<人を動かす力である「影響力」は、何も有名人や政治家だけが持つのではない。影響力の50のノウハウのひとつ、「誘惑する」とはどういうことか>
米タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」にはそうそうたる顔ぶれが並んでいる。だが、そもそも影響力とは何だろうか。「他に働きかけ、考えや動きを変えさせるような力」(デジタル大辞泉より)――確かにそうなのだが、実感しづらく、縁遠いものに感じる人もいるかもしれない。
しかし、影響力は何も、有名人や政治家だけが持っているものではない。実際、ビジネスコンサルタントのスティーブン・ピアスによれば、仕事でふさわしい給与をもらえるかどうか、会議での発言がまともに取り上げられるかどうかも、すべて影響力次第なのだ。
ピアスは世界各地の有力者に取材し、新刊『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる 影響力の秘密50』(服部真琴訳、CCCメディアハウス)で、影響力を獲得する50のノウハウを提供している。
ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。第2回は「3 誘惑する」より。他人や組織を動かすために、インセンティブを与えたり、自分より有名な誰かに便乗(ピギーバック)したりすることを推奨しているが、具体的にはどのようにすればいいのか。
『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる
影響力の秘密50』
スティーブン・ピアス 著
服部真琴 訳
CCCメディアハウス
※シリーズ第1回:給料が安いと感じているあなたは、おそらく影響力が足りない
◇ ◇ ◇
3 誘惑する
オーディエンスがいなければ、影響力は存在しない。プレゼンに耳を傾ける生身の聴衆であれ、ポッドキャストやブログを定期的に聴いたり読んだりするバーチャルな存在であれ、オーディエンスを手に入れなければならない。問題は、競合相手がひしめくなかで、いかに自分の話を聞いてもらうか。もっと大声で言えばいい、怒鳴り声で周囲の騒音をかき消せばいいと思いがちだが、それがベストとは限らない。
私の家には猫が2匹いる。猫を飼っている人なら知っているように、彼らはかなり気ままな生き物だ。ある日のこと、片方の猫が冒険に乗り出した。外へ出て家の壁をよじ登り、屋根の端に立って、10メートル下にいる私たちの驚いた顔を見つめていた。落っこちるのではないかと恐怖に駆られた私は、とっさに叫んだ。「ジョージ! 降りてこい! 今すぐ!」。声を張り上げても、猫は知らんふりするばかり。私ははしごをかけて登った。手を伸ばせば届きそうだが、つかまえようとするたびに猫は少しずつ離れていく。私たちがにらみ合っているうちに、はしごがぐらつきだした......。そのとき、妻がいいことを思いついた。皿にミルクを入れ、玄関に置いたのだ。皿が敷石に当たる音がしたとたん、ジョージは排水管を伝って駆け降りた。そして大喜びでミルクをなめながら、そろそろとはしごを下りる私を横目でうさんくさそうに見ていた。
もうお気づきかと思うが、この話のポイントは「強要より誘惑が効果的なときもある」。追いかけ回して無理やり話を聞かせるのでなく、自然と話を聞く気になってもらうのが理想的な状態だ。あなたの「ミルクを入れた皿」は何か。人々を誘惑して引き込むために、あなたは何をできる?
インセンティブを提供する
相手が人間でも「皿にミルク」のアプローチが使える。食べ物や飲み物で釣るのは、古い手だが効果的だ。私はよくランチタイムにセミナーなどを開催するが、参加者が最も多いのは無料のサンドウィッチを用意したとき。それでかまわない。何に惹かれて来たのであろうと、私は気にしない。オーディエンスがいる限り。サンドウィッチのために来た人が講演の内容に驚き、次は私の話を聞くために来てくれたら、うれしいことだ。
インセンティブはほかにもある(ただし札束は除く)。たとえば、仕事やプライベートで役立つ何か。オンラインの場合、「個人的な達成+利便性」が効くだろう。最小限の時間で十分な情報を与え、人間の基本的な欲求(カネを稼ぎたい、時間を節約したい、痩せたい、幸せになりたい)を満たす助けになれれば、オーディエンスはついてくる。
【参考記事】ポジティブ思考信仰の危険な落とし穴
スリルを駆使する
当然ながら、オーディエンスには大きな価値を提供したい。そう願うあまり、人は時に「質」と「量」を混同する。プレゼンの際、疑問点がないようにと詳細や補足を盛り込んだり、必要かどうかを考えずに顧客にアラートメールを山ほど送ったり......。
ディケンズに学ぼう。ヴィクトリア時代を代表する作家である彼は、作品をまとめて読ませなかった。彼の小説は連載や分冊の形で発表された――月に1度、あるいは週に1度、小分けにして。この形式は、期待を高めるうえで絶大な効果があった。読者はわくわくして次の回を待ち、最新エピソードの発表は一大イベントになった。
教訓――オーディエンスが欲しいなら、隠せ。1時間半かけて一度に話すのでなく、40分ずつ3回に分けて話そう。答えをすべて教えず、相手に自分で考えさせよう。謎によって興味をかき立てよう(このパラグラフにもある意図的な誤りを隠しておいたが、気づいただろうか?)。私が最も影響力を感じる話し手の一部は、自然なやり方で謎をかけられる。だからこそ彼らは、よくあるアドバイスどおりに「これから何を話すかを話し、それを話し、何を話したかを話す」人より聴衆の心を動かす。
オーディエンスに謎を出そう。最初に難問を提示し、最後まで聞けば答えがわかると約束しよう。いや、もっといいのは話の最後に問いかけをすること。そして次の回で答えを教えると約束することだ。影響力は時に、内容の濃度ではなく隙間に宿る。
スリップストリームとピギーバック
商業用不動産の専門家なら、ショッピングモールの集客を左右するものはたったひとつだと知っている。魅力的な「中核テナント」の確保だ。こうしたテナントとはたいてい、大勢の客を呼び込める有名デパート。デパートで買い物をした人が、帰りがけにシューズショップや食料品店、高級オーディオ専門店に立ち寄り、そこにもカネを落としていく仕組みだ。
この戦略は、モータースポーツなどで使われる「スリップストリーム」と似ている。前を行くマシンが巻き起こす空気流を利用して、相手を抜き去るテクニックだ。オーディエンス獲得を目指すときもこの戦略が使える。自分より有名な誰かを呼び込めれば、その人気に便乗(ピギーバック)することができる。彼ら目当てのオーディエンスの一部を、自分のファンに変えることも。
影響力がある人が、あなたの名前を売ることに協力してくれるだろうか。「奉仕の精神」を持つ寛大な人物なら、あなたのプロジェクトに価値を感じるなら、それともプライドをくすぐられたなら、ありうる。「有力者の秘訣」をテーマにしたポッドキャストに出演してくださいと頼まれたら、なかなか断れないものだ。
ブロガーのブラッドは、有名ブロガーにインタビューする手法で人気を集めた。「簡単な話だった。何人かの有名人に話を聞いただけだ。ほとんどの相手は進んでファン開拓法を教えてくれたし、それを紹介することで彼らのファンの一部、一部といってもかなりの数を自分のファンにした。コツは相手の時間を無駄にしないこと、プロフェッショナルな態度で接すること、断られたときはしつこくしないことだ」
【参考記事】レジリエンス(逆境力)は半世紀以上前から注目されてきた
※シリーズ第3回:自分の代わりに自分を宣伝してくれる人を育てよ
『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる
影響力の秘密50』
スティーブン・ピアス 著
服部真琴 訳
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
米タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」にはそうそうたる顔ぶれが並んでいる。だが、そもそも影響力とは何だろうか。「他に働きかけ、考えや動きを変えさせるような力」(デジタル大辞泉より)――確かにそうなのだが、実感しづらく、縁遠いものに感じる人もいるかもしれない。
しかし、影響力は何も、有名人や政治家だけが持っているものではない。実際、ビジネスコンサルタントのスティーブン・ピアスによれば、仕事でふさわしい給与をもらえるかどうか、会議での発言がまともに取り上げられるかどうかも、すべて影響力次第なのだ。
ピアスは世界各地の有力者に取材し、新刊『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる 影響力の秘密50』(服部真琴訳、CCCメディアハウス)で、影響力を獲得する50のノウハウを提供している。
ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。第2回は「3 誘惑する」より。他人や組織を動かすために、インセンティブを与えたり、自分より有名な誰かに便乗(ピギーバック)したりすることを推奨しているが、具体的にはどのようにすればいいのか。
『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる
影響力の秘密50』
スティーブン・ピアス 著
服部真琴 訳
CCCメディアハウス
※シリーズ第1回:給料が安いと感じているあなたは、おそらく影響力が足りない
◇ ◇ ◇
3 誘惑する
オーディエンスがいなければ、影響力は存在しない。プレゼンに耳を傾ける生身の聴衆であれ、ポッドキャストやブログを定期的に聴いたり読んだりするバーチャルな存在であれ、オーディエンスを手に入れなければならない。問題は、競合相手がひしめくなかで、いかに自分の話を聞いてもらうか。もっと大声で言えばいい、怒鳴り声で周囲の騒音をかき消せばいいと思いがちだが、それがベストとは限らない。
私の家には猫が2匹いる。猫を飼っている人なら知っているように、彼らはかなり気ままな生き物だ。ある日のこと、片方の猫が冒険に乗り出した。外へ出て家の壁をよじ登り、屋根の端に立って、10メートル下にいる私たちの驚いた顔を見つめていた。落っこちるのではないかと恐怖に駆られた私は、とっさに叫んだ。「ジョージ! 降りてこい! 今すぐ!」。声を張り上げても、猫は知らんふりするばかり。私ははしごをかけて登った。手を伸ばせば届きそうだが、つかまえようとするたびに猫は少しずつ離れていく。私たちがにらみ合っているうちに、はしごがぐらつきだした......。そのとき、妻がいいことを思いついた。皿にミルクを入れ、玄関に置いたのだ。皿が敷石に当たる音がしたとたん、ジョージは排水管を伝って駆け降りた。そして大喜びでミルクをなめながら、そろそろとはしごを下りる私を横目でうさんくさそうに見ていた。
もうお気づきかと思うが、この話のポイントは「強要より誘惑が効果的なときもある」。追いかけ回して無理やり話を聞かせるのでなく、自然と話を聞く気になってもらうのが理想的な状態だ。あなたの「ミルクを入れた皿」は何か。人々を誘惑して引き込むために、あなたは何をできる?
インセンティブを提供する
相手が人間でも「皿にミルク」のアプローチが使える。食べ物や飲み物で釣るのは、古い手だが効果的だ。私はよくランチタイムにセミナーなどを開催するが、参加者が最も多いのは無料のサンドウィッチを用意したとき。それでかまわない。何に惹かれて来たのであろうと、私は気にしない。オーディエンスがいる限り。サンドウィッチのために来た人が講演の内容に驚き、次は私の話を聞くために来てくれたら、うれしいことだ。
インセンティブはほかにもある(ただし札束は除く)。たとえば、仕事やプライベートで役立つ何か。オンラインの場合、「個人的な達成+利便性」が効くだろう。最小限の時間で十分な情報を与え、人間の基本的な欲求(カネを稼ぎたい、時間を節約したい、痩せたい、幸せになりたい)を満たす助けになれれば、オーディエンスはついてくる。
【参考記事】ポジティブ思考信仰の危険な落とし穴
スリルを駆使する
当然ながら、オーディエンスには大きな価値を提供したい。そう願うあまり、人は時に「質」と「量」を混同する。プレゼンの際、疑問点がないようにと詳細や補足を盛り込んだり、必要かどうかを考えずに顧客にアラートメールを山ほど送ったり......。
ディケンズに学ぼう。ヴィクトリア時代を代表する作家である彼は、作品をまとめて読ませなかった。彼の小説は連載や分冊の形で発表された――月に1度、あるいは週に1度、小分けにして。この形式は、期待を高めるうえで絶大な効果があった。読者はわくわくして次の回を待ち、最新エピソードの発表は一大イベントになった。
教訓――オーディエンスが欲しいなら、隠せ。1時間半かけて一度に話すのでなく、40分ずつ3回に分けて話そう。答えをすべて教えず、相手に自分で考えさせよう。謎によって興味をかき立てよう(このパラグラフにもある意図的な誤りを隠しておいたが、気づいただろうか?)。私が最も影響力を感じる話し手の一部は、自然なやり方で謎をかけられる。だからこそ彼らは、よくあるアドバイスどおりに「これから何を話すかを話し、それを話し、何を話したかを話す」人より聴衆の心を動かす。
オーディエンスに謎を出そう。最初に難問を提示し、最後まで聞けば答えがわかると約束しよう。いや、もっといいのは話の最後に問いかけをすること。そして次の回で答えを教えると約束することだ。影響力は時に、内容の濃度ではなく隙間に宿る。
スリップストリームとピギーバック
商業用不動産の専門家なら、ショッピングモールの集客を左右するものはたったひとつだと知っている。魅力的な「中核テナント」の確保だ。こうしたテナントとはたいてい、大勢の客を呼び込める有名デパート。デパートで買い物をした人が、帰りがけにシューズショップや食料品店、高級オーディオ専門店に立ち寄り、そこにもカネを落としていく仕組みだ。
この戦略は、モータースポーツなどで使われる「スリップストリーム」と似ている。前を行くマシンが巻き起こす空気流を利用して、相手を抜き去るテクニックだ。オーディエンス獲得を目指すときもこの戦略が使える。自分より有名な誰かを呼び込めれば、その人気に便乗(ピギーバック)することができる。彼ら目当てのオーディエンスの一部を、自分のファンに変えることも。
影響力がある人が、あなたの名前を売ることに協力してくれるだろうか。「奉仕の精神」を持つ寛大な人物なら、あなたのプロジェクトに価値を感じるなら、それともプライドをくすぐられたなら、ありうる。「有力者の秘訣」をテーマにしたポッドキャストに出演してくださいと頼まれたら、なかなか断れないものだ。
ブロガーのブラッドは、有名ブロガーにインタビューする手法で人気を集めた。「簡単な話だった。何人かの有名人に話を聞いただけだ。ほとんどの相手は進んでファン開拓法を教えてくれたし、それを紹介することで彼らのファンの一部、一部といってもかなりの数を自分のファンにした。コツは相手の時間を無駄にしないこと、プロフェッショナルな態度で接すること、断られたときはしつこくしないことだ」
【参考記事】レジリエンス(逆境力)は半世紀以上前から注目されてきた
※シリーズ第3回:自分の代わりに自分を宣伝してくれる人を育てよ
『ここぞというとき人を動かす自分を手に入れる
影響力の秘密50』
スティーブン・ピアス 著
服部真琴 訳
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部