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トランプ大統領の誕生 ノルウェーにもいる、静かなる支持者

ニューズウィーク日本版 2016年11月16日 20時50分

 ドナルド・トランプ氏が次期米国大統領になるというニュースは、北欧ノルウェーにも大きな衝撃として駆け巡った。筆者は、仕事柄、ノルウェーの政治家や企業・団体の代表者を取材することが多い。結果、その後フェイスブックでつながることも多く、そのネットワークには報道陣、政治家や社会活動家、企業・団体の運営者たちがやけに集まっている。一般人の集まりというよりも、その代表者の集まりに近いかもしれない。

フェイスブックは落胆と悲しみの嵐

 大統領選の結果が判明した日、筆者のフェイスブックやツイッターは、一言でいうと「落胆」の嵐だった。各政党では、右翼・左翼問わず、アンチ・トランプ派が多いため、悲しみ、悲嘆にくれる人々の投稿が、この日のタイラインを埋め尽くしていた。まるで、筆者のタイムラインが、「うつ状態になっているかのような異様さだった。

 NATO批判(ストルテンベルグ事務総長はノルウェーの元首相・労働党)に加え、気候変動対策に懐疑的なトランプ氏のこれまでの発言は、ノルウェーの政治家、環境団体、メディアなどをすでに不安にさせてきた。

 ノルウェーの政治家は、右派ポピュリスト政党である与党・進歩党を除いて、トランプ氏への懐疑的な姿勢を以前から公にしていた。各政党の党首からは、今回の選挙結果に対して、「残念だ」、「悲しい」、「これからのノルウェーにとって、危険な兆候だ」とする発言が目立った。どの政治家も強調することは、「ノルウェーの価値観は守り続ける」ということだ。

保守党党首のアーナ・ソールバルグ首相

「トランプの発言の多くは懸念すべきものです」

「醜い選挙だったと思います。他にとって良いインスピレーションとはならないでしょう」

 選挙後、首相は記者会見で、アメリカとの今後の協力体制を維持することについては、心配していないと話す。「トランプの政策がどのような結果となるか、まだ結論を出すのは早すぎます」。

来年の選挙で勝てば、次期首相となるヨナス・ガーレ・ストーレ党首(野党・労働党)

「我々はノルウェーの価値観を守るためであれば立ち上がります」

「トランプの発言は危険」

ブルゲ・ブレンデ外務大臣(保守党)

「アメリカ国民の決断に、我々は歩調を合わせるのみ。しかし、トランプの女性やマイノリティにおける言動は21世紀のノルウェーには必要なく、ノルウェーでは受け入れられない」。

 外務大臣のこの発言は、アメリカとノルウェーの関係に影響を与える恐れがある。だが選挙後も、ブレンデは自らの過去の発言は訂正しないとし、「トランプの一部の発言は危険だと私自身が判断したので、言うべき必要があると思いました」とVG紙に語る。



 トランプ支持者が多いのは、右派ポピュリスト政党である与党・進歩党の党員だ。シルヴィ・リストハウグ移民大臣は明確な立場は発言していない。だが、自身のフェイスブックにトランプの選挙スローガンである"Make America Great Again"(アメリカを再び偉大にしよう)と書き、赤い帽子を被る夫の写真を投稿したり、不安を増長させるノルウェーメディアや世間の風潮に対し、「民主主義の結果を尊重するべきだ」という投稿をしている。

トランプ大統領誕生に「驚く」ノルウェーのメディア

●「私たちは怖がるべきか?」(Vart Land)

●「どうして、このようなことが起こった?」(Dagsavisen)

●「おはよう、ではなく、おやすみ、アメリカ合衆国」(Dagbladet)

●「私たちは、今、恐怖に怯えている」(Aftenposten)

 これらは選挙結果が明らかになった日の翌日に掲載されたノルウェー各新聞の表紙タイトルだ。


選挙結果が判明する直前、11月9日のノルウェーメディアの見出し。「クリントンなら歴史的!トランプなら、ヒステリー!」 、「悪夢で始まる選挙日」 Photo: Asaki Abumi

メディアが書く、怖がる「私たち」って、誰?

「私たち」は恐怖に怯えている、と記者は書く。確かにそうだろう。世間に名前と顔を出し発言することに、一切ためらいがない人たちの意見だけに耳を傾けるならば。ノルウェー語の「Vi」(ヴィ)=「私たち」とは、誰なのだろう? 

 誰もが公の場、SNSやメディアで意見を述べたいわけではない。ノルウェーのポピュリスト支持者は、記者を好まない。彼らは、トランプ大統領を怖がってはいない。メディアの描写する「怖がる私たち」に、隠れ支持者は含まれない。

ノルウェーにもいる、隠れ支持者

 筆者の周囲にも、トランプ支持者はいる。こういう人に限って、SNSなどでは静かなので、見つけにくい。「本名がでると、就職活動に影響がでるかもしれないから、名前と顔はださない」ことを条件に、記事にその思いを引用させてもらうことになった。

「女性蔑視発言とかは、言うべきではなかったと思う。でも、人間は誰だって失言をしてしまうものだし。トランプの人格どうこうよりも、彼がアンチ・エスタブリッシュメント(反既成勢力)だということのほうが大事だ」。

 トランプ支持者であるということを、周囲のノルウェー人に話した時にどう反応されたのだろうか?



「バカじゃないか、という目で見られるよ。だから、"ヒラリーよりは、まし"という言い方だけで留めている。ネットとかで議論しよう、意見を言おうなんて思わないよ」。 

 ほかにもう一人のノルウェー人男性は、選挙後にトランプ大統領誕生を喜ぶコメントをフェイスブックに投稿。結果、フェイスブックで「友達」関係を何人かに切られたそうだ。

 もっとも、トランプ支持者が進歩党支持者とは限らない。昨年の地方選挙で「新党だから、何かやってくれるだろうと期待して」緑の党に投票した人もいる。環境問題を気にしているから投票したのではない、既存の政治体制にうんざりしているから、とにかく新しい政党に望みをかけたかったのだ。

公の場で議論なんてしようとしない、ポピュリスト支持者

「単純バカ」「差別的」と誤解されるから、「政治的に正しくない」だろうから、ネットやメディアでの議論には参加せずに「静かなる支持者」でい続ける人々──彼らは、ノルウェーの右派ポピュリスト政党、進歩党の支持者と傾向が酷似している。

 進歩党支持者は、「ノルウェーメディアは左寄りだ」と批判する傾向にあり、そもそもニュースを見ているとは限らない。編集者や記者が思っているほど、メディアにはかつてほどの影響力はない。

 ノルウェーのメディアは、進歩党のシルビィ・リストハウグ移民・社会統合大臣のフェイスブックにいる支持者に電話をかけて意見を聞こうとする。しかし、誰もが名前と顔を出しての発言を嫌がる。匿名では、ノルウェーでは国民の声として報道されないのだが。


進歩党の全国集会。前席は主要大臣たち Photo: Asaki Abumi

 ポピュリストの発言は、まるでスキャンダルだといわんばかりに、大きな見出しで記事を飾るノルウェー。記者と本音で話したがらない人、(すでに身元がばれているであろう)電話での世論調査で本音を言わない人が多いことは、あまり不思議ではない。

 左寄り報道の傾向が強いノルウェーのメディア。日本人である筆者は、時に、現地報道が世論を反映しているわけではないと感じることがある。現地の報道だけが判断材料とならないように、自分の足でできる限り現地取材をするようにしている。ポリティカル・コレクトネス(政治的に正しい)を物差しにして、匿名の発言者や一部の層の声を過小評価する限り、既存のメディアは隠れ支持者の心情を分析できないのではないだろうか。



トランプ支持者をバカにすることは、もうやめなければいけない

 首相率いる保守党の青年部リーダーであるクリスチャン・リーセ氏は、ノルウェーとアメリカの二重国籍をもち、有権者としてヒラリー・クリントン氏に投票した。選挙結果に落胆した同氏だが、アフテンポステン全国紙にこう寄稿する。

「正直に言います。私はトランプを怖いと思いました。しかし、トランプ支持者をバカにするのではなく、トランプ現象を理解しようとしなければいけません」

 ノルウェーは、すでに右派ポピュリスト政党が、与党となっている国だ。しかし、その進歩党の周囲では、さらに厳しい移民政策を掲げ、環境問題を無視する「新党」を結成しようとする動きもある。

 トランプの波が、これからどう影響するのか。隠れ支持者に対する考え方を変えなければ、静かなる有権者は増えるのではないだろうか。Photo&Text:Asaki Abumi


[執筆者]
鐙麻樹(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)
オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号修得(副専攻:ジェンダー平等学)。日本のメディア向けに取材、撮影、執筆を行う。ノルウェー政治・選挙、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を数々の媒体に寄稿。オーストラリア、フランスにも滞在経歴があり、英語、フランス語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語で取材をこなす。海外ニュース翻訳・リサーチ、通訳業務など幅広く活動。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。記事および写真についてのお問い合わせはこちらへ

鐙麻樹(ノルウェー在住 ジャーナリスト&写真家)

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