<現在、トルコ国内ではトランプの勝利を肯定的に評価する見方が広がっている。シリア内戦、対IS、クーデタ未遂の首謀者とされるギュレン師の引き渡しは、どうなるのか>
トルコにとってトランプの勝利が望ましかった理由
2016年のアメリカ大統領選挙は当初の予想に反し、ドナルド・トランプが大統領に選ばれた。重要な同盟国であるとともに、中東の地域秩序の今後に大きな影響を及ぼすアメリカの大統領選挙はトルコの政策決定者たちも興味深く見守っていた。
現在、トルコ国内ではトランプの勝利を肯定的に評価する見方が広がっている。その理由は大きく2つである。
第一に、トランプは相対的にヒラリー・クリントンよりもシリア内戦でトルコ寄りの行動をとると予想されるためである。トランプの対シリア政策の中身はいまだに不明瞭な部分が多いのに対し、クリントンは10月9日の第二回討論会で、シリアにおいてクルド勢力がアメリカのベスト・パートナーであり、クルド勢力に武器を提供する予定だと発言していた。このクリントンの発言は、シリアの民主統一党(PYD)とその軍事組織である人民防衛隊(YPG)をトルコ国内の非合法武装組織、クルディスタン労働者党(PKK)と同一の組織と位置付けるトルコにとっては受け入れがたいものであった。
第二に、7月15日のクーデタ未遂の首謀者とされ、トルコ政府が名指し批判しているフェトフッラー・ギュレン師の引き渡しに関して、クリントンよりもトランプの方が前向きに応じると考えられるためである。ギュレン師の引き渡しに対し、オバマ大統領は難色を示しており、また、ギュレン運動の関係企業がクリントン陣営に200万ドル献金していたと言われている。
このような理由から、トルコ政府およびエルドアン大統領はトランプの勝利を歓迎した。エルドアンはトランプに祝電を送るとともに、「トランプ政権とトルコ政府は、シリアとイラクに関して共通の将来を見通すことができる」と期待を口にしている。また、EU諸国の首脳がトランプ氏の勝利に難色を示していることを批判し、「民主主義は選挙に基づくものではないのか」と発言している。トランプのイスラーム教徒を危険視する発言を危惧する人々に対しては、「間違いは修正されるだろう」と一蹴している。
トルコ政府を支持するマイケル・フリン
トランプ政権で国家安全保障補佐官に就任することが決定したマイケル・フリンはイスラーム教徒を安全保障上の脅威とたびたび発言しているが、一方でトルコ政府の支持を打ち出している。フリンは、選挙当日の11月8日にThe Hillに投稿した「同盟国トルコは危機に瀕しており、我々の支援が必要だ」と題した論考において、トルコはアメリカにとって対「イスラーム国(IS)」、そして中東地域の安定に関して最も強力な同盟国であると持ち上げ、オバマ大統領やビル・クリントン元大統領が、トルコ政府がテロ組織と位置付けるギュレン運動とその中心であるギュレン師と良好な関係を保っているとし、批判している。そして、フリンはギュレン師のアメリカからの放逐を主張したのである。フリンの論考には多くの矛盾があるものの、トルコを同盟国として重視する姿勢、そしてギュレン師の引き渡しに応じる姿勢は明確に見てとれる。
ラッカにおける対IS作戦を見据える両国
最後にシリア内戦をめぐる現在のトルコとアメリカの関係についても触れておきたい。以前このコラムでも触れたように、トルコは今年の8月24日以降、シリアにおいてISの排除とPYDおよびYPGの勢力拡大阻止を目指し、「ユーフラテスの盾」作戦を実施している。ISの排除という点に関しては、トルコおよびトルコが支援する自由シリア軍、アメリカ、ロシア、PYDおよびYPGも利害が一致している。そして、現在焦点となっているのは、ISの本拠地、ラッカ攻撃に際し、上記したアクターが足並みを揃えることができるかという点である。
【参考記事】トルコはなぜシリアに越境攻撃したのか
エルドアン大統領は、当初、「テロ組織とは共闘できない」として、PYDおよびYPGとの共闘に難色を示した。しかし、11月6日にアンカラでトルコのフルス・アカル統合参謀総長とアメリカのジョセフ・ダンフォード統合参謀総長が4時間半にわたり会談し、両国がラッカ攻撃で協力することで合意した。
ここでは、(1)PYD、YPG、YPGとアラブ人からなるシリア民主連合(SDF)というトルコがPKKと同一視するクルド勢力がラッカを占領することにアメリカは同意しない、(2)自由シリア軍とトルコ軍が展開しているアル・バーブにおけるアメリカの支援、(3)北イラクのニーナワー県スィンジャールへのPKKの進出の阻止、が確認された。このように、両国はラッカの対IS戦に向け、クルド勢力の処遇に関してわだかまりを残しつつも一応足並みは揃えた。
トランプの大統領就任とラッカの対IS戦に向けたアメリカとの協調は、トルコの外交にとって追い風となっているように見える。しかし、いまだにトランプ政権の外交は不透明な部分が多く、しばらくの間、両国関係は手探りの関係が続くことになるだろう。
【参考記事】注目のキーワード:トルコ
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
トルコにとってトランプの勝利が望ましかった理由
2016年のアメリカ大統領選挙は当初の予想に反し、ドナルド・トランプが大統領に選ばれた。重要な同盟国であるとともに、中東の地域秩序の今後に大きな影響を及ぼすアメリカの大統領選挙はトルコの政策決定者たちも興味深く見守っていた。
現在、トルコ国内ではトランプの勝利を肯定的に評価する見方が広がっている。その理由は大きく2つである。
第一に、トランプは相対的にヒラリー・クリントンよりもシリア内戦でトルコ寄りの行動をとると予想されるためである。トランプの対シリア政策の中身はいまだに不明瞭な部分が多いのに対し、クリントンは10月9日の第二回討論会で、シリアにおいてクルド勢力がアメリカのベスト・パートナーであり、クルド勢力に武器を提供する予定だと発言していた。このクリントンの発言は、シリアの民主統一党(PYD)とその軍事組織である人民防衛隊(YPG)をトルコ国内の非合法武装組織、クルディスタン労働者党(PKK)と同一の組織と位置付けるトルコにとっては受け入れがたいものであった。
第二に、7月15日のクーデタ未遂の首謀者とされ、トルコ政府が名指し批判しているフェトフッラー・ギュレン師の引き渡しに関して、クリントンよりもトランプの方が前向きに応じると考えられるためである。ギュレン師の引き渡しに対し、オバマ大統領は難色を示しており、また、ギュレン運動の関係企業がクリントン陣営に200万ドル献金していたと言われている。
このような理由から、トルコ政府およびエルドアン大統領はトランプの勝利を歓迎した。エルドアンはトランプに祝電を送るとともに、「トランプ政権とトルコ政府は、シリアとイラクに関して共通の将来を見通すことができる」と期待を口にしている。また、EU諸国の首脳がトランプ氏の勝利に難色を示していることを批判し、「民主主義は選挙に基づくものではないのか」と発言している。トランプのイスラーム教徒を危険視する発言を危惧する人々に対しては、「間違いは修正されるだろう」と一蹴している。
トルコ政府を支持するマイケル・フリン
トランプ政権で国家安全保障補佐官に就任することが決定したマイケル・フリンはイスラーム教徒を安全保障上の脅威とたびたび発言しているが、一方でトルコ政府の支持を打ち出している。フリンは、選挙当日の11月8日にThe Hillに投稿した「同盟国トルコは危機に瀕しており、我々の支援が必要だ」と題した論考において、トルコはアメリカにとって対「イスラーム国(IS)」、そして中東地域の安定に関して最も強力な同盟国であると持ち上げ、オバマ大統領やビル・クリントン元大統領が、トルコ政府がテロ組織と位置付けるギュレン運動とその中心であるギュレン師と良好な関係を保っているとし、批判している。そして、フリンはギュレン師のアメリカからの放逐を主張したのである。フリンの論考には多くの矛盾があるものの、トルコを同盟国として重視する姿勢、そしてギュレン師の引き渡しに応じる姿勢は明確に見てとれる。
ラッカにおける対IS作戦を見据える両国
最後にシリア内戦をめぐる現在のトルコとアメリカの関係についても触れておきたい。以前このコラムでも触れたように、トルコは今年の8月24日以降、シリアにおいてISの排除とPYDおよびYPGの勢力拡大阻止を目指し、「ユーフラテスの盾」作戦を実施している。ISの排除という点に関しては、トルコおよびトルコが支援する自由シリア軍、アメリカ、ロシア、PYDおよびYPGも利害が一致している。そして、現在焦点となっているのは、ISの本拠地、ラッカ攻撃に際し、上記したアクターが足並みを揃えることができるかという点である。
【参考記事】トルコはなぜシリアに越境攻撃したのか
エルドアン大統領は、当初、「テロ組織とは共闘できない」として、PYDおよびYPGとの共闘に難色を示した。しかし、11月6日にアンカラでトルコのフルス・アカル統合参謀総長とアメリカのジョセフ・ダンフォード統合参謀総長が4時間半にわたり会談し、両国がラッカ攻撃で協力することで合意した。
ここでは、(1)PYD、YPG、YPGとアラブ人からなるシリア民主連合(SDF)というトルコがPKKと同一視するクルド勢力がラッカを占領することにアメリカは同意しない、(2)自由シリア軍とトルコ軍が展開しているアル・バーブにおけるアメリカの支援、(3)北イラクのニーナワー県スィンジャールへのPKKの進出の阻止、が確認された。このように、両国はラッカの対IS戦に向け、クルド勢力の処遇に関してわだかまりを残しつつも一応足並みは揃えた。
トランプの大統領就任とラッカの対IS戦に向けたアメリカとの協調は、トルコの外交にとって追い風となっているように見える。しかし、いまだにトランプ政権の外交は不透明な部分が多く、しばらくの間、両国関係は手探りの関係が続くことになるだろう。
【参考記事】注目のキーワード:トルコ
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)