、日本やアジア諸国にとって安心な兆しもある。米シカゴ国際問題評議会が実施した直近の調査によると、アメリカ人の3分の2がグローバリゼーションは「良い」と考えており、60%が自由貿易を支持していた。米調査会社ピュー・リサーチセンターの世論調査で、アジアにおけるアメリカの同盟国が中国との紛争に巻き込まれた場合にアメリカが防衛すべきだと答えた割合は56%に上った。
そう考えると、反エスタブリッシュメントが注目を集めた今回の大統領選は、孤立主義を支持する有権者の感情に押し流されたというわけではなさそうだ。トランプが副大統領にマイク・ペンス・インディアナ州知事を、首席補佐官にラインス・プリーバス共和党全国委員長を起用したことで、ケリー・アヨッテ上院議員やスティーブ・ハドリー元大統領補佐官、ボブ・コーカー上院外交委員会委員長といった、国家安全保障分野でより伝統的な見解を持つ専門家にポストが割り当てられる期待が高まった。
日本はリスクを負ってきた
共和党が多数を占める議会では国防予算が予算制限法と強制削減によって宙に浮くなか、日本の国防関係者はアジアにおけるリバランス(再均衡)に向けて独自に軍事力を増強するべく国防予算を増やそうとしている。米誌フォーリン・ポリシーに最近載った記事は、アジアの同盟国には米軍駐留費の負担を増額するよう敬意をもって申し入れさせてもらうとしたが、それは選挙中に「ただ乗りする同盟国は守ってやらない」と繰り返したトランプの発言に比べればはるかに穏健だ。直接会談に臨む安倍もこの点が頭をよぎるはずだが、日本国憲法の解釈を修正してまで同盟を重視してきた彼としては、リスクを負って同盟に尽くしてきた日本の取組みはもっと評価されるべきだと指摘するだろう。もし両者とも会談で前向きな成果を得たければ、今後日米が協力して取り組むために多くの立場を共有することが分かるはずだ。
とはいえ日本の世論は、アメリカへの信頼を根本から揺さぶった大統領選中のトランプの発言をそう簡単に忘れない。日本の官僚からは、日本政府はTPPを守り抜き、米軍駐留費を十分に負担してきた実績を示して新政権の強硬姿勢を突き返すべきだという声も上がる。安倍は今回の会談でひとまずそうした主張を封印する代わり、トランプ政権による対日並びに対アジア戦略の輪郭を一から形作ることに焦点を置くだろう。もしうまくやれば、安倍は他のアジア諸国やトランプ次期大統領にも多大な恩恵をもたらすことになる。
From Foreign Policy Magazine
マイケル・グリーン(ジョージタウン大学準教授、専門は東アジアの政治外交)
次期アメリカ大統領に就任するドナルド・トランプは17日、ニューヨーク市内で自身が保有する「トランプタワー」で日本の安倍晋三首相と会談に臨む。安倍が世界の指導者として当選後のトランプと初の会談にこぎつけたのは、9日に2人が行なった電話会談で、安倍側が19~20日に開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に先立ちニューヨークを訪問することを申し出たのがきっかけだ。アジアとヨーロッパ諸国は両者の会談を注意深く見守るだろう。
安倍は独裁者と話が合う
私は安倍がトランプと親密な関係を築くとみている。安倍は聞き上手なうえ、世界の独裁者とウマが合う。インドのナレンドラ・モディ首相、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領など、ワンマンタイプと相性がいい。安倍自身は反エリート旋風を受けてトップに立った指導者ではないが、独自の国家主義的傾向を強めている。彼は決断する指導者だということを、トランプは即座に読みとるはずだ。初対面は友好ムードに包まれそうな気配だが、日本は他のアジアや世界中の国々と同様、中国や北朝鮮の脅威が高まるなかでトランプ政権が誕生することが、自国の安全保障にとって何を意味するのか気になって仕方ない。
【参考記事】「トランプ政権下」の日米関係をどう考えるか?
先週の大統領選後に行なわれた世論調査から、日本国内の不安が見て取れる。トランプが大統領に選ばれたことを「良くなかった」と答えた割合が70%近くに上ったのだ。トランプ陣営の政策アドバイザーの面々はかねてから、ワシントンにあるアジア各国の大使館に対し傲慢な態度で、アメリカは国内のテロ対策や経済問題に軸足を移し、アジア太平洋地域におけるアメリカの軍事的プレゼンスを見直す、もしくはアジアへの関与を縮小すると伝えてきた。トランプがTPP(環太平洋経済連携協定)に反対していることは、秋の臨時国会でTPPの承認を目指す安倍政権にとって打撃だ。バラク・オバマ政権が任期中のTPPの議会承認を断念して現状での協定発効が絶望的になっても、安倍は日本こそ早期発効を主導するべきだと息巻いてきた。
日本では極右も極左も反米主義のコメンテーターはこぞってトランプの勝利を歓迎し、これを機にアメリカから距離を置くべきだと主張している。オーストラリアや韓国をはじめ、アジア太平洋地域におけるアメリカの同盟国の間にも非常に似た論調が目立つ。
【参考記事】トランプ外交のアナクロなアジア観
一方で、日本やアジア諸国にとって安心な兆しもある。米シカゴ国際問題評議会が実施した直近の調査によると、アメリカ人の3分の2がグローバリゼーションは「良い」と考えており、60%が自由貿易を支持していた。米調査会社ピュー・リサーチセンターの世論調査で、アジアにおけるアメリカの同盟国が中国との紛争に巻き込まれた場合にアメリカが防衛すべきだと答えた割合は56%に上った。
そう考えると、反エスタブリッシュメントが注目を集めた今回の大統領選は、孤立主義を支持する有権者の感情に押し流されたというわけではなさそうだ。トランプが副大統領にマイク・ペンス・インディアナ州知事を、首席補佐官にラインス・プリーバス共和党全国委員長を起用したことで、ケリー・アヨッテ上院議員やスティーブ・ハドリー元大統領補佐官、ボブ・コーカー上院外交委員会委員長といった、国家安全保障分野でより伝統的な見解を持つ専門家にポストが割り当てられる期待が高まった。
日本はリスクを負ってきた
共和党が多数を占める議会では国防予算が予算制限法と強制削減によって宙に浮くなか、日本の国防関係者はアジアにおけるリバランス(再均衡)に向けて独自に軍事力を増強するべく国防予算を増やそうとしている。米誌フォーリン・ポリシーに最近載った記事は、アジアの同盟国には米軍駐留費の負担を増額するよう敬意をもって申し入れさせてもらうとしたが、それは選挙中に「ただ乗りする同盟国は守ってやらない」と繰り返したトランプの発言に比べればはるかに穏健だ。直接会談に臨む安倍もこの点が頭をよぎるはずだが、日本国憲法の解釈を修正してまで同盟を重視してきた彼としては、リスクを負って同盟に尽くしてきた日本の取組みはもっと評価されるべきだと指摘するだろう。もし両者とも会談で前向きな成果を得たければ、今後日米が協力して取り組むために多くの立場を共有することが分かるはずだ。
とはいえ日本の世論は、アメリカへの信頼を根本から揺さぶった大統領選中のトランプの発言をそう簡単に忘れない。日本の官僚からは、日本政府はTPPを守り抜き、米軍駐留費を十分に負担してきた実績を示して新政権の強硬姿勢を突き返すべきだという声も上がる。安倍は今回の会談でひとまずそうした主張を封印する代わり、トランプ政権による対日並びに対アジア戦略の輪郭を一から形作ることに焦点を置くだろう。もしうまくやれば、安倍は他のアジア諸国やトランプ次期大統領にも多大な恩恵をもたらすことになる。
From Foreign Policy Magazine
マイケル・グリーン(ジョージタウン大学準教授、専門は東アジアの政治外交)