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トランプが煽った米ロ・サイバー戦争の行方

ニューズウィーク日本版 2016年11月18日 20時0分

<今年の大統領選で米ロ間のサイバー戦争が現実的な脅威となったことはあまり語られていない。しかし「トランプ新大統領」の誕生で、その脅威もうやむやにされる可能性がある>

 大統領選の結果、不動産王のドナルド・トランプが次期大統領になることが決まり、メディア関係者もようやくその覆されることのない現実を受け入れ始めている。

 トランプは、人種差別的な発言に始まり、障害者をからかったり、女性を蔑視したりと、その暴言が話題になった。国際情勢でも、欧米諸国とはライバル関係にあるロシアのプーチン大統領を称賛するなど、物議を醸した。

 あまり語られていないが、今回の大統領選では、ロシアを巻き込んでこれから世界が直面することになる重大な安全保障の懸念が浮き彫りとなった。サイバー戦争だ。

 大統領選では、水面下でアメリカ対ロシアのサイバー戦争が勃発していた。

【参考記事】米で頻発するサイバー攻撃は大規模攻撃の腕試しだ

 きっかけは、大統領選の予備選が佳境を迎えていた今年5月に、民主党全国委員会の電子メール2万通がサーバーからハッキングによって流出したこと。これらのメールは、7月22日から内部告発サイト「ウィキリークス」で公表された。

 慌てたのは、民主党全国委員会の幹部たちだ。暴露されたメールから、彼らが、本来公平であるべき党指名候補選びで、本命候補だったヒラリー・クリントン元国務長官にかなり肩入れしていることが明らかになった。幹部たちはメールで、クリントンの対抗馬だったバーニー・サンダース上院議員の戦況を不利にするためのアイデアをやり取りしていた。このリークで、全国委員長が党代表を正式指名する全国大会前日に辞職を発表する事態となった。

 これだけでも十分大きな問題だが、この話はここからさらに大きく展開する。メールを盗んだこのハッキングの背後に、ロシアの情報機関がいたことが指摘されたのだ。

 米国家安全保障省も声明で、「アメリカの選挙を妨害する」ために、「ロシア政府が指示していると確信をもっている」という公式見解を発表した。つまりプーチンが情報機関とロシア系ハッカー集団を動員し、民主党全国委員会のサーバーから大統領選で民主党が不利になるような電子メールをハッキングで盗み、流出させた。

 さらに、ニューヨーク・タイムズも、その目的が大統領選でトランプに勝たせるめだったと指摘している。



 これが事実だとすれば、なぜロシアはトランプを勝たせようとしたのか。前述の通り、トランプはプーチンを公然と賞賛し、トランプの選挙陣営にはロシアと親しい関係にある人々もいた。また、ロシアに対抗するNATO(北大西洋条約機構)の同盟国についてもトランプは言及し、仮にNATO加盟国が攻撃を受けたとしても、アメリカが無条件で助けに行くかどうかはわからないと発言していた。助けを求めた国が同盟関係にどんな貢献をしているのかをまず考慮するという。つまり、同盟国へのロシアからの攻撃に無条件で助けることはしないと主張したのだ。

 これはロシアにとっては嬉しい発言で、クリントンが大統領になるよりトランプが大統領になったほうがロシアには断然有利になる。プーチンがトランプに手を差し伸べたくなるのは当然だろう。

 つまり、国家が敵対する相手国にサイバー攻撃を仕掛け、電子メールや機密や内部書類を盗むことで、選挙活動を妨害する行為が実際に行われたのだ。これが可能ならば、さらにこんな懸念も出てくる。

【参考記事】常軌を逸したトランプ「ロシアハッキング」発言の背景

 例えば、米民主党や共和党に限らず、日本の政党なども、自分たちのネットワークや幹部が使うパソコンが狙われ、ハッキングなどで内部の情報が盗まれて、暴露される危険性もあるだろう。そうした情報の中に、党関係者に報告された所属議員の極秘スキャンダルの詳細が記されていればどうなるか。選挙前にスキャンダルが暴露されれば、選挙結果に多分に影響する。日本を例にしても、中国や北朝鮮などがサイバー攻撃で情報を日本から盗んでリークしたら、日本政治に多大な影響を与えることになる。

 今回のロシアの攻撃は、世界が直面するこうした新たな脅威を見せつけている。

 ただアメリカも黙ってはいない。サイバー空間を通して米ロに不穏な雰囲気が漂うなか、10月からはロシアのプーチン側近に対するハッキング攻撃や、DDos攻撃(分散サービス拒否攻撃=複数のマシンから大量の負荷を与えてサービスを機能停止に追い込む)が繰り広げられた。これらのサイバー攻撃の背後には、アメリカの存在があると見られている。

 アメリカ側からのこの動きに対して、今後ロシアがどう出るのか注目されている。だが実は今、トランプが大統領選に勝利したことで、さらに別の懸念が浮上している。トランプの側に肩入れしてサイバー攻撃を行なったプーチンの責任を、「トランプ大統領」が追及しない可能性だ。

 そうなれば、すべてはうやむやになってしまうかもしれない。そして、この脅威は着実に世界に拡大し、同様のケースが世界のどこかで起きることになるだろう。

【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」で国際ニュース解説を担当。

山田敏弘(ジャーナリスト)

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