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安倍政権の攻めの対米外交は自主防衛拡大への布石なのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2016年12月8日 15時45分

<トランプ新政権の誕生を前に積極的な対米外交を展開する日本の安倍首相。その根底に自主防衛強化の意図があるとすれば、懸念を抱かずにはいられない>(写真:先月ニューヨークでトランプ次期大統領との会談後に会見した安倍首相)

 時差の関係で今月7日が真珠湾攻撃の記念日となるアメリカでは、今年が「75周年」とあって、大きく取り上げられています。報道のトーンとしては、90代から100歳代になるという攻撃を体験した元兵士がクローズアップされ、日本の地上波に当たる3大ネットワークのニュースでも、安倍首相の真珠湾訪問について紹介されました。

 この真珠湾訪問ですが、7日の直前という発表のタイミングが、やはり良かったようです。

 ここへ来て、安倍政権の対米外交は極めて積極的です。11月の「トランプ当選」というサプライズに対しては、直後に次期大統領との会談を行い、その上で12月の末にはハワイで、オバマ大統領との共同献花と最後の首脳会談が予定され、1月20日の新大統領就任後は、できるだけ早期に首脳会談をという意向も示しているようです。

 こうした積極姿勢に対して、現時点ではアメリカ側の受け止めは良好と言えます。今月6日に発表されたソフトバンクの孫正義会長がトランプ氏と会談して発表した、「アメリカへの500億ドル(5兆円強)の投資で、5万人の雇用創出」というプランが好感を持って受け止められたことも、首相の動きを間接的にアシストしているように見えます。

【参考記事】安倍首相の真珠湾訪問は、発表のタイミングもベスト

 ですが、私はここへ来て「一つの懸念」を感じています。そもそも、安倍政権はどうしてここまで積極的なのでしょうか? 何をそんなに焦っているのでしょうか?

 トランプ次期大統領が選挙戦を通じて訴えていた「日本が米軍の駐留経費について100%負担しないのなら撤退する」というメッセージを心配して、その「負担増」の要求を撤回してもらうために奔走しているのでしょうか?

 あるいは、「日本はアメリカの雇用を奪っている」とか「TPPは潰す」といった主張を取り下げてもらうように必死になっているのでしょうか?

 それとも、今月15日のプーチン大統領との「長門会談」の成果が不透明になってきているので、国内世論向けに、その穴埋めをしようとしているのでしょうか?



 そうかもしれません。ですが、別の可能性もあります。それは、安倍首相は今回のアメリカの政権交代を機に「在日米軍のプレゼンスを軽減し、日本の自主防衛を拡大する」方向へ大きく舵を取りたい、そのためにこの政権交代期に積極的な外交攻勢を仕掛けている、そんな可能性です。

 証拠はありません。ですが、一連の対米積極外交を状況証拠として考えると、妙に辻褄が合うのです。

 まず、当選直後のトランプに対しては「日本への防衛費負担要求は当然」だと受け入れて、「そのためにも自主防衛比率を高めるし、双務性も担う」と述べたのであれば、相手は大歓迎したでしょう。

 次に真珠湾献花というのは、「在日米軍は日本軍国主義復活へのビンのフタ」という理論に対して、日米が究極の和解をすることで、日本の再軍備加速が「決してアメリカへの挑戦ではない」ことを政権同士、そして両国世論に向けてアピールするという意味を持たせることも可能です。

 真珠湾訪問に際して、どうして「退任直前」のオバマ大統領との首脳会談をするのかというと、もしかしたらこの点、つまり日本の自主防衛比率の向上に関して、アメリカ民主党全体への「根回し」という目的がある可能性もあります。

【参考記事】安倍トランプ会談、トランプは本当に「信頼できる指導者」か

 民主党は、そもそも第2次大戦を日本相手に戦った党であり、また日本における歴史修正主義には批判的な党です。ですから、議会民主党には「第2次大戦における日本のマイナスのレガシー」を強く意識する人物もいます。そうしたグループへの「押さえ」として、この「退任直前のオバマ」とのハワイ会談をセットしたという可能性を見ることは可能だと思います。

 以上では足りずに、就任直後の早期にトランプ氏との会談をセットしようとしているのも、例えば「2月の一般教書演説」に日米同盟について入れてもらうための根回しという意味合いもあるかもしれません。

 仮にそうだとして、「アメリカの同意」を取り付けた上で、憲法9条改正、そして自衛隊による自主防衛比率のアップと、在日米軍のプレゼンス軽減ということに踏み込む、そんなシナリオがあるのではないか、これはあくまで仮定の話ですが、この政権交代期の積極外交には、そのような文脈でもなければ説明のつかない「不自然さ」を感じます。

 もちろん、真珠湾献花というのは立派なことで、英断だと思います。大いに結構だと思いますし、首相は是非行くべきだと思います。ですが、仮にこうした意図があるのであれば、それはまったくの別問題になります。

 何が問題なのでしょう?



 自分の国は自分で守るというのは当然であり、在日米軍という不自然な駐留が軽減されるのは自然なことです。ですが、そうは簡単には行かない問題があるのです。4つ指摘しておきたいと思います。

 1つは、自主防衛推進の動きに、第2次大戦の歴史観を修正する意図が重なっていることです。これは「在日米軍というビンのフタ」がある間は、絶対的な一国平和主義と一緒に、その「ビンの中」に閉じ込められたガラパゴス現象であり、国際社会にとっては基本的に人畜無害とみなされていました。

 ですが、その「ビンのフタ」が外れてしまうと、日本の歴史修正主義というのは日本の軍事力と重なって、中国の世論と軍事力と直接向かい合うことになります。そこで政治的・軍事的なバランス・オブ・パワーを確保するというのは、膨大なコストを要求する危険性を感じます。

 2つ目には、日本と中国に取って「今」そうした「軍事外交バランスの取り直し」をしている余裕はないということです。日本の場合は、経済の空洞化が加速する中で、国内の生産性を向上するための改革が急がれています。中国の場合は、過剰設備のリストラと同時に格差の是正や高付加価値産業へのシフトを「痛み」を伴いつつ実施しなくてはなりません。両国共に、さらなる軍拡などしている余裕はないはずです。

【参考記事】「トランプとプーチンとポピュリストの枢軸」が来年、EUを殺す

 3つ目には、朝鮮半島の問題があります。北には不安定な独裁政権があり、南では経済低迷の中で民主主義が不安定化しています。そんな中で、米軍の重しを外すというのは、危険極まりません。この地域に関しては、今は枠組みを転換するタイミングではないと思います。

 4つ目には、日本の財界には軍需で国内の製造業を蘇生させるという思惑があると思います。ですが、軍需というのは究極の官需であることを考えると、「世界の消費者市場」が分からなくなった日本の経済界を、「競争力を失うまで甘やかす」ことに他ならないわけです。しかも財源には大きな制約のある中では、真水でどこまでの効果があるかも疑問です。

 そんなわけで、現時点での「自主防衛シフト」というのは、決して最善手ではないように思います。今回ばかりは、私の懸念がハズレであることを祈るばかりです。

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