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ペルーAPECで習主席FTAAP強調――北京ロードマップ

ニューズウィーク日本版 2016年11月21日 17時0分

 安倍首相がトランプ氏と会談している最中、習主席は中南米の旅に集中。ペルーのリマで開催されたAPECでは、他国を除外しないアジア太平洋自由貿易圏FTAAPを主張。背景には発展途上国をまとめた77カ国グループ戦略がある。

中国が「北京ロードマップ」と位置付けているFTAAP

 習近平国家主席は現地時間11月19日(日本時間20日午前)、ペルーのリマで開催されているAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で「アジア太平洋自由貿易圏FTAAPの実現を断固推進する」と述べた。

 FTAAP(Free Trade Area of the Asia-Pacific)(エフ・タープ)とは、アジア太平洋地域において関税や貿易を制限する措置を取り除き、経済上、幅広い分野での連携の強化を目指す構想で、APEC全域での経済統合を目指している。

 中国の国営テレビCCTVは、ここのところ連日のように習主席の「拉美之行(ラテンアメリカの旅)」が、いかに壮大な戦略に基づいたものであるかを報道し続けていた。

 同時に、2014年11月に北京で開催されたAPEC首脳会談において習主席が提案した「FTAAPの早期実現」を「北京ロードマップ」と称して特集し、トランプ氏の大統領当選により急激に薄まったTPP実現可能性に伴い、自由貿易圏に関する中国の飛躍的な重要性を強調している。

 2014年11月の北京APECで習主席がFTAAPの早期実現を提唱した時には、日米は難色を示し、特にアメリカは、FTAAP早期実現案を阻止しようという言動を見せたと中国は認識し、これまで何度もそのように報道してきた。オバマ大統領を中南海で華々しく迎えた習主席にはそのアメリカを中国側に引き寄せる思惑があったが、TPP構想を何としても実現させようとしていたオバマ大統領は、この点では明確な一線を習主席との間に引いていたとのこと。

 TPPは西側の価値観を共有した貿易ルールに基づいた自由貿易協定で、対中包囲網形成の意味合いが含まれている。



 一方、FTAAPはもともと2004年にカナダが提案したもので、2006年のAPEC首脳会議で「FTAAP構想に関する研究」を開始したときには、アメリカ(ブッシュ政権)は最も積極的にFTAAP構想を支持していた。東アジアで経済統合の動きが加速し続ければ、アメリカが排除された形での大経済圏が構築されることへの懸念が、当時のアメリカにはあったのだろう。ところが、その後、FTAAPには米中ともに加盟するので、「米中がFTA(自由貿易協定)を結ぶことにつながる」として、アメリカは「中国を排除したTPP締結」の方に舵を切ったと中国は認識している。

 その後の中米関係は、急激に冷え込んでいくのである。

 こういった流れと、ここ数日間のCCTVの報道、およびAPECでの習主席の発言を総合すると、中国には以下のような戦略があることが浮かび上がってきた。主としてCCTVの報道から分析するので、報道通り敬称は省略する。

 1.安倍はアメリカがTPPから脱退すれば、世界はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を中心に動くだろうと心配している。RCEPには日本も加盟しているが、参加16カ国(東南アジア諸国連合10カ国、中国、日本、韓国、インド、オーストリア、ニュージーランド)の中で、GDPで最も抜きん出ているのは中国。だから中国を中心に世界が動き始めると、安倍は焦っている。

 2.事実、TPP構想が崩壊するのを恐れたペルーは、中国に接近してRCEP加盟の意思を表明している。マレーシアもベトナムも同様だ。だから中国がRCEPで実力を発揮するのは事実だ。

 3.したがって中国はもちろんRCEPを推進してはいくが、しかしTPPに対抗し得るのはRCEPではなく、FTAAPである。RCEPはアメリカを排除しているので、アメリカがTPPに代わる、「中国を排除した」他の自由貿易圏を構築しようとしたときには、オバマ政権時代後半と同じになってしまう。それは別の形での経済的な対中包囲網の到来を招く。

 4.だからこそ習近平はリマAPECで、他国を排除しないFTAAPの推進を断固、強調したのである。FTAAPにアメリカが入っていることが「ミソ」で、TPP締結の可能性が薄れ、アメリカの次期政権が保護貿易の傾向に動く今だからこそ、中国主導型のFTAAP推進が重要なのである(中国の報道では、あくまでも「FTAAPは中国が主導する北京ロードマップ」と位置付けられている)。

背景には発展途上国「77カ国グループ」戦略

 習主席の「拉美之行」は「中南美之行(中南米の旅)」であり、エクアドル、チリそしてペルーに到る旅路の先に描いているのは「太平洋の両岸にまたがる77カ国グループをまとめあげる構想」だと、CCTVは解説した。



 ニューヨーク時間の11月17日、安倍首相とトランプ次期大統領との会談が非公開で行われた。選挙中に日本を悪しざまに罵倒したトランプ候補者の顔は消え、非常に友好的だったようだ。安倍首相はトランプ氏を「信頼に値する人」と評価している。

 中国はこの会談に関して批判的で、CCTVでも、「安倍・トランプ会談」特集を何度も組んで、つぎのように報道した。

 ●ヒラリーが当選すると思っていた安倍は、トランプの当選に慌てふためき、一刻も早くトランプに接触して、トランプ新政権の人事が決まる前に、トランプを説得しようとした。

 ●大きな目的は二つ。一つは「日米安保関係がアメリカにとっても、いかに有利で重要であるかを説得すること」で、二つ目は「TPPから脱退することは、中国の存在を強化するので、どうかTPPから脱退しないようにと懇願すること」だ。

 ●中国は、日本のようにアメリカに依存していないので、安倍のような「朝貢外交」などをする必要がなく、泰然と自分の方針を貫くだけである。

 ●海外メディア、特に日本メディアは「習近平が出遅れた」といった類の論評を強めているが、それはあまりに視野の狭い分析で、見当違いだ。


「太平洋の両岸」にまたがる「G77+China」構想

 中国に関して「両岸問題」と言えば台湾海峡を指すというのが、これまでの常識で、それは「一つの中国」を大前提として、「大陸と台湾」の中台問題のことであった。

 ところが最近、中国政府関係者の間では別の「両岸」という言葉がしきりに交わされており、またCCTVなどでも頻繁に、もう一つの「両岸」が取り上げられている。

 この「両岸」とは、世界の開発途上国である「77カ国」を結びつける「太平洋の両岸」である。

 日本あるいは中国を中心に世界地図を描いたとき、海を隔てた南半球平面図の左端にあるのはアフリカ大陸であり、右端にあるのは南米大陸である。そこにはまさに、いま習主席が「中南米の旅」として位置づけているラテンアメリカがある。習政権になってから習主席は合計3回ラテンアメリカを訪問しており、訪問したラテンアメリカの国の数は10カ国に上るという。ラテンアメリカ諸国の指導者らも頻繁に中国を訪問し、2015年1月には中国・ラテンアメリカフォーラム第1回閣僚級会議が北京で開かれた。

 アメリカの裏庭を、中国がしっかりつなぎとめているのである。

 トランプ氏と会うのは、この地盤をさらに強固にしてからの方がいいと中国は判断している。



「77カ国グループ」(G77)は、1964年の第一回国連貿易開発会議において「アジア・アフリカ・ラテンアメリカ」といった開発途上国によって形成されたグループで、2012年現在では132カ国になっている(名称は発足当初のG77を使っている)。非同盟組織である。

 中国が国連に加盟したのは1971年10月なので、中国はG77に加盟していないが、2005年に「G77+China」という形で、発展途上国の指導的立場に立つこととなった。

 習近平政権になってからは「G77+China」構想を「国際新秩序」と位置付け、特に2014年6月にボリビアで開催されたG77生誕50周年記念サミットにおいて、習近平政権は「G77+China」が形成する国際新秩序における中国の役割の大きさを強調した。

 今年9月23日、国連本部で開催された「G77+China」外相会議で、中国の劉結一国連大使は、「発展途上国の代表」として「G77+Chinaは団結を強めなければならない」と発言し、アメリカ大統領選後の「国際新秩序」の布石を固めている。

「最大の発展途上国」という言葉に秘められた中国の巨大戦略

 習主席はトランプ氏との電話会談においても、また祝電においても、米中関係を「最大の発展途上国」と「最大の先進国」との関係と位置付けている。その表現の裏には、中国の巨大な地球レベルの戦略が秘められている。

 先進国の経済発展にはすでに限界があり、発展途上国の経済発展ポテンシャルは非常に高い。世界第二の経済大国となっている中国は、先進国の仲間入りをすることを嫌い、あくまでも「中国は発展途上国だ」と自らを位置付ける背景には、この「G77+China」構想があるからである。しかも「ポテンシャルの高い発展途上国のトップにいるリーダー国」という位置づけが重要なのである。

 これを基軸として、中国はトランプ政権発足後の「北京ロードマップ」を強化していくことだろう。

「安倍・トランプ会談」に対して「習近平が出遅れた」「さぞかし悔しがっているだろう」などと言っている場合ではなく、中国のしたたかな戦略を見誤らないようにしなければならない。

 追記:なお一方で、トランプ氏は安倍首相以外の他国の指導者とは会わないとして安倍首相とのみ会ったとのことである。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)



※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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