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「トランプとプーチンとポピュリストの枢軸」が来年、EUを殺す

ニューズウィーク日本版 2016年12月6日 19時0分

<トランプの米大統領選勝利後、次第に浮かび上がる不吉な枢軸。ヨーロッパのリベラルな秩序は最大の危機に瀕している>

 2017年はリベラルなヨーロッパが総崩れしかねない。四方八方からポピュリスト勢力に挟まれれば、ヨーロッパはプレッシャーに耐えきれないかもしれない。

 ヨーロッパでは、左派右派を問わずポピュリスト政党がリベラルな既存秩序に対抗し、巻き返しを図っている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の支援も得た欧州各国の反乱に、今やドナルド・トランプのアメリカが加わった。EUは早々にその「犠牲」になりかねない。

 来年がカギだ。欧州各国の未来を決定づける選挙が目白押しだ。フランスやオランダ、ドイツで行われる国政選挙では、反EUを掲げるポピュリスト政党の躍進が見込まれる。

 来年4~5月の仏大統領選は最も重要だ。フランスのEU離脱(フレグジット)の是非を問う国民投票を実施すると公約に掲げた極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は、大統領選第1回投票で上位2候補に入っても、決選投票では敗れると予想されている。だがポピュリズムの波に乗る国民戦線には勢いがある。何よりトランプが大統領選を制した後となっては、世論調査はもはや当てにできない。

【参考記事】テロ後のフランスで最も危険な極右党首ルペン

ルペンが勝てばEUは終わる

 フランス抜きでEUが生き残れるはずもなく、ルペンが勝てば、EUは終わったも同然だ。

 戦いはもう始まっている。先週末には、オーストリアで大統領選のやり直し選挙、イタリアでは憲法改正の是非を問う国民投票が実施された。オーストリアでは極右・自由党の候補ノルベルト・ホーファーが僅差でリベラル系の候補に敗れ、EU初の「極右」の国家元首の誕生は辛うじて阻止された。ホーファーは選挙戦で、EU離脱の是非を問う国民投票の実施を示唆するなど、反EUを鮮明にしていた。

 イタリアではマテオ・レンツィ首相が、不安定な政情を正すことを目的にした憲法改正案の是非を問う国民投票に挑んだが、開票の結果は大差で否決。レンツィは辞任の意向を表明した。これにより来年の解散総選挙の可能性が浮上し、反既得権益と反EUを標榜する「五つ星運動」がますます勢いに乗りそうだ。

【参考記事】国民投票とポピュリスト政党、イタリアの危険過ぎるアンサンブル

 欧州各国で右派や左派のポピュリスト政党が台頭したのは、財政危機と難民危機をきっかけだった。その躍進を支えたのは大衆の不満だ。リベラルなエリート層がグローバル化によって利益を享受する反面、自分たちは異質の文化の脅威にさらされ、置き去りにされていると感じていた。



 極右に言わせると、移民が侵入できないよう国境を閉鎖し、社会保守的な価値観に回帰するなどして国家を創り直せば既存の問題は解決できる。一方の極左は、グローバル化された資本主義システムをぶち壊すべきだと主張する。アプローチは異なるが、EUとリベラルな思想の解消を目指す点は両者に共通する。

 欧州のエリートが集う政治の中心部で、イギリスのボリス・ジョンソンに代表される日和見主義者たちは、ポピュリストの波がもたらす好機を敏感に察知した。彼らは反EUの根拠を並べ立てて「post-truth(世論形成で、客観的事実より感情や個人的信念が影響力を持つ状況)」を応用し、しまいには政治の世界で足場を築くまでに至った。

 欧州の東隣に位置するロシアは、欧州のポピュリストがもたらす地政学的な恩恵を心得ている。ここ数年来、ロシアは右派左派を問わず、それらの政党を味方に取り込んできた。EUを弱体化させ分断させるという戦略的な利益を上げたいプーチンにとって、彼らの存在は好都合であり、イデオロギーの通じる仲間と見なしている。ポピュリスト政党は、ロシアへの経済制裁の解除やEUによるウクライナ支援の中止を訴えるなど、親ロシアの立場をとる傾向がある。

あらゆる分裂はロシアを利する

 イギリスのEU離脱(ブレグジット)を決めた国民投票や、EUとウクライナの政治・経済面での関係強化に向けて調印した「連合協定」を否決したオランダの国民投票をはじめ、既成政治の崩壊は、EUが手がけてきた壮大なプロジェクトをぶち壊すのにとりわけ威力を発揮している。EUの組織や統合が弱まれば、欧州各国の間で対立を引き起こしたいロシアにとって好都合なうえ、究極的にはヨーロッパ全体におけるロシアの影響力拡大につながる。ポーランドやフィンランドで反ロシアを訴えるポピュリスト政党でさえ、EU域内で政治的な分裂を目指してくれるのであればロシアは利益を得られる。

 ロシアは数々のポピュリスト政党をありとあらゆる手法で支援する。ロシアの国営メディア「RT」や「スプートニク」で宣伝機会を提供し、欧州各地の「国民戦線」にはローンによる財政支援も惜しまない。フランスとドイツの国政選挙を来年に控え、アメリカでトランプの大躍進を成功させた要領で、ロシアが独仏両国にもサイバー攻撃を仕掛けて選挙に介入するかどうか、予断を許さない。



 トランプが大統領選を制したことは、欧州のポピュリストたちにとって「もはやあり得ないことはない」という証になった。世論調査や市場や専門家の予測を物ともせず、トランプはアメリカに蔓延していた不満につけ込み、既成政党(共和党)をハイジャックし、「反エスタブリッシュメント」の側として勝利を手にした。

 欧州のポピュリストにとって、トランプの勝利は自分たちへの刺激や自信になっただけでなく、最高権力と手を組む可能性も意味する。大統領の座を射止めてから数日後、トランプがニューヨークにあるトランプタワーの金ピカの自宅に招き入れたのは、ブレグジットを牽引した反EU政党、イギリス独立党のナイジェル・ファラージ党首代行だった。欧州の政治家で、大統領選後のトランプと会談したのはファラージが初めて。ダウニング街10番地(イギリス政府)には意も介さず、トランプはファラージを駐米イギリス大使に推したいと勝手に指名した。

【参考記事】トランプ氏が英国独立党党首ファラージを駐米大使に指名?──漂流する米英「特別関係」

 トランプと欧州各国のポピュリストとの連携は、単なる政治的な連帯を超越するかもしれない。トランプ政権で首席戦略官と上級顧問に就任する白人至上主義者スティーブ・バノンは、かねてからフランスのルペンに取り入る様子が報道されていた。さらに彼は来年実施されるフランスとドイツの選挙に先がけて、保守系ウェブサイト「ブレイトバート・ニュース」のフランス版とドイツ版を立ち上げようと画策している。すでにイギリス版はブレグジットの牽引に一役買った。

【参考記事】トランプの首席戦略官バノンは右翼の女性差別主義者

NATOも解体か

 ヨーロッパにおけるトランプの外交政策によってリベラルな政党は守勢に追い込まれ、ポピュリストの思う壺になるだろう。トランプはロシアと取引を成立させたい願望が見え透いており、米政府によるヨーロッパの安全保障政策を格下げ、もしくは同盟の破棄にすら前向きな姿勢を見せていることから、NATOが骨抜きにされる可能性がある。

 そうなればヨーロッパ連帯の基礎が根本的に傷つけられ、欧州各国がNATOに替わる安全保障協定を奪い合ったり新しい政策を強要されたりすれば、欧州の構成国としての各国の不和が一層悪化する。

 トランプのアメリカと、プーチンのロシア、ヨーロッパのポピュリスト政党で構成される新たな枢軸は、リベラルなヨーロッパにとって毒のような組み合わせだ。リベラルな秩序を守るために立ち上がるなら、今しかない。



フレドリック・ウェスロー(欧州外交評議会、上級政策研究員)

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