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朴大統領の人事介入から口裂け女まで 検閲だらけの韓国映画界

ニューズウィーク日本版 2016年11月24日 11時50分

<韓国を揺るがしている朴槿惠大統領とその友人チェ・スンシルによる国政介入疑惑は、政治の世界のみならず政権による映画界への検閲という形でも問題になっている。独裁政権時代から民主化された今もなお韓国映画界を悩ます検閲の実態とは......>

 SBSなど韓国メディアが、連日メディアを騒がせているチェスンシルゲートに関連して、朴槿惠政権による韓国映画界への介入を報道した。政府が大手映画投資配給会社CJのイ・ミンギョン副会長の退陣に関わっていた事実に続き、退陣する前と後の作品の変わり様が注目されている。

 特に、2016年CJが150億ウォンを投資し公開された「仁川上陸作戦」は、まさに愛国心を刺激する作品に仕上がっている。また、2013年に公開されヒットした「弁護人」(日本では今月12日から公開中)は、ノ・ムヒョン元大統領をモデルにした映画だったが、当時投資配給会社だったネクストエンターテイメントワールド(以下NEW)はこの作品公開直後に財務調査が入った。元々NEWは韓国内では進歩的な社風という印象だったが、この一件で政府に目をつけられたのではないかと映画業界でたちまち噂になった。ちなみに、「弁護人」の主人公を演じた役者ソン・ガンホは、この映画以降CJ、ロッテ、NEWの三大映画会社の作品に出演していない状態だ。

 そもそも、こういった政権の圧力ということでなくても韓国ではテレビ、映画などの検閲および視聴対象のレーティングが細かく決められている。韓国に旅行した際に、テレビの右上に黄色い丸に15や19などの数字が書かれたマークが表示されているのを見たという人もいるだろう。また、映画館などでタイトルの横に15や青少年観覧不可などの表示が書かれているのに気づいた人もいたかもしれない。

 これらは全て、国の機関である「映像物等級委員会」が決定している。1966年(当時は「韓国芸術文化倫理委員会」という名称で創立)に設けられ、映画の検閲は1979年からスタートした。現在、映画はそのまま公開前の事前審議だが、テレビの場合は事後審議といい、各テレビ局社内が自ら等級を決めて放送通信委員会が事後審議をするシステムになっている。韓国の等級分類は、映画の場合全年代が観覧可能な全体観覧可、12歳以上、15歳以上、青少年観覧不可、制限上映可能(一定の制限が必要な作品)の5つに分かれて分類されている。テレビは、制限上映可の等級が無い代わりに、7歳以上観覧可能の等級がある。



 ちなみに、映画に関して言えば、作品内容のみならず、映画のポスターや予告編なども細かくチェックされ、委員会から許可が出たもののみが世に出すことを許されるのである。

 私が韓国の映画配給会社でバイヤーとして買い付けた日本映画「口裂け女」は、その名のとおりホラー映画だったので、ポスターも日本のオリジナルデザインをそのまま生かして審査提出したが、3回ものやり直しを要求された。

「口裂け女が持っている包丁が大きすぎるので小さくするように!」
「刃物の血がグロテスクなので茶色に変更!」

など細かな修正後、最終的にはタイトルの「口裂け」にダメ出しが出されてしまった。社内で緊急会議を行った結果「名古屋殺人事件」にせざる終えなかった。裂けた口の写真は、「子供が見ると怖がってしまうためマスクをつけなさい」という委員会の判断で使えず、タイトルもサスペンス殺人事件映画のようになってしまい、結局何の映画なのか分からなくなってしまった。



日本の『口裂け女』オリジナル版とその韓国公開タイトル『나고야 살인사건(名古屋殺人事件)』のポスター
等級委員会からの指摘に合わせるうちに、口裂け女も迫力がなくなり風邪をひいたOLのような感じに...... 

 このように、製作者やバイヤーが意図した方向に上手く進まない作品は少なくない。レーティングが下がり若者に見てもらえれば、それだけ観客動員数も上がる。しかし、だからと言ってグロテスクな描写やホラー要素をカットしてしまうと、子供だましのような味気ない作品となってしまうだろう。映画人らはギリギリの線で勝負したいと考えている。委員会のダメ出しと日々戦いながら映画公開を行っているのである。

 さて、そもそも政府機関「韓国等級委員会」は一体どんな人たちがレーティングを決めているのだろう。公式サイトによると委員の年齢は30〜60代まで。任期は1〜3年で職業も映画監督や映画学科教授、翻訳家、音楽プロデューサーまで様々な人が在籍している。彼らが数人1グループになり公開前の全ての映画をチェックしている。



韓国等級委員会が今月3日から30日まで実施している「正しい映画のための等級分類キャンペーン」のポスター。「約束するよ、評価を確認!」を合い言葉にCJ CGV、ロッテシネマ、メガボックスの3大シネコンと共同で子供、若者が年齢に合った映画を選択できるように啓蒙している。

 では、日本映画を含む外国映画と韓国映画では違いはあるのだろうか。もちろん、ある。まず、等級審議の申請料金から大きな違いがある。申請料金は10分間幾らの計算で映画の全ランニングタイムによって決められる。韓国映画の場合10分間7万ウォン(約6,600円)に対し、外国映画は12万ウォン。一般的な商業映画120分を申請した場合、韓国映画84万ウォン。外国映画は144万ウォンと、60万ウォンもの価格の差が出てしまう。日本の場合では、レーティングを決める機関「映画倫理委員会」の審査料は1分当たり2740円としている。120分映画を審査した場合、32万8800円と韓国よりも高額だが、国内外の映画は関係なく一律同じ値段だ。

 また、しばしば問題視されるのが韓国映画にはレーティングが緩く寛大になっているのではないかという点である。12歳以上観覧可能と15歳以上観覧可能の等級がついた場合、韓国では保護者が一緒なら12歳・15歳未満でもその映画を見ることができる。韓国映画で特に歴史物などは戦争や戦いのシーンが入っていることが多く、血しぶきが飛んだり人が豪快に刺されて殺されるシーンが映し出される。しかし、等級委員会が15歳などの等級をつけた場合は、保護者と映画館に来た幼い子供もその映画を見ることができてしまい、結果的に残酷描写を見せてしまい、公開後憤慨した子供の保護者がよくネットなどで話題にしている。

 もちろん機械が決めるわけでなく、実際に人間が映画を見て、それぞれの感覚で決定し判断を下しているため、仕方が無いとはいえ、ばらつきがあるのは事実である。様々な問題があるにせよ、料金設定などをみると初めから韓国の国内映画産業を守るという点では大きな役割を担う機関なのだろう。今後も映画界の質を高めて、ひいては良質な韓国映画を国内外に提供することを支えていく一助となるよう期待したい。

杉本あずみ

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