<人事登用で強硬保守派とソフト路線のバランスを取ろうとするトランプ政権移行チーム。こうしたビジネス的「使い分け」手法を就任後も続ければ、いずれは「言行不一致」との批判を受けて破綻しかねない>(写真:22日にニューヨーク・タイムズ本社に入る際、群衆に手を振るトランプ)
トランプ次期大統領の政権移行チームについては、大きく2つの動きを見せています。1つは人事で、こちらは依然として難航しているようで、24日の感謝祭の休日までに決定したのはごく少数のポストに過ぎません。
もう1つの動きはイメージ作りです。今月9日未明の勝利宣言の冒頭で宣言したように「対立の傷を癒やして和解を」という動き、つまり激しい中傷合戦によって分断された世論を何とか一つにする、そのためにはイメージアップをしなくてはならないからです。
その意味で、今週22日に実施されたニューヨーク・タイムズのインタビューは、大変に興味深いものでした。このインタビューは、直前まで実現するかどうか危ぶまれていたのですが、ランス・プリーバス氏(共和党全国委員長から、新政権の首席補佐官に内定)が根回しをして実現したもののようです。
【参考記事】トランプが暴言ツイートを再開させた「ハミルトン事件」
インタビューはNY市内のタイムズ本社で行われ、同社のアーサー・サルツバーガー会長以下の幹部が並ぶ中で、トランプ次期大統領との対話を進めるという形式で行われました。
冒頭トランプ氏は、「ミシガン州での勝利が大きかった」ことを強調し、このことは自分が労働者、マイノリティからも選ばれていることを意味しているのだと力説していました。
その上で、「選挙戦を通じてタイムズの自分に対する書き方はヒドかった。ワシントン・ポストもヒドかったが、それは『単発のヒドさ』だった。だが、タイムズは常にヒドかった」と、ひとしきり苦情を言った上で、「だが自分はタイムズ紙にはずっと敬意を払ってきた」ので、和解をしたいと述べたのです。
インタビューを通じての発言もかなりソフトなものでした。まず「ハイル・ヒトラー」の真似をして、「ハイル・トランプ」などと挙手の仕草をしている白人至上主義者のグループに関しては「この種の『オルタナ右翼』が活発化することは望んでいない」と、ピシャリと言っています。
また、選挙戦中はあれほど「特別捜査官を設置してヒラリーを訴追する」と言い続けたにもかかわらず、「ヒラリーへの捜査は行わない」とした上で「私はクリントン夫妻を傷つけたくない。本当にそう思っている。彼女は大変な功績があり、同時に様々な苦悩を背負っている」という言い方で理由を説明していました。
また、パリ条約や地球温暖化について、著名なコラムニストのトーマス・フリードマンが質問すると、「気候変動の理由に関しては、オープンマインドで考えたい。人為的な理由もあるようだ」と述べ、これも選挙戦中の「温暖化否定論」とは異なった見解を述べています。
ということで、非常に中道的なポジションで答えているのです。では、トランプ氏はこのまま「よりソフトな方向」へ寄っていこうとしているのでしょうか?
必ずしもそうでもないようです。どうも、現在の政権移行チームが狙っているのは「バランス」の追求です。つまり「強硬な保守派路線」と、より「広範な支持を狙ったソフト路線」の双方を抱えることで、バランスを取る戦略です。
【参考記事】動き出したトランプ次期政権、「融和」か「独自色」か?
つまり、バランスと言っても「中道現実路線にフォーカスして、実務的な統治能力と、世論との対話能力を磨く」のではなく、「強硬路線」と「ソフト路線」の両方を抱え続けるということです。
例えば、23日水曜日には2人の女性閣僚が発表になりました。これに対して一部では、女性閣僚を登用するのは良いことで「全面的にソフト」な路線へ進んでいるという報道もありますが、そう単純ではないと思います。
確かに、国連大使に起用したニッキー・ヘイリー知事(サウスカロライナ州)は、ティーパーティー系の政治家に区分けされることはありますが、トランスジェンダーの人権問題や、南部連邦旗の扱いなどでは中道的な立場を取っていましたし、何よりも大統領選中のトランプ陣営のことを「人種差別的」だと厳しく批判していたわけです。
外交経験はほぼ皆無であり、閣僚級の国連大使というのは重責であるし、インド系の移民二世で後にキリスト教に改宗するまではシーク教徒として育ったということが、例えばイスラム教文化圏や正教の文化圏の人々とのコミュニケーションを行う上で、プラスなのかマイナスなのかという疑問はあります。それはそれとして、そのようなマイノリティのヘイリー氏を起用するというのは、ある種の「ソフト路線」と言えるでしょう。
ですが、同時に決定した教育長官のベッツィー・デボスという女性は、かなり異なったキャラクターの人物です。まず、この人は「チャーター・スクール」とか「スクール・バウチャー」の強烈な推進派です。つまり、公費による一律公教育に反対し、宗教的な理由などの「独自の教育」を認め、その上で公費による「独自の教育への助成」を推進するという運動をしているのです。
またデボス氏の夫は、有名な生活用品の販売会社「アムウェイ」の創業家であり、実際に同社の経営を担ったこともある人物で、要するにトランプ一家以上の資産家です。そうした経済力を背景に、「全国一律の統一カリキュラム反対」とか「一律の性教育反対・人権教育反対」などの旗を振って、教職員組合から目の敵にされていた人物です。
つまりこのデボス氏の起用は、決して「ソフト路線」とは言えないと思います。デボス氏の場合は、元々のトランプ支持者ではありませんが、共和党の主流の中でも強硬な保守主義を代表する人物で、この人事も「強硬な保守派路線」のカテゴリに入るでしょう。
【参考記事】「トランプ大統領」を喜ぶ中国政府に落とし穴が
そう考えると、首席補佐官に共和党主流派のプリーバス、首席戦略補佐官に「オルタナ保守サイト主宰」のバノンという対照的な人物を配置したことに始まり、とにかく様々な形で「バランス」を考慮した人事が続いているのは確かです。
それはそれで悪いことではないように思いますが、問題は「では、トランプ政権は一言で言えば何を目指しているのか?」と言うことが、こうしたバランス人事では見えてこないことです。
さらに言えば、今回のニューヨーク・タイムズのインタビューに見られるように、リベラルな媒体に対しては「ソフト路線」になるが、相手が保守であれば、今度はそれに迎合して発言が「過激」になるという、その場の空気に応じた「態度の使い分け」をしているのではないかという見方もできます。
悪い意味でのビジネス的な手法で、そんなことを続けていれば、大統領就任以降は「言行不一致」あるいは「言動に一貫性なし」ということで、たちまち政権運営が立ち往生することにもなりかねません。今の政権移行チームが進めている「バランス人事」「発言のバランス感覚」は、就任以降にはあらためてスタイルを変更する必要が出てくるのではないでしょうか。
トランプ次期大統領の政権移行チームについては、大きく2つの動きを見せています。1つは人事で、こちらは依然として難航しているようで、24日の感謝祭の休日までに決定したのはごく少数のポストに過ぎません。
もう1つの動きはイメージ作りです。今月9日未明の勝利宣言の冒頭で宣言したように「対立の傷を癒やして和解を」という動き、つまり激しい中傷合戦によって分断された世論を何とか一つにする、そのためにはイメージアップをしなくてはならないからです。
その意味で、今週22日に実施されたニューヨーク・タイムズのインタビューは、大変に興味深いものでした。このインタビューは、直前まで実現するかどうか危ぶまれていたのですが、ランス・プリーバス氏(共和党全国委員長から、新政権の首席補佐官に内定)が根回しをして実現したもののようです。
【参考記事】トランプが暴言ツイートを再開させた「ハミルトン事件」
インタビューはNY市内のタイムズ本社で行われ、同社のアーサー・サルツバーガー会長以下の幹部が並ぶ中で、トランプ次期大統領との対話を進めるという形式で行われました。
冒頭トランプ氏は、「ミシガン州での勝利が大きかった」ことを強調し、このことは自分が労働者、マイノリティからも選ばれていることを意味しているのだと力説していました。
その上で、「選挙戦を通じてタイムズの自分に対する書き方はヒドかった。ワシントン・ポストもヒドかったが、それは『単発のヒドさ』だった。だが、タイムズは常にヒドかった」と、ひとしきり苦情を言った上で、「だが自分はタイムズ紙にはずっと敬意を払ってきた」ので、和解をしたいと述べたのです。
インタビューを通じての発言もかなりソフトなものでした。まず「ハイル・ヒトラー」の真似をして、「ハイル・トランプ」などと挙手の仕草をしている白人至上主義者のグループに関しては「この種の『オルタナ右翼』が活発化することは望んでいない」と、ピシャリと言っています。
また、選挙戦中はあれほど「特別捜査官を設置してヒラリーを訴追する」と言い続けたにもかかわらず、「ヒラリーへの捜査は行わない」とした上で「私はクリントン夫妻を傷つけたくない。本当にそう思っている。彼女は大変な功績があり、同時に様々な苦悩を背負っている」という言い方で理由を説明していました。
また、パリ条約や地球温暖化について、著名なコラムニストのトーマス・フリードマンが質問すると、「気候変動の理由に関しては、オープンマインドで考えたい。人為的な理由もあるようだ」と述べ、これも選挙戦中の「温暖化否定論」とは異なった見解を述べています。
ということで、非常に中道的なポジションで答えているのです。では、トランプ氏はこのまま「よりソフトな方向」へ寄っていこうとしているのでしょうか?
必ずしもそうでもないようです。どうも、現在の政権移行チームが狙っているのは「バランス」の追求です。つまり「強硬な保守派路線」と、より「広範な支持を狙ったソフト路線」の双方を抱えることで、バランスを取る戦略です。
【参考記事】動き出したトランプ次期政権、「融和」か「独自色」か?
つまり、バランスと言っても「中道現実路線にフォーカスして、実務的な統治能力と、世論との対話能力を磨く」のではなく、「強硬路線」と「ソフト路線」の両方を抱え続けるということです。
例えば、23日水曜日には2人の女性閣僚が発表になりました。これに対して一部では、女性閣僚を登用するのは良いことで「全面的にソフト」な路線へ進んでいるという報道もありますが、そう単純ではないと思います。
確かに、国連大使に起用したニッキー・ヘイリー知事(サウスカロライナ州)は、ティーパーティー系の政治家に区分けされることはありますが、トランスジェンダーの人権問題や、南部連邦旗の扱いなどでは中道的な立場を取っていましたし、何よりも大統領選中のトランプ陣営のことを「人種差別的」だと厳しく批判していたわけです。
外交経験はほぼ皆無であり、閣僚級の国連大使というのは重責であるし、インド系の移民二世で後にキリスト教に改宗するまではシーク教徒として育ったということが、例えばイスラム教文化圏や正教の文化圏の人々とのコミュニケーションを行う上で、プラスなのかマイナスなのかという疑問はあります。それはそれとして、そのようなマイノリティのヘイリー氏を起用するというのは、ある種の「ソフト路線」と言えるでしょう。
ですが、同時に決定した教育長官のベッツィー・デボスという女性は、かなり異なったキャラクターの人物です。まず、この人は「チャーター・スクール」とか「スクール・バウチャー」の強烈な推進派です。つまり、公費による一律公教育に反対し、宗教的な理由などの「独自の教育」を認め、その上で公費による「独自の教育への助成」を推進するという運動をしているのです。
またデボス氏の夫は、有名な生活用品の販売会社「アムウェイ」の創業家であり、実際に同社の経営を担ったこともある人物で、要するにトランプ一家以上の資産家です。そうした経済力を背景に、「全国一律の統一カリキュラム反対」とか「一律の性教育反対・人権教育反対」などの旗を振って、教職員組合から目の敵にされていた人物です。
つまりこのデボス氏の起用は、決して「ソフト路線」とは言えないと思います。デボス氏の場合は、元々のトランプ支持者ではありませんが、共和党の主流の中でも強硬な保守主義を代表する人物で、この人事も「強硬な保守派路線」のカテゴリに入るでしょう。
【参考記事】「トランプ大統領」を喜ぶ中国政府に落とし穴が
そう考えると、首席補佐官に共和党主流派のプリーバス、首席戦略補佐官に「オルタナ保守サイト主宰」のバノンという対照的な人物を配置したことに始まり、とにかく様々な形で「バランス」を考慮した人事が続いているのは確かです。
それはそれで悪いことではないように思いますが、問題は「では、トランプ政権は一言で言えば何を目指しているのか?」と言うことが、こうしたバランス人事では見えてこないことです。
さらに言えば、今回のニューヨーク・タイムズのインタビューに見られるように、リベラルな媒体に対しては「ソフト路線」になるが、相手が保守であれば、今度はそれに迎合して発言が「過激」になるという、その場の空気に応じた「態度の使い分け」をしているのではないかという見方もできます。
悪い意味でのビジネス的な手法で、そんなことを続けていれば、大統領就任以降は「言行不一致」あるいは「言動に一貫性なし」ということで、たちまち政権運営が立ち往生することにもなりかねません。今の政権移行チームが進めている「バランス人事」「発言のバランス感覚」は、就任以降にはあらためてスタイルを変更する必要が出てくるのではないでしょうか。